「おはよう、小倉君!」

「お、おはよう。木山さん」

「だいぶ髪の毛伸びたねえ。そろそろ床屋行った方がいいんじゃない?」

「う、うん。週末に行くつもり」


「うんうん。小倉君は素材はいいんだから、さっぱりしたらもっとかっこよくなるよー」

「あ、ありがとう」


「そしたら意識する女の子も現れるかもね」

「は、ははは。だ、だといいけどね……」

「絶対、ぜったいいるよ。隠れファン」


 地味な同級生と。



「おう、木山」

「おはようっす、竹田せんせ」


「テスト勉強は進んでるか? そろそろ本気出してもいいんだぞ?」

「私はいつだって全力ですよ。……結果が供わないだけで」

「それはいっそうまずいだろう……」

「あはは」


「一日何時間机に向かってるんだ?」

「ノーコメントで。いや本当大丈夫、だいじょうぶですよ。今回は自信ありますから!」

「その言葉信じてるからな」

「はーい」


 担任ではない他クラスの教師と。



「おはよう、祈里ちゃん」

「おはようです。笹原のおばちゃん」


「今日のお昼は買ってく? それとも弁当?」

「今日はおばあちゃん旅行行ってるので、買いに来ます」

「あらまた、本当に旅行好きねえ」

「本当に。じっとしてられないみたいです」


「さすが祈里ちゃんのおばあちゃんね。じゃあ高級あんパンか、クリームパン、ストックしておくけどどっちがいい?」

「いつもいつもありがとうございます! じゃあ今日はクリームパンで」

「分かったわ。勉強頑張ってね」

「はい、程ほどに!」


 はては購買のおばちゃんと。



 祈里は例えるならまさに嵐。

 彼女は超大型の台風だった。

 そのテリトリーは学内全域、縦横無尽に動き回り豪風を巻き起こして、にこやかな空気を随所に発生させる。


 「私」は台風の目。

 何も巻き起こさない。

 何も波立たない。


 でもどう足掻あがいても台風で。

 一部始終を見て、体験する。

 拒否はできない。

 居心地が悪い。



 「私」はこれを望んでいない。



 心が凍りかけた。

 だから、今持っているすべての力、意志を振り絞って総動員して封をした。

 おそらく今日の私の自由はすべて使った。


 この感情は知られたくない。

 知られてはいけない。


 でも意味はないだろうと分かっていた。

 「私」の対人の拒否反応は明らかすぎて、でも何も抵抗しないわけにはいかなかった。

 その結果は、


「ん、寒い? 何で?」


 私の背中を寒気で震わせたが、何とかその理由は明確には知られずに隠せた。

 「私」が秘密を抱えたのはしっかりと知られた。


「なにーちょっとぉ、もう隠し事?」

『…………』

「だんまりか。まあいいけどね」


 彼女のいいけどね、はよくないと知っている。

 どうしようもできなくて歯がゆかった。

 加えて、そろそろ上から目線で接し始めた、私の態度に行き場のない悔しさを覚えた。


 だけれども気づいたことがあった。


 「私」が本当にちょっとだけ、私に干渉できていた。

 感情もほんのわずかに隠せた。

 誕生初日にそれができるのが通常より速いのか、普通なのかは分からない。


 とりあえずよかった。

 そんな単純な安堵の言葉しか湧いてこなかった。



 祈里が一通り学校内を巡り巡って約半時が立つ頃に、ようやく自分のクラスに到着する。


 ここまでは私にとっては心のオアシス。

 穏やかな気分でいられる花園。

 離れるのを名残惜しささえ感じている。


 だけど「私」にとってはエネミーだらけの戦場。どこから敵が湧いてくるか分からない迷宮。

 できれば、いや絶対に近く戻りたいとは思わない。


 目の前の扉を潜れば、私と「私」の学び場の中心。

 ここからが「私」は始まりだと心構えをしようと心を強く保とうとしていたのに。


 私にとっての序の口で、「私」はへとへとになってしまった。

 全然もう気力がない。

 どうにでもなれ、一周回ってそんなあきらめの境地に至る。


「そうそう。細かいことは気にすんな。何とかなる何とかなる」


 なんくるないさーだぜ。


 疲れ果てた「私」に気楽な声をかけてくる。

 その無神経さに苛立ち、自分の心の弱さもろさにも苛立いらだった。


 うまくいっていない。

 うまくやれてない。

 何もかもが駄目だ。


 「私」は「私」が戦う前から、参ってしまった。

 情けなくてみじめで仕方なかった。

 


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