第16話 多くて少ない異能力者
火の大陸を統括している陸軍第二師団、通称"花"。
火の国の一角に、その花の本拠地は存在した。
その基地内のとある部屋では、黒い制服を着た赤毛の女、
「レッドを食べた魚ねぇ」
「赤い斑点が現れている魚は全て回収し、それらは捨てるよう注意喚起もしております。ですが、報告が上がってきた時点で市場にはそれなりに出回っていたようで、死者も出ている状況です」
「解毒剤は?」
「医療部隊が調合しておりますが、レッドの毒を打ち消すものを作るのには、時間がかかると」
「それは、困ったちゃんだね」
嶺依はそう言い口の中でチョコを転がしながら椅子に深く腰掛け、上を見上げた。
何かを考えているのかいないのか、側から見ればわからない女の行動だが、ナートは眼鏡を人差し指で掛け直し問う。
「どうなさいますか」
「どうもこうも、なんとかしないとでしょ。死者が出ているのなら尚更ね。ピアサの可能性も無きにしも非ず。ピアサじゃない場合も問題だよねぇ。誰が海に撒いたのやら」
ナートに視線を向けそう言い、嶺依はまたチョコを一つ取り、口に入れた。
うーん、と唸りながら椅子ごとクルクル回る。
部下がその姿を見つめながら答えを待っていれば、部屋の扉を叩く音が。
椅子を止め嶺依が声をかける。
「誰だい?」
「失礼します!大変です嶺依大将!風の大陸にも例の魚が流れたようで、ウィスタリアがこちらに向かっているそうです!」
入ってきたのは若い陸兵。走ってきたのか息も上がっている。
「ウィスタリアが?」
「それは、まずいな。ナート、至急原因究明頼むよ。それぐらいは分かっておかないと文句言われそうだし」
「畏まりました」
嶺依は椅子から立ち上がりナートに指示を出す。
ナートは敬礼し、陸兵と共に部屋を出た。
「一体誰なんだい。そんなことする悪い子ちゃんは」
それを見送ったあと、嶺依はチョコをまたひとつ口に入れ振り返り、窓の外を見ながらひとりごちた。
◇
エラルドとタイガが島に移り住んでから数日、毎日のように山を登ってきているタイガも、異能力者であることが判明した。
「異能力者多くねぇか」
ジジイに、桜、それからアドルフォにエラルドにタイガ……。
この山に来てるやつ俺以外全員異能力者じゃねぇか!集まりすぎだろ!
島から出ても異能力者に会うことはあまりない。
喋るピアサは持っていることが多いが、異能力自体レアなはずなんだが。
畳の部屋で寝ながらくつろぐ俺の前で、ちびっこ3人と一匹が話している。
タイガは枯れた花を、異能力でもう一度咲かせ、アドルフォと桜に自慢していた。
「おぉ!なんの異能力?」
「巻き戻せるんだ!」
純粋に凄い!と驚く桜とは対照的に、咲いた花をじっと見つめているアドルフォ。
異能力は世界に一つというわけではないので、被りも稀にあるが、巻き戻しは初めて見た。
「俺は燃やせる!」
「あ!!!! 何すんだよ!!」
「俺は火だ!」
何かするだろうなとは思ったが、咲かせた花を握りつぶして燃やす野生児。
それに衝撃を受け、アドルフォに怒るタイガだが、俺は火が使える!と自信満々に宣言され、頭を抱えている。
アドルフォの奇行には日に日に慣れてきてもいるようで、喧嘩もしているが、アドルフォには何を言っても無駄だと諦めている節もある。
「ハクさんは何か使えるのか?ですか?」
「あ?俺はない」
「ないんだ」
「ハクは何もねぇ」
「……別に異能力があるから凄いとかそんなことありませんー!全員俺より弱いー!俺が一番強いー!」
「子ども……」
敬語を練習中らしいタイガに素直に答えれば、何やらちょっとバカにした顔で言ってくるガキンちょーズ。
ややムカついたので揶揄いながら言い返せば、桜には呆れた視線を向けられた。
「ハクさんと同じ年齢になったら俺の方が強い!」
「ハクは雑魚だ!」
「そんとき俺はもっと強いですー!」
俺の発言に腹が立ったのか立ち上がって抗議するちびっこに、寝っ転がったまま言い返す。
お前らちびっ子がでかくなろうと俺の方が強いに決まってんだろ。
「ハクはジジイになる!だから俺の方が強い!」
「よく考えろアドルフォ。ジジイは弱いか」
そう言えば、ジジイになればもっと強くなるのか……⁈と衝撃を受けているアドルフォ。
その隣では、先生も強い……!そうかもしれない……!と呟いているタイガ。
「人間は、老いるよ」
冷めすぎている桜。
小狼を撫でながら、ちびっ子2人を年相応とは言い難い表情で見ている。
さながら孫を見つめるお婆ちゃんだ。
タイガが来てからなお、桜の冷静さが際立っている。
5歳児が老いるとか言うな。間違ってはねぇけど。
そんなことを考えていれば、桜は何かを見つけ、突然靴を履き外に出てった。
タイガとアドルフォも、突然の行動に桜を目で追っている。
小狼は珍しく動く気配はなく、視線だけは桜に向けているが、どことなく不貞腐れている。
「桜?どうしたんだ?」
タイガとアドルフォも靴を履き桜を追いかける。
俺も気になるので、ついて行く。
小狼は不貞寝していた。なんで拗ねてんだ。
タイガがしゃがんでいる桜の背中にそう聞けば、桜は何かを抱えてこっちに振り返った。
「見て?
「獅子丸?」
そういって桜が見せてくれたのは、家によく来る、左目に、縦に一筋の傷が入った黒猫だった。
タイガが名前を呼べば、猫にしては厳つい顔でなんだ、とでも言うようにタイガを見た。
こいつは昔からいる野良猫だ。人が来るとすぐにいなくなるが、桜には懐いているらしい。大人しく抱っこされている。
小狼が拗ねていた理由はこれか。桜が他の動物を構うのは気に入らないようだ。
今もこちらに背を向けて伏せている。
「黒猫!ガウ!」
「シャー!」
桜が地面に降ろすと、アドルフォが四つん這いになって、挨拶なのか威嚇なのかわからないことをしている。黒猫は毛を逆立てて怒った。
嫌われてんじゃねぇか。
「名前つけたのか」
「うん、獅子丸」
黒猫にも名前をつけたらしく、桜がそういえば黒猫、もとい獅子丸は、桜に擦り寄り喉を鳴らしている。よほど懐かれているらしい。
お前人間嫌いじゃなかったのか。
小狼といいこの獅子丸といい、桜はどうやら動物に好かれやすいようだ
「シャー!」
「なんで俺にはそんな怒るんだよ!」
桜に倣ってそーっと触ろうとしたタイガにめざとく気づき、威嚇する獅子丸。
やはり人間は嫌いらしい。桜に懐いたのが珍しいんだな
むしろなんで桜は懐かれたんだろうか。
俺も触ってやろうと背中あたりを撫でようとすれば、噛みつかれた。
「いてぇ!なんでだよ!」
「あ!獅子丸、噛んだらいかん!」
遠慮も何もない。甘噛みでもなく本噛みだ。
クソ、鼻で笑いやがって。生意気な猫だな。
叱る桜に反省したフリをして擦り寄っている獅子丸。
フリってのはわかってんぞ、お前さっき鼻で笑ったからな。
あと腹抱えて笑ってるアドルフォはあとで投げ飛ばすと決めた。
血が出ているのに気づいたタイガと桜が、大変だ!と騒いでいるが、正直大したことはない。気にするなと怪我した方の手を軽く振れば、桜がその手を掴んだ。
どうやら治癒で治してくれるらしい。
桜は治癒のコントロールはまだ難しいが、触れるとある程度の傷は治せるようになっていた。
獅子丸に噛まれた怪我もみるみるうちに塞がっている。
「ハク」
「あ?」
「仕事じゃ、要件はそこに書いてある。"飛べ"」
「え」
治っていく怪我を、ちびっ子たちが俺を取り囲んで見ているのを上から見ていれば、ジジイが俺を呼んだ。
エラルドに用があり村まで行っていたようだが、今しがた帰ってきたらしい。
ジジイはそういうと、また例の如く有無を言わさず俺を飛ばした。
今度はどこに飛ばされたんだ。行き先ぐらい教えて欲しいもんだ。
要件が書いてあると渡された封筒に入った紙を見ようとして、あることに気がついた。
「ん?……は?」
俺の右手には小さな手が。
そのまま下を見れば、そこにいたのは俺を見上げている桜。
「桜⁈なんで着いてきてんだ⁈」
「ハクの手、握ってたから……?」
桜もよくわからないのか、どうしようという顔をしている。
これは、ジジイのミスだな。ジジイが桜だけを呼び戻す気配もない。
その理由はわからないが、島の外を見たがっていた桜にとっては、ちょうどいい機会かもしれない。
「まぁ、よくわからんが、一緒に行くか。島の外も気になってただろ?」
「うん」
「腹減ったな、先なんか食うか」
「お仕事は?」
「急ぎのやつでもないだろ。ついでに観光しよう!」
そう言い物珍しそうにキョロキョロしている桜の手を、逸れては困るからとしっかりと繋ぎ、まずは飯だと飯屋に向かって歩き出した。
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