第18話 誘拐……?
陸軍第二師団、花の本拠地では、ウィスタリアと陸軍があいまみえていた。
「久しぶりだな、
「久しぶりだね。相変わらずその美貌は目の保養だよ。
「あら、ありがとう。あなたも相変わらずお綺麗よ。嶺依」
「俺を素通りするなよ」
「あはは、まぁ中に入ってよ」
基地前で、ウィスタリアを出迎える嶺依に声をかけ、異名を読みながら手を差し出したのはウィスタリアの頭領、
だが、嶺依はそれを素通りし、後ろに立っていた妖艶な美女、
行き場を失った手を振りながらおい、と声をかける紫苑に、嶺依は笑いながら中へと促す。
一行は陸兵の案内で応接室へと向かう。
各々が席についたのを確認し、嶺依が話を切り出した。
「今回の件だけど、風の大陸にも被害が?」
「あぁ、幸い死者は出ていないが、何が起きてんだ」
「死者は出ていないのなら何よりだよ。うちは報告に上がった時点でもう大量にその魚が出回っててね。今回収してる最中さ。本当に困ったよねー」
赤い斑点の魚による毒での被害は、風の大陸にまでも広がっていた。
その魚の出所が火の大陸であることを掴んだウィスタリアは、こうしてわざわざ赴いたのだ。
「原因は?」
何が起きているのかと言う紫苑の問いに対して、的を得ていない返答をする嶺依に、紫苑の隣に座っている葉巻を咥えた男、
それに対して、誤魔化しは効かないと悟った嶺依は、息を吐き、両膝にそれぞれ両肘をおいて手を組んだ。
「深刻なことになっていてね」
「なんだ」
真剣な表情で紫苑を見ながら言う嶺依に、紫苑の表情も引き締まる。
その場にいる者全員が嶺依に注目する。
嶺依の隣に立つナートは、目を伏せた。
「その原因なんだけど…………まだ分かんない♡」
『はぁ⁈』
先程までの緊張感はどこへやら。
真剣な表情から一変して、笑顔で言い放つ嶺依に、珠蘭以外のウィスタリアが思わず大声をあげる。
「フフフ、それは困ったわね」
「そうなんだよ、珠蘭ちゃん。困っちゃってさー。……ねぇ」
珠蘭に柔らかく笑いながらそう言われ、ややデレデレしながら答える嶺依。
紫苑たちの視線に気づいたのか、誤魔化すように声をかける。
「ねぇ、じゃねぇよ!わかんねぇってどういうことだよ!」
「いやー、私たちも一生懸命原因究明に努めてるんだけどさ、全然分かんなくて。ねぇ、ナート」
「はい、全くわかりません」
「潔すぎんだろ!」
ヘラヘラしている嶺依に怒る、弓を背負ったモヒカン頭のパク・ドジュン。
それに対しても開き直った態度で、椅子の背に手をかけ、足を組みながら今の現状を説明する嶺依。
ナートを見上げ、同意を求める嶺依の言葉に、眼鏡を人差し指で掛け直しながら堂々と答えるナート。
そんな嶺依とナートの姿に頭を抱えるウィスタリアなど気にせず、嶺依は話を続ける。
「ウィスタリアが来てくれたのなら心強いよ」
「助けに来たわけじゃねぇんだよ」
「一緒に解決しよっか」
「聞けよ」
「手伝って?」
「人にものを頼む態度じゃねぇだろ」
「決まりね」
「おい」
組んだ足をゆらゆら揺らしながら、笑顔で紫苑の言葉など無視して進める嶺依。
言葉ではお願いしているが、頭を下げることもなく、さながら王様が命令するからのような態度でものを言う嶺依に、呆れる紫苑。
ウィスタリアがここに来たのは、現状把握と毒魚の原因を知るためであって、それそのものの解決のためにきたわけではない。
だが、毒魚の件が解決していないのはウィスタリア側としても困ることであり、もうウィスタリアは手伝うという選択肢しかなくなっていた。
「はぁ、全く何もわかってないってことはないだろ。情報があるなら共有してくれ」
「ナート」
「はい」
ため息をこぼした禅がそう言えば、嶺依はナートに指示を出す。ナートは現時点でわかっている情報を、ウィスタリアにも共有した。
◇
ノアさんに連れられ歩くこと数分、表通りにあるご飯屋さんにたどり着いた。
5歳児の背では、見上げても看板の文字が見えなかったが、匂いやお客さんが食べているものから判断して、蕎麦屋だろうか。
「禅」
「ノア、どこに行って……何事だ」
天ぷらが美味しそうだなと思っていたら、ノアさんが葉巻を咥えている長髪の男性に声をかけた。
ノアさんに気づいたあと私に気づき、目を丸くしている。
その人がいるテーブルには何人か座っており、みんなノアさんと同じような、中華服のような民族衣装を着ていた。
仲間……?
「ノアが子ども連れてくるなんて珍しいな!誘拐か?」
「笑顔で聞くことじゃねぇだろ」
そう言いながら椅子から立ち上がり、私の近くにしゃがむハクと同い年ぐらいのお兄さんに、モヒカンの男の人がツッコミを入れた。
「俺は紫苑。嬢ちゃんの名前は?」
「……桜、です」
人が良さそうな笑みでそう話しかけてくれるお兄さんに、私も名乗る。
この人たちは一体何者なんだろうか……。
わかることは、一般人ではない。
「身なりからして孤児って感じもしねぇけど」
「本当に誘拐してきたのか?」
「そりゃ流石にねぇだろ」
何も答えないノアさんだが、いつも通りのことなのか誰も大して気にしていない。
かと言って私が説明するのもおかしな気がして、未だ手を繋いだままのノアさんを見上げてみる。
「川の近くにいたから連れてきた」
「川?」
私の視線に気づいたのかどうかは定かではないが、ノアさんが口を開いた。
間違ってはないが……。
なんで私は連れてこられたのだろうか。
ノアさんの言葉にそんな危ないとこに?といった様子で返すモヒカンお兄さん。
「親いないのか?」
「います」
「そうか、いるのか」
「孤児じゃねぇとは思ってた」
私に質問する紫苑さんに、嘘をつかずに答えたら、そりゃそうだよなと納得された。
モヒカンお兄さんも、うんうんと頷きながら同意している。
「……そりゃ誘拐じゃねぇのか」
ことの成り行きを見守っていた葉巻の男の人がそう言えば、全員が何かを考えるような顔をして静まり返った。
「違う」
『誘拐じゃねぇか!』
ノアさんが否定するも、確かに親がいる子どもを川にいたから連れてきた、だけだと誘拐と勘違いされても仕方がない。
実際私もトコトコついてきているので、誘拐なのかどうかはよくわからないが、なんでノアさんは連れてきたんだ??
「今すぐ親元返してこい!」
「なんで火の国きて誘拐してんだ!」
「問題起こしゃめんどくさいことになんだろ?」
「まずどこの子だ?」
「嬢ちゃん、知らない人間には簡単について行くな」
「桜!一緒に風の国に帰るか!」
「あぁ」
「あぁじゃねぇんだよ!」
「なんでノアが答えてんだ」
「本気で誘拐になっちまうだろうが!」
やいのやいの、さっきの静まりが嘘のように一斉に話し出した。
誰が何を言っているのかわからないが、葉巻の男の人にはごもっともなことを言われ、なぜか紫苑さんには勧誘されている。
ノアさんは無表情で肯定しており、連れて帰る気満々なようだ。
……それは、困る。
流れでここまできてしまったが、今頃ハクが探しているかもしれない。
どうしたらいいんだ?と悩んでいれば、綺麗なお姉さんと目があった。
「フフフ、お嬢さんお腹すいてない?ひとまずはご飯にしたらどうかしら」
ご飯屋さんの匂いも相まって、お腹はとても空いているので、静かに頷く。
「そうだな、飯食うか。よし!」
「!」
それを見た紫苑さんが、私を抱き上げ椅子に座り、膝の上に乗せた。
ちょっと待ってくれ、これは、待ってくれ。
突然の紫苑さんの行動に固まっていれば、ご飯屋さんの扉が大きな音を立てて開いた。
その店にいる者全員がそちらを向き、店内には調理音だけが響く。
あ、ハク。
「!おぉ!ハク!お前火の国にーー」
「なに人の娘誘拐してんだコラァ!!」
『えぇぇぇぇ⁈』
ハクと目があったと思えば、紫苑さんは片手をあげハクに挨拶をしようとしたところで、私は未だ手を繋いでいたノアさんに、目にも止まらぬ速さで回収された。
何事かと思っていれば、そのままハクは紫苑さんにドロップキックをかました。
突然のハクの行動に、見ていたもの全員が目を見開いて仰天する。
紫苑さんは腕でガードし、衝撃は受け流したもののお店の端でひっくり返っている。
と思えば反動をつけて起き上がった。
すごい身体能力。
「いきなり何すんだ!!」
「なんで娘誘拐してんだ!」
「連れてきたのは俺じゃない!」
「じゃあ誰だよ!」
「ノアが連れてきたんだ!俺たちもよくわかってない!」
「ノア!誘拐すんな!」
「違う」
そのままの勢いで始まる喧嘩。
ハクは紫苑さんの胸ぐらを掴みながらワーワー言っているが、紫音さんもいきなりドロップキックをかまされた事に怒って、胸ぐらを掴み返しながら言い合っている。
ハクに怒られたノアさんは、私を抱いたままさらっとまた否定した。
「誘拐じゃない……勧誘だ」
「仲間に押し付けてんじゃねぇよ!」
「なんで急に俺を売るんだ!」
勧誘だったのか……!知らなかった……!
ノアさんの顔を見れば、言い合っている2人を無表情で見つめている。
だが2人には届いていないどころか、おそらく今のノアさんの声が聞こえたのは、抱っこされている私だけだ。
自らついてきてしまったところもあるので、ハクに誤解だと伝えなければいけない。
だが、ハクと紫音さんは、どんどんヒートアップしていくために、タイミングがわからない。
どうしよう、と思わず葉巻の男の人をみれば、困っている私に気づいたのか、2人を呆れた表情でみて、ため息を吐いた。
そのあと、立てかけてあった長銃で、地面に向けて発砲した。
えぇ……⁈
銃声を合図にハクと紫苑さんが口を閉ざし、今度は店内の注目が、葉巻の男の人に変わった。
「飯屋で騒ぐんじゃねぇ。他の客の迷惑だろうが。座れ」
そう言われ、ハクと紫苑さんはお互いから渋々手を離した。
葉巻の男の人が言っていることは正しいが、発砲はいいのだろうか。
静かに会計を始める人の列ができている。
ハクはこちらを向くと、ノアさんから私を引き取った。
が、ノアさんは手を離さない。
「おい」
「連れて帰る」
「どこにだよ!お前は確実に誘拐するつもりで桜攫ったな⁈」
「違う」
「ちがわねぇだろ!」
今度はノアさんとハクで喧嘩が始まってしまった。
なんで私は、こんなにもノアさんに勧誘されているんだろうか。
「ノア」
葉巻の男の人に呼ばれ、ノアさんは仕方なくといった様子で手を離した。
「急にどっか行ったら心配するだろ。めちゃくちゃ探したんだぞ」
「ハクがどっか行ったんよ」
そうだ、元はと言えばハクが突然消えたのが原因だ。
私はただの5歳児じゃないからわかるんだぞ、という気持ちを込めて目を見て言えば、全く、そういうことにしといてやるよ、と頭を撫でられた。
解せぬ。
「その子もお腹が空いているようだし、ハクも座ったら?」
「あぁ」
綺麗なお姉さんにそう促され、どうやらハクの知り合いでもあるらしい人たちの席に、私たちも同席した。
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