02.生きている?



 ・・・・・・痛い。

 ・・・痛い。

 痛い。


 痛みで目が覚めた。なんとも表現しづらい感覚がマヒするような痛み。厳しい。

 体もだるい。起きれない。目を開けるのも辛い。

 どうなっているんだ?

 確か見知らぬ男女に森で会って・・・殺されそうになって・・・?

 気を失った・・・んだ。

 あれからどうなった!

 思わず目を開ける。

 

 薄暗いが夜ではないみたいだ。壁の隙間から木漏れ日が見える。板張りかな?

 どこかの建物の中に寝ているようだ。背中には藁のようなものが敷かれているのかな。ちょっとゴワゴワしているけど冷えた地面よりはずっと良い。

 外からは微かに雑踏の音が聞こえるような気がする。それくらい静かだ。この建物の中には誰もいないようだ。

 左目の視界が悪い。何かゴミでもついているのかと手を上げようとしたのだけど左手が上手く動かない。痛む体を起こして確認しようとしたら・・。

 

 うわぁ。

 

 体に包帯のようなものが巻かれている。所々赤く滲んでいるのは・・・僕の血か?左手は更に厳重に巻かれているようだ。肩から腕の先までしっかりと固められている。

 右手は・・・まだ動く。それでも指も何か巻かれているようで自由に動かない感じだ。右手で顔を触ってみると、こちらも何か巻かれているようだ。それで視界が悪いのか。

 痛みが酷い箇所に何か巻かれて治療を受けていたようだ。

 ここまで治療されているのに気づかないなんて。どれほど長く気絶していたんだろうか。

 

 目が覚めてからも痛みに耐えるのが精一杯。これでよく寝ていたな。

 

 ・・・・生きている。

 生かされていたというべきなのだろうか。

 彼らの態度から想像すると生きていて良かったと素直に思えなかった。

 死んでいても文句は言えない状況だったのだけど良かったと何故か思えない。それくらい扱いが酷かったような気がする。助けて貰って思う事じゃないのだけど。

 

 これからどうなるのだろうか?

 痛みで体が動かないから逃げるのは無理だ。

 そもそも・・・ここは何処なのだろう?

 

 場所も気になるのだけど。・・・僕は一体何者なのだろう?

 思い出せない。

 

 今まで何をしていたのだ?それも思い出せない。覚えているのは二人の男女と会った所だけ。その前の事は・・・全く覚えていない。

 空っぽだ。

 僕は誰なんだ?

 嫌な感情が湧いてくる。叫びたいような。泣きたいような。辛い感情。

 周囲には誰もいない。叫んでみようか・・・。今まで我慢していたんだし。

 ん?あれ?我慢?僕は何を我慢していたのだ?どういう事?

 


「あ~、気づいたわね。ずっと眠ったままかと心配していたのよ~」


 突然声が聞こえた。それも近くだ。え?

 痛みを堪えて首を動かすと。一人の女性がいた。やはり見覚えがない。

 女性は僕の側に座って話を続けてくれた。


「まだ体は痛いと思うのだけど、できる限りの処置はしたつもりよ。本当は治療師を呼べればいいのだけど~。すごい高いのよ。それに邑人でないと治療もしてくれないのね。だから私が頑張ってなんとかしてみました」


 ニッコリと微笑む表情がなんだか凄く癒される。安心するのはなぜなんだろう?

 ちょっと前までのドロドロとした感情が一気に拭い去られたような感じか。

 うん・・・落ち着く。色々分からない状況だけと謝意は伝えないといけない。


「あの、助けてくれてありがとうございます。何者か分からない僕に治療をしてくださってありがとうございます。お返しもできなく申し訳ないです」

「あら~。丁寧にありがとう。助けられそうな命であれば私は助けますよ。ライラ達の事は気にしなくていいから。結構厳しい態度を取ったんでしょ?でも、私はあなたの味方よ~」

「は、はい。ありがとうございます。ご存じか分かりませんが・・僕は記憶が無いようです。何故か全く分からないのです」


 僕は単純かもしれない。何も分からない所に一人取り残されていたのだ。そこに優しそうな女性が介抱してくれたらしい。それだけでも嬉しい。

 更に会話が成立した。僕は嬉しかったんだ。あの男女とはどうも会話が成り立たなかったし。

 もう泣きそう。 

 

「うん、うん。そんな事を聞いたわ~。あの二人は信じていないようだけどね。私は信じるわよ。でも色々聞いていいかしら~?」

「あ、はい。分からない事は本当に分からないです。それで怒ったりしませんか?」

「だから~、怒らないってば。相当あの二人に怖い思いしたのね?本当に私は大丈夫だから。まずはゆっくり寝て。体はきついでしょ?」


 女性は側に近づいて僕の体勢を整えてくれた。なんか嬉しい。体は痛いけどそれを忘れそうな感動がある。

 それを思ったらこの女性はどのような立場な人なのか分かってもいなかった。


「質問ばかりで申し訳ないのですが・・・ここはどこなのでしょうか?それと僕はこれからどうなるのでしょうか?あと・・・・あなたのお名前を伺っても良いでしょうか?」


 あ、嬉しそうな表情になってくれた。よかった。間違ってなさそうだ。


「あらあらそうだったわね~。ごめんね~。私の事何も話さずに質問しようとしていたわね。私はアイナというわ。あなたを助けた二人の親族よ~。この場所は私達の”家”の所有物件ね。あなたの扱いはどうなるかはまだ決まってないわ」


 簡単だけど的確に説明をしてくれた。あの二人の関係者か。扱いが微妙だけど正直に伝えてくれたのは嬉しい。でも不安感は拭い去る事はできないけど。


「ありがとうございます、アイナさん。僕は・・・自分の名前すら思い出せないのです。何故こんなひどい怪我をしたのかも分からないのです。分からないばかりで申し訳ないです」

「いいのよ~。私は嘘を見抜く事はできないけど。あなたが嘘を言っていない事は分かるつもりよ~。でも不便だから”仮”でいいからあなたの呼び名を決めて良いかしら?”仮”だから問題ないわよ」

「あ、はい。そうですね。どうにも思い出せないので。お願いしていいですか?」

「はい、許可頂きました~。そうね~。仮だから真剣に考えなくてもいいかな~」


 確かに呼び名は必要だよな。かといって適当な呼称が僕には思いつかない。言葉とかは覚えているのに過去の記憶がすっぽりと抜けている感じだ。とても気分が良くない。

 アイナさんは軽く首を傾けながら思案顔になっている。その所作が可愛らしい。

 だけど見た目は凄いんだよな。ほんわかした雰囲気の垂れ気味の大きな緑の瞳。ゆくるウェーブした長いプラチナブロンドが綺麗。癒し系の顔だ。

 ピッタリとした水色のワンピースを着ていてるのだけど・・・。胸やお尻の膨らみが、、、もの凄い。腰は細くくびれているグラマラスな体つきだよ。・・・なんか凄いです。別の意味でドキドキしてきた。

 今は痛みと戦っているからそういう邪な気持ちは一切湧いてこない。でも凄い女性だな。

 

「クルタというのはどうかしら?」

「クルタですか。構いませんよ。仮の呼び名ですよね?」


 どのみち意味が分からない。分かってもだからどうしたという感じだし。アイナさんも仮といっているのだから構わない。僕は今からクルタだ。

 なんだけど・・・アイナさんの表情が何やら怪しい。なんだろ?お願いした手前嫌だという訳にはいかないな。


「そうよ。クルタくん。それでさっきも説明したと思うけど、当面は治療目的でこの邑に滞在しても問題ないわ。その後は邑人ではないクルタくんはこの邑から出ていく事になると思うわ」

「・・・はい。そのような話を助けて貰った時に聞いたように思います。やはり邑から追い出されるのですね?」

「”家”としては今の所クルタくんは邑に置いておけないという意見でまとまとまりつつあるわね」


 命を助けるけど出ていけという事か。

 あの対応を考えると仕方ない。価値が無いという事なのだろう。そもそも僕に価値があるのか僕だって分からない。ほんと・・・何者なんだろ?


「もう少ししたらクルタくんの様子を見にあの二人が来るわ」

「あの二人とは?」

「クルタくんを助けた男女の二人よ。”家”の意見を取りまとめ決定する役目の二人でもあるわ。女性は私の妹でライラ。男性は私の叔父でエスコ。こっちは家長代行の役についているわ」


 そうだったんだ。アイナさんには決定権が無いという事なのだろうか?妹であるライラさんに決定権があるのは疑問だ。年長者は優先されないのだろうか?

 エスコさんという男も怒鳴るだけというイメージしかない。それで家長代行とは。そもそも”家”とはなんだ?

 分からない事ばかりだ。


 アイナさんは暗に今後どうするかを考えておけと言ってくれているのだろう。決定権がある者が僕を拒んでいる以上考えないといけないと。

 上手く取り入って残してもらえるようにするのか。言われるまま追い出されでよいのか。

 いきなり言われても判断ができない。

 

 その時に乱暴に何かが開く音がした。

 はっきり聞こえないけど森で聞いたような声だと思う。エスコさんが来た。あの二人が来たのか。

 

 もう判断をしないといけないのか。

 僕はどうしたら良いのだろうか?

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