第16話 ポーション・カフェ

 いくつものガラスの瓶がくだによって連結されて造られた1つのテーブルを丸々占領してしまう程の大きめの装置。


 装置の瓶の1つ1つの中には薬草や小さく砕かれた鉱物、他にも何かの生物の骨なんかが少量の液体に浸されている。


 瓶はそれぞれ下部から熱せられ沸騰させられた液体がポコポコと静かな水音を発していた。


 更に水音と共に発せられた蒸気が繋がれた管を通して装置の中央に設置された大きな筒状の部分へと集まっていく。


 どうやらこの装置は複数の物質が同時に抽出した成分を組み合わせる為の蒸留器となっているようだ。


 「………」


 その装置の抽出された成分の集まる筒状の部分に無言のまま集中した様子で両手の平を翳す男性がいる。


 清潔感のあるオールバックの薄い茶色の髪に金色のふち、そして金色のチェーンの付いた眼鏡をしたとても落ち着いた雰囲気をした男性だ。


 この男性こそ今回僕の父親として『ソード&マジック』の世界に転生したMN8-26さん。


 名前はディーラン・アルティスという。


 父さんは今蒸留器によって抽出した成分に自身の魔力を送り錬金術の魔法で最終的な調合を行っている最中だ。


 蒸留器から発せられる香りと水音、そして集中した父さんの醸し出す神秘的な雰囲気に魅入られた僕はテーブルの反対側にあるカウンターの席から身を乗り出しその光景を興味津々の様子で見守っていた。


 「……よし」


 集中を解くと共に父さんが小さく意気込んだような声を上げる。


 どうやら錬金術の調合が終わったようだ。


 調合を終えた父さんが装置のボタンを押すと下部の注ぎ口から調合された液体が金箔でお洒落な模様の施された高級感溢れるカップへと注がれていく。


 錬金術を行っていた割には何だかコーヒーや紅茶でも淹れていたかのように思えてしまうんだけど……。


 「アイシア。2番席のコーヒーが入れ終わったから頼む」


 「あっ!。セットの料理の方も出来上がったからこっちも一緒に届けてあげて~」


 「はい」


 呼ばれたアイシアが父さんの調合した液体の入ったカップと母さんが調理したトーストとベーコンエッグ、そしてサラダをトレイに載せて客の元へと運んでいく。


 どうやら父さんが調合したのは本当にコーヒーだったようだ。


 っというのも今僕達がいるのは転生する前にMN8-26さんが話していたまさに『ポーション・カフェ』と呼ばれる店。


 僕達の父さんとなったMN8-26さんは予定通りダンジョン内部に設置された冒険者達の中継地であるこの場所に『ポーション・カフェ』なる店を構えることに成功していた。


 普通なら学校に行っている時間だけど生憎と今日は日曜日。


 特にやることもなく僕とアイシアは朝の内からこうして父さんの店を手伝っていたというわけだ。


 僕としてはコーヒーや紅茶の代わりに飲み物として提供する為のポーションを調合する父さんの姿を見ているだけでも錬金術の勉強をさせて貰えるしね。


 転生前の計画通り僕達の店はダンジョンの探索に向かう冒険者達の間で大盛況となりこの日も朝から大勢の客達が訪れていた。


 父さんと母さんも大忙しの様子で僕とアイシアも手伝い甲斐があるというものだ。


 昼過ぎになる頃には大分客足も落ち着いて来て僕とアイシアはカウンターの席で父さんに淹れて持った冷たいポーション・コーヒーを飲みながら一服していたのだけれど……。


 「おーっすっ!、親父おやじっ!、お袋っ!。頼まれてた店の材料調達できたから持って来てやったぞっ!」


 「あっ!、ドン兄さんっ!」


 大きな声で挨拶をしながら店の入り口からとても威勢の良さそうな風貌の黒髪の少年が入って来た。


 彼こそが今回の『ソード&マジック』の世界において僕達の兄さんであるドン・アルティスとして転生したRE5-87君。


 ドン兄さんは僕よりも3つ年上の現在15歳で既に一流の冒険者として立派に働いている。


 今日はその冒険者としての力量を活かしてダンジョンで調達できた店で出す品の材料となりそうなものを届けに来てくれたみたいだ。


 「よっ!、アル、アイシア。2人共折角の日曜だってのに店の手伝いをしてるみたいで偉いな」


 今兄さんが呼んだアルというの僕ことアル・アルティス。。


 アイシアは勿論隣にいる僕の1つ下の妹として転生したアイシア・アルティスのことだ。


 因みにまだ名前を紹介していないPINK-87さんが転生した僕達の母さんはピピンキー・アルティスという。


 「さーて。折角だし俺も店で何か食ってくかな。今日の日替わりランチでも頼むよ、親父おやじ、お袋」


 「分かった。すぐ作るからちょっと待っててくれ」


 「あっ!、それなら兄さんのポーションは僕に淹れさせてよっ!、父さんっ!。毎日父さんに錬金術の稽古をつけて貰ってもう随分となるしそろそろ僕も実際に今の実力がどの程度のものなのか試してみたいっ!」


 「えっ……私は別に構わないが……」


 「俺も構わないよ。どうせ今日はもうダンジョンの探索には向かわないし弟の実験台になってやるとするか。失敗しても構わないから気楽にやれよ、アル」


 「うんっ!。ありがとうっ!、兄さんっ!」


 父さんと兄さんの許可を得て僕は先程のドリンク・メニュー用のポーションを淹れる為の蒸留器の前へと向かって行った。


 ドリンク用のポーションを淹れる為にはまずそれぞれの瓶に成分を抽出する素材とそれに適合する液体を入れなければならない。


 僕は父さんの制作した成分表を見ながら兄さんのお気に入りのポーションを調合できるよう素材を選定していく。


 「えーっと……。兄さんがいつも飲んでるのは『火属性魔力上昇・大』、『生命力上昇・大』の効果が付いたアイスコーヒー味のポーションだから……。まずここの瓶にメーランナの葉を入れて、こっちの瓶には火ネズミの尻尾、そしてこっちの瓶には……」


 素材を選ぶのは父さんの成分表の通りに瓶に入れればいいだけなので簡単だった。


 問題はこれらの素材から抽出した成分を魔力を用いた錬金術で調合する最後の段階だ。


 これまで父さんに習った錬金術の基礎を頭の中で思い出しながら僕は装置に向かって魔力を送り込んだのだけれど……。


 「ぶうぅぅぅーーーーーっ!。な……何だこりゃぁぁぁーーーっ!」


 「に……兄さんっ!」


 どうにか調合を終えて兄さんへと出した僕のアイスコーヒー味のポーションだけど兄さんは一口飲むや否や噴水のように吐き出してしまった。


 どうやら僕のポーションの調合は見事に失敗してしまったらしい。


 この程度のポーションもまともに調合できないなんてこれは今回も冒険者になるのは無理そうかな……とほほ。

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