第3話 馬毛杉矢太郎の騒がしき日常

『――という訳ですが、どのような怪人であると思われますか?』


『ハイボークという名を名乗っていたこととその弱すぎる性質から、今回現れた怪人は自身が敗北することに対し倒錯的な欲求を抱えている可能性が高そうですね』


 翌日の月曜の朝、テレビのニュース番組では昨日のオレの醜態が取り上げられ、誤った形で報道されていた。


 違う……違うんだ……! オレは負けることに興奮するような変態ではないんだ……! というか失恋怪人って名乗ってただろ! せめて恋愛関係の敗北だと脚注をいれてくれ!


 朝食を食べつつも家族の手前、オレはその叫びを漏らすわけにはいかない。両親と妹には悪の組織に入っていることを秘密にしているからだ。

 家族に対し、オレは悪の組織で怪人になってます、なんて言うのはさすがのオレも少し恥ずかしいからな。組織が組織だけに、わたしは変態です、と叫んでいるようなものだし。


 しかし、恥を感じるということは自信の無さの現れである。オレは未だ自身の性癖に自信がない三流の変態。誇示するつもりなどさらさらないが、いつかは他人に知られても恥じることがないほどの一流の変態になりたいものだ。


「なに、妙な顔して」


 目の前でバターと砂糖を盛大に使ったシュガートーストをモシャりながら、妹が胡乱気な目を向けてきた。


「なんでもねえよ。ただ新しい怪人が現れたんだなって思っただけだ」


 尤も、そいつはオレなんだが。


「あっそ」


 それだけ言うと、妹はぷいと顔を背けた。相変わらず愛想のない奴。ベタベタとくっつかれても、年齢が1つしか違わないのもありそれはそれで困るのだが。


 別に妹とは仲が悪いわけではない。これがオレたちの関係性、たまに話し、たまに喧嘩するごく普通の兄妹なのだ。フィクションのように妹がオレのことを好きだったり血が繋がっていなかったりなんてことはもちろんない。


 組織には妹好きの変態もいるのだろうな。そんなことを考えながら妹を眺めていると嫌な顔をされた。失礼な。


 オレはその後、食事と歯磨きを終え家族と軽く話してから家を出た。一軒家である我が家の前でぐっと伸びをすると、体の節々が小さく悲鳴を上げた。


「っ、いてて」


 昨日の戦闘……と言っていいのか分からない戦いの後遺症である。


 オレの体は怪人になっただけあって普通の人よりも耐久力も回復力もあるみたいだが、2人がかりで一方的にボコボコにされたために未だ傷は癒えていない。そりゃそうだ、たった一晩で傷が治っていたらそれはそれで怖い。


 昨日の戦いを思い出し、ただでさえ憂鬱な月曜日に上乗せしてブルーな気分になっていたオレだったが、いつまでも項垂れているわけにはいかない。学校へ行くべく顔を上げると。


「あ、やーくん!」


 道路を挟んだ向かい側の一軒家から、ちょうど幼馴染の少女が扉を開けて出てくるところだった。


「よ、優香」


「よ、じゃないよ! もう、1週間もどこに行ってたの!? これでも心配したんだからね!」


 左右を確認してからトテトテと歩幅の小さな小走りで優香が駆けてくる。この辺は交通量も少ないし車の音もしていないのに、相変わらず真面目な奴だ。ふわふわとした明るい色の髪が跳ねながらこちらに来る様は、どこかポメラニアンのような小型犬を思わせる。


「いや連絡入れてただろ、プチ家出だって。期限も守って週末には帰ってきたじゃねえか」


「1週間の家出はプチじゃなくそこそこしっかりした家出だよ! それに家出の理由までは聞いてないし!」


 出会い頭に大層な元気だ。いかにも怒っていますという表情をしているが、愛嬌のありすぎる顔立ちのせいでどうにも迫力がない。いかにもぷんすかという擬音が聞こえてきそう。


 この少女は愛恋寺優香。オレのことを「やーくん」と呼ぶ幼馴染で、高校の同級生である。クラスも同じ。なんなら小学生の頃からずっと同じクラス。と同時に、今のオレを構成する核を与えてくれた生涯の恩人だ。


 1週間の家出。これがプチかどうかに関して我が幼馴染とは認識の齟齬があるみたいだが、これの詳細をオレは彼女に語ることはできない。


 なにせ、その1週間とはオレが改造手術を受けていた期間であるからだ。


 当然オレは幼馴染にも悪の組織セイヘーキ関連のことは隠している。故に、この1週間は彼女からしたら幼馴染が奇行に走った1週間として認識されているのだろう。


 平均よりも少しだけ小さな背丈を懸命に伸ばしてこちらを睨んでくるが、ふーっ、とため息を吐くと相好を崩した。


「でも、怪我とかなく帰ってきてくれて良かったよ。おかえりやーくん」


「今からいってきますだけどな」


「もー! そういうことじゃないよ!」


 せっかくの笑顔だったが余計な茶々によって再び不機嫌になった。背伸びをしてまでこちらの頭をぺちぺちと叩いてくる。


「帰ってきたって聞いたから昨日もせっかく家まで行ったのに、おじさんとおばさんしかいなかったし」


「え、昨日来てたのか」


 優香はこくりと頷くと、昼過ぎくらいかな、と言った。


 あー。その時間は組織の治療室で手当てを受けていた頃合いだ。彼女には悪いことをした。


 少し屈んで素直に叩かれてやることにする。


 しばらく叩かれていると満足したのか、はたまた時間が気になりだしたのか優香は手を引っ込めにっこりと笑った。


「そろそろ行こっか」


「そうだな」


 そうして俺たちは高校までの通学路を進み始めた。




 オレは小学校に入学して少しするまでは、どこにでもいるごく普通のクソガキだった。


 夏にはカブトムシを捕まえ、冬には雪だるまを作る。読書や勉強よりも、鬼ごっこみたいな遊びが大好き。そんなどこにでもいる小学生であった。

 幼少期特有の今思うと少し不思議な人間関係、その集団の中でガキ大将にくっついている奴、みたいなポジションだったと思う。


 そんなオレに対し小学2年生の時、外で男子とばかり遊ぶことが増えてきたことが不満だったのか、優香は付きまとって本を読もうとよくせがんできた。


 外で遊ぶことの方が好きだったというだけで本も嫌いじゃない、さらに男女共にいても揶揄われることなど少ない小学校低学年というのもあり、オレはそれに何度も付き合っていた。


 そんな中ある時、優香の持ちよった少女漫画を読んでいたオレの脳に電撃が走ったのだ。


 当時のオレはまだ幼く、登場人物の感情の機微だとかそういったことをしっかりと理解できたかどうかは正直怪しい。しかしそれでもその時オレは、彼女の内に秘められた想いの尊さと切なさに共感し、心を震わせた。涙さえ流した。

 オレはその時負けヒロインと出会ったのだ。


 久々に幼馴染と顔を合わせたせいか、登校の最中オレはその時のことをなんとなく思い返していた。




 1週間ぶりの教室に着くと、そこはカップルの巣窟だった。


 あちらの席では男女が語り、こちらの席でも男女で語り。どこもかしこも恋人たちで溢れていた。


「うわぁ、って言っちゃいけないんだろうけど、相変わらずだねこのクラス」


 となりの優香も呆れたような視線でその光景を見て足を止めている。確かにこの空間には独り身としては入りにくい。

 イチャイチャとしたバカップルこそ見受けられないものの、教室の中の生徒のほとんどが、特定の異性と2人だけで会話をしている。


 ふと気になったので聞いてみた。


「優香は好きな奴とかいないのか?」


「いないしいてもやーくんには言いません。とんでもない目にあっちゃいそう」


 プイと顔を背けられた。


「失礼な。オレが何をするっていうんだ」


「だってやーくん、人の失恋を見るのが趣味じゃん。そんでもって、他人の恋路をいじくりまわすじゃん」


 語弊がある言い方ではあったがオレは反論できなかった。視点によって受ける印象こそ違うかもしれないが、概ね事実だったから。


「このクラスのこれも、大半はやーくんのせいなんでしょ」


 ジトっとした視線を向けられ今度はこちらが顔を逸らすことになる。


「まったく、恋の堕天使とかいう意味不明なあだ名まで付けられちゃって」


 恋の堕天使。不本意ながら学内でのオレの通り名だ。


 オレは負けヒロインが好きだ。恋に破れる少女の切なく尊い心情が大好きだ。それはオレだけでは発散できないほどの衝動をいつも与えてくる。


 本やドラマのような作品でその衝動を満たすこともある。しかし、創作物では味わえないより高度な尊さを求めるオレは、現実で自分の欲望を満たすべく、様々な活動をしている。


 その一つが目の前の教室の光景を生み出した、リアル負けヒロイン製造である。


 負けヒロインの作り方は簡単だ。複数の異性に好かれる男子を探し出し、そいつと誰かをくっつければいい。

 オレは小学校の頃から学内を中心に、時に相談を受け、時に障害を排除し、大量のカップルと負けヒロインを作り出してきた。そうして恋に破れた少女の姿にオレは切なさと尊さを感じてきた。


 その結果、オレに恋愛事で関わると必ずカップルと同時に失恋する奴が現れると噂になり、中学の頃には堕ちたキューピットと呼ばれるようになった。


 キューピット、と呼ばれることが恥ずかしかった中学生のオレは改名を要求、恋の堕天使という二つ名が採用され、中学が同じだった奴が広めた結果が今に至る。


「まったく、本人がどんな意図でやってるかなんてみんな知らないから騒げるんだよ」


 オレの本性を知るのはこの学校では幼馴染の優香だけだ。だからこそ、他の生徒は敗北者の多さを奇妙に思っているかもしれないが、失恋は恋愛にはよくあることと納得し、面白半分でそう呼んでいるのだろう。


「いいじゃないか、結果的にカップルになれた奴は嬉しい、オレも嬉しい。幸せな奴でいっぱいだ」


「フラれた子は幸せじゃないよ!?」


 それは必要な犠牲だろう。というか、その子がいてくれなきゃオレが幸せになれん。


 そもそも。


「モテる奴が誰かと付き合ったらフラれる奴は出るし悲しむだろ。だったら普通の恋愛相談と何ら変わらん。相手がモテてるのが悪い」


「そうかもだけど! でも悲しんでる子を見て楽しむのは趣味が悪いよ!」


 お話の中だけ、っていうなら分からなくもないけどさ。そう言って優香は膨れてしまった。


 教室の中はオレが幸せを運んだ奴でいっぱいだ。だが、そのすぐ外ではオレのせいで不満顔になっている奴もいた。


「はぁ、どうしてこんな風になっちゃったのかな」


 とかくこの世はままならないものである。今現在幼馴染2人の心情は、そこだけが一致しているのだった。

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