彼我の距離、あいだがら

 下校時間になっても、太陽はかっとその暑苦しい顔を逸らしてはくれない。

 彼は今仕事に文字通り燃えている。


 朝早く起きて夜遅く眠る。

 一年で一番働く意欲がある。

 その情熱は一年を通して持って欲しいと思う。


 例年は一緒に押し寄せてくる、お友達の蒸し暑さは例年に比べると足が遅いのが幸いだ。

 だが奴の本気は漂い始めている。

 夏は迫っている。



 宗司の忠告通り、私たちは放課後に保健室に顔を出した。

 小柄で細身の可愛らしい泉舞子まいこ先生は「報告ありがとう」と柔和にゅうわな微笑みで迎えてくれた。

 怒ると怖いとは、どう怖いのだろうかと思った。


『気になるねえ』

『わざと怒らせるとか絶対やめてね』

『あはは。そこまで性格悪くないよ』

『どうだか』


 先生は今日は忙しいということで、また後日詳しく聞き取りを時間を取ると言ってくれた。



 祈里の住む地域から香南高校に通学する生徒は少ない。

 まず、かなり偏差値の高い学校というのがある。

 そして近辺に若者の好きな施設が少ない。

 田んぼと工場と社屋に囲まれた、面白みのない所だった。


 まったく帰りの方向が違う美香と、学校でバイバイした後は茉莉と自転車で走ったが、それ以外に声をかけた同校の人はいなかった。



 一緒に通った小学校の近くで、茉莉と別れた後、知り合いと一人だけ会った。

 あともう少しで自宅の屋根が見える所で鉢合わせたのは、腐れ縁で悪友「だった」男の子。

 私が最初に言っていた異性の幼馴染。

 名前は加地翔真かじしょうま

 


「よっ」

「……おう」

「……」

「……」


 数秒の沈黙。


「この時間に帰りってことは、今日は部活休み?」


 確か加地はサッカー部と聞いていたが、肌の焼けは薄い。

 スキンケアに気を遣っているのだろうか。


「ああ、休養日。そっちは……運動部じゃなかったよな?」

「うん英会話。週二回しか活動がない」

「……もったいないな」

「別に青春の使い方は自由でしょ」

「まあな」

「……」

「……」



 明らかな間。


 幼少期を共にした打ち解け合っているはずの気安さがない。

 加地の表情はどう形を決めるべきか定まらず、祈里の笑顔も無理張り付けている飾りの輝きが悪く目立つ。


 理由は知っている。


 二人の経緯いきさつは非常に分かりやすい。

 小学校までべったりくっついて過ごして、周りから冷やかされて中学に入る頃には、性を意識し始めて距離を取るというテンプレの流れだった。


 その後も知っている。


 先に加地の人格移行が来て、新しく入れ替わった人格が壁を作って、更に距離が遠くなってしまったという更なるテンプレである。

 壁ができたことは祈里も気づいていて、でもなぜ彼が壁を作るのかが謎で不可解で、接し方が分からなくなってしまった。


 その後も二人は路上で言葉少なにぼつぼつと会話を交わし、


「じゃ」

「……じゃあな」


 別れてお互い帰途に着く。

 

 終始歯切れが悪く、歯にものが挟まったようなもどかしさがあった。

 歯車がかみ合っていない、それを気にしないように振舞って、お互い気にしているのが見え見えだった。



 全て人格移行中のよくあるケースの、一サンプルだと知っている。


 よくはある。

 でもややこしい難題の一つ。


 気持ちが悪い感覚はあるけれど、すぐにどうこうできる、どうこうすべき問題ではないので「私」はこの悩みを放棄する。

 緊急性はもうすぐ「消えてしまう」尾関宗司の方が高い。

 加えて、消化しないといけない学校の人間関係の問題が多すぎる。

 彼のことはひとまず棚上げだ。

 

 そして私の意識はこれから自宅に帰ってきているだろう、「ラスボス」と呼ぶにふさわしい人物とどう相対するか、どうの大嵐と対峙するかに移る。


 今日接してきた人間はおおよそ肌に合わないものばかりだったが、「彼女」は群を抜いて厄介な相手なのだ。

 あの人は、「私」の心を焼く炎。

 どうか焼き尽くされませんように。


 私は真に祈る。






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