06.話が違うんですが


 うん。程よく乾燥したいい空気だ。気持ちいいな~。

 目の前に広がるのは広大な草原。地平線が見えるほど広い。

 何の心配もなければ草むらに寝転んで昼寝でもしたいくらいな気持ちよさだ。

 邑を追い出されて一人で生きていかないといけないという心配がなければ・・・ね。

 自分でも驚くほど怪我は治っていった。完全ではないけど一人で動くには問題が無い。それを確認するとエスコさんは当初の宣言通り僕を邑から追い出した。

 何の猶予もなく出て行けと言われた。助けてくれた人はいたけど家長代行の決定には従わないといけないんんだって。

 振り返ればそのイキシ邑がまだ見える。門の前にはアイナさんがまだ見送ってくれている。もう顔も分からない位に離れているというのに・・・。

 アイナさんには色々助けて貰った。返せるものも無く、いつ会えるかも分からないけど。僕は「ありがとう」と言う事しかできなかった。生きて会えるかもわからないから。

 胸の内にこみあげてくるものがある。顔をやや上に向けながら正面を見る。視線の先には遠くの山々が見える。聞くところだと相当遠いらしい。山のまでは十日は歩く必要があるらしい。

 その中でもひときわ高い山がある。その山を目印にまっすく北に向けて歩く。向かう先にはアイナさんが教えてくれた場所がある。行ってみないとわからないけど岩場があるとの事。

 その岩場の洞穴で生活してみたらと言われたんだ。獣避けの効果があるようで岩場には獣は近づかないというありがたさ。近隣の邑人も近づかない場所なんだって。

 贅沢を言えない立場だし。安全が優先される。しばらくは岩場で一人生活をする事にしたんだ。アイナさんも絶対岩場で慣れて欲しいと言ってくれた。

 だから草原をのんびりと堪能する場合ではないんだ。急がないと。草原には獣がいる。襲われたら僕では対処できない。

 今からなら日が暮れる前には岩場に着くそうなんだけど。なるべく早く着きたい。

 

 疲れない程度の早足で歩く。歩く。歩く。周囲を警戒するのも怠らず歩く。近くのブッシュから鳥や小動物が飛び出してビビったりしたけど歩く。

 ひたすら歩く。

 太陽が傾く頃にようやく景色が変わってくる。茶色の塊が見えてきた。

 あれがアイナさんが言っていた岩場だろう。あとどのくらい歩けば着くのかな?でも、歩くしか手段が無い。

 暫く歩くと足元の感触も変わってきた。柔らかい土の感触からゴツゴツした感触に変わる。石が多くなってきたので結構歩きづらい。と、いうか真っすぐに歩けない。

 岩に邪魔されたり、妙な起伏がある。これは地味に辛い。歩くペースが落ちる。草原で頑張って歩いて稼いだ時間があって良かった。これ日暮れまで間に合わなかったかも。

 岩場までの距離はアイナさん基準だという事がやっと理解できた。これは危なかった。

 何度か足を取られてやっと目的の場所と思われる所に到着。汗びっしょりで疲れた。でも日がある前に着いてよかった。

 目の前には大きな崖に見える岩の塊がある。

 この崖のどこかに人が暮らせる洞穴があるそうだ。以前狩猟の関連でこの岩場にアイナさんが来たらしい。その時に見つけた洞穴なんだって。

 

 さてどこにあるのやら。

 

 相変わらず足元が悪いな。

 どこにあるか・・・。

 あ、あれかな?

 崖下に文字通り大きな穴がある。あれが、その洞穴か。

 ふ~ん。意外とあっさり見つかってよかった。

 中を覗いてみるけど当然中は見えない。聞いている事と少し違う気がするけど。洞穴である事は確かだ。

 とりあえず入ってみるか。

 ひんやりしている。思ったより湿気を感じない。うん、これならなんとか寝泊りできそうだ。

 奥に進んでいくとやっとアイナさんが言っていたことが理解できた。この中ほんのりと明るいんだ。天井から足元まで全部明るい。トーチの灯り程度だけど十分。灯りの心配が無いのはいいな。

 なんとかしたいのは足元かな。外の岩場よりは少ないけど石が結構多い。寝るときは注意が必要だ。

 などと考えながら洞穴を進んでいく。洞穴は割と真っすぐな作りだった。広い場所や狭い場所もあるけどあまり気にならない。アイナさん良い場所知っていたんだなぁ。

 

 と、思っていた時に進行方向から何か音が聞こえる。

 それは僕の足音と同じ。石を踏んだ音だ。じゃりじゃりと僅かに音がする。

 誰?

 緊張感マックス!

 もしかして獣とかがいるのか?音は割と近いと思う。反響音もあるからはっきりと分からないけど。十メートル以内なんじゃないかな?

 進行方向は緩やかにカーブをしているから正体の確認ができない。もうばれているとは思うけどなるべく音をたてないように慎重に進む。

 

 見えてきたのは・・・。

 コートで全身を隠している・・・・人だった。手には何か持っているような。

 アイナさん話が違うんですが・・・人はいないんじゃなかったの?

 

 向こうも驚いたと思うけど。事前情報と違う状況に僕も驚いた。

 まさか人がいるとは思ってもみなかった。

 どうしようと考えた時に鋭い声を掛けられた。


「後ろ!避けて!」


 有無を言わせない強さがある声だった。声の主は女性?いや、その前に。避けろと言っていた・・・。

 

 左半身に物凄い衝撃と焼けつくような痛みの感覚があ・・・。

 考える間も無く僕は吹っ飛ばされた。

 

 何が起こったのか分からない衝撃。

 そのまま意識が遠くなっていった。

 

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