第23話 人を操る

 ピアサになって火の国を襲う?

 この人は何を言っているんだろうか。


「テロを起こすのよね。それは知っているわ」


「あら、知らないのはこの子だけ?」


「まだ子どもだから、言っていなかったの」


「それは、お節介なことをしてしまったかしら」


「いいえ。いずれわかることだもの。案内してくださる?」


「ええ、もちろん。仲間ですもの」


 珠蘭さんは動揺することなく、本当に知っていたかのように宗教勧誘さんと会話をする。

 宗教勧誘さんは、先頭を歩き、集会場までの道を進む。

 珠蘭さんは宗教勧誘さんと話しながらその隣に並んだ。

 私もノアさんに手を引かれ、その後ろを歩き出した。


 異人がわざわざピアサになって火の国を襲うメリットが全くもって見出せない。

 そもそもテロを起こすつもりなら、宗教勧誘さんはなぜ私に声をかけたんだ?

  子どもだから連れて行ってもわからないと思ったのだろうか。

 でも、宗教勧誘さんは覚醒しているわけじゃない。

 こうやってノアさんと珠蘭さんに案内していることからしても、異人と純人の区別はついていないはずだ。

 私が何も知らない異人の場合は、ピアサになって仲間が増えるが、純人の場合は毒殺されて死ぬ。

 本当になんで声かけられたんだ。

 怖すぎる。


 隣を歩くノアさんをチラリと見上げれば、突然立ち止まった。

 私もつられて立ち止まる。

 2人が少し先を歩いているのを確認したあと、私を見下ろした。


「嘘だ」


「……嘘?」


 なんのことか分からず聞き返す。

 嘘?何が嘘なのだろうか。

 テロのこと?宗教勧誘さんのハッタリ?


「俺は、信者じゃない」


 ……そっちか!!

 テロを起こしますの衝撃が強すぎて忘れていたが、ノアさんは嘘をついたことを気にしていたらしい。

 分かってますという意味を込めて頷くと、ノアさんも頷き返し、私たちはまた歩き出した。



 宗教勧誘さんに連れられ、なにやら倉庫のような場所にたどり着いた。

 その中には、数百人余りの異人が。

 何やら整列しており、私たちもそれに倣う。

 まるで全校集会のようだ。

 整列する人たちの前で、朝礼台のようなものに乗り立っている男の人が、校長先生に見えてきた。


 この人たちは、全員ピアサになるために集まったのだろうか。

 ピアサになって人を襲うことに、抵抗はないのだろうか。


「我々は今日! 実行する!」


 何やら校長先生(仮)が演説を始めた。


「我々を虐げてきた純人に報いるとき! 我々異人は、異人であるという理不尽な理由だけで、惨殺されてきた! 今回我々がピアサとなり火の国を襲うことは、我々がされてきたことのほんの一部でしかない!」


 校長先生(仮)の話を聞いている異人教信者の表情は、それぞれだった。

 復讐を心に決めた目をしたもの、校長先生(仮)の意見が正しいと頷いているもの、気味の悪い笑みを浮かべニコニコしているもの、その中でも一番多かったのは、虚ろな目をした、聞いているのかいないのか分からないような人たちだった。


 私は気づいてしまった。

 生きる希望を無くした人たちが、集まっているのだと。

 失うものが何もない人たちは、無敵と化す。

 心の死んだ人間は、罪悪感も恐怖も何も感じない。

 この人たちは、自分がピアサになったあとの火の国のことも、火の国の人たちのこともどうでもいいんだ。

 自分の人生が終わればそれでいい人たちが集まっている。

 このテロは、この人たちの無理心中で成り立つものなんだ。


 最悪の気分だった。

 死にたいのなら勝手に死ねばいい。

 なんで、関係のない人を巻き込むんだ。

 どうにかして止めないといけない。


「桜」


 無意識にノアさんと繋いでいる手を強く握っていたのか、ノアさんが握り返しながら私の名前を呼んだ。

 ノアさんを見上げれば、ノアさんは前の校長先生(仮)を見据えている。


「大丈夫だ」


 私を安心させるようにそう言った。

 いつものように無表情で声のトーンも変わらないが、ノアさんの優しさがすごく伝わってきた。

 ノアさんがそう言うのなら、大丈夫なのかもしれない。

 何か策があるんだろう。

 その間も、校長先生(仮)の演説は続いている。


「すべては、異人の未来のために……!!」


『すべては、異人の未来のために……!!』


 校長先生(仮)の言葉を復唱する異人教信者。

 やはり狂っている。

 火の国でテロを起こして、何が異人のためになるのだろうか。

 むしろ炙り出されて皆殺しになってもおかしくない。

 イカれた空間の中で、私達3人は浮いていた。

 浮いているが、ここまで自分がまともであることを認識できる空間もそうそうない。


「さぁ……!時は満ちた……!」


 校長先生(仮)がそういうと、異人教信者は懐からレッドを取り出した。

 この人数がピアサになるのを阻止する方法が思い浮かばない。

 ハルトネッヒさんの言霊なら何とかなるのかもしれないが、当然のことながらハルトネッヒさんはいない。

 止めようにも、失うもののない無敵化した人間相手に対抗できる気もしない。

 どうすればいいのかとノアさんを見上げると、ノアさんは腰元の剣に手をかけた。


「すべては、異人の未来のために……!!」


 校長先生(仮)がもう一度そう高らかに宣言したとき、ダンッ!と銃声が響いた。


「はーい、陸軍でーす。皆さんちゅうもーく」


 倉庫の扉が開く音がし、ゆるーい女性の声が響き渡った。

 半数以上が振り返り、その声の主を見る。

 私も振り返ろうとすれば、ノアさんに頭を手で掴まれ止められた。

 珠蘭さんも振り返ることなく前を向いており、フフフと笑っている。


「皆さん、その薬は下にポイしようか」


 女の人が、子どもに言い聞かせるような言い方でそういうと、振り返った人たちは女の人の指示通りに薬を捨て始める。

 校長先生(仮)は、怯えたように立ちすくんでいた。

 何が起きてるんだ?


「ポイした人から、ここに並びなさい」


 今度は、振り返った人たちが、その人の言う通りにフラフラと歩き出した。

 宗教勧誘さんも私たちの隣を通り過ぎていく。

 宗教勧誘さんの顔を見れば、先程とは打って変わって虚な目をしていた。


「洗脳だ」


 何が起きているのか理解できていない私に気づいたのか、ノアさんがボソッと呟いた。

 洗脳……?女の人の異能力……?

 チラリと後ろを見ようとすれば、今度はノアさんに止められることはなかったのでそのまま確認する。

 そこにいたのは、黒い制服を着た軍人のような人たち。

 おそらく、ノアさんと珠蘭さんが話をしてくると言っていた陸軍の人たちだ。

 連携をとっていたのか。

 声の主は、真ん中の赤い髪の女の人のようだ。


「みんな良い子だねぇ。いうこと聞かない子達と違って」


「陸軍だ……!散れ……!」


 先ほどまで棒立ちで立ちすくんでいた校長先生(仮)が焦ったようにそういうと、洗脳にかからなかった人たちが、別の扉から逃げ出そうと走り出した。


「あなた方を、テロ組織の容疑者として捕縛いたします」


が、そちらにも眼鏡をかけた軍人さん率いる陸軍が待ち構えていた。


「クソッ……!誰だ……!我々の邪魔をしたのは……!」


 校長先生(仮)はそういうと、大きな袋を抱え、倉庫の壁を拳で破壊して外に逃げた。

 いや、覚醒してんのかい!!


「覚醒していたのか」


「あら、意外」


 ノアさんと珠蘭さんも予想外だったのか、焦ることはないが、大きな穴と逃げていく校長先生(仮)の背中を見て呟く。

 その穴を利用して、続くように数人外に逃げ出した。

 ノアさんが私を見下ろしたので、私は大丈夫だと頷く。


「追う」


「ええ」


 ノアさんはその場からトんで消えた。

 ……そういえばノアさんの異能力はなんなのだろうか。瞬間移動??

 ノアさんが立っていたところを見ながら考えていれば、目の前の1人の男性が薬を飲もうとしているのが見えた。

 考えるより先にその人の手を掴む。


「離せ……!邪魔をするな……!」


 目が虚ろなその人は、凄い力で私を振り払おうとするが、覚醒している私の方が力が強く、出来ずに叫ぶ。


「桜、手を離して良いわよ」


 珠蘭さんの声が後ろから聞こえ、指示通り離せば、珠蘭さんの回し蹴りが男の側頭部に綺麗にきまった。


「あら、ごめんなさい。私足が長いの」


 妖艶な笑みを浮かべながらそういう珠蘭さん。

 珠蘭さんは、見かけによらず武闘派なようだ。

 男を沈めたあとも、レッドを飲もうとしている人たちを華麗な蹴り技で次々と沈めている。


 異人教信者を捕縛している陸軍と珠蘭さんの邪魔にならないように、端によける。

 自分にできることは何かないのかと考えていれば、陸軍に押さえつけられている男の人が、落ちているレッドを飲もうとしているのが見えた。

 軍人さんがそれに気づき阻止したが、レッドがこんなにも散らばっているのはよくない。

 どこか一箇所に集めたほうがいい。

 何か上手く集められる方法はないかと考え、思いついた。


 水で集めればいいんだ!

 私の水は自由自在に操れるので、陸軍と珠蘭さんの邪魔にならないように広範囲に水を撒いて、それをまた自分の元に集めればいい。

 そしたらレッドも一緒に集められる。

 我ながらいい案だと自画自賛しながら、いざ実行。

 まだそんなに多くの水が出せるわけではないので、三箇所に分けて取ろう。


「よいっしょ!」


 両手を振り下ろし、ドバッと私の手からまぁまぁな量の水が出た。

 ある程度広がったところで、その水を回収する。

 考えていた通り、レッドも一緒に流れてついてきた。

 よしよし。

 2回、3回と同じことをやり、レッドを集めることに成功した。


 疲れた。

 全力疾走で走った後ぐらい疲れた。

 多くの水を一気に動かすのは、体力を消費するらしい。

 私がレッドを集め終えたときには、異人教信者もほとんど捕縛されていた。


 座って息を整えていれば、赤い髪の軍人さんと目があった。

 何やら、へぇという顔をしてニヤニヤしている。

 ノアさんの洗脳という言葉が脳裏をよぎり、不自然にならない程度に目を逸らす。

 異能力を使ったのは不味かっただろうか。

 ハルトネッヒさんが何と言っていたかを思い出す。


『異能力は、外ではあまり使わんほうがいい。見せびらかすものでもないからな』


……とても不味いな。

私は、やってしまった……!!と体育座りで丸まり、そこに顔を埋めた。

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