第6話 未知の世界

 意識が覚めると冷たい暗闇の中にいた。


 暗闇の中にいるというよりまだ視覚自体を持っていないのだろう。


 冷たいというのは触覚を通して体に伝わってきている感覚だ。


 おまけにゴワゴワとしていて湿気った毛布にでも包まれているかのような感じだった。


 「うっ……ここは……。何にも見えないけどもう『ソード&マジック』の世界に転生してきたのかな。多分地球の世界の時と同じように始めの内は微生物のようなものに転生しているんだろうけど一体どんな生物に転生しているんだろう」


 恐らくだが僕は地球のシアノバクテリアと同じように『ソード&マジック』の世界の何か微生物のようなものの1種に転生しているのだろう。


 最初の内は微生物と呼べる物と同じ程度の機能しか持たない生物にしか転生できないのはこの世界でも同じらしい。

 

 っというかまだその程度の生物しかこの世界に誕生していないのだろう。


 暫くすると触覚を通して伝わってくる周りの景色が僕の意識の中に映像となって浮かび上がってきた。


 画面の中心にいる僕を僕自身で見ていてその周りの景色を360℃自在にスクロールしながら見渡せるまるでゲームの三人称視点のような映像だ。


 転生マスターとして魂の記憶と思考があるからこその映像なのだろうが、どうやら僕は深い地中の中にいるみたいだった。


 普通なら土に埋まった状態で周りの景色等は真っ暗で何も確認することなどできないだろうが、僕の見ている映像には土の中の景色が全て茶色に透けた状態で映し出されている。

 

 これも転生マスターだからこそ見られる映像なのだろう。


 っというか今もこれまでも僕が転生してきたような微生物達も自分達の持てる限りの感覚を活かし周囲の景色をこれくらいには把握できていたということなのかもしれない。


 転生マスターとなったことでそれらを認識できるだけの意識を持てるようになったということなのだろうか。


 「マスターっ!」


 「……っ!。その声はもしかして……アイシアなのっ!」


 初めての世界で初めての生物に転生して何をしていいのか分からず暫く土の中でジッとしていると僕の見ているイメージの映像の中に銀色の体で蠢く微生物の姿が映り込んで来た。


 よく周りを観察すると同じように蠢いている微生物達は周りは沢山いたのだが、その銀色の微生物は他の微生物達とは少し異なっていた。


 その銀色の微生物から突然よく聞きなれた声が聞こえてくる。


 その声はまさに今回僕と共に『ソード&マジック』の世界に転生した僕の魂の従者であるアイシアのものに間違いなかった。


 けれど何故【転生マスター】の転生スキルを取得していないはずのアイシアがこうして僕の意識に話し掛けることができるのか。

 

 しかも僕をマスターと呼ぶということは僕と……それに恐らく自身に宿っている魂のことも認識できているということだろうしもしかして……。


 「良かった。アイシアも僕のすぐ近くに転生してきてたんだね。だけどどうしてこうして僕と会話を……。それに僕がアイシアのマスターだってこともちゃんと分かってるみたいだしもしかして……」


 「はい。どうやらマスターの【転生マスター】の転生スキルの力は魂の従者である私にも及んでいるようです」


 やっぱりそうか。


 どうやら僕の【転生マスター】の力は魂の従者であるアイシアにまで及んでいるらしい。


 つまりはアイシアも僕と同様に転生先の世界で常に魂の記憶と思考を有しておくことができるということだ。


 これは僕にとって大変プラスとなる【転生マスター】の新たな特性が発覚した。


 アイシアも転生先の世界で魂の記憶と思考を持つということは僕とより密接な連携を取ることが可能ということだ。


 勿論アイシアのことだから魂の記憶と思考がなくとも懸命に従者としての務めを果たそうとしてくれるだろうけどやっぱり霊界での関係性を完全に保った状態の相棒パートナーがいた方が心強い。


 これはアイシアの他にも魂の従者を創造し【従者】の転生スキルもLvも上げてより多くの従者を連れて世界の転生に臨めるようにするのもありかもしれない。


 どちらも相当なソウル・ポイントを必要とするしまずは僕達の魂のステータスの方を優先して成長させないといけないから可能になるのは随分先になりそうだけど。


 「んん?。でもちょっと待って。アイシアにも転生マスターの力が働いているのは分かったけどどうしてこの微生物に転生しているのが僕だって分かったの?。ソウル・メイトである者同士は出会うだけで強い絆を感じられるとはいえそんなにすぐには……」


 「それはマスターの転生している生物の頭上にマスターの魂の名前である『LA7-93』というのが鮮明な青色の文字で表示されているからです」


 「えっ……本当だっ!。僕の方からもアイシアの頭の上に青色の文字で『アイシア』って表示されているのが見えるよ。これも転生マスターの力なのかな。周りにいる他の生物達の頭上には何も表示されていないところをみるとどうやらソウル・メイトを組んでいる相手に限って働く能力みたいだ」


 「それで私達はこれから何をすればいいのでしょうか、マスター。マスターの【転生マスター】のお力で魂の記憶と思考があるとはいえ今回が初めての転生である私には何すべきか見当が付きません」


 魂の記憶と思考があるとはいえアイシアにとって今回が初めての世界への転生だ。


 霊界で僕の従者としての姿からいきなりこのような微生物へと姿が変貌してしまい戸惑うのも無理はない。


 むしろ魂の記憶と思考があるからこそ途惑いを感じてしまっているのだろう。


 通常通り転生していれば今頃は無心で今自分達の魂が宿っている生物の活動に集中できていたはず。


 ここはマスターとして、そして何より転生する魂の先輩として僕がしっかりアイシアを導いてあげないと。


 「えーっと……ちょっと待ってね。最初の転生はこういった微生物に転生することがほとんどなんだけどまずは次の転生でより上位の生命体に転生する為に貢献度を稼がないといけないんだ。『ソード&マジック』の世界で与えれる転生の回数は『地球』の世界と同じで全部で6回。ちゃんと貢献度を稼がないと人間に転生するどころか最後までこんな微生物に転生することになっちゃうからね」


 「なる程。それでその貢献度を稼ぐ為には一体何をすればいいのですか?」


 「えーっと……だからそれを今考えてるんだけど……」


 魂の記憶と思考があるがゆえの戸惑いを感じてしまっているのは僕も同じだった。


 アイシアより転生の経験は断然豊富とはいえ今まで『地球』の世界にしか転生してこなかった僕にとってもこの『ソード&マジック』の世界への転生は初めての経験だ。


 だから魂の記憶と思考があったところで今現在僕達が転生している微生物がどのような種類の微生物なのか、一体どのような活動をすれば貢献度を稼ぐことができるのか把握できていない。


 『地球』の世界への転生の経験から考えれば大抵はシアノバクテリアが行う光合成のように外部から取り込んだ物質を他の物質に変換して放出するだけの単純な活動でいいはずなんだけど……。


 「はぁ……ごめん。アイシア。僕もこの『ソード&マジック』の世界に転生するのは初めてだから僕達が今転生しているのがどんな活動する生物なのか分からないや」


 「そうですか。ではこれから如何致しましょう」


 「転生マスターでない時なら何の意識もせずとも自然とこの生物の活動を行えていたはずなんだけど……」


 利点ばかりかと思っていたけど【転生マスター】の転生スキルにもやはり欠点はあった。


 それは魂の意識を持つが故に本来転生中の器が持つはずの意識を失ってしまうということだ。


 【転生マスター】の転生スキルの効果がなく本来の器の意識でいられれば今頃僕達は無心でこの生物の活動に従事することができていただろう。


 シアノバクテリアのように僕の魂自身がその生物の活動を大まかでも構わないから把握できていれば問題はなかったのだけれど、今回は初めて転生を行う世界だというのにほとんど下調べもなしに転生してしまったことが災いしてしまった。


 【転生マスター】の転生スキルを最大限に活かすには僕の魂自身に豊富な転生の経験と各世界に対する正確な知識が必要だ。


 より良い転生の結果を収める為には地球の世界と同じようにこの『ソード&マジック』の世界においても何度も転生を繰り返しまずは効率良く貢献度を稼ぐ為のルーティーンを構築する必要があるだろう。


 今回の転生ではあまり良い結果を得られないかもしれないけどそれは仕方のないことか。


 取り敢えず今は少しでもこの生物の特性について把握することに専念しよう。


 「考えてばかりいても仕方ない。こうなったら今は僕達が【転生マスター】だということ忘れて無心になってこの生物の活動を行うことに専念しよう。魂の意識で理解できてなくとも本能に頼れば自然とこの生物の活動が行えるはずだよ」


 「了解しました。上手く活動が行えるかどうか分かりませんが取り敢えずやってみます」


 僕達の魂にこの生物の活動を理解する為の知識がない以上はこれ以上考えていても仕方ないと判断した僕達は自分達の意識をできる限り無心に近い状態に保つことでこの生物の活動に従事しようとした。


 こうすることで本来転生中の器が持つはずだった意識に少しでも近づくことができるはずだ。


 この世界の転生の経験が浅い今は下手に【転生マスター】としての力に頼るよりこの方がずっと効率的に活動が行える。


 どうやらこの生物は土中に含まれる成分から新たな物質を生成して放出するのが主な活動となっているようだ。


 どのような成分を吸収しどのような物質を生成しているのか正確に把握することはできないが恐らくは水分、それから『地球』の世界で謂うところの塩分に近い成分を吸収しているのではないだろうか。


 新たに生成した物質については一体どのようなものか全く見当が付かない。


 『地球』の世界にしか転生の経験のない僕にはまるで知り得ない物質だ。


 もしかしてこの物質こそがこれから僕達がこの『ソード&マジック』の世界で初めて体験することになるであろう魔法の原動力。


 乃ち魔力なのではないかと予測を立ててみる。


 どれくらい経過したか時間の感覚は分からないが暫くしてこの微生物としての活動は終了し僕とアイシアは次なる転生へと向かって行った。

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