第27話 冒険者試験6
「はあぁぁっ!」
「すいません……ちょっと通してください」
前衛のジョブを希望した者達の試験の会場は僕が錬金術のジョブの試験を受けていた会場より倍以上も広く受験者の数も断然多かった。
アイシアを探す為僕はそんな受験者達の人だかりを掻き分けて行くのだが中々見つからない。
もう試験を終えてこの場を出てしまったのではないかとも思い始めたのだが、そんな時人だかりの前の方からアイシアのものらしき怒号と剣を打ち合っているような金属音が聞こえてくる。
もしやと思いまた人だかりを掻き分けて前へと出て行くと……。
「はあぁぁっ!」
「アイシアっ!」
ショートヘアの美しい銀髪を靡かせながら逆手で短剣を振るうアイシア。
飛び散る汗の水滴にもその輝かしい銀色を反射させ勇ましくも優美な姿で必死に戦いを繰り広げている。
相手は優雅に長剣を振るう黒髪の男。
整った顔立ちにすらりとした体型をしていてファンタジー世界にありがちな姫様を守る如何にも騎士様らしい風貌していた。
どうやら僕と同じくアイシアも試験官を相手に実戦形式の試験を受けている最中のようだ。
もう試験を受け終わったのか順番を待っているのか知らないけど僕は周りにいる他の受験者達のギャラリー達と共に試合を観戦しアイシアの応援をする。
「頑張れっ!、アイシアっ!」
「……っ!。マスター……はあぁぁっ!」
僕の応援に気付いたのかアイシアの表情に更に気合がこもり凄まじい速さで短剣を振るい連続で斬撃を打ち放っていく。
数ある武器の中からアイシアは短剣を主として使うことを選択した。
【剣術】の転生スキルは剣に属する系統の武器であればどのような種類のものにも影響する。
身軽で身のこなしも軽やか、割りと手先も器用だったアイシアは短剣こそが自分の特性を最も活かすことのできる武器だと判断したらしい。
俊敏な動きで敵を翻弄し一瞬の隙を突いて急所を貫くのが短剣の持ち味だ。
『地球』の世界の軍人ものの映画なんかで背後から敵の首を掻っ切る光景が目に浮かぶ。
武器自体が軽量であることから正面からの打ち合いであっても一撃の重みはなくとも手数で圧倒することができる。
今目の前でアイシアが完全に格上である試験官を相手に反撃の隙を与えない程攻勢に出ることができているのがその証拠だ。
服装も動きの速さを更に活かす為に鎧等は身に着けておらず、肩にボリュームのある白のブラウスに淡い水色のスカートと普通の女の子らしい格好をして戦っていた。
「なる程……。手数だけでなく1つ1つの斬撃の鋭さも中々のものだ。私といえど気を抜けば瞬く間に首を裂かれてしまうだろう。……だがっ!」
「……っ!」
「アイシアっ!」
このまま相手を押し切ってしまうかと思われたアイシアであったのだが、相手の試験官の男が少し力を込めて剣を振るったと思うと手元から短剣を弾き飛ばされてしまった。
手数が多い分一撃一撃の斬撃が軽くなってしまう欠点を突かれてしまったようだ。
武器を失ったアイシアの首元に相手の男が剣を突き立てたところで決着がついた。
「はぁ……はぁ……」
「………」
「アイシア……」
無言で剣を突き立てられたまま儚げな表情を浮かべるアイシアを見て思わず僕もいたたまれない気持ちになってしまう。
だけど戦いに敗れたからといって試験に落ちると決まったわけではない。
張り詰めた空気が漂う中僕は試験官の口からアイシアに合格を告げる言葉が投げ掛けれるのを心の底から願っていた。
「ふむぅ……。剣筋に若干の癖があるが短剣を用いた戦い方に
「ふぅ……」
「やったぁーーっっ!」
「(アイシアも無事合格できたなの~っ!。やったなの~っ)」
「(やったなの~っ)」
試験官から合格を言い渡されるアイシアを見て僕と僕の中にいるベル達も歓喜の声を上げる。
アイシアの方は喜ぶというより肩の荷を下ろしてホッと安堵するようにため息をついていた。
これで僕とアイシア共に第3試験まで合格することができたのだがまだ最後の第4試験が残されている。
第4試験は本日この場では行われない。
第4試験の内容は実際にギルドが受注した依頼をこなすというものだった。
最初の依頼を達成して初めて僕達は正式に冒険者を名乗れるようになる。
何はともあれ無事今日一1日を終えることができた僕達は互いに喜びを分かち合いながら家の帰路についていた。
「アイシアも無事第3試験まで合格することができて本当に良かったよ。正直僕の方の試験が結構ギリギリのように感じてから心配だったんだ。アイシアは僕と違ってベル達のパワーアップを受けれてないわけだし……」
「はい。私も合格したはいいもののあの試験官との戦いで自分の力不足を実感させられました。まだ正式に冒険者ライセンスを得られたわけでもありませんしマスターの足手纏いにならない為にももっと精進せねばなりません」
「アイシアが僕の足手纏いになることなんてないよっ!。だけど僕だけベル達のおかげで都合よくパワーアップしたのが何だかズルしてるみたいに感じられて……。どうにかしてアイシアもパワーアップさせられる方法はないの?、ベル、ベルル」
「(う~ん……僕達をアルの体からアイシアに移植すればアルにしたのと同じ方法でパワーアップさせられるだろうけど『地球』なんかの世界に比べて科学の発展の少ないこの世界では中々そんな技術が発達することはないと思うなの~。魔法で手軽に回復が行える以上あんまり医学の分野に関心がいくこともないだろうし……僕達と同じ【転生マスター】でもなければこの世界で細胞を移植する技術なんて創り出すことができないと思うなの~)」
「(できないと思うなの~)」
「そっか……。僕達自身も転生マスターではあるけれど細胞移植の技術なんて知るわけがないし……。こんなことなら『地球』の世界に転生していた時に医学とか他の分野についてももっと勉強しておくんだった」
生産・製造業に関してはこの世界でもある程度の発展は見られた。
しかし学問全般を通してみるとその文明のレベルは『地球』の世界のものに比べて全然及ばない。
魔法という万能に近い力がある為かあまり文明の発展に頼る必要がないということなのだろうか。
魔法があるからこそ『地球』の世界以上に高度な文明を生み出すことができそうとも思えるが……。
もしくはこの世界の原理が『地球』の世界以上に複雑で解き明かすのに相当な労力を必要とする可能性も考えられる。
とにかく細胞の移植は愚か現時点でこの世界の人類は人体の構造等についてはまるで関心がないようだった。
一々人体の構造を理解せずとも魔法を使えば自然に肉体を治癒できるのだから仕方のないことだろうが……。
人体の構造を理解するように強力な魔法を生み出すことの方が重要だと考えているのだろう。
実際は人体の構造を踏まえた上での方がより効率的で性能の良い魔法が生み出せそうだがベル達の言う通り【転生マスター】でなければ中々そこまでの考えには至らないようだ。
とはいえその【転生マスター】である僕達も医学に関してまともな知識があるわけではなく細胞の移植など行えるわけはなかったのだが。
これではやはりアイシアの肉体も僕と同じようにパワーアップさせるのはできなさそうだ。
「ベル達の協力を得られず共マスターのお供をさせて頂く為に最低限の実力は自力で身に付けてみせますのでどうかご心配なく。それより今は私のことより冒険者ライセンスを得る為の最後の試験についてご考えになって下さい」
「最後の試験か……。確か一番ランクの低い依頼でいいから引き受けて達成してくることが条件だったよね。僕達だけで依頼を引き受けてもいいしもしくは他の冒険者に協力を仰いでもいいみたいだけど……」
「お~いっ!」
「……っ!。あれは……ハーディンさんっ!」
次の試験のことなどについて色々と話し合いながら僕達が帰路についている最中、突然後方から僕達のことを呼び止める声が聞こえてきた。
振り返るとそこにはなった先程僕が試験を受けていた際魔法に関する試験官を務めてくれたハーディンの姿があるではないか。
試験の会場から慌てて僕達の後を追って来たようだが一体何の用なのだろうか。
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