第4話 追放、満を持して!!  の巻

 牢に入ってから1日で、私は解放された。


 そして、父の部屋に呼び出され、こう告げられたのだ。


「お前を勘当とする。この家から、すぐに出て行きなさい」


 椅子ごと背を向けたままそう告げる父の言葉に、私は頭を下げた。


「……感謝いたしますわ。お父様」

「よせ。もう父ではない。……お前を庇ってやれるのも、これで最後だ」


 なにしろ、王子の命を奪いかけたのだ。父の尽力があってこの程度の処遇で済んでいるが、本来なら死刑になってもおかしくない。そうなれば待っているのは、トーマスルー王家の破滅だ。

 ……いや、実際のところ、トーマスルー王家は滅亡する運命なのだが。ゲームでは故郷を滅ぼされた王子が、主人公のリンとともに魔王討伐の旅に出る、という流れなのだ。ちなみに、この父は家族を連れて早々に逃げ出すはずである。有能。


「今まで育ててくださった恩は、決して忘れません。……16年もの間、育ててくださってありがとうございました」


 私はそう言って、父の書斎を後にする。部屋から出ると、使用人たちが集まって今の話を聞いていたらしい。


「……お、お嬢様……」

「あなたたち、世話になったわね」


 使用人たちは、私の世話を良くしてくれた者ばかりだ。元のゲームではこんないい子たちにもいじめをしていたロビィナだが、私はそんなことをする気には到底なれなかった。おかげで関係はそこそこに良好だ。


「これから、どうなさるおつもりですか?」

「そうね、国を出たら冒険者にでもなろうかしら?」

「冒険者!? いけません、あんな野蛮な職業!! お嬢様の身に何かあったら……!!」

「うふふ、心配いらないわよ?」


 私はくすくすと笑って、近くにあった騎士甲冑の槍を掴む。

 握る手に力を込めると、鋼の槍の柄はぐにゃりとひん曲がった。


「私、こう見えて結構逞しいから」


 これを見せられた使用人たちは、流石にドン引きしていた。皆、ひきつった笑みを浮かべるしかない。


「だから、私のことは心配しないで? それよりも、自分の身が危ないと思ったら、一目散に逃げるのよ?」

「……お嬢様?」


 彼女たちには、この先のことなどわからない。王国襲撃の際には、彼女たちの安否までは分からなかったが、無事であることを祈る。


*************


 追放されるのは予定通りだったので、そのための準備は以前より進めていた。

 必要な路銀の確保のために、お小遣いはやりくりし、結構な額が貯まっている。

 それに、遠出用に必要な冒険用の装備セットも、秘密裏に準備済みだ。


 私は着慣れた令嬢のドレスを脱ぎ捨てると、旅用に用意していた動きやすい服に着替える。ドレスと違って着替えに手伝いもいらない。これからは自分で身の回りのこともしなければならないのだから。


 カバンに必要な道具一式とお金を詰め込むと、私は部屋を出た。使用人たちが、驚いた顔でこちらを見る。こんな姿を見せたことが一度もないのだから無理もない。


 屋敷の正門を出ると、馬車が用意されていた。お父様の用意したものか。御者に聞くと、国境の町まで行くという。


「お二人様分の代金は、いただいていますので」

「二人?」


 首を傾げたが、馬車の扉が開いて答えはすぐにわかった。


「お嬢様、準備できたなら早く行きますよ!」

「……ケヴィン!」


 馬車には、ケヴィンが先に乗っていたのだ。


「何であなたがここに!? 牢屋番のお仕事は!?」

「……旦那様に頼まれたんです。お嬢様と一緒に行ってくれって」


 ケヴィン曰く、ロビィナを牢から出す前に、直接家を訪ねてきたそうだ。乳母だった母も、自分も、ひっくり返るように驚いた。


 そして、大臣が直々に頭を下げ、「娘に着いて行ってほしい」と頼まれた。


「ロビィナが一番側にいて安心できるのは君だろう。一生のお願いだ」


 世話にもなっていた大臣に、そうまで頼まれてしまっては、断るべくもない。


「そんなわけで、憲兵に辞表を書いて、この馬車に乗ったわけですよ。まだ入って1年くらいだったのに」

「そ、そう……」


 口ではやれやれ、という風に言う私だが、内心どこかほっとしている。やっぱり、わかっていたとはいえ一人旅に出る、というのは一抹の不安もあったのだ。


「さしずめ、あなたは私にとってのミ●トくんというわけね。ふふふ、ケヴィンなのに●ートくんとは、これ如何に……」


 このたとえは、ケヴィンにはさっぱり分からない。ただ、自分が参加して不機嫌というわけではない、という事は伝わったらしい。


 そろそろいい頃合いかと思ったのか、馬車はゆっくりと動き出した。

 これから、私とケヴィンの大冒険が始まるのである!!


*************


「……ところで。ケヴィン、あなた、冒険とかできるの?」

「あのねえ。僕、これでも一応元兵士なんですけど」


 ジト目で見つめるケヴィンに対して、私は小声で「ステータス」とつぶやいた。私だけに見える黒いウィンドウが、ケヴィンのステータスを表示してくれる。


―――――――――――


【ケヴィン=クリス】 【レベル8】【水属性】


 体力:26

 魔力:40

 力 :10

 守り:16

 魔法:60

 魔防:37

 速さ:22

 器用:17


――――――――――――


「……はあ!?」


 思わず私は叫んでしまった。レベルが低いのはいい。軒並みステータスが私より低いのも。だが、私が極振りしていないステータスについては私と同等、魔法については私よりも上だ。


「……どうかしたんです?」

「け、ケヴィン。あなた、ちょっと聞きたいんだけど……魔法力高くない?」

「お嬢様が言ったんでしょうよ? 鍛え方にはコツがあるって」


 ―――――――あ、そう言えば言った。昔。そんなこと。


 ついでに言えば、努力値の振り方も教えたし、必要なアイテムもあげていたわ。

 なにせ取り寄せた努力値を上げるアイテム―――種は、全種類セットで届くことがほとんどだったのだ。体力、力、守り、素早さに全振りする私にとって、魔法関係の種はいらないものでしかない。捨てるのももったいないので、ケヴィンにおやつとしてあげていたのだ。


 それで努力値を振ったところに、魔法を鍛える訓練をしていたとなれば、このステータスになるのもうなずけるというもの。


(……というか、私の魔法力、レベル8のケヴィンにも負けるのね)


 興味もなかったし向こうも極振りしているのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、このゲームのステータス調整はミスっていると思わざるを得ない。


「……と、とにかく! ついてくるなら仕方ないから連れて行ってあげる。その代わり、条件があるわ」

「何です?」

「……私の事を、名前で呼びなさい。もう「お嬢様」じゃないんだから。おんなじ理由で、敬語も禁止よ」

「ええ!? 勘弁してくださいよ、今更そんな……!」

「い・い・か・ら! 私のことは「ロビィナ」よ、「ロビィナ」!」


 ええ……とためらうケヴィンだったが、やがてぽつりとつぶやいた。


「ロ……ロビィナ?」


 顔がぼっと熱くなった。顔を覆わずにはいられない。


「は、恥ずかしがらないでくださいよ! こっちだって恥ずかしいんだから!」

「い、いや、そ、そうね。……せめて、呼び方変えましょう。愛称みたいな感じで」

「ええ……じゃあ……」

「そ、そうね! ロビン! ロビンにしましょう! 私ロビィナだし!」

「ロビンか……ま、まあ、其れなら呼びやすい……かな?」


 お互い顔を真っ赤にして、私のことは今後「ロビン」と呼ぶことに決めた。

 ただ、敬語はどうしても使いたいらしい。普段から敬語を使っているせいで、すっかり定着してしまった。


 なにしろ、母親とも敬語で話すくらいなのだ。

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