07.これは詰みです
激しい衝撃に呼吸が止まったおかげか・・・意識がパツンと戻った。
ぶつかって、落ちて、ゴロゴロ転がる。何がなんだか。
体勢を整えたい!
体が起こせない。
痛い!痛すぎる!なんだこの痛みは。
でも何が起こったんだ?
なんとか立ち上がりたいのだけど体がいう事を効かない。そもそも左腕が動かない。何やら感覚がおかしい。
動く右腕を使って起き上がろうとしたときに・・。
「避けて!」
声を聞いた。瞬間横に転がる。理由は無い。同時に目前の地面が爆ぜる。割れた石が体に当たる。なんか刺さっている。別の痛みが襲う。
わけがわからない!
何者かの攻撃である事は分かる。あまりにも早い連続攻撃だ。どうなっている。
無様に転がる。その勢いを利用してなんとか立ち上がれた。
攻撃された先を見ると。大きな黒い塊がいる。それは僕の視界から消える。え?
「後ろ!」
またもや声が掛かる。反射で黒い塊がいた方向に転がる。背後から物凄い音がする。総毛立ってしまった。これも即死級の攻撃じゃ・・。
素早く立ち上がって移動する。立ち止まっていると攻撃される。あの攻撃では確実に死ぬ。
僕の速度をより早い黒い塊が目の前に現れる。横にステップして離れないと。
確実に相手は僕を狙っている。突然目の前に突進してくる。ノーモーションで予測でき・・は、早い!
これは躱せな・・。
ゴリッ!
何かが削られる音が体の中から響く。痛い!痛い、痛い、痛い!
攻撃の勢いも凄い。体がとばされそうになる。なんとか踏ん張った。
次はどこから。黒い塊は後方にいる。まずは距離を取らないと。
余りにも理不尽な攻撃ばかりでなんか腹が立ってきた。というかどうにでもなれと投げやりな気持ちだ。
黒い塊が何者か知らないけど無傷では終わらせない。一体何者だ?
腰にさしていた短剣のストラップを外してまだ動く右手で握る。今の武器はこれだけだ。
黒い塊の動きはない。息切れしたのか動きが止まっている。
ようやく黒い塊を観察できる。
・・・こいつ・・・。
目が赤く光っている。ほんのり明るい洞穴内だけどそれよりも明るく刺さるような目だ。車のテールランプのような。ん?何やらもやもやとした感じになる。なんだ?
いや。それより目の前だ。
多分だけど体毛は黒だ。四つ足である事は明確。足が異様に太くないか?足の先にある爪は鈍く光っている感じがする。あれで攻撃されたのか。
体もでかい。体高だけで一メートルは超えている。体長は分からない。二メートルは軽く超えていそうだ。
顔はよくわからないけど肉食系の顔だ。でかい狼という感じか。
相手を確認して最悪な生物が目の前にいる事をやっと認識した。アイナさんが注意してくれた事と結びついた。
こいつ・・・魔獣だ。目が赤く光るのはなんらかの魔獣だと言われた。物凄い相手なんだとか。
大きさに関わらず魔獣と戦うには武家の男達でも何十人かいないと討伐できないらしい。彼らより強いアイナさんですら一対一では絶対逃げると言っていた。
「この周辺で魔獣に出会う事は絶対といって良い程ないからね。安心してね~。最低限魔獣の容姿だけでも知ってもらう必要があるからだよ~」と教えてくれたアイナさんの言葉が思い出される。
目が赤く光るのが絶対的な特徴。
います、いますよアイナさん。絶対無い魔獣と会ってしまいました・・・・。
当然逃げの一手なんだけど。逃げるのは無理。だって魔獣は出口方向にいるからだ。こいつをすり抜けて逃げれられる俊敏さは僕には無いのだから。
怪我の程度が把握できていない。痛みに慣れっこになってしまったけどかなりの重傷のはずだ。仮に逃げられてもこのまま治療しなければ死ぬだろうな。未だに左腕はプラプラしてる。自分の意思では動かない。
あ・・忘れていた。そういえばここには女性がいたんだった。彼女は今何処に?
と思ったら、ほぼ同時に背後から柔らかい感触があった。突然だったからビックリしてしまった。
へ?
いつの間に。
「手短に話します。どうして異能を使わないのですか?相手は魔獣ですよ。出し惜しみしている場合ではないのでは?」
耳元で低く囁くような声。こんな状況なのに安心する声色。それにしても異能ってなんだ?全く思い当たりもしない。
「ゴメン知らない。記憶を無くしているんだ」
「そういう事?・・そうなのね。その怪我では難しいと思うけど私を信じてリラックスして。いい?」
言っている事が全くわからない。聞きたい事は色々ある。でもそんな場合じゃない事は分かる。不思議と背後の女性を信じる事に不審は無かった。
「・・お願いする」
「ありがと。後がきついかもしれないけど今はこれしかないの覚悟してね」
女性が言い終る前に違和感を感じた。
体の中から何かが動いているような、燃えているような激しい感覚。
視界が真っ黒になる。耳鳴りが激しい。体の感覚が消失する。
これって大丈夫なのか?
だけど不快感は全く無い。表現しづらい高揚感に溢れている。
僕の体はどうなってしまったのだろうか?
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