第19話 喧嘩するほど仲がいい
ジジイから渡された、要件が書いてあると言われた紙には、兎村で問題になった毒魚が、火の大陸中で問題になっているということ、陸軍も未だ全容を把握できていないということ、ピアサと手を組み、敢えてレッドを南海に撒いた人間がいるから取り押さえろということだった。
どうやら異人教が絡んでいるらしい。
異人教は、ファタルという、異人をこの世界に飛ばしたとされる神を信仰している宗教だ。異人教と言う名の通り、大半は異人だ。
その上陸軍が取り締まっているため、隠れ信者がほとんどだ。
それを探すとなると骨が折れる。
犯人が誰かはわかんねぇけど、早く調べて捕まえろってことか?
丸投げじゃねぇか。もっと情報が欲しい。
南海……確かに俺たちの島も南海に面しているので納得はいく。なら火の大陸の南側だけでこの問題が起きてんのか?
南と絞られたとしても、火の大陸広いからな。
まずは飯食って、情報収集か。
そう考えて、俺はきちんと桜の顔を確認して、手を握り、また表通りに戻ったはずだった。なのに、
「桜、何食べたい。……桜?」
少し歩いて飯屋を探しながら桜に話しかけるも、返答がない。下を見れば、そこにいたのは知らない腰の曲がった爺さん。
「は?」
「ほ?」
爺さんは俺を見て首を傾げている。
俺も思考が追いつかず爺さんを見つめる。
道の真ん中で爺さんと見つめ合うこと数秒。
「は⁈」
なんで俺は爺さんと手繋いで歩いてんだ⁈桜は⁈
爺さんから手を離し当たりを見回すも、桜の姿はない。
爺さんに桜のことを聞こうと下を見るも、今さっきまで俺の隣にいた爺さんが、どこにもいなくなっていた。
「はぁ⁈」
意味がわからず思わず頭を抱える。
消えた爺さんも意味がわからないが、何より桜だ。島の外で逸れるのはまずい。ピアサだの陸軍だの敵はたくさんいる。
俺は焦って、とりあえず来た道を戻るが、いくら探しても見つからない。
桜のことだからさっきの場所にいるかもしれない、と思ってそこに戻るもいない。
こうなりゃ波動で探すしかない。神経を研ぎ澄ませて、小さい桜の波動を探す。
わかりにくいが、桜と思わしき波動を見つけた。
飯屋かどこかにいるのか、他にもたくさんの波動が集まっている。
その上、近くにかなり強い波動のやつがいる。
身に覚えがある気もするが、これは本格的にまずい。
俺は走って桜のもとに向かい、桜がいるであろう飯屋の扉を勢いよく開けた。
見覚えがありすぎるやつの膝の上に桜は座っていた。
俺に気づいて安心した顔をする桜。
気づいたら俺は、紫苑にドロップキックをかましていた。
◇
一悶着あり、桜をノアから引き取ったあと、俺たちも席につく。
テーブルの高さが桜にはまだ高かったため、俺の膝の上に乗せる。
俺も腹が減ったのでひとまずは飯を食おう、と俺はざる蕎麦を、桜は天ざるそばを注文した。
蕎麦を食いながら、なんで桜がウィスタリアのやつらといたのかの説明を受けた。
どうやらピアサに襲われたところをノアに助けてもらったらしい。
怪我もなくてよかったが、笛を吹け、笛を。
「それなら先にそう言えよ」
「いう暇もなく突っ込んできただろうが!桜に当たったらどうすんだよ!」
「桜に当たるわけねぇだろ。お前だけが吹っ飛ぶ」
「出会い頭に蹴り飛ばすなよ」
俺の誤解だったのか、だったらそう言えよと紫苑に言えば、何やら怒っている。
ドジュンが呆れた顔をしているが、今回のことは致し方ない。
「大体ウィスタリアならそれぐらい避けろって。世界最強戦闘民族さんよ。腕落ちたか?」
「あぁん⁈」
「いきなり蹴るのは、いかんよ」
「そうだよな?桜、どっちが悪いと思う」
「ハク」
「ほらみろ」
「………………悪かったな」
「顔が全然謝ってねぇんだよ!」
俺が悪いのかもしれないが、謝るのも癪に触るので紫苑をバカにすれば、俺の膝の上にいる桜が、エビの天ぷらを食べながら呟いた。
桜を味方につけた紫苑はいい気になっている。
とても気に入らない。
心を込められるはずもなく、調子にのんじゃねぇぞ、という気持ちを込めて謝れば、顔にも出ていたようだ。
「にしても、娘ってのはどういうことだ?」
「そのまんまだ」
「年齢おかしいだろ」
「家族になった。だから俺の娘だ」
「養子ってことか?」
「おぉ」
「ハクの娘にしちゃ、しっかりしたいい子だな」
「あぁ全然似てねぇ」
「俺にそっくりだろうが」
「似てるところなんてねぇ。むしろ俺に似てる」
「意味わかんねぇよ」
ドジュンに聞かれ答える。
一言余計だが、桜を褒められるのは悪い気はしない。
意味のわかんねぇことを言ってる紫苑にお前はバカかと目で訴える。
お前に似てるわけねぇだろ
「友達?」
「「親友だ」」
「そんだけ喧嘩しといて、なんでそこだけハモるんだよ」
桜が俺を見上げて聞くので答えると、不本意ながら紫苑と被った。
ムカつくやつだが、親友は親友だ。
3年前にウィスタリアの前頭領だった紫苑の父親は引退して、紫苑が頭領となった。
代替わりというやつだ。
弱そうだなと思った紫苑の面影はもうない。
頭領としての威厳が出てきている気もするが、紫苑は紫苑だなと会うたびに思う。
変わっているようで、一緒に並んでオレンジジュースを飲んでいた紫苑と変わらない。
「桜はハクの娘なのか……よし、俺の娘にならないか?」
「ならねぇよ。何がよし、なんだよ」
「一緒に風の国に帰ろう!」
「帰らねぇよ!」
「ハクみたい」
人の話を聞かないところも変わらない。
こいつなら本当に連れて帰りかねない。
危険だ。
桜は紫苑にそう言われて、ニコニコしながら俺みたいだと呟いているが、それはないだろ。
どこら辺が俺みたいなんだ。
「そういや、お前らなんで火の国にいんだ」
「今火の大陸で問題になってる魚がいるだろ」
「風の国にも流れたのか?」
「あぁ、その件で陸軍にどうなっているのか聞きにきたんだが、陸軍も把握できていないらしいな」
禅の話によれば、どうやら風の国にもあの毒魚が広まってるらしい。
となると、南海の西寄りで巻かれてんのか?
「ハクはなんでいんだ」
「お前らと同じだ。その赤い斑点の魚で島の村もやられた。ジジイに海に撒いたやつなんとかして来いってので飛ばされたんだよ」
「なら俺たちと目的同じか」
「らしいな。ピアサから薬もらった異人教の奴らが犯人なんだろ?早いとこそのピアサと繋がってる異人教の奴ら見つけねぇとだよな」
紫苑に聞かれ、ジジイからもらった情報を蕎麦を食いながら話す。
まずどっから探せばいいのかわかんねぇが、紫苑たちも目的が同じなら、思ったよりも早くことが進むかも知れない。
桜がうまそうに天ぷらを食ってるので、俺も食いたくなり、バレないように一つ取る。
目敏く見つかり手首を掴まれた。そっともとに戻す。
天ぷらから紫苑たちに視線を向けると、何やら全員が、俺たちを意表を突かれた顔で見ていることに気づく。
桜も気付いたのか、俺を見上げる。
「あ?なんだよ」
「お前、それどこ情報だ」
「ジジイ」
「陸軍より情報持ってんじゃねぇか!」
「そうなのか?」
何やら驚いて俺に聞くドジュンたちに、ジジイは情報持っていた方だったのかと感心する。
「南海の海で漁船から撒かれてるってことしか陸軍は掴んでねぇぞ」
「お前の爺さんどこでその情報掴んだんだ」
「知らん。ジジイの情報源は謎だからな」
ドジュン曰く陸軍よりも情報を掴んでいたらしい。
陸軍がわかってないのにジジイはどこから情報得たんだ?と紫苑と同じ疑問が浮かぶ。
ジジイの情報源はいつも謎だ。
伝書鳩なり、伝書鷹なりがきていることもあるが、ジジイが誰となんの連絡を取り合っているのかは知らない。
だが、ジジイの情報が間違っていたことは今までない。
今回もおそらく、ジジイが謎の情報源から先に掴んだのだろう。
ジジイのことを考えていれば、ふと、桜が一点を見つめていることに気づいた。
桜の視線の先には、1人の若い男が青ざめた顔で座っている。
腹でも痛いのか?
「ハク、あの人異人」
桜が小声でそう言った。
異人だから見てたのか?それにしては、疑うような視線を向けている。
紫苑も気になったのか、桜が見ている方を振り返った。
「……粉みたいなの入れたら、水が赤くなった」
桜がそう言ったのと、禅がそいつが飲もうとしたコップを長銃で撃ったのは同時だった。
銃声とガラスの割れる音が響き、店内はまた禅と、その撃たれた男に注目する。
男は青ざめた顔のまま急いで懐から何かを取り出し、口に入れようとした。
しかし、それよりも早く、ノアにその手を締め上げられ、顔をテーブルに押さえつけられる。
そいつの手から、赤い粒と白い粒がこぼれ落ちた。
「なんでお前が、レッドを持ってんだ」
「あ、あぁ、ちが、ちがう、僕は」
禅が問うも、怯えて話にならない男のカバンをドジュンが漁れば、そこから大量のレッドが出てきた。
袋に小分けにして詰められている錠剤型のものだ。
魚に食わすなら粉よりも錠剤のが適しちゃいるが、
「すっげぇ量もってんな。陸軍もびっくりだぜこりゃ」
ドジュンの言う通り、ここまでの量のレッドは初めて見た。
どっから手に入れたんだ。
「ちょうどいい、少し話を聞かせてくれるか」
桜を膝から椅子に座らせ、紫苑とともに男に近寄る。
我ながら悪い顔をしているんだろうなと思いながら、ノアに押さえつけられている男に声をかけた。
「知ってること、全部吐けよ」
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