10年後でも君の彼女でいたい

和泉 有

10年後でも君の彼女でいたい

「10年後でも君の彼女でいたいな」

 君は笑いながら言った。10年後って僕は何歳なんだろう。色々考えたが、途方のないことだから考えるのをやめた。

「10年後だったら、結婚してるよ」

 と、言っただけで彼女の顔は赤く染めた。ちょっとした可愛さに僕は何回でも彼女に恋をしてしまう。






 僕が大学2年生の時。僕には行きつけのカフェがあり、そこでレポートをしたり、テスト勉強をしたりしていた。ここでやると家とか学校とかよりも集中して取り組むことが出来た。

 利用し始めたのは1年生の秋くらいからだった。その時から彼女はそこで本を読んでいた。チェーン店じゃないし、今時のインスタ映えする様なものなんて一つもない店だから利用するのは社会人が多かった。そんな中彼女は一人で黙々と小説を読んでいた。彼女を見た時から綺麗な人だとは思っていたが、それ以上はなかった。

 それから、数ヶ月。彼女との間には会話すらなかった。気が付いたら、1年も修了し、2年生に上がっていたある日。僕はいつもの通り、パソコンを持ってカフェに行った。案内されたのは、彼女の隣だった。今までにも何回か彼女の隣になったことはあったので何も考えずにパソコンを取り出し、レポートを書いていた。数時間何もなく時間が過ぎていたその時、僕の近くで何か物が落ちた音がした。僕は音がした方に顔を向けると彼女が読んでいた本が落ちていた。僕はその本を拾った。落ちた衝撃でブックカバーがめくれていた。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 僕は持っていた本を彼女に渡した。

「あの、いつもこの本読んでいるんですか?」

 僕は僕らしくないことしていた。見知らぬ人に声をかけるなんて。でも、彼女が僕の好きな作者の本を読んでいたのでつい気になって、声を掛けてしまった。

「え?あ、はい。先週からこの本を読んでて。私、この先生のことが好きで」

「え?そうなんですか。僕もなんですよ」

 まさか、好きな作者が一緒なんて思いもしなかった。そこから意気投合した。やっと彼女の名前を知ることができ、彼女は2個上でここの近くの大学生で学校帰りによくここに寄っていたらしい。とんとん拍子で2人でご飯を食べに行ったり、映画を見たりし、僕の方から告白をした。彼女から「はい」って言われた時はどんな瞬間よりの嬉しかった。僕らはありきたりの関係になったが、僕はそれが1番幸せだった。






 それから2年が経っていた。僕はついに4年生になり、就活を本格的に始まっていた。毎日毎日思ってもないことを言わないといけない。それが大人っていうことなのかな?今になって仕事をするっていう大変さを実感している。彼女はこんな大変なことをずっとやってるんだ。それも愚痴ひとつ言わずにここまでやってきたんだ。

 面接を終え、家でダラダラしていると彼女から電話が来た。

「就活は順調?」

 彼女は心配そうに僕に聞いた。

「あんま上手く行ってないかな」

「大丈夫だよ。私なんか一次審査も結構落ちてんたから」

 彼女は僕のことを元気つけようとしていた。やっぱり自慢の彼女だ。僕は彼女だからこんなにも自分のことを曝け出すことが出来ていると思う。

 僕の大学は世間一般的に見ると一流という立ち位置にいるらしい。でも、僕は大学受験なんてやったことなんてなかったし、受験した記憶も薄い。そう、僕は内部生だ。それも小学受験でこの学校に入った。小さい時からずっと勉強をさせられ、親からは「お前のためだ」と言われ続けた。今思うと、親のあの言葉は嘘かもしれない。自分の夢や希望を子供の僕に無理やり継がせただけ。それをマウントをしたかっただけ。もしかしたら、僕の勘違いかもしれないけど、どっちにしても「お前のため」って言ってる奴はただのエゴを押し付けてるだけの自分勝手なやつだ。

 そんな親から教育を受けると『完璧』という言葉に取り憑かれてしまう。自分の息子の将来は約束されたのも同じものだから、首席を取らせることにしか興味がなかったと思う。だから、僕よりできるクラスメイトを見ると強い劣等感を抱いていた。比べる相手はいつもクラスメイトだから。だから、周りはいつも敵だらけだと勘違いしていた。こいつらに負けるのが嫌だった。いや、怖かった。ずっと、目に見えない恐怖と戦っていた。そんなことをしていると友達なんてできないと思っていたが、数人は友達になってくれた。でも、僕はそんな人たちのことも信じることはできなかった。でも、彼女だけは違った。心の底から信じることができた。僕は初めて、素の自分を出せる人に初めて出会った気がした。






 それから数ヶ月が経った。内定も3社くらいもらい、一段落ついていた。

 そんなある日。彼女から連絡が来た。スマホを開いて確認すると『社会人になったら同棲しよう』とLINEが来ていた。僕はそれを二つ返事で了承した。彼女が社会人になった時も同じこと彼女は言っていた。でも、その時の僕らにはそんなお金なんてなく、断念していた。それから2年が経ち、やっと彼女と同棲できることに僕はすごく喜んだ。

 それから日時が経ち、僕は無事に大学を卒業することができた。そのあとすぐに二人で住む準備を始めた。僕は親元を離れて住むっていうのは初めてのことだったので、何をどうやればいいかわからなかったが、彼女が率先して部屋を探してくれた。そして、3月の半ばくらいに部屋が決まった。2LDKの二人住むには少し大きいくらいの部屋だったが、彼女曰く「1人も大切だからね。特に君は1人の時間がないと壊れそう」と言い、笑った。本当にできた彼女だ。

 住み始めて半年が経った。僕の方はやっとの思いで仕事にもなれ、彼女との同棲にも嬉しいという気持ちよりも当たり前という気持ちが強くなってきた。それに彼女のことがどんどんと見えてきた。朝が苦手とか酔っ払って家に帰ってきたら、すぐ寝るところとか。色々。そんな彼女が益々愛おしいと思ってきた。二人で住み始めたらお互いの嫌なところが見えて別れる原因になるってどっかの記事で見たが、そんなの嘘だ。やっぱりネットの記事は安易に信じたらダメらしい。そんな幸せな同棲生活は気がつけば、数年が経った。






 付き合ってあっという間に6年が経った。僕ら大きな喧嘩なく、同棲生活を続けていた。いつもデートは家で済ませることが多かった。仕事もあるし、そんな外で遊ぶって大学生みたいなことができなくなってきた歳だしで。だから、僕が外でご飯行こうと言った時は笑われた。

「珍しいこともするね」

「いいじゃん。たまにはちょっとしたレストランでご飯食べるのも」

 彼女は「確かに」と言って僕の後を追ってくれた。

 数ヶ月ぶりに彼女と電車に乗り、いつもは仕事でしか行かない駅に降りた。周りには遊びに来てであろう学生がいっぱいいた。

「私たちもこんな若い時期があったんだよ」

「今も十分若いよ」

「それは君だけだよ。私なんかもうおばちゃんだよ」

「いや、2歳しか離れてないじゃん」

 彼女は「それが大きいんだよ」と笑いながら、言った。いつまでも横で笑っててほしい。

 僕らはビルの最上階にいた。そこには綺麗な夜景が浮かんでいた。

「うわー。綺麗」

 彼女は子供のようにはしゃいでいた。でも、言葉一つ一つは大人のように華麗だった。

 最初にお酒が運ばれて、僕らは静かにグラスを鳴らした。飲んだ赤ワインの味なんかわからないくらいに彼女の方を見ていた。

「ん?どうしたの?」

「いや、美味しいなと思って」

「え?美味しい?私、高級すぎて味わからなかったよ」

 彼女は「さすがだね」と僕のことを褒めてくれた。もう、酔ったのかな?顔が熱い。

「美味しかったー。また来ようね」

「うん。そーだね」

 僕らは外に出て、映画館に向かっていた。僕はずっと見たい映画があるためだ。そのために僕は彼女のことをレストランに誘った。

「ずっと、この映画見たいって言ってたから私も楽しみなんだよね」

 僕は「うん」と適当に返してしまった。久しぶりの映画館に少し緊張していた。僕らはポップコーンを買い、席に着いた。広告は始まっていたが、だいぶ早めに着いたからか周りには誰もいなかった。

「ごめん。僕、トイレ行ってくる」

 僕は席を外した。僕の姿が消えた瞬間。スクリーンには僕らの思い出の映像や写真が流れていた。

 彼女はきっと困惑しているのだろう。だって今日はなんでもないただの休日だから。

 流れていた映像が終わった。真っ暗になった館内。少し経ったら、スクリーンの前には僕が立っていた。両手には花束を持ちながら。

 彼女は口を押さえていた。びっくりしている。僕はそんなことお構いなく彼女の方へと足を運んだ。僕が彼女の前に行くと彼女は静かに席を立った。僕はゆっくりと口を開けた。

「僕がまだ大学生の時『10年後でも君の彼女でいたい』って言ったの覚えてる?その時にさ、10年後のこと考えたんだよ。でも、何してるかわからなかった。どんな仕事してるのとか、どんな休日を過ごしてるのとかね。でも、たった1つだけわかったことがあるんだ。それは君が隣にいるってこと。10年後じゃなくても。20年後でも30年後でもずっと変わらなかった。でも、その時の君は彼女じゃなかった。もっと、もっと大切な人になっていたんだ」

 彼女は目からは雫が落ちていた。それを手ですくっても、何回も雫は落ち続けていた。こんなに長く一緒にいたのに彼女が泣いてる姿は初めて見た。

 そして、君はあの時のように顔を赤く染めながら、頷いてくれていた。

 僕は静かに深呼吸をして続けた。


「僕と結婚してください」





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