異世界異能忌憚 ~Eri kyky~

ナギサ コウガ

01.ここはどこだ?


 

「おい、起きろ」

 

 容赦ない蹴りを喰らい僕は覚醒した。

 覚醒?・・・あれ?

 

 さらに容赦ない蹴りが胴体に入る。

 痛い!

 体が浮き上がる。何かにぶつかる。転がる。突然蹴られるなんて・・・。

 蹴られた所は洒落にならない位痛い。だけど体のあちこちも痛いのに気づく。

 

 ・・・。


 痛い!

 痛い!

 痛い!


 洒落にならないくらい体が痛い。

 なんで!?

 蹴られた胴体の痛さを忘れる位だぞ。一体何が??

 痛みのお陰か、ぼんやりとしていた意識が戻る。だけど痛いしか考えられない。体も動かせない位痛い。

 何やら近くで男女が言い合いをしているようだ。そんな事を気にする暇がない位痛い。せめて体を丸めて耐えるしかない。

 もしかして今蹴った奴が体のあちこちも蹴ったのか?

 一体誰だ!痛みをこらえながら周囲を伺う。


 木々が見える。空が見えない程に木が多い。地面は土。ここは森なのか?一体どこだ?

 血の匂いがするのは気のせいだろうか。もしかして出血している?


 言い合いをしている男女が視界の端に見えた。

 男はいかつい筋肉質の体だ。相手の女性より背が低いか。髪は短い。怒りで吠えているせいか目つきが悪い。

 女性のほうは長身でスリムな体つきだ。手足が長い。冷静に男のほうを宥めているようだ。

 何か話をしているのだけど。

 蹴ったのは男の方か?

 体を起こしたいけど痛みが酷い。それに力が入らない。これもしかして骨が折れているのかも。

 

 どうしてこんな状態になっているんだ?

 全く分からない。

 あ、女性と目が合った。


「叔父上、彼が気づいたようだ。これ以上蹴るとか乱暴な行為は止めて欲しい。まずは話を聞かないと」

「ちっ!生きていたか。死んでいた方が面倒が無かったのにな。だが見たところ重症だからいずれ死ぬだろうな。放置して問題ないだろ」

「そうはいかない。我らの狩場で負傷者を見つけたら他邑の人間でも保護する決まりとなっている。叔父上はそれすらも放置されるのか?」

「ふん。家法か。今更古臭い事を。それは家長代行の言葉より重いのか?」

「家長代行を主張するなら家法を守るのは当たり前ではないのか?少なくとも家長である父上は家法に従えと言っておいでだった」

「ケッ!好きにしろ。だが途中で死んだら放置するぞ」

「それは彼次第だ。そもそも彼は素性が分からない。色々確認しないといけない」


 なんだ?

 何を話しているのかあまりよく分からない。とりあえず放置はされないようだ。助かったという事なのだろうか?

 そもそもこの二人は何者なんだろう?

 あれ?そういえば・・・。


「君、話をする事はできるかな?」


 女性が話しかけてくる。整った顔立ちには感情が込められていないように思える。男のほうは距離を取ってまだ睨んでいる。

 何か良くない事をこの二人にしてしまったのだろうか?

 痛みのせいなのか何も思い出せない。誰だこの二人?分からない。

 ともかく反応はしないと。


「・・・はい。かなり混乱していますが話せます」

「見たところ邑紋が無いようだが君はどこの邑の人間だろうか?」


 邑紋?邑?何それ?

 

「知らないのか?奴隷紋も無い様だし。奴隷ではないのだろう?」


 紋?奴隷?一体・・・。分からない。

 

「ライラ。こいつは絶対に怪しい。生かしておいたら厄介事を招くぞ。お前だってそれは望まないだろうが」


 男の声は最早悪意しか籠っていない。・・・殺せと言っている。確かにこのまま放置されたら死ぬかもしれない。それ位痛くて動けない。酷い怪我をしているのは分かっている。

 

「叔父上の考えている事は分からないでもない。私も紋が無い人間を初めて見た。そもそもこの森には簡単には入れない。それだけでも普通ではない事は確かだ」

「俺達の狩場を荒らす目的で侵入したんだ。やましい気持ちで入ってきたから罰を与えられたんだ。この怪我はそういう事だ。放置しても問題無い。寧ろ殺しても構わないだろうが」

「短絡的に考えないでくれ。素性と目的を確認してからだ。それ程殺人の咎を背負いたいのか?出来ない事を簡単に言わない方がいい」

「ぐ・・」


 どうやらこの二人にとって招かれざる客だというのはなんとなく理解できた。言っている内容が殆ど分からない。でも、この二人に危害を与えていなかった事は理解できた。

 それだけだ。

 本当に言っている意味が分からない。どう答えればいいのだろう?紋とは?。考えたいのだけど痛みが酷くて思考が続けられない。

 殺すとか物騒な事を男は言っているのは確かだ。

 思った以上に立場が悪い。だけど逃げようもない。体が動かない。絶体絶命だ。


「それで先ほどから質問に答えてもらっていないのだが。話すつもりが無いのか?」


 女性が厳しい表情になっている。確かに何も答えていない。

 そもそも答えようが無い。質問の言葉の意味が分からないのだから。分からないと正直に言えばいいのだろうか?

 

「・・・では名前くらいは言えるよな?」


 名前。・・・・そうだ名前だったら。

 

 ・・・・。

 

 え?


「・・・分かりません。名前を・・・思い出せません。僕は一体誰なんでしょう?」


 衝撃を受けた。冗談ではなく思い出せない。

 だってこの場に何故いるのかも分からない。思い出せない。

 その前は・・・?

 

 思い出せない。

 どういう事だ?


「お前ふざけんな!名乗る気も無いのか!舐めているのか!」


 いつの間にか近くにいた男が僕を乱暴に持ち上げる。それも軽々とだ。


「いっ、痛い!」


 腕が潰れそうだ。最初から痛みがある場所だから激痛以上の痛みが全身を駆け巡る。

 意識が遠くなる。


「叔父上!彼は重傷だぞ。そんな乱暴にしたら死んでしまう」


「こんなふざけたヤツは死んだ方が良い!こんなふざけたヤツを俺は許せない!殺したほうが”家”のためだ!」


 遠のく意識の中で再び二人が言いあっているのが聞える。

 ダメだ・・・。

 

 ブツリと何かが切れるように意識が遠くなった。


 このまま死んでしまうのだろうか。

 いや・・・死ぬだろうな。

 このままでは助からないと思う。それ位痛い。考える事すら辛い。

 なんのために生きていたのだろう。それすら思い出せない。


 もう何が何だか分からない・・・。

 意識が途切れ、真っ暗になる。


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