第15話 不器用な優しさ

 ネッヒの加護のある村ではあるが、一悶着あると覚悟をしていた。

 だが、そんなことはなく、あっさり俺たちを受け入れた兎村の人々。

 人がいいものばかりで拍子抜けしてしまった。

 前の村での一件とあり、緊張していたタイガだが、今は村長の孫娘たちと楽しそうに話している。

 ネッヒを訪ねて正解だったかもしれない。


「ピアサを見たことがある者が少ないんですか?」


「見たことないものもおるが、そんなこともない。10年前に、ワシがおった村はピアサに襲われ、村人も半数以上が亡くなった。ハクもそこの生まれじゃ」


 ネッヒの結界により、そもそもこの村にはピアサは入れない。だから、他の村に比べてピアサに対する認識が軽いのかと思い、隣に座る村長に尋ねれば、そういうわけでもなかった。

 村が襲われ、死者が出ているのなら尚更なぜ抵抗がないんだ。


「異人が、追い出されるようなことはなかったんですか?」


「一瞬だけあった。だがのぉ、ハルトネッヒが諭したんじゃ」



『異人が悪いわけじゃない。悪いのは薬を作った人間じゃ。この島にはワシの結界が張ってある。薬さえこの島に流れなければ、なんの問題もない。異人を人と認識できず、恐怖が勝つのならお主らが村を出よ。純人の住処は異人とは違い腐るほどある。それにだ、純人であれ、人を襲わないとは限らんじゃろう。ここにおるものは全員、同じ人間じゃ』



「それを聞いた村のものは、皆納得したんじゃ。追い出そうとしたものは謝罪し、和解した」


「ネッヒが……」


 やはり問題はあったのか。だが、その話を聞いて思った。

 ネッヒに諭され、それを受け入れ、謝罪ができる人々が住んでいる村なら、尚更安心だ。

 やはり、この村に住む人々は、人がいい者ばかりだ。村長からして人の良さが顔から滲み出ている。


「のびのび暮らせばよい。ここには子どもがすくないからのぉ。元気がいい子を見るとワシも元気が出る。なっはっは」


「ありがとうございます」


 そう言いながらタイガを見て穏やかに笑う村長に、俺は指輪を軽く撫でながら安堵した。



 エラルドとタイガが村で住むことが決まったということをジジイに報告し、家も言霊で建てて貰わなければならないため、また山に帰ることとなった。


 前をゆっくり歩くちびっ子達と小狼の歩幅に合わせて、俺とエラルドものんびり山を登る。


「異人だってのをわざわざ言うなんて、前の村で吊し上げられでもしたのか?」


 特にエラルドの方を見ることもなく、気になっていたことを問う。

 異人であっても自ら明かす人間は少ない。

 あんな堂々と宣言する人間はレアだ。


「異人を毛嫌いするやつは多いだろ。異人だと分かった途端、手のひら返して追い出されたことは数え切れないほどある。医者だろうが、命を助けようが、異人であるだけで病原菌扱いだ」


「まぁ確かに、そういうやつらの方が多かったりするよな。ここ住んでっと忘れそうになるが」


 異人に対する世界からの認識は様々だが、もっとも多いのが人間ではないという認識だ。

 異人であるなら何をしてもかまわない、と思っている人間も少なくない。

 俺も島から出て初めて気づいたことだが、異人の迫害はかなり深刻なものだ。


「俺一人なら何も問題ない。陸軍に通報されようと、村人から白い目で見られようと割り切って去ればいい。世の中にはクズも一定数いるからな。だが、そういうやつは大概、立場が弱い人間、自分が勝てそうなやつを狙うだろ」


「あぁ」


「前の村で初めて、タイガが陸軍に殺されかけたんだ。通報されようともいつもならなんの問題もないが、わざわざタイガを捉えて、陸軍の駐屯地にまで連れてった。額を酒瓶で殴られたせいで、その傷跡も残っちまった」


 その相手を思い出したのか、苛立つように話すエラルド。

 エラルドのいう通り、力のある人間は、異人に恐怖し酷い扱いをすることは少ない。

 異人を迫害するものほど、力がなく、耳から得た情報のみで異人を化け物と決めつけ、目の前にいる人間を見ようとしないものが大半だ。

 その上、異人は売れば金になる。ハーフであっても同じだ。

 タイガを基地に連れてったやつは、金目当てもあったんだろう。にしても、


「よく生きてたな」


「運が良かった。たまたまその基地にあの女大将がいたんだ」


「あぁ、あの」


 俺の頭に、あの自由奔放な掴みどころのない女が思い浮かんだ。


 火の大陸で、陸軍のトップを務める陸軍初の女大将。

 国際法で異人は死刑と決められているが、陸軍、通称異人狩りと呼ばれている組織の中には、それに意を唱えるものも少なからずいる。

 己の権力をフルに使い、ピアサだけを討伐し、異人は捕まえたふりして、異人が生きていける場を提供するような女だ。

 規則違反もいいとこで、陸軍の中で相当な変わり者なのは確かだろう。

 よくクビにならないなとは思うが、あの圧倒的な強さと人望の上で成り立っている横暴なのかもしれない。


「俺あいつ苦手なんだよな」


「奇遇だな、俺もだ」


「あの異能力がな……」


「ハク!赤い点々の魚!」


「あ?」


 あの女大将を思い浮かべて、うげーと思っていれば、エラルドも同意してくれた。

 すると、前を歩いていた桜達が、いつの間にか川の方におり、桜が川辺を指差して俺を呼んだ。

 エラルドとともに向かえば、川を覗き込んでいる桜と、その魚を素手で捉えたのか川の中にいるタイガ。


「先生見て!」


「いっぱいおる」


 まだ生きているであろう魚を、そのままエラルドに見せるタイガ。

 確かに斑点がある。桜が覗き込んでいる場所をみれば、そこにも同じような魚が大量にいた。


「鮭か……海から産卵のために川に来たんだろうな。ネッヒが毒を抜けば問題はなくなる」


「そんな簡単に、生きてる魚から毒抜けんのか」


「言霊はなんでもありなところあるだろ」


 毎年この付近では鮭が取れるので、エラルドのいう通り海から昇って来たのだろう。

 ジジイの言霊は確かになんでもありだが、生きた魚の毒も簡単に抜けんのか。


「タイガ、川に戻してやれ」


「はい」


「小狼はどうした」


「ハルトネッヒさん呼びに行っとる」


 そう言われ、素直に戻すタイガ。

 小狼が見当たらないので桜に聞けば、どうやらジジイを呼びに行ったらしい。

 それならすぐ来るだろうと、ここで待機することにした。


 桜は最近、異能力で川の上に立てるようになり、ゆっくりだが川の上を歩きながらタイガの方に向かっている。

 それにすげぇ!と興奮しているタイガ。


「あ」


「うわぁ!」


 まだ不安定だが。

 川の上を歩けるとは言っても難しいのか、未だに端から端まで渡り切ったところは見たことがない。

 バシャンと音を立てて川に落ちる桜。

 タイガの近くで水に落ちたので、水飛沫でびしょびしょになるタイガ。

 二人で笑っていると思えば、一度濡れたらどうでも良くなったのか川遊びが始まった。


「この魚か」


「うおっ⁈気配消して飛んでくんじゃねぇよ!」


「まだまだじゃな、若造が」


 楽しそうだなと眺めていれば、突然背後からジジイの声がした。ビビった。

 クソッ、わかりやすく驚いちまったせいでバカにされた……!

 エラルドだって驚いてるってのに……!

 俺は気づいたからな!とエラルドを見れば目を逸らされた。

 波動がわかる分、気配のない人間に声をかけられるのは心臓に悪い。


「"島に入った時点で魚の毒は抜ける"」


 ジジイがそういえば、赤い斑点のあった魚は元の鮭に戻った。

 ムカつくので褒めたくはないが、すげぇな。


 その魚たちを真顔で見つめていると思えば、ジジイは一匹を持っていた刀で刺し殺した。

 今日の晩飯にでもするのだろうか、イクラもあって美味いかも知れない。

 そんなことを考えていれば、ジジイは刀に刺さったままの魚を俺に差し出した。


「食え」


「堂々と毒味で渡すんじゃねぇよ!せめて捌け!」


 俺の扱いはひどいものである。

 お前なら毒の一つや二つ平気だろって顔で渡しやがって。


「"刺身"」


「ご丁寧にどうも!醤油は⁈」


「注文の多いやつじゃな。"醤油"」


 文句を言えば、言霊で綺麗に捌きわざわざ更に盛り付けるジジイ。

 醤油をかけていざ実食というところで、エラルドが訝しげな顔でジジイに尋ねた。


「毒抜きをしたとはいえ、そんなすぐに食って大丈夫なのか」


「こやつなら死のうと問題ない」


「俺の命のありがたみを知れ……!!」


 俺の命の尊さをジジイは分かっていない。

 本当に俺への扱いが雑だと思いながら一口食う。

 うん、美味い。新鮮な刺身だ。体に異常も無い。


「うめぇぞ」


「桜」


「?」


「今日は、海鮮親子丼でも食べるか」


「!食べる!ます!」


「俺も食べたい!です!」


 なんの問題もないのでそう伝えれば、ジジイはタイガと遊んでいる桜を呼び、夕飯にどうだと提案した。

 それに明るい顔で嬉しそうに答える桜。

 喜びが先に来ているのかおかしな敬語になっているちびっこ二人を見て、そういえば、桜は鮭が好きだと言っていたことを思い出す。

 ジジイは本当に桜に甘い。

 俺には毒味をさせておいて、なんでこうも扱いが違うのか。

 かといってジジイに優しくされても気持ち悪いが。


 数匹ほど鮭を獲り、そのまま家に帰る。

 村に住むことが決まったとエラルドが報告すれば、何も驚くことなく分かっていたかのように、ジジイはそうかとだけ言った。

 相変わらず無愛想なジジイだなとその時は思ったが、海鮮親子丼に、デカいエビまでのっていたいつもより少し豪華な夕飯は、エラルドとタイガがこの島に来たことへのジジイなりの歓迎だったのかと気づいたのは、寝る寸前のことだった。

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