第20話 死者は死者

 ノアが男をテーブルに押さえつけていた体勢から、椅子に座らせ、手を後ろに拘束した状態に変えた。

 俺と紫苑で尋問しようにも、怯えて話にならない。

 どうするかと悩んでいたら、男が青白い顔のまま桜を見た。

 見るんじゃねぇと男の頭をわし掴み、俺の方を向かせる。

 この世の終わりのような顔をする男。

 こいつから何か聞ければ、目的のピアサと異人教も手っ取り早く見つかるってのに、ビビりすぎだろ。

 埒があかないと思っていれば、珠蘭が動いた。


「あなた」


近づきながら男に声をかける珠蘭。


「ひぃっ」


「そう怖がらないで、私たちはあなたを助けたいの」


 そう妖艶に語りかけながら、男と視線を合わせる珠蘭。

 なぜか桜もついてきた。


「ハウス」


「なんでいっぱい持ってるんですか?」


 桜が座っていた椅子を指差し言うも、俺を無視して男に話しかける。

 やや怖いのか、立っている俺の右足の後ろから顔を出している。

 怖いならくるなよ。戻れよ。


「あなたが知ってる事を、教えてくれるだけでいいの」


 そう言う珠蘭と下の桜を交互に見たあと、口を開きかけ、俺と紫苑、それから背後の面々をみて死にそうな顔をして口を閉ざす男。


「もう言えよ!別にお前のこと殺さねぇよ!」


「俺たちゃ人殺しにでも見えてんのか?」


 なかなか言い出さない男に痺れを切らすドジュンと、自分の顎を撫でながら俺に聞いてくる紫苑。

 こんだけ怯えてんならそう見えてんのか?

 なんとなく、桜に初めて会ったことを思い出す。


「俺の顔怖いか?」


「んー……?」


 桜に聞いてみるも、首を傾げられた。

 どうやら顔の問題じゃないらしい。否定をしないところが気になるが。


「さっさと吐け」


「ひぃぃ……!」


「原因ノアじゃねぇか?」


「あれはいつも通りだろ」


 無表情で抑揚のない声の分怖く聞こえるが、あいつは誰に対してもあぁだ。

 あの声のトーンとあの顔で「雨が降ってきた」って言う男だ。

 雨に恨みでもあんのかと思ったが、雪の日もそうだったから多分関係ない。

 男はノアの発言にビビり倒してガタガタ震えている。

 それをみた桜が、足の後ろから前に出て、左手を俺と繋ぎ、右手を男の膝に置いた。


「何してんだ?」


「……わからん」


 何か意図があってやったんだろうが、俺に聞かれるとパッと手を離し、首を傾げる桜。

 怯えてる男が可哀想に見えたのだろうか。

 男は桜が手を置いたことに目を見開いたあと、少し落ち着いたように見える。


「うぅっ……」


「え」


 と思えば突然泣き出す男。

 桜は泣いたことに驚きあわあわしている。

 怖すぎて泣いたと言うよりも、突然感極まって泣き出したかのような泣き方だ。

 号泣する男に参ったと頭をかく。


「ハク」


「あー……なんでそんな泣いてんだよ」


 どうしよう!と俺をみる桜の頭に手を置きながら、しゃがんで男に問う。


「腹痛いのか?」


「ちげぇだろ」


 どう考えてもそれはないだろと紫苑に言うも、じゃあなんだよと俺の方を向いた。

 知らん。


 拘束され泣いている男を各々な表情で見つめる屈強な男達。

 珠蘭が労るように肩に手を置く。

 桜は困った顔で棒立ちのまま男を見ている。


「……ノア、拘束といてやったらどうだ?」


「まだ尋問は終わっていない」


「鬼か!」


 嘘泣きでも泣き落としという感じでもない、それなら拘束は一旦解いてやったらどうだと打診するも、却下された。

 すると、桜が徐に、ポッケからチョコを出し、男に差し出した。

 その行動を見て目を見開いたあと、余計に泣く男。

 もはや桜の行動全てが、男の涙腺を刺激するらしい。

 どうしたってんだ。

 ギョッとした顔で、チョコを差し出した体勢のまま固まる桜。

 今まで見てきた中で最上級の困った顔をしている。


「泣いてないで受け取ってやれよ」


「拘束されてんだから無理だろ」


「ノア」


「さっさと吐け」


「だからお前は鬼か!」


 桜の頭を撫でながらいう紫苑に、無茶言うなと言えば、ノアに解くよう名前を呼ぶ。

 が、やはりノアは鬼だった。


「ノア」


 後ろで傍観していた禅がノアに声をかける。

 禅の言うことは聞くのか、ノアは男の拘束を解いた。


「……ありがとう」


 涙を拭いながら桜のチョコを受け取る男。

 それに心配そうな顔で頷いて答える桜。

 そんな桜に、男が話しかけた。


「何歳だい?」


 そう聞かれ、手で5と男に見せる桜。


「そっか……ちょうど息子が、君と同じくらいの歳なんだ」


「子どもがいんのか?」


「2週間前に、ピアサに食べられて亡くなりました」


「そりゃ、気の毒にな」


 桜に話す男に紫苑が問えば、男はさっきとは打って変わって、スラスラと答える。

 桜と死んだ息子が被ったのか?


「……契約を、交わしてしまったんです」


「契約?」


 紫苑が聞き返す。


「息子に会わせてくれる代わりに、その者の言うことを聞くと」


「死んだ人間には会えねぇだろ」


「会えたんです。目を瞑れと言われて、目を瞑ったあと、その者の合図で目をあけたら、そこにいたんです。息子が」


 俺がそう言えば、男は本当に会えたんだと訴える。

 幻覚の類の異能力だろうか。

 それなら有り得なくはないが、所詮幻覚だ。

 上手く人の心に入り込んで利用してやがる。


「その人からこの薬を?」


「はい」


「あなたはどこに向かおうとしていたの?」


「北海です。火の国には、北海行きの列車があるので、こうして火の国まで」


 珠蘭に質問され、男は隠す素振りもなく答える。

 今度は北海にまで撒こうとしてたのかよ。

 迷惑な野郎だな。


「なんで自分で飲もうとした。それが何かしらねぇわけじゃねぇだろ」


「契約の一つに、もしも、陸軍や、他の人間にバレた場合は、飲めと。じゃないと、家族もろとも、食べると」


 禅が問えば、男は何かを思い出しながら、少し怯えた様子で話す。


「尋問してる身であれだが、ベラベラ離して大丈夫なのか?」


「家族は、いないので、妻は早くに亡くなっていて、息子も、亡くなって」


 ドジュンの言葉に、息子の死をまた強く実感したのか、涙をこぼす男。

 こいつが怯えてたのは、そのピアサに喰われることか。

 薬を飲んでピアサになるか、ピアサに喰われるか、なかなかクソな二択だな。


「異人教の人間か?」


「僕は、たまたま立ち寄っただけで、そういうわけでは」


「異人教じゃねぇのかよ」


「どこの国の人間だ?」


牡丹国ぼたんこくです。そこにある異人教会で、死んだ人間に合わせることができると言うシスターがいて」


 牡丹国、火の大陸の南西にある国だ。


「死んだ人間になんざ会えるわけねぇんだから、やばいもんだってのはわかるだろ」


「……それでも、幻覚でもいいから、会いたかったんです」


 そう言い、桜を見る男。


「でも、あなたの言う通りですね。死んだ人間には会えない。僕が、こんなことをして息子や妻がどう思うのかを考えると」


 本当に何をしているんだと自分を責めながらそう語る男。

 バカだとは思うが、誰だって大切な人間にはもう一度会いたいもんだ。


「タチの悪いピアサだな」


「そうだな。ムカつくな」


 紫苑の言葉に同意する。

 すげぇムカつくピアサだと言うことは分かった。


「牡丹国に行けばそいつがいんのか?」


「はい、自ら動くことはほとんどないみたいなので。僕の他にも数十人、北海へこれを届けるよう命じられたものが、今火の国にいます」


「数十人も⁈」


 ドジュンが驚いて聞き返せば男は頷いた。

 マジかよ。

 異人教信者ではないこの男が運び屋として使われていることからして、それなりに人を集めて動かしているのかもしれない。

 牡丹国に行ってそのピアサを狩るよりも、そいつら抑えんのが先か?

 だが、元凶のピアサはとっとと狩る必要がある。

 これ以上、こいつのように弱みを握られて、言うこと聞かされてるやつが増えるのも厄介だ。

 この男のように薬を飲もうとして、ピアサになられても困る。


「全員取り押さえないとまずいわね」


 珠蘭の言葉に皆同意する。

 運び屋たちを捕まえて、尚且つピアサを討伐する。


「二手に分かれるか」


「あぁ。ノア、この情報を陸軍に報告してくれ」


「分かった。ついてこい」


「え?」


 俺に同意した紫苑がノアに指示を出す。

 瞬間移動の異能力を持っているノアは、男に声をかけると、飛んで陸軍の元に向かった。

 消えた!と目を大きく開けて驚く桜。


「俺たちはこのまま牡丹国に向かう。珠蘭はノアと運び屋の方を頼む。陸軍も動くはずだ」


「わかったわ」


 俺も紫苑たちとともに牡丹国に行くか、と考えて桜と目が会う。

 戦闘すると分かっていて、桜を連れて行くのは気がひける。

 だが1人ここに置いて行くこともできない。

 桜を見ながら悩んでいれば、


「桜は私と一緒に行動するわ。異人がわかる子がいた方がありがたいもの」


「あー……何かあったらすぐ笛けよ。躊躇するな。あと黒い制服着たやつには気をつけろ。特に女の大将」


 桜が、男が異人であることに気づいていたことを、気づいていたのか、そう言う珠蘭。

 珠蘭やノアといるなら平気か?

 俺の言葉にわかったと、笛を握りながら頷く桜。

 少し心配だが、今はそれが得策だ。


「すぐ戻る」


「うん」


 そう言い桜の頭を撫で俺は立ち上がり、紫苑とともに牡丹国へと向かった。

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