05.一人で生きていく事を決めた


 目の前に広がる空は青い。雲一つない晴れだ。

 ・・・・僕はいつの間に空を見ているんだ?

 と、いうかいつ投げられたのか分からない。投げられたんだけど痛くも無かった。

 僕は今、大の字になって寝転んでいる状態だ。

 

 何をされたのか分からなかった。

 

 その前の事は流石に覚えている。もう一度思い出してみる。

 僕は体が動くか確認したくてアイナさんに訓練をして欲しいとお願いをした。

 邑の訓練所のような所に連れていってもらって訓練をしていた。思ったより体が動いたので軽く組手をしてみた。

 そうしたら思ったより僕は動けたんだ。体が何かを覚えているんじゃないかとアイナさんは言っていたのだけど。

 「すこ~し、本気出すね~」というアイナさんの言葉と共にアイナさんの動きは見えなくなったんだ。

 何かにふわりと体を浮かされ気づいたら大の字になっていたのだと思う。

 本当に何をされたのか分からなかった。多分投げられたのだとは思うのだけど。

 体を起こして背後を見るとニコニコしたアイナさんが立っていた。アイナさんは僕の腕を絡めているのだけど・・・これ・・・極めていますよね。本気でない事は分かりますけど。

 なんか凄いな。強いや。


「参りました。アイナさん凄いですね。どうやって投げられたのか分かりませんでしたよ。それも手加減をしてくれたみたいですし」


 アイナさんのロックが緩んだ事を確認してゆっくりと体を起こす。僕が起き上がるのをアイナさんは手伝ってくれる。大人が子供を抱き起す感じはこんな感じなんだろうか?と、いうくらい軽々と僕を持ち上げる。

 身体能力が僕より遥かに高い事についてはもう驚かなくない。


 強い。

 

 その一言で表現できるからだ。

 まだ怪我が完全に怪我が癒えていない僕。だからアイナさんは全く本気を出していない。

 それでもこれだけ実力差があるし。マジかぁ~。

 

「ウフフ。私のほうも驚いたわ。それにしてもクルタくんの治癒力は変よ。あそこまでの重症が二日程度で殆ど治っているのだもの」

「そうなんですね。正直僕もよく分からないです。思い出せたら良いのですけど。相変わらず何も思い出せませんし」

「そうよね~。体を動かせば何か思い出すかもと聞いたから訓練に付き合ったけど。それでもダメだったみたいね~」

「そうですね。でも体が思ったより動いたのは確認できたので無駄ではなかったと思います」

「ほんとね~。クルタくんは何かをやっていたのかしら?動きがとても独特で私も驚いたわ~」


 そうなんだよな。過去の僕は何をしていたんだろう?アイナさんから聞く限りだとこの周辺の邑の男達とは体格が違うらしい。僕もそれは理解できた。

 今もこの訓練所には結構な数の男達が来ているけど全員筋肉ダルマだ。何を食べたらあんな体になるのか信じられない。彼らは武家の人達らしい。彼らと比べればエスコさんは細い事が良く分かる。それより細い僕。

 確かに何者なんだろう?そうは言っても僕より目の前のアイナさんのほうが何者ですか?と思いたい。


「僕はアイナさんと比較すらできないですよ。武家の人達でしたっけ?彼らも相当強そうに見えますけどアイナさんよりは弱いのですよね?」

「え~。そんな事ないわよ~。ライラには勝てないからね~」


 そうなんだ。信じられないけど目の前のアイナさんは武家の人達より遥かに強いんだって。僕では適うはずもないから思いっきり体を動かしてこいとライラさんが言うのだ。ライラさんは嘘を言う人では無い。

 その証拠に武家の人達が訓練所に入ってきた時に真っ先にアイナさんに声を掛けて教えを請ってきたんだ。アイナさんの何倍もの体格がある男達が身をかがめてくるんだもの。僕は圧倒されてばかりだった。

 その彼らは今も遠くででかいブロックのようなものを素手で砕いている。あり得ない程の力だ。その彼らがアイナさんに敵わない。

 理由は割と単純だった。聞いたけど未だに理解できない。

 

 異能。

 

 忘れてしまったけどアイナさんは異能という特殊な能力を持っているとの事。異能の種類にもよるけど所持者の能力を上げるみたいだ。

 アイナさんの場合は五感の反応速度と筋力が何十倍もあがるそうだ。

 異能は誰しも持っている能力ではないみたいだ。今来ている武家の男達は異能というモノを持っていないらしい。

 僕にもその異能というモノがあるとアイナさんは言う。だけど思い出すまでは内緒にしろと言われた。中途半端に使うと危ないらしい。異能を理解して正しく使わないと事故の元になるとか。

 そんな異能が僕にもあると言われてもやはりピンとこない。何も思いだせないから。

 う~ん。困った。

 

 分からない事だらけだ。それも今更か。仕方ないで割り切るしかない。


 僕を助けてくれたソリヤ家の人達。代々狩猟を家業としている”家”だそうだ。アイナさんライラさんは本家の人達でエスコさんは分家の人らしい。アイナさん達の父親である家長は行方不明だとか。詳しくは聞けなかったけど。

 それでエスコさんが家長代行となっているらしい。

 そのソリヤ家が所属している邑はイキシ邑という名前らしい。

 この邑は二十程の”家”が集まっている集落との事。

 人口はだいだい千人程ではないかというのがアイナさんの言。盗賊や獣が襲ってくるので邑の周囲は壁に囲まれている。その外には防護柵もあるそうで簡単には侵入できないそうだ。

 襲撃から守るのがさっきから意味なくブロックを砕いている武家の男達だ。手に武器を持って見回り、警戒をしているそうだ。この邑には三百人程の武家の男達がいるらしい。

 それでも盗賊の侵入を許してしまうらしく各”家”でも自警の必要はあるとの事。

 邑の中にいれば安全かと思っていたけどそうでもないらしい。だけど日中は盗賊は侵入してこないので比較的平和。力が余った男達が暴れる事があるようだけど・・・平和。

 このような邑が周辺にもいくつかあるそうだ。交流があったり、なかったりと色々あるようだけど。

 各邑の交流頻度はそれ程多くない。それは邑の外が危険だからとアイナさん。集団で徘徊している獣達に見つかったらまず助からないそうだ。外はそんなに危ないのか。

 僕はとんでもない決断をしてしまった。

 

 何しろ僕は一人でなんとか生きていこうと決めたんだ。

 エスコさん、ライラさんが受け入れてくれない限りこの邑には残れない。そして受け入れてもらう手段が未だにない。

 なら、邑を出て一人で生きていくしかない。この事を相談したらアイナさんは悲しい表情をしたまま手伝ってくれると言ってくれた。

 僕の決断を受け入れてくれたアイナさんは僕の治療の合間に色々教えてくれた。

 ここでの訓練もその一環。思ったより体は動いてくれた。あれ程しんどかった痛みも今は殆ど無くなっている。それでも外で生きていくには厳しいそうだ。

 

 僕は一体どこの邑で暮らしていたんだろう。場所が分かればそこを目指せるのだけど。

 ないものねだりをしても仕方ない。

 

 一人で生きていくんだ。


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