第3話 ロビィナの強さの秘密! の巻
「ん……ふう……」
目を覚ました私は、思わず身を震わせた。
石壁と石床に薄い藁を敷いただけの寝床は、今まで寝た中でも最悪の寝心地だ。
ここは王城の牢屋の中。昨日盛大にやらかした私は、憲兵たちにここへと押し込められる羽目になった。
抵抗はできたのだが、その場合さらに厄介なことになるだろう。少なくとも、彼らの無事を保証できない。
隣に転がっている男のように、泡を吹いて一晩寒い牢の中で過ごす羽目になりかねないからだ。昨日牢に私が入った瞬間襲おうとしてきたので、逆に絞め落としてやったのだ。藁の寝床も、彼が快く提供してくれたものである。
着ていたドレスはそのままだったのが救いだろう。裸でこんなところに放り込まれたら風邪を引いてしまう。
「……さて、どうしようかしら」
鉄格子に手をかけて、力を込めてみる。じっくりやれば開きそうだが、慌てて見張りの兵隊が駆け寄ってきた。
「な、なにしてるんですか! やめてください、ダイナスティ嬢!」
「……あら、私が牢を破らなくて良い理由でもあるの?」
「――――――ここだけの話、ダイナスティ大臣があなたの釈放を請求中です。今日中には出られますから、お願いですからおとなしくしていてください。私の責任問題になってしまいますから」
「……あら、随分な言い方ね、ケヴィン?」
見張り、改めケヴィンは、私の奴隷と言ってもいいかもしれない。
何しろ、昔からの幼馴染なのだ。そして、私の本性を知っていた唯一の存在でもある。
「それにしても辛気臭い所よね。こんなところで働くなんて、気が狂いそうだわ」
「お嬢様に付き合わされるよりはマシですよ。囚人さえいなければ静かですし」
「そうね。あなた、本読むのが好きだものね」
カンテラに照らされているのは、数冊の本だ。どの本にも栞が挟まれているあたり、手広く読んでいるのだろう。
本のタイトルは、いずれも「魔導論」と呼ばれる学術書ばかりだ。
「……これは、サボりと言ってもいいんじゃない?」
「勘弁して下さいよ。こっちなんて非番だったのに急に呼び出されたんですから」
鉄格子越しに、互いに見つめあう。そして、思わず笑ってしまった。
「お嬢様、とうとうやっちゃったんですよね? あの技」
「ええ。気持ち良かったわー! 練習用の丸太にやるのとは大違い。でもやっぱり私じゃダメね、完璧には再現できないわ。やっぱり力と技と残虐さがないと……」
「力と技はともかく、残虐さはお嬢様的に不味いでしょ」
うんうんとうなる私を見て、ケヴィンは困ったように笑っていた。
*************
ケヴィン=クリスと初めて会ったのは、前世の記憶を思い出す前。それこそ、赤ん坊のころからの付き合いだ。なにしろ、乳母の子供だったから。
前世の記憶を思い出した後の私は、身体を鍛えるのに夢中になったけれど、ケヴィンは男の子ながら、そう言うことにはまったく興味を示さなかった。
彼が好きだったのは、魔法だ。魔法使いに魅了されたようで、暇さえあれば魔法の本ばかり読み漁っている。そんな男だ。
中でも好きなのは大賢者と呼ばれる男、アルム・サロク著の『魔導論基礎』という本であり、あらゆる魔法の原理につながる学問らしい。私はちょっと見て頭が痛くなったので、詳しい内容は分からない。著者についても、「そんな奴いたようないなかったような」と曖昧なものであった。
もともとのゲームでも、ロビィナは肉体派であり、魔法を使うようなキャラクターはほとんど育成をしてこなかった。なので魔法関連のイベントはほとんど知らないのだ。
「私、これからどうなるのかしらね」
「……そうですねえ。あくまで、噂ですけど」
ケヴィンの言葉に、私は耳を鉄格子に寄せる。
「出奔させるんじゃないかって。そういう話が上がるって聞きましたよ」
出奔。つまりは、家を追放されるという事。
(まー、予定通りっちゃ予定通りよね)
元々のゲームでも追放されるのだ。何もできずに追放されるより、一矢報いて追放してやったので、展開的には大勝利だろう。
「そう言えば、王子様の容態はどうなわけ?」
「……元とは言え、婚約者相手によくあんなことできましたよねホント。今、熱出して寝込んでるって」
「ふむふむ。そこまでできてるか。良くやったなあ、私」
「言ってる場合ですか!」
傍から見たら、そんなトラウマを植え付けておいて喜んでいる私を、ケヴィンがぴしゃりと諫めた。
「大臣の娘とは言え、下手すれば死罪ですよ!」
「そうなったらそうなったで、全力で抵抗するだけよ」
私はそう言い、指の骨をポキポキと鳴らした。この国は言ってしまえば最序盤の国なのだ。負ける道理は微塵もない。
何しろ私は、この世界で前世の記憶を持ってから10余年、血のにじむような鍛錬をしてきたのだ。
私のステータスは、現在こんな感じ。
―――――――――――
【ロビィナ=ダイナスティ】 【レベル50】【火属性】
体力:680
魔力:40
力 :590
守り:587
魔法:55
魔防:37
速さ:640
器用:155
――――――――――――
やけに偏っているステータスなのには、キチンと理由がある。
『ラバラント戦記』のキャラクター育成には、コツがあるのだ。
それが、「努力値」の存在である。簡単な話、鍛え方を工夫するだけで強さの伸びがだいぶ変わるのだ。筋トレで鍛えたい部位ごとに鍛え方を変えるのとおんなじである。
私がやったのは、徹底的に魔法を捨てた鍛え方。この世界では魔法があり、確かに強力なのだが、必殺技を決めたい私には正直魅力的ではなかった。
なので、徹底的に無視である。おかげで、学問に関しては学院で平均以下どころかワーストに入るほどであった。
代わりに力を入れたのが、筋力等の身体である。そのために実家の財力を使って、あるものを集めさせた。
いわゆるドーピングアイテムという奴で、一定数まで特定のステータスの努力値を上げることができるのだ。この状態でレベルが上がると、通常のレベルアップ時よりも能力が飛躍的に伸びる。通常通りの育成でのレベルアップ平均が「3」くらいだとすれば、努力値を意識するだけでこの平均が「15」にもなるのだ。
体力、筋力、守り、素早さに限界まで努力値を振るため、食事にもかなり気を使ったし、毎日トレーニングは欠かせなかった。そして、レベルアップのために、実際に魔物を討伐したりもした。
魔物討伐でも努力値は振れるのだが、困ったことにいらない努力値を振る魔物なんかももちろんいる。そう言う連中からは逃げ回り……という、そんな生活を10余年。
まだまだ伸びしろはあるが、それでも未完成版「地獄の断●台」を決められるまでになったのだ!
だが、私はまだ満足していない! まだまだ、決めたい技がいくつもあるのだから……!!!
(……序盤の魔物だけで、ここまで頑張ったのはホントにすごいわ、私……!)
ぱっと見非力そうに見える細腕だが、技を決めるには十分な力を発揮できることは、長年の鍛錬からわかった。
後は追放された先で、さらなる技の研鑽をしていくのだ……!!
「フフフ……ハーーーーッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
明るい未来に、私は牢の中で高笑いした。ケヴィンの冷ややかな視線が刺さるが、そんなの鍛え抜かれた私の肉体には傷一つつかないのだ。
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