第6話 我慢の限界ですわ!! の巻

「もう、耐えられませんわよーーーーーっ!!」

「ち、ちょっと、ロビー――――――ン!!?」


 ケヴィンの静止も聞かずに、私は部屋を飛び出した。窓から。


 というのも、冒険者ギルドに登録してから早3日。

 一度も、冒険者としての仕事をさせてもらえなかったのである。


「ロビンはおとなしくしててください。世間知らずのお嬢様なんだから。それに、勘当されたとはいえ曲がりなりにもダイナスティ大臣の娘なんです。あんまり軽率なことをすると、大臣にまで迷惑をかけるんですから。いいですね?」

「う、うう、わかったわよ……」


 そう言いくるめられて、宿屋にほぼ軟禁みたいな形で過ごさざるを得なかった。ケヴィンはその間何をしているかと言うと、冒険者に向けられた仕事がないかを探したり、必要な買い物をしたりだ。


 最初はそんなもんかと我慢していたが、3日にしてとうとう我慢できなくなってしまったのだ。


「ケヴィンの奴め、こんなところまでミ●トくんっぽくなくてもいいじゃない!!」


 窓から飛び降りた私は、一目散に宿から離れる。衆目は驚いていたがそんなこと気にしない。


 もう、とにかく技を決めたくて仕方ないのだ。そのために冒険者になったのに、それができないなんてとんでもない!!


 とはいえ、町のど真ん中でそんなことをするわけにも行かず、どこかいい感じに技を掛けられそうなやつがいないかを探しながら、町を一通り走り回ってみることにした。


 そして、1時間かけて町の隅から隅まで走り回ったのだが。


「……平和じゃないの!!」


 そんな都合のいい悪者などおらず、私は町の中心にある公園のベンチで座り込んでいた。


「この町、王都より物騒って聞いてたけど……。その分、警戒も厳重なわけね……」


 このティンプローでは、王都の憲兵よりもはるかに格上のウェストエンド直属の警察があちこちで見回りしている。ごろつきどもも下手な真似は早々できないのだろう。下手な真似をすれば、自分がお縄につくことになる。


 ぐううううううううううう、と腹の虫が鳴った。

 そう言えば、朝から何も食べていない。


「……あの、お姉さん?」

「ん?」


 うつむいていた顔を上げると、小さい女の子が一人。その子が、串焼きを差し出してくれていた。


「……あ、ありがとう」


 どうやら、こちらを心配してくれているようだ。その串焼きを、手に取って頬張る。

 すると、女の子が差し出す手が、手のひらに変わっていた。


「食べたね。お代、銅貨3枚ね」


 私は少し固まってしまった。ふと周りを見ると、串焼きのような料理を渡している子供に、銅貨を渡す人があちらこちらに。


(……有料なの!?)


 思わず服をまさぐってみるが、銅貨は一枚も入っていない。そもそも、そんな物を用意せずに飛び出してしまったのだ。


「……あ、あの」

「何?」

「お金……取りに行きたいなって」


 そう言った瞬間、子供の後ろにいた大柄の男が、ずんずんと詰め寄ってきた。


「……おいおい姉ちゃん、そりゃねえだろ? 金はきちんと払ってもらわねえとよ」

「い、いや、だから今手持ちがなくて……」

「嘘つくんじゃねえやい! 食い逃げなんて許さねえぞ!!」


 ぎゃんぎゃんとまくしたてる強面の男に顔をしかめると、先ほどの子供と目が合った。目を合わせようとしない当たり、若干の後ろめたさくらいは感じてるのだろうか。


「だ、だったら一緒に来てちょうだいよ。お金用意するから」

「いーや、信用できねえ。だから……」


 男はニヤリと笑うと、私の服を掴んだ。


「この服を売るか、あるいは身体で払ってもらうか。どっちか好きにしな」


 なんてことを言うのだ、この男は。服を売ったら裸で帰らないといけないし、身体で払うなど飛んでもないにもほどがある。


 だが、まあ、仕方ないかな? と、私は髪を少しいじりながらも思った。私、鏡見てびっくりするくらい、美人なんだよなあ。前の顔は思い出せないけど、少なくとも前よりは美人な自信あるし。


「どうなんだよ、ああ!?」


 ぐい、と。私の顔を掴み、顔を近づけてくる。加齢臭に加えて、歯を磨いていないのか、相当口が臭い。つん、とくる口の匂いに、目が細くなる。


「……答える気がねえなら、身体で払ってもらうぜ!」


 そう言い、男がとうとう私の胸に手を伸ばした――――――――。


 ここまでされたら、もう黙っちゃいられない! そう言うのは、もっと大人になってから!


 

 私は男の腕を横からかっさらうと、掴んでひねり上げた。


「うげ―――――――――――っ!?」


 突然のことに反応できなかった男は、ひねり上げられた勢いのまま身体が横にそれる。

 そして、私は背中に身体を潜り込ませる。掴んでいた手を離し、男の腰に身体を入れ、重心を崩した!!


 子供たちも、なにが起こっているのかわからない様子だ。何しろここまでほんの一瞬である。

 腰が浮いて浮いた足首を片手で掴み、さらに男の首部分ももう片方の手で掴む。

 そして私は姿勢を正し、男を肩でもち上げる形となった!!


 これこそ!! あの、ロンドン名物!!


「――――――タ●ー、ブリッジ!!!!」

「グげ――――――――――――――――――――っ!!!!」


 両肩に力を込めれば、男の身体を反らした大橋の完成である。めきめきと、男の背中の普段使っていない背中の筋肉が悲鳴を上げる音がした。


(……ああ、決まった……!!)


 恍惚としていた私の身体に、女の子が飛びついてきた。


「お、お父さんを離して―――――っ!! お金はもういいから!!」

「……お父さん?」


 私は思わず二度見した。この男と女の子、全然似てないんだけど。何なら髪の色まで違うよ?


「……というか、お金払うって言ってるじゃない。さっきから」

「で、でも、持ってないんでしょ?」

「だから今からお金取ってくるって……あ」


 そこまで言ったところで、走ってくる影が目に入る。


「ロビン、何やってんですか―――――――――!」


 ものすごい勢いで、ケヴィンが走ってくる。早さが低いから、結局ノロノロだけど。


「……あれが払うから、大丈夫ですわ」


 結局、私はケヴィンがお金を払うまで、タ●ーブリッジを離さなかった。


 ギブアップの声も聞いてなかったしね。

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