和気あいあい

「おはよう、祈里!」

『……!?』

「おー、おはよう、みっちゃん」


 「私」は不意にかけられた朝の挨拶に動揺を隠せなかった。一方、私はごく自然に挨拶を返した。

 その声音には先ほどの雑味ざつみ微塵みじんもなく澄んでいた。


「今日の授業、また添削だね。緊張するー」

「祈里は字、綺麗だから何も言われないよ。私下手だから、また小言言われるし。いやだいやだ」


「あの先生、ねちねちうるさいよね。習字なんて適当に書いた文字、『よく書けてますね。いいですね』って褒めときゃ皆ハッピーなのに。クソ真面目は社会で苦労するよ」

「ねー、損してるよねあいつ」


 じゃあ、また三限目でねと、みっちゃんは手を振り、離れていった。


「またねー」


 会話を展開し終えて、祈里は廊下を歩む。


『今の人は……?』

「選択授業で仲良くなった友達、の友達だよ。だから普通に友達」


 それは……、「私」の基準では友達、じゃない。

 ただの、知り合い。


「……その言い方はひどくない?」

『だって……友達はそんなに簡単にできるものじゃ……』

「友達なんて一緒に楽しくおしゃべりしたら、すぐだよ。……『私』の価値観、ダサくない?」


 はなはだ疑問だが、私は交友関係が広いようで、陽気なキャラクターで通ってて。

 「私」はひどくて、ダサくて。

 そんな受け入れたくない評価を何とか消化する間もなく、


「おはー、しーちゃん!」

「おはー、いのっち」


 再びのエンカウント。

 それも何と今度は私自ら、口火を開いた。

 信じられない。


「昨日の『あなたはどうして日本に来たの?』すごかったね!」

「ねーまさか、生の早坂さんが会いに来るなんて、羨ましすぎる……!」

「ねー本当に! 私の目の前にもし古川クンが現れたら、速攻で昇天するね。でも本望や……」

「安らかに成仏しておくれやす……」


 冗談を交わした二人はきゃっきゃと騒ぐ。


「ねえ明日くらいに、またグッズショップ行かない? 古川君のアクリルスタンド、再入荷のお知らせツイッターで告知来てたよ」

「マジ!? 行く。絶対行く。今度こそ古川クンゲットするぜ。眠れぬ夜に何度血涙を流したことか……!」



 その雑談の楽し気な様子を見て、「私」はのろのろと悟る。

 祈里にとっては彼女らは敵ではなく、味方。

 情報と情緒の交換相手。

 そして彼女にとって、交わす相手の性別に何の抵抗もなかった。



「おう、木山。おはよう」

「おはようございます。まさ先輩」


 まさ先輩と呼ばれた人は、黒々と焼けた肌のいかつい男の人だった。


「見てくれよ。これついに買ったんだよ」

「うわーかっこいい時計ですね。高かったんでしょう?」

「三万、三万。小遣い使い果たしたわ。しばらくはふところやべーよ」

「うひゃーすごいっすね」

「お前と駄弁るためにもまた稼がねーとな、ははは」

「あははー」


 バイト頑張ってくださーいと、手を振りまさ先輩を見送った祈里は、私が聞く前に答える。


「私、英会話部に入ってるんだけど、あの人は部の先輩の彼氏。時々遊びに行く仲」

『……』

「そんな無言になるくらい衝撃受けてんの? どんだけ初心うぶなの?」


 その後も誰か彼と顔合わせるたびに、陽の光で開花する花の如く、小話が次々とほころぶ。


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