よろしく「私」

「けっこう可愛いでしょ」



 彼女は「私」に姿をよく見せるために、鏡の前でくるり一回転してみせた。

 まだあどけなさの残るショートカットの少女が鏡に映る。


 身長は160㎝くらい、日本人女性の平均より少し高い。

 胸のふくらみは際立ってはいないがしっかりと存在する。


 薄桃色のなめらかな頬からは、今の不可思議な状況への少し上気した感情がうかがい知れた。

 丸っこい鼻は人懐っこい印象を与え、その上の大きなまなこには強い光が宿り、勝気な表情がよく映える。

 お世辞抜きで整っていると思う。 



 「私」の感性が人並みからはずれていなければ、私はとても可愛い女の子だ。



「ラッキーだったね。この身体に生まれてこられて」

『うん……』


 こそばゆい感覚がする。

 これが気恥ずかしいということなのだろうか。



「知ってると思うけど、しっかり自己紹介するね。私は木山祈里きやまいのり。女、15歳、高校一年生。好きな食べ物はカニクリームコロッケ、嫌いなのはナスとピーマン」


 本は読まないけど、漫画はたくさん読む。

 最近特に好きな作品がアニメになって嬉しい。グッズもいろいろ集めてる。


 運動は苦手じゃないけど、好んでは体を動かさない。

 勉強は高校に入ってから、授業で分からない箇所がどんどん増えた。


 友達と呼べる人は男女問わずそこそこいるけど、特に仲が良いのは同性の二人。

 一人は同じ小中学校からの付き合いで、もう一人は高校から。

 近所に異性の幼馴染がいて、進路が高校で離れたので少し疎遠になった。



 祈里はつらつらとプライベートな情報を並べてゆく。

 彼女の言った通り、どれもこれも「私」は既に知っているが、これはお互い承知の上での再確認。

 少しばかり早口なのが、彼女も緊張していることが感じ取れて、「私」もどこか安心する。



「とりあえずぱっと思いついたことを言ってみた。……合ってたよね?」

『うん、一通り合ってたよ』

「よかった、。細かい擦り合わせはまた時間がある時にね」

『うん』

「まあじゃあ、これからちょっとだけの間だけど、」

 


 どうぞよろしくね、新しい「私」。



「すぐ着替えちゃうから、ちょっと待っててね」

『うん』


 私は彼女が身支度を整えるのを静かに待つ。

 ブレザーの制服に袖を通しスカートと靴下をはいて、手櫛でさっさと髪を整える。

 鏡はほんのちらりと見るだけですぐに「よし!」と言って、通学かばんに教科書類をぐいぐい詰め込んで肩に掛ける。

 慌てているわけではないが、一つ一つの動作が素早い。

 そのままの勢いで彼女は部屋を出ようとして、


「あ、言うの忘れてた!」

 と何かを思い出したらしい。


『? どうしたの?』

「ハッピーバースデー!」

『……え?』


 0歳のお誕生日おめでとう。


『……ありがとう』


 けれど自分で口にしておきながら、私はなぜか微妙な顔をしている。


『……今度は何?』

「いやあ……誕生日って生まれてすぐ祝うものなのかなって。何か変な感じ」

『私に言われても……』

「だよね」


 ごめんごめんと彼女は笑いながら、今度こそ自室を後にする。


「さあ台所でお父さんとお母さんが待ってるよっ」


 早く朝ごはんを食べよう、と私はお腹をさすってみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る