第三章

私二人に親友二人

「みんな、おっはようー!」


「おはよう」

「おはよう!」

「おはよ、祈里」

「木山さん、おはよう」

「おはようございます」

「グーモーニンー、いのー」


 教室に踏み込んだ途端、おはようが乱れ咲く。

 予想は完全にできていたので、もう「私」は反応しない。


 祈里は窓側二列目の、後ろから三番目の自分の机に、鞄を置く。

 黒板横の時間割表を確認して、一時限目の学習用具を準備する。

 それが終わると、二つ前の机でのんびり駄弁っている二人組の女子の元へ向かう。


「おはよう。まーちゃん、よっちゃんっ」

「おはよ、いのり」

「ん、おはよう、いのっち」


 この二人が。

 私は改めて記憶を照合して確かめる。

 この二人が数多ある知人の中の特別な人間。

 人見知りの「私」でさえ、じわりじわりとした親しみを感じられる唯一無二の親友たち。


「今日もけっこうぎりぎりの時間だなー。またあいさつ回りしてたのかよ」

「うん、楽しかった」

「かー、よくやるねえ。私だったらそれだけで疲れて、一時限目から爆睡だよ」

「私にとっては朝の活力だからね!」

「あははは。力使ってさらに力得るって永久機関だな」


 よっちゃんこと糸織美香いとしきよしかは祈里よりもさらに背が高く、物言いははきはきしていて、にこにこ顔で言いたいことをずばずば言う。

 運動が得意そうで実際にスポーツはできるけど、入ってる部活は料理部。中学の時、体育会系の上下関係にうんざりしたらしい。


 ずけずけ災いの種をまき散らさずにはいられない口はもうどうしようもないと、達観した一匹狼。

 ごく数人の親しい仲間としか群れない付き合わない。

 「私」も主人格のようなハイカロリーな挨拶巡りはごめんだし、少数の気心の知れた人間とだけ付き合いたいからそこは気が合いそう。

 だけどその友人たちの前では、げらげら笑ってエネルギーを発しまくっているのは相いれない。



「いのっち、いのっち」

「またいつもの、まーちゃん?」

「ん。今日の私はどっちでしょう」

「んーんー……んー!! ……新しい方?」

「ぶっぶー。はずれ。古い方でした」

「分からん! 全然分かんない。てかこのやり取り毎日やってるけど分かるわけないよ」


 一方、まーちゃんこと古橋茉莉まつりは小柄な女子だ。

 いつもぼぅっとしていて、たいてい能面のような無表情。所属するバスケ部では一番背が低いけど、レギュラーに入るほどうまい。


 実は彼女、祈里と同じく人格の移行真っ最中。

 一か月前にカミングアウトしてから、こうして毎朝「今日の私はどっち」クイズを出してくるが、新旧どっちともまったくと言っていいほど同じ性格をしているので分からない。


 人格の差が現れないのは移行はスムーズになりそうだが、ここまで違いがないのも逆に心配になる。

 一般的にはまあまああるケースらしい。

 実は茉莉が嘘をついてからかっているんじゃないかと、友達二人はひそかに思ってたりする。


 ちなみに美香は人格の移行はもう終えている。

 前の人格のことはあまり話してくれないが、中学三年生の時に始まり高校入学後に終わったそうだ。


 このケースもけっこうあるパターンで、高校受験にもちろん多大な影響が出る。

 だから救済措置が用意されていて、あまりにも学力がかけ離れていなければ、簡単な筆記試験と面接のみで希望の進学先に進める。


 祈里は「うらやましいー私も高校前に新しい子が来て欲しかった」とぶつくさよく言っていたらしいが、実際はそんなバラ色の景色にはなかなかならない。

 実際美香も、ちょっと高めの偏差値の香南高校では授業についていけていない。授業スピードが速すぎてノートもろくに取れないと嘆いている。


 一学期の中間試験は、祈里と茉莉の二人体制でサポートしてぎりぎり赤点を免れたが、数日後の期末試験は非常に厳しい状況だ。

 ところでこの三人の中で一番テストの点がいいのは、活字好きな茉莉ではなく漫画大好きな祈里である。

 本当に意外過ぎる。



 茉莉とは小学校からの付き合いだが、美香とは高校で新しく親しくなった。

 運動のできる文化部員という共通点がきっかけで仲を深めることとなった。

 美香はできるだけ、自分を囲むの人間の数を増やしたくない。

 祈里もそれを分かっていて、グループには古くからの付き合いで、物静かな茉莉しか入れなかった。


 別に私たちは他のクラスメイトを拒絶しているわけではないが、声をかけてもかけられても一時言葉を交わすだけ。

 絶妙なバランスのでこぼこトライアングル。

 私はその止まり木を気に入っていて、


 「私」のお気ににもとても召したのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る