第5話 悪の組織セイヘーキ:活動記録①

 幼馴染に対するモヤモヤを抱えたまま一週間を過ごし、オレは日曜日を迎えていた。


 そう、日曜日。今日は悪の組織セイヘーキの活動日である。


「んで、改まってこれからどこに行くんすか?」


「いいから行くぞ、口で説明するよりも直が早い」


 おっさんに連れられて、オレは組織の本拠地へと向かう螺旋階段を下りる。


 悪の組織セイヘーキ本部は、組織が所有するビルの地下に存在する。ビル自体は街中にある他のビルと同じごく普通のテナントビルだ。組織の者だけが通過できる特殊な扉が各所に設置されており、そこから地下へと向かうことで、本部へとたどり着くことが出来る。


 黙ったままのおっさんに従う形で階段を進む。おっさん、部下だった頃から思っていたけど相変わらず口数が少ないな。彼の下についていた頃はオレが緩衝材となって部下たちと連絡を取っていたが、今はどうなのだろう。コミュニケーションに困っていたりしないだろうか。


 うんうん唸っているとおっさんが振り返った。


「……なんだ」


「いや、おっさんの部下たち大丈夫かなー、って思っただけっす」


「どういう意味だ」


「そのままっすよ。おっさんあんま喋んないから色々と大変だろうなって」


「……やかましい」


 ブヨブヨした腕で頭を抑えられた。


 頭皮が気色の悪い感触に悲鳴を上げ全身に鳥肌が立つ。仮面のおかげで肉が顔面に触れなかったために何とか意識を保つことが出来た。怪人体でよかった、人間体であったならば致命傷だった。


「うぐぐ……」


 おっさんの溶けかけたような体はそれだけで凶器だ。部下時代はオレも一黒ずくめに過ぎなかったためにしっかりと観察したことはなかったが、ピュアラブシスターズは彼を相手にどのように相手取ってきたのだろうか。


 ジタバタと藻掻くことで腕から逃れたオレは、フンと鼻を鳴らしたおっさんに続き移動を再開する。いや、鼻どこだよおっさん。


 しばらく進み、普段オレが行くことの多い階層を過ぎ、一度も訪れたことのない場所までやってきた。


 というか、最下部まで来てしまった。


「着いたぞ、入れ」


 階段を下りきると、目の前に黒く染められ禍々しい装飾の施された扉が待ち構えていた。


 どことなく厳かな雰囲気だが、入ってもいいのだろうか。

 ……いや、いいだろ。入れって言われたし。


 ゴクリと生唾を飲み込むと、両開きになっているその扉に手をかけた。


「うぉっ!?」


 開いた扉の隙間から溢れ出てきた衝撃に、オレは思わずたたらを踏む。


 風……いや、違う。

 この衝撃は、圧倒的なまでのリビドーパワーの余波だ。


「感じたか。これが一流の変態達の力の一端だ」


 オレの背後にいたはずのおっさんはそう言うと、リビドーパワーの圧力など感じていないかの如く歩を進め、オレより先に扉の奥へ入っていった。


 そうだった、とてつもなく気持ちの悪い外見のせいであまり意識していなかったが、おっさんはオレよりも遥かに格上の変態だった。


 ……これが一流の変態か。


 彼の姿に気合を入れられたオレは、気圧されないように気張りながら後に続いた。


「なっ……」


 そこで目に入ってきた光景に思わず絶句する。


「お前は幹部になると同時に改造手術を受けたからな。顔合わせがまだだっただろう」


「おっさん……こいつらって……」


 目の前の13席ある円卓に腰かけている8人。その内の何人かは一方的にではあるが見知った顔だった。


 うっわ、魔獣怪人イシュカーンに被虐姉妹ツインH/Fハーフ、他にもうちの組織の有名どころでいっぱいじゃねえか!


 道理でこれほどまでのリビドーパワーで部屋が満たされているわけだ。部屋中変態でいっぱいなのだから。


「そうだ」


 改めて、とんでもない組織の幹部になったのだと実感しながら彼らを見回すオレに、おっさんは頷いた。


「俺達は、セイヘーキの構成員、その中でも飛び切りのド変態」


 一度言葉を切って全員に視線を投げかけてから、おっさんは再度口を開く。


「幹部だ」




「ねぇねぇ、ハイボークはどんな性癖なのぉ? 失恋怪人だから、やっぱりフラれるのが好き? だったらアタシと気が合うかも?」


 どうやら顔合わせだけが目的だったらしく、簡単な自己紹介をし合うと幹部たちはほとんどが帰ってしまった。たったこれだけのためにこんな所まで全員呼び出されたらしい。


「さっきもかるーく自己紹介とかしたケド、アタシたちのことは知ってるよね? 知らない? 知らないわけないよね?」


 帰っていったメンバーの中には、なんとおっさんも含まれる。あのスライムとゾンビの合いの子、オレを置き去りにしやがった。


「ねぇねぇ、無視しないでよぉ! ほら、おねえちゃんも寂しそうにしてるよぉ?」


「……してない」


 そして置き去りにされたオレはというと、ツインH/Fの2人に絡まれていた。厳密には、2人の内の1人に、なのだが。


 被虐姉妹ツインH/Fは、2人組の怪人姉妹だ。幹部の中ではオレに年齢が最も近そう、というかオレよりも幼そうな感じの双子の少女たちである。


 外見は濃い赤と白を基調とした、ちょっぴりゴシックな意匠のロリータ服を着た可愛らしい美少女だ。ごく普通の人間のように見えるが、これが彼女たちの怪人体らしい。

 服は2人で赤と白の色合いが逆になっているために、顔立ちがそっくりではあるが彼女らを見分けることは容易である。

 顔だけじゃ絶対に見分けられない。それくらいそっくりな双子である。こういう分かりやすい指標があるのはオレとしてはものすごく助かる。


 彼女たちの性癖は性癖の中でもメジャーもメジャー、ド定番のものだ。


 マゾヒシズム。被虐願望である。

 痛いこと、辛いこと、苦しいことに快楽を見出す変態。


 しかし、彼女たちは噂によると姉妹でその趣向が異なるのだとか。


「……そっちがハート、でいいんだよな?」


「あ、ようやく反応したぁ。そうだよぉ、アタシがハート」


 オレに話しかけてきていた騒がしい方がツインH/FのH、ハートだ。


 彼女の被虐は主に精神的負荷、屈辱や悲しみを感じることで興奮するタイプ。


「んで、そっちがフィジカル」


「……ん」


 ちょっとだけ離れた位置でこちらを眺めている方がF、フィジカル。小さく頷く姿は変態だと思えないほど愛らしい。


 彼女は妹とは逆に、肉体的負荷、痛みや窒息感を求めるタイプ。


 どちらもオレには理解できない類の、ぶっ飛んだ性癖だ。もっとも、変態の性癖なんてどれも他人に理解できない代物なのだろうけど。


 何故かオレは、彼女らの妹の方、ハートにじゃれつかれていた。


 しかし奇妙だ。


 適当に相手をしつつ、オレは2人の全身に目を向けた。

 苦痛を求める性癖を持つ2人の体は、存外キレイだ。

 キレイ、というのも、彼女たちの体にはどこにも傷跡や痣の類がないのである。


 ただのマゾであれば、傷にならない程度で済ませているのだと納得できる。しかし、相手は悪の組織セイヘーキの幹部、筋金入りの変態なのだ。体に気を使った行為などで満足できるとはとても思えない。


「……何?」


「わ、なんだかエッチな視線だぁ」


 オレの視線に対しフィジカルは嫌そうな顔をし、ハートは顔を赤らめた。


 ……赤らめたってことは、興奮したってことだよな。

 ジロジロと体を眺められることは苦痛に該当するらしい。


 失礼な。

 オレは年上派の男である。そういう意図を持って眺めていたわけではないと主張したい。


「……いつまでじゃれ合っているのですか」


 と、そんなオレたちの横から唐突に声がかけられる。

 振り向くと、そこには白衣をまとった細身の男性の姿があった。


「えー。ハカセ、まだ帰ってなかったのぉ?」


 ハートにハカセと呼ばれた男はそのあだ名に似合う銀縁眼鏡の位置を指で整えた。


「私も早いところ帰りたいんですけどね。彼に伝えるべきことがあるのですよ」


 彼の視線の先にはオレがいた。


「なんすか、イシュカーンさん」


「同輩同格になったのだから敬語は結構ですよハイボーク。私のこれは癖のようなものなので気にしないでください」


 彼は魔獣怪人イシュカーン。動物植物、空想上の魔物や悪魔といった人外の存在に惹かれる変態で、組織では様々な技術開発を担っており怪人の改造手術も彼が担当しているためオレとも面識がある。怪人体よりも人間体を好む幹部の変わり者だ。


 用事がある、と分かったためか表情は不満げだがハートが身を引いた。正直助かった。年下の相手は得意じゃない。


「分かった、イシュカーン。んで、伝えるべきことってなんだ」


「貴方のリビドーパワーについて、ですよ」


「オレのリビドーパワー?」


 怪人の力の源リビドーパワー。

 オレのそれについて、いったい何の話だろうか。


「いいですか、ハイボーク。貴方のリビドーパワーは検査の結果、幹部内でもトップクラスの質と量が確認されています。故にこその異例の昇進、過程を何段階も飛ばして幹部へと迎えられたのです」


「改造手術の前にもそんなことを聞いたな」


 すでに朧げな記憶を何とか引っ張り出すオレにイシュカーンは頷く。


「ええ。ですが、検査の結果とは異なり怪人となった貴方からは大したリビドーを感じません。正直弱すぎて驚くレベルです。先日のピュアラブシスターズとの闘いで貴方も自覚しているでしょう? 自分が弱いことを」


「……何が言いたいんだイシュカーン」


「別に貴方を否定するわけではありません。それに、貴方の弱さの秘密を私は知っています」


 イシュカーンはオレの目を見ながら言った。


「貴方は過度に自分の欲望を発散しすぎているのです」


 それと同時に、白衣から注射器を取り出すとオレの腕に打ち込んできた。まるで隙の無い流れるような動きで、自分が何をされたのか分かったのは中の薬剤が全て注入された後だった。


「なっ!?」


「っ!」


 オレの驚きと同時に息をのむ音がしたため思わず目を向けると、フィジカルが顔を赤らめていた。

 ……今ので興奮するのか。自分がされたのだと仮定した想像でもしたのだろう。つくづく変態とは分からない。


「……今の状況でそちらを気にする貴方も大概肝が太いですね」


 イシュカーンは呆れたような表情を浮かべていた。


「安心してください、今打ち込んだのは欲望を溜めるための興奮剤とそれを発散しないための行動抑制剤です」


 注射器を抜き取りガーゼで注射痕を止血しながら彼は続ける。動きが滑らかで淀みない。手慣れているのだろう。


「貴方が欲望を解放しようとすると、体が強制的にそれを阻害しようと動く薬品です。そこまで体に負荷がかかるような代物ではないので、そんなに心配しなくてもいいですよ」


 彼の言葉に、オレは固まった。


 行動、抑制……? それってまさか……

 オレの想像を裏付けるかの如く、イシュカーンは頷いた。


「今から貴方には禁欲をしてもらいます」


「な、なな……なんだってぇ!?」


 その言葉に絶望するオレを、ハートが羨ましそうな目で見ていた。

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