第4話 愛恋寺優香の騒がしい日常
突然だが、わたしの幼馴染の話をしようと思う。
わたしの幼馴染、やーくんこと馬毛杉矢太郎は、端的に言ってちょっとおかしな男の子だ。
おかしいというのは見た目ではなく内面の話。外見だけなら、彼はどこにでもいる普通の男の子にしか見えない。
身長は高い方だけどものすっごく高いわけではない、外見も悪くはないけど良くもない。どこにでもいるような、ごく普通の高校生。
でも、幼馴染であるわたしは知っている。
やーくんが負けヒロイン? とかいうものに熱を上げていることを。
負けヒロインというのは、恋愛関連の物語に登場する恋に破れる女の子のことみたい。
大抵の物語には話の展開の都合であったり、恋愛関係に刺激を与えるためだったりといった理由で、複数の人物の恋路が絡み合うようになっている。そのため、物語が完結に近づくと恋に破れる子が出てきてしまう。
そういう子のことが、やーくんは大好きってこと。
わたしも乙女の端くれ、少女漫画だったり恋愛小説はたくさん読む。というか、大好き。当然彼の言う負けヒロインもたくさん見てきたし、彼女たちの胸がきゅーっ、ってなるような恋の切なさにたまらなくなったことは何回もある。だからこそ、彼の趣味自体は分からなくはない。
けれど、彼のおかしなところは趣味そのものじゃなくってその熱量と方向性にある。
小学校高学年くらいのある日、やーくんは言った。
「作り物でこれだけ切ない気持ちになるんだったら、本物はどれだけなんだろうな」
ぽつり、と独り言のように漏らした彼の言葉を、わたしは彼自身の恋愛についてのものだと思った。自分が実らない恋をしてしまったときに、どんな気持ちになるのだろうか、といったことに対する呟きだと思ったのだ。
しかし、その日から彼の奇行ともいえる活動が始まってしまった。そしてそれは、今現在も私の目の前で行われている。
誰もいなくなった放課後の教室、嗚咽を抑えるように涙を流す女の子と、なぜか彼女に寄り添うやーくんの姿があった。
「はぁ、またやってるよ」
その様子をこっそりと覗いていた私の口から、思わずため息が漏れる。
やーくんが何をやっているか、もちろんわたしは知っている。彼の言うところの負けヒロイン製造活動、そのアフターケアだ。
やーくんは自然に発生することが少ない、出会うことはもっと少ない負けヒロインの恋の過程を楽しむことを趣味にしている。失恋しそうな女の子を探し、お節介を焼いたり背中を押したりする。
それだけならまだ応援しているだけのように見えるが、なんと彼は最終的にその子の意中の相手と別の女の子をくっつけてしまうのだ。
そうして失恋した女の子と感情を共有し、切なさを楽しむのだとか。
正直酷い趣味だと思う。というか、半分以上意味が分からない。確かに他人の恋愛は時に最高のエンタメになるが、それでも失恋を楽しむのはやっぱり良くないと思うの。
そのことに自覚があるのかどうなのかは分からないが、このアフターケアは彼曰く、
「負けヒロインは最高だ。想いを寄せ、意中の相手と距離を詰め、しかし最後には別れが待っている。その後のちょっと気まずい関係なんかも非常においしいが、現実だとその後まで楽しむのは無理がある。フラれるまでは恋愛相談っていう理由があるけど、その後は付きまとう建前がない。見れないなら、これ以上悲しませる理由はないよな」
とかなんとか。だから引っ掻き回した罪滅ぼしも兼ねて、人の恋路を楽しんだ後の彼は負けヒロインとなった女の子に対して、毎回こうしてアフターケアを行っている。
確かにそれは彼の正直な想いなのだろう。やーくんはこういうことでわたしに嘘を吐いたりしないから。
でも、彼はこうも語っていた。
「最高の瞬間を近くで共有できるのは最高だよな! それにいい感じに立ち直ってくれれば他の奴にまた恋するかもしれないし……一石何鳥だこれ」
つまり、自分の趣味を間近で楽しみつつ、次に繋げる準備にもなるということだ。
結局のところ、やーくんはどこまでも自分に忠実な男の子なのだ。
……まぁ、フラれた女の子側からしても、傷ついた心を少しは癒せるのかもしれないから、このアフターケアを止めるつもりはないんだけど。失恋した子に新しく男の子を紹介したりもしてるみたいだし、やーくんの本心さえ知らなければ結果的に誰も不幸にならないんだし。
でも、このちょっと拗らせた趣味が行くところまで行ってしまうと変態さんになってしまいそうでわたしは心配だ。つい先日、やーくんと似たようなことを言っている怪人に会ったこともあって、わたしは身震いしてしまう。
どうにかして、彼を真人間のまま止めておかなくちゃ。
それにしても、やーくんは今自分が何をしてるのか分かってるのかな?
泣きつく女の子の髪を撫でるやーくん。あ、バレないようにこっそり毛先で遊んでる。なんだかちょっと楽しそうな様子だ。
多分分かってないんだろうなぁ。
失恋した直後に慰めてくれる男の子、ってのにけっこう弱い女の子は多いんだよね。
現に目の前の彼女も、赤くなった頬と潤んだ瞳でやーくんに身を寄せている。
きっとやーくんは、「そんなに相手のことが好きだっただなぁ」なんてのん気に思っているんだろうけど、あの子は多分、失恋のことはそこそこ吹っ切れている。女の子という生き物は男の子が思っているよりずっと強い。わたしも女の子だから分かってしまう。
やーくんは決してモテるタイプの男の子ではない。けど、こうして彼が無意識に射止めてきた女の子は数多く存在する。
彼の趣味を含めて、色々と心配になってしまう。やーくんは将来、ちゃんと恋愛が出来るのかな? その気になれば女の子には困らなさそうだけど、それはそれで別の部分で危うい気がする。
今日あたり、そこのところを聞いてみようと思った。
時刻は6時を少し回った夕暮れ時。一週間ぶりの登校であったが、朝礼後担任に一週間の無断欠席のため説教を食らったことを除けば、いつものように何事もなく一日を終えることが出来た。放課後に偶然、前から目を付けていた負けヒロインの匂いのする子の失恋現場にも遭遇できたし今日はとてもツイている。
帰路に就くオレの隣には、何故かこんな時間まで学校に残っていた優香の姿があった。何をしていたのかと尋ねてみたが、はにかみと共に内緒にされてしまった。
オレも優香も部活動や生徒会など、放課後に学校で活動するようなものには所属していない。
以前優香に部活には入らないのか、と聞いてみたところ、
「入らないよ、日曜日は開けておきたいの。ホントはいくつか気になるとこあるんだけどね」
と返された。
日曜日といえば、悪の組織セイヘーキの活動日でもある。組織は決まって日曜日に活動を行う。なんでも悪の組織は日曜日に活動をするのだとか。そういうものらしい。構成員が普段学生や社会人だというのも関係しているのかもしれない。
という訳で、オレも日曜を開けておきたいから部活には入っていない。仮にそうでなくとも、特定の部に縛られると普段の負けヒロイン製作の活動に支障をきたすしどのみち帰宅部一択なのだが。
学校から自宅までは、遠くはないけれど近くはない、自転車を使うか歩いていくか微妙な距離がある。その道すがら、優香が唐突に尋ねてきた。
「ねえ、やーくん。やーくんは失恋してる女の子が好きなんだよね?」
「どうした急に」
見やると優香は真剣な表情を浮かべていたために、こちらも少しばかり居住まいを正す。
「他人の恋路にちょっかいをかけてるのはこの際置いとくけど、やーくん自身は恋愛しないの? したいと思ったりするの?」
「まさかのコイバナか。え、なんだお前オレのことが好きだったりするのか」
「そんなわけないじゃん」
ちょっと揶揄ってみたら真顔でフラれた。照れてる様子もないからマジっぽい。
ちょっとへこんだ。
「恋愛的な意味で、その負けヒロイン、ってのが好きだったら、やーくん一生恋できなそーだなって思ったの」
「ああ、そういう」
そういうことなら多分問題はない。
「オレにとって負けヒロインってのは、そういうのとは別だな」
「別?」
「負けヒロインは……なんていうか、空気とか水とかと一緒で、定期的に摂取しなきゃならないものって感じだ。空気がおいしい、とか水がおいしい、って感じで味わってる。恋愛対象とは別」
「負けヒロインを摂取って初めて聞いた。今後一生使わなさそうな言葉」
優香はもにゅもにゅと微妙な表情を浮かべる。彼女はオレといる時よくこんな顔をする。ふわふわの髪もあって、こういう妙な表情もどこか愛嬌があるから可愛いやつっていうのはつくづくお得だと思った。
「やーくんは恋愛的にはちゃんとした女の子が好きなの?」
「そりゃ、好きだろ」
「普通のだよ? 負けてない女の子だよ?」
「何の確認だよ。好きだよ。可愛かったりエロかったりする子は特に好きだ」
「そこまでは聞いてない」
結婚だって、相手さえ見つかれば出来るはず。組織のおっさんがいい例だ。おっさんの妻はヤンデレでもなければ変態でもない、ごく普通の女性だそうだ。あの変態でも普通の恋愛が出来るし、結婚だって出来るのだ。オレに出来ない道理はない。
まあいいでしょう、と優香は腰に手を当ててため息を吐いた。めっちゃ幸せが逃げていきそうな重いため息だった。
「ちゃんと恋愛が出来るなら、まあその妙な趣味も良しとしましょう。でも、あんまりおいたが過ぎたらお説教だからね。わたし怒るからね」
「なんで優香が怒るんだよ」
「そりゃ怒るよ。幼馴染が変態さんになるのは嫌だもの」
その言葉にオレは思わず黙ってしまう。
「ん? どうしたの?」
「いや……なんでもない」
優香が顔を覗き込んできたが、つい目を逸らしてしまった。
なんでもなくはなかった。だが、言えるわけがない。
目の前の自分が変態へと堕ちてしまわないか心配する幼馴染に対し、どうして自分がもうすでに変態であると言えようものか。
あ、そうそう。そういえばね――
そんな風に話題を変える幼馴染に対し、なんとか受け答えをする。
彼女に変態であることを黙っているのは、自分にとっても彼女にとってもいいことだ。オレが変態であることは変えられないのだから、黙っているべきだ。
なのに胸の奥が少し、軋むように苦しいのはどうしてなのだろうか。
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