第21話 変わる

 火の国からさほど遠くない牡丹国まで、列車に乗り込み向かう。

 できれば今日中に片付け桜の元に帰りたい。

 ノアと珠蘭がいるのなら、陸軍に捕まるようなことはないとは思うが……。

 レッドが密輸されている火の国で、ピアサが暴動を起こさないとも言い切れない。

 ダメだ、考えるほど心配になってきた。

 俺こんな心配性だったか?桜なら大丈夫だ。そうだ、信じろ。


「……あぁ! とっとと片付けてかえんぞ!」


「うおっ、急にどうした。そうだな」


 やはり心配だ。

 桜は5歳児の割にはしっかりしているし頭もいい。

 だが、とても鈍臭い。


「紫苑」


「なんだ」


「お前は何食ってんだよ!」


「腹ごしらえは必要だろ?」


「さっき蕎麦食っただろうが!」


「火の国の駅弁はうまいんだ」


「呑気でいいなお前は……!」


 俺は桜が心配すぎて禿げそうだというのに、隣に座る紫苑は呑気に駅弁を食べている。

 紫苑の隣には空の弁当が山積みだ。

 何個食ってんだよ。そんなに食って戦闘中に吐くなよ。

 俺はさっき蕎麦を食った。腹が減ってるわけじゃない……。


「クソッ!」


「あ!お前それ俺のだぞ!」


「うるせぇ!」


 匂いにつられ俺も食いたくなり、紫苑の弁当を掻っ攫う。

 クソッ!俺がどんだけ桜を心配していようと火の国の駅弁は美味い……!!


「緊張感のねぇ野郎共だな」


「これから戦闘に行くってのにな」


「ドンハンにも言ってんだよ」


「あ⁈」


「ハクは何でそんなキレながら弁当食ってんだよ。不味いのか」


「美味ぇよ!」


「うますぎてキレてんのか?ドンハン、お前も食いすぎだ」


 通路を挟んで横に座るドジュンとドンハンに凄む。

 やれやれと言った様子の2人だが、ドンハンは紫苑以上に駅弁を食っている。


「まだ30個だ。あと80個ある」


「何個買ってんだよ!さっき蕎麦10人前食っただろ!」


「ドジュン、知らねぇのか」


「何をだよ」


「食えるときに好きなものを好きなだけ食う。それが人生だ」


「ドヤるな!突然壮大なテーマにしてんじゃねぇよ!お前は食いすぎなんだよ!」


 弁当100個なんてペロリとたいらげそうな体型をしているので疑問でも何でもないが、ドジュンは弁当の山とドンハンの立派な腹のせいでやや狭そうだ。


 そういや、男の話を鵜呑みにして牡丹国に向かっている。

 男が嘘をついているようにも見えなかったが、


「今更だが、あの男の話はあってんのか?」


「赤蛇曰く正しい情報だ。ノアから伝達が来た」


「それなら問題ねぇのか」


 紫苑に聞けば、どうやらあの女大将の異能力で確認済みのようだ。

 それなら問題ない。


「俺たちは漁港に向かう。ハクとお頭は直接教会に迎え」


「あ?漁港?」


「漁船から撒いてるってなら、繋がってるやつがいるはずだ。そこをとっ捕まえた方が早い」


「あぁ」


 どうやら禅の中では作戦はもうたっているようだ。

 この中で一番頭がキレるのは禅なので、全員反対することもなく了承する。


 ドンハンが弁当を全て平らげ、少しした頃、ようやく牡丹国に着いた。

 そこまで大きくはない国のはずだが、ピアサの気配はあれど、混乱しているような様子はない。


「のどかだな」


「国は把握できてねぇのか?」


 紫苑は気が抜けるという顔して呟いた。

 陸軍が現状を把握していなかったところからして、まさか自分の国に毒魚騒ぎの本拠地があるとは、思っていないのかもしれない。

 パニック状態よりやりやすいから、まぁいいが。


「片付いたら漁港に来い。お頭たちの方が早く終わるだろ」


「「おぉ」」


 ピアサの気配からして特級というわけではなさそうだ。

 俺と紫苑は、禅たちと別れ、ピアサの気配を頼りに、例の教会に向かう。

 近づくにつれ、ピアサの気配が二手に分かれていることに気がついた。


「二手に分かれるか」


「そうだな。紫苑は右行け」


「俺が左行くから、ハクが右行け」


「右の方が安全だ。お前が右に行け」


「いーや!安全だからこそハクが右に行け。左は俺が片付ける」


 左の道の先には数十体のピアサの気配、対して右の道には、ピアサは一体だけ。

 お互い譲らないため、仕方がないと俺たちはある手段を取ることにした。


「「最初は、ぐー!じゃんけんぽい!!」」


「よっしゃ!!左は俺に任せろ!」


「クソッ!!」


 俺がパー、紫苑はチョキを出した。

 クソッ!負けた!

 紫苑は颯爽と笑顔で左に走って行く。

 俺は重い足取りで右に向かう。

 一体が特級並みに強いならまだしも、波動の気配からしてせいぜい二級が良いとこだ。

 さっさと終わらせて、紫苑の邪魔をしてやろう。


 右の道を歩いて行けば、教会に着いた。

 ピアサの気配はここにとどまっている。

 教会の扉を開けると、そこにいたのは、1人のシスター。ピアサだ。

 女なのが少々やりづらいが、致し方ない。

 俺は、祭壇の前に立っている女のもとに歩いて近寄る。


「あなたは、誰に会いたいのですか?」


 振り返り、俺にそう声をかける。

 セリフからして胡散臭いが、喋り方も胡散臭い。


「人の弱みに漬け込んでムカつくことしてんのはお前か?」


「何の話でしょう。僕は、神のお告げのままに、人々の願いを叶えているまで」


 そう胡散臭い面で話す女。

 男の話からしても、こいつが根源で間違いない。

 たいして強くもないわりに、言うことを聞く人間が多いが故にいい気になっているタイプだ。

 ムカつくのでとっとと討伐させてもらう。

 俺は、女の数十メートル手前で立ち止まる。


「あの量のレッド、どっから仕入れたんだ」


「私に期待して、任せてくれたのです」


「お前の上に、まだ誰かいるってことか?」


 気になっていたことを聞けば、何やら頬を赤らめ答える女。

 あの量を用意した人間が別にいるのなら、そっちの方が問題だ。


「そいつの名前は」


「私の名を呼び……!期待していると……!」


 俺の質問が聞こえていないのか、心酔した様子で答える女。

 話にならない。


「俺はシンプルにお前が嫌いだ」


「……神の前で野蛮な口をきくと、天罰が降りますよ」


 そういうと、今まで興奮していた女は、冷静になったのか胡散臭い笑みを浮かべる。


「特に弱いくせに偉そうなところが嫌いだ」


 笑みを保ったまま女の口元が引き攣った。


「弱い?」


「弱いだろ」


「僕が?」


「強いと思ってんのか?そりゃすげぇ勘違いだぜ?」


「あなたには天罰が下ります。死になさい」


「天罰じゃなくてお前がムカついただけだろ」


「僕の心は、乱れたりなどしません」


「乱れまくりじゃねぇか。すげぇムカついた顔してんぞ」


「していません」


 どうやら弱いという言葉は地雷らしい。

 口元の笑みは保ったままだが、こめかみには、青筋が浮かんでいる。


「よし、雑魚。とっとと泡になれ」


「あなたがおくたばりになられることを、お勧めいたします」


 刀を抜き、縦に一振り。ひとまずは斬撃を飛ばす。

 笑みを浮かべながらも、目はキレ散らかしている女は右に軽く避け、祭壇が壊れる音が響く。

 身体能力はそれなりにあるようだ。何の異能力を持っているかはわからないが、鱗光の大きさからして、どんな能力だろうと関係ない。

 痛めつける趣味もないので、手早く鱗光を破壊させてもらう。


 地面を蹴り上げ、女と距離を詰める。

 女は俺のスピードに驚いたのか、目を見開くだけで、何か能力を使う様子もない。


一刀龍紋いっとうりゅうもん……!」


 俺は刀を、右肩の鱗光目掛けて振り下ろす。

 女はそのまま教会の壁まで吹き飛んだ。

 俺は刀を鞘にしまいながら、あまりの手応えのなさに少しの違和感を覚える。

 鱗光は壊した。しかし、ピアサの気配が消えゆく感覚がない。

 刀に手を添え、不審に思いながら女を見る。

 下を向いているため、女の表情はわからないが、肩が震えている。


「あぁ……!実に愉快です……!」


 女は祈るように手を組み、天井を見上げて、たいそう興奮した様子でそう口にする。


「お前、何の異能力だ……?」


 俺はそいつの顔を見て眉根を寄せながら問う。

 鱗光を壊しても死なないだけじゃなく、女は、先ほどとは別人の男の顔へと変わっていた。


「僕は、弱くなどありません」


 男に変わったピアサは、今度は右腕を淡く光らせながら、そう言った。

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