第2話 対決! ピュアラブシスターズ

 改造手術を受けた翌日、早速オレに対し組織から出動要請がかかった。


「えっとなになに……」


 組織から与えられたデバイスを見て、組織からの指令を確認する。


 ふむふむなるほど。下っ端時代は上からの命令に従うだけで意図なんて一切知らされていなかったが、流石に幹部クラスになるとそういうことまでしっかりと伝えられるみたいだ。


 しかし長ったらしい。こんなに多くの活字を見ていたら頭痛を起こしそうだ。


 オレは今回の作戦概要を読み飛ばし、行うべき活動内容だけ目を通した。どうせしっかりと読んだところで覚えられないのだ、読む必要などないだろう。


 なんとなく中身を把握した俺は、人間の姿である馬毛杉矢太郎から失恋怪人ハイボークへと変身すると自宅を飛び出した。


 しかしこうして活動を行うのが日曜でよかったぜ。平日だったら学校があるしな。




「悪の組織セイヘーキでーす! よろしくお願いしまーす!」


 オレは組織の下っ端構成員である黒ずくめと共に、街中でビラ配りを行っていた。


 悪の組織セイヘーキは全国的に活動を行っている巨大組織だ。しかし、活動範囲が広大になりすぎた弊害として慢性的な人手不足に陥っていた。


 そのための勧誘活動である。


「よろしくお願いしまーす!」


 悪の組織セイヘーキの人員は全て、変態で構成されている。マッチョなイケメンも魅力的な美女も、全員漏れなく変態だ。もちろん組織の活動目的が溢れる欲望の開放だからというのも理由の一つなのだが、メインとなる理由は他にある。


 怪人達の超常的な力。それはリビドーパワーと呼ばれる変態特有の欲望を源泉とする力によって生み出されているものらしい。その力は変態であればあるほど強くなり、改造手術を受け怪人になった際の能力も高くなるそうだ。


 変態は意外と人口が少ない。テレビやネットのニュースではあたかも世間に危ない変態が満ちているかのように報道されていることが多いが、いざ探してみるとこれがなかなかどうして見つからない。そりゃそうだ。身近な人がみんな変態なわけがない。インパクトが大きいから印象に残るだけで、変態は希少種族なのだ。


 だからこそ組織の人員獲得のためには、こうした地道な勧誘活動が必要となる。


 しかし疑問だ。一般性癖であるはずの負けヒロイン好きのオレが、どうして幹部クラスになったのだろうか。確かに少しばかり愛着が強い自覚はあるが、ヤンデレ好きのおっさんことオレの元上司、ヤンデレ怪人ヤンデールほど変態ではないと思うのだが。


 まあいいか。組織から振り込まれる給料も上がったことだし、オレの不利益になるようなことは何もないんだ。変態という誹りもオレの愛の証明だと思えばむしろ誇らしい。


 オレたちの活動を見ながら何処かへと連絡を入れる二人組の警察官を見ながら、再度声を張り上げる。

 声を出すのはオレだけだ。部下の黒ずくめは活動中に発声してはいけないことになっている。そういう決まりだ。なんでも、悪の組織というのはそういうものらしい。特定の単語や叫び声だけは出してもよい組織も中にはあるらしいが、うちではそれも禁止。硬派な悪の組織なのだ。


「我こそは一流の変態だという方は、積極的に声をかけてくださいねー!」


 しかしながらというべきか、やはりというべきか、道行く聴衆はオレに対し誰も声をかけてこない。


 やはり変態は個体数が少ないのだろう。国に申請して特別天然記念物とレッドリストに指定してもらい保護されるべきなのではなかろうか。


 変態の未来に対しオレが憂慮しつつ声掛けとビラ配りを続けていると、ふと背後に気配を感じて振り返る。

 そこには――


「悪の組織セイヘーキ! あなたたちの好きにはさせないんだから!」


「その歪んだ心、私達が正します!」


 ピンクと青の二人組の少女が、バッチリポーズを決めて立っていた。


「来たなピュアラブシスターズ」


 オレの目の前に現れた、フリフリとした衣装に身を包む2人組は、正義の味方ピュアラブシスターズのピンクとブルー。

 おそらく先ほどの警察官が彼女たちに連絡を入れたのだろう。


 彼女たちは、人々の正しい愛のカタチを守るために純愛の国からやってきた妖精とやらと契約し、日々変態たちの魔の手から市民を守っている。


 改造手術前に見かけたっきりの彼女たちの視線はオレに向いている。


 くぅっ、感慨深いぜ。


 今までのオレは組織の中でも大多数を占める黒ずくめの一人に過ぎなかった。最近は黒ずくめのリーダー的な立場になり内々的にはそこそこ偉かったのだが、部外者からすれば黒ずくめの見分けなど付かない。なにせ全身真っ黒だから。

 当然ピュアラブの2人からもオレの存在は認識されたことなどないだろう。


 それが今や、こうして彼女たちの注目を集めるまでになっている。


 いやぁ、オレも偉くなったものだ。


「初めて見る怪人だね。ブルー、気を付けよう」


「分かっています。名乗りなさい」


 オレがちょっとした感動に浸っていると、ブルーの方がオレに対し冷たい声で名を訪ねてきた。


 流石正義の味方だ。今のオレは隙だらけであったというのに攻撃を仕掛けてくるどころか自己紹介を求めてくるとは。


 これはこちらも怪人として相応しい名乗りを上げなくては。


 オレはコートをはためかせ、なるべくカッコいいポーズを取った。


「我が名は失恋怪人ハイボーク! ありとあらゆる負けヒロインを愛し、その心に共感し悲しみに打ち震える者!」


 市街地であるが故のビル風がオレのコートを大きく揺らす。コートに突き刺さったガラス片が体に触れるたびにチクチクした。


 決まった。完璧だ。自身の名、特性を余すところなく詰め込んだ、しかしながらシンプルで分かりやすい名乗り。怪人デビューとしては最高の名乗りなのではなかろうか。


 ポーズを決めたまま2人組を見やると、ピンクの方が物凄く嫌そうな顔をしていた。


 何故だ。名乗りもポーズも完璧であったはずなのに……


「うわぁ……」


「ピンク? 大丈夫ですか?」


 ブルーの方が気遣うように声をかけると、ピンクはハッとした表情をして微妙に引きつった笑顔を浮かべた。


「だ、大丈夫だよ! ちょっと知り合いの男の子のこと思い出しちゃっただけ、似たようなこと言ってたなーって」


 どうやらピンクの知り合いにはオレと同じ負けヒロイン好きがいるらしい。負けヒロインはいいものだからな、そいつとは仲良くやっていけるだろう。ぜひ紹介してもらいたい。


 しかしなぜピンクは嫌な顔をしたのだろうか。負けヒロイン好きという最高の性癖、そんな顔をされる謂れなどないはずなのだが。


 あれか。知り合いと悪人が似ていると言われたように感じたからか。

 俺が悪の組織の怪人であるばかりに、性癖によって結びつけられた彼の印象も少し悪くなってしまったのかもしれない。だとすると悪いことをしたな。


 まあいいや。


 2人が戦闘態勢へと入る前に、こちらにはやらなくてはならないことがある。


 オレは右手を掲げるとパチンと鳴らした。


「っ!?」


 その音に2人は身構える。


 それとほぼ同時にオレの部下たちが一斉に動き出した。


 あるものはまだ近くにいた一般人を安全な場所へ誘導し、あるものは少し離れた場所で車の侵入を防ぐための標識を設置し、あるものはガードレールを保護するためにスポンジ状の保護カバーを設置し、またある者は建物の前にネットを張った。


 流石はオレが直々に指導をしてきた黒ずくめたちだ。対応の早さが他の黒ずくめと違う。


 我らセイヘーキは悪の組織だ。自身の欲望を満たすために他者へと負担を強いる悪者だ。しかし、だからといって無秩序に、無意味に被害を広げることは本意ではない。


 捕食者が自身に必要な分だけ狩りを行うように、我らは自身の欲望と組織のために必要な分だけ他人に迷惑をかける。


 それ故、正義の味方との闘いにおいて、周囲に被害が出ることを良しとしない。


 数分たらずで周囲の保護および市民の避難を終えると、オレは2人に向き直った。


「待たせたなピュアラブシスターズ!」


「……毎回のことではあるけど、やっぱ慣れないよね」


「……そうですね」


 ピンクもブルーも呆れたような困ったような表情を浮かべていたが、再度構えを取るとオレに対し飛び込んできた。


「さあ来い! 怪人として生まれ変わったこのオレの力を見せてやるぜ!」




「これで勝ったと思うなよ!?」


 黒ずくめによって担架に乗せられたオレは、ピュアラブシスターズの2人に対し全力で捨て台詞を吐くと、部下の手によって運ばれていった。


 オレは無茶苦茶弱かった。ここまで弱い怪人がいるのかと、驚いた2人にとどめを差されない程に弱かった。正義の味方に情けをかけられてしまった。悪の怪人なのに……


「ここでオレを倒さなかったことをいつか後悔させてやるからな!」


 運ばれていく最中そう叫んだが、相手からの視線はとても残念なものを見るようなものだった。


 くそう。これでは今日のオレは悪の怪人ではなく、妙な組織への勧誘をしていたただのコスプレした変なやつじゃないか。


 保護材の回収を行う部下を尻目に、ピュアラブシスターズの姿が見えなくなるまでオレは負け惜しみを垂れ流し続けた。




「なんか、すっごく弱かったね」


「ええ、弱かったですね」


「なんかこう、あそこまで弱いとこっちが弱いものいじめしてる気分になっちゃうよ」


「一応皆さんの迷惑になっていたみたいですし、とどめを差していませんから。気にしなくてもいいのではないでしょうか」


「気分の問題なの! ブルーは気にならないの?」


「そうですね……少しだけ」


「だよね! もー」


「私達より強い、なんてことにならずによかったじゃないですか」


「そうだけど! せっかくやーくんの家に行こうとしてたところを呼び出されてこれだよ! なんだかすごく損した気分!」

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