第22話 別行動

 ハクと別れ、左の道を進んだ紫苑は、とある荒れ果てた村にたどり着いた。

 ピアサに襲われたであろう死体も転がっている。

 小さな村というわけではないが、人の気配は、ほぼないことに訝しむ紫苑。


「村人は、逃げたのか……? にしては、ピアサの気配もすごいが、血の匂いもすごいな」


 紫苑がどこから片付けるかと悩んでいれば、突如ある一箇所から竜巻が上がった。

 自然のものではなく、異能力だと気付いた紫苑は、ピアサに警戒しながら、その竜巻が上がった方向に駆け足で向かう。

 すると、そこにいたのは血だらけの10歳ほどの少年と、一体のピアサ。

 少年はうつ伏せのままピアサに押さえつけられ、今にも喰われそうな状況だ。

 紫苑は少年の元に急いで向かう。


掌波しょうは!!」


 紫苑は腹部の鱗光を波動を纏った手で叩き割り、数十メートル先まで殴り飛ばした。

 ピアサは、泡になって消える。


「坊主! 大丈夫か⁈」


 紫苑がそう声をかけるも、少年は気を失っており反応はない。

 紫苑は、少し先に血だらけの少女が倒れていることに気づく。

 少女にも駆け寄り息を確認するが、少女はもう息絶えていた。

 ピアサに引っ掻かれたのか、それが致命傷になったようだった。

 血だらけの少年だが、少年自身に怪我はない。

 近くで倒れていた。少年よりも幼い少女から察するに、その子の血が付着したのだろう。

 

 紫苑は、ひとまず少年を少女と共に寝かせ、少年の手首に、自身がつけていた真珠が埋め込まれた腕輪をつけた。

 その後、未だうろついているピアサを全て討伐しに向かった。



「こっから探し出すのか?」


 牡丹国の漁港に向かった3人は、何十隻もある漁船に頭を抱えていた。


「やるしかないだろ」


「まず持ち主から探さなきゃいけねぇんだろ? こんな時間に船出す奴なんかいるわけねぇだろうし」


 禅の言葉にそうこぼすドジュン。

 時刻はもう一、二時間ほどで日が沈み始める時間帯であり、漁に行くような時間ではない。


「周りにバレない時間帯なら今がチャンスだろ。漁船仲間に見つかりゃ陸軍に通報されてもおかしくねぇ」


「そうかもしれねぇが、んな体よく見つかるか?」


「禅、ドジュン、あそこに人いねぇか」


「いんのかよ!!」


 腕を組みながら無理があるとこぼすドジュンだが、ドンハンの言葉に勢いよく顔をそちらに向け、ツッコミを入れた。

 ドンハンの言う通り、遠くにだが、船に乗り何か作業をしている数人の人影が。

 日の光を遮るように片手で傘を作り、船を見ていたドジュンが何かに気づいた。


「んー? あ⁈ 明らかレッド袋に詰めてんじゃねぇか! ちょっとは隠せよ! わかりやす!!」


「あ? どこだ?」


 漁師達は大袋の中に、小分けににされた錠剤を、袋から出して詰めていた。

 空気に触れ赤く変色していることに、目のいいドジュンだけが気づく。

 ドンハンもドジュンが見つけた方向を見るも、人が数人いるのが確認できる程度で、手元までは見えなかった。

 それもそのはず、3人がいる場所から漁船までは、300m近く離れている。

 ドジュンの声など聞こえない距離にいるためか、見つかっていることにすら漁師達は気づいていない。


「ドジュン」


「おうよ」


 ドジュンの名を呼んだ禅は、ドンハンとともに走り出した。

 ドジュンは、背中の弓を手に取り、矢を構える。

 2人が漁船に近づき、いつでも乗り込める距離まで迫ったことを確認し、ドジュンは、レッドが詰められている大袋を閉じるように、矢を放った。

 続けて、漁師の2人が持っていたレッドの入った小袋に放つ。

 矢は小袋を貫通した状態で、二本とも船の側面にささった。

 矢が放たれたことに驚き、あたりを確認する漁師達。

 禅とドンハンは、それを合図に船に乗り込み、ものの数秒で漁師達を締め上げた。



 ハクや紫苑さんたちと別れ、別行動となった私は、


「あなたは、ファタル様を信じますか?」


 着物を着た壮年の異人の女性に、宗教勧誘にあっていた。

 ファタル様って誰だ。

 この世界には、そんな名前の神様が存在するのだろうか。


「あなたのような幼子であったとしても、ファタル様は喜んで受け入れてくださいます」


 宗教勧誘をする人は、どこの世界も似てしまうものなのか。

 某芸人のネタのように「こんにちは!宗教です!!」っと明るく来ていただけた方が「結構です!!」と断れたりもする。

 優しそうにも見えるが、嘘くさい笑みを浮かべる女性を見ながら、なぜこうなったのかを思い出す。


 北海に薬を持っていき撒こうとしていた人たちは、陸軍という人たちが、思いの他あっさりと見つけたらしい。

 というのも、全員が同じ列車に乗る予定だったらしく、その列車に乗客全員が乗ってから、出発前に一人一人荷物点検をして運び屋を捕まえたそうだ。


 私たちがすることは特になくなってしまったので、火の国の観光でもする?と珠蘭さんに提案され、私はそれに頷いた。

 その前に、少し陸軍と話をしてくるから待っていてくれと、ノアさんと珠蘭さんに言われ、私は1人道の端で座って2人を待っていた。


 側から見れば、迷子や孤児にでも見えたのか、道行く人に心配そうな眼差しを向けられたり、迷子?と声をかけられたり、クッキーやら飴やら、これあげるから元気出して!とお母さんに持っていくよう言われた子どもに渡されたり、小さいからこんなにも声をかけられるのか?と思っていたら、ついに宗教勧誘にまで捕まってしまった。

 私の待ち方がいけなかったのだろうか。


 壮年の女性は、私が話を聞いていないことに気づいているのかいないのか、ファタル様がどれだけ素晴らしいのかをずっと話している。

 ファタル様とは。


「……ファタル様?」


「まぁ、ファタル様をご存知ないの?幼子だもの、それも仕方がないわよね。ファタル様は、この世界に異人を誕生させてくださった素晴らしいお方なのですよ。本来異人は迫害されるべき人種ではありません。ファタル様が異人を愛してくださっているように、異人は世界中から愛されるべき人種なのです。異人は、純人よりも高い地位を持ち、純人からは、尊敬の意を持って接せられるべき存在なのです。頭が高き純人は、異人がいかに尊いものであるかということを、異人の手によって知らしめる必要がーー」


 めっちゃ喋るな。

 私は何かのスイッチを押してしまったんだろうか。

 まるで演説かのように、私にペラペラ話す宗教勧誘さん。

 私の耳には入らず、左から右へと流れているのだが、それに気づいていらっしゃる様子はない。

 早くノアさんか珠蘭さんが来ないだろうか。


「おい」


「少しいいかしら」


「な、何ですの?」


 と思っていれば、ノアさんと珠蘭さんが。

 2人に声をかけられた宗教勧誘さんは、ノアさんの威圧感に圧倒されたのか、口元を隠しながら一歩後ろに下がった。


「俺は異人教信者だ。今日の集会はどこでやっている」


 真顔でそう口にするノアさん。

 ノアさんは、感情が読めない分とても嘘がうまいのかも知れない。

 私も今が初対面だったら、神様とか信仰する人なんだ!と驚いて信じてしまいそうだ。


「集会の場所を書かれた紙を無くしてしまったの。よければ教えてもらえないかしら」


「……まぁ、そういうことでしたのね。あなた達、例のものは持っているの?」


「例のもの?」


「……子どもだものね。……レッドよ」


 珠蘭さんに優しくそう言われ、宗教勧誘さんは、パチパチと数回瞬きをしたあと、取り繕った笑みに戻った。

 例のものというのが何かわからず、私が聞けば、少し考えたあと子どもだから知らなくても仕方がないと、あたりを見回し、内緒話をするように教えてくれた。


「レッド?」


「えぇ。こちらに来てちょうだい」


 宗教勧誘さんはそう言い、ついてきなさいとでもいうように人気のない路地裏へと歩き出した。

 私たち3人もそれに続く。

 路地裏に入り、少し進んだ所で、宗教勧誘さんは振り返った。


「あなた方、もしかしてまだ情報が回っていないのかしら。今日、私たちが何をするのか教えてあげるわ」


「何、するんですか?」


 偽物の笑みを貼り付けた宗教勧誘さんに、私は質問する。


「今日の集会で、私たちはピアサとなり、火の国を襲うのよ」


「は?」


 宗教勧誘さんは口元を着物で隠しながら、何が面白いのか、楽しげな声色でそう言った。

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