第14話 歓迎

 ピアサをとっとと片付け帰島する。

 そこまで遠くない場所に飛ばされたところからして、話の邪魔をするなという理由で飛ばされたんだろう。

 だからって、突然飛ばすのはどうかと思うが。


 日は暮れてはいるが、その日のうちには家についた。

 ちょうど夕飯の時間だろうと家に入れば、ちびっこ二人とゴリラ一匹が、仲良く茶の間で談笑していた。


「あ、ハクおかえり」


「おかえりなさい!」


「ウホッ」


「ただいま。小狼は」


「寝てる」


 俺に気づき挨拶してくれた桜とちびっことゴリラに俺も返す。

 小狼の姿が見当たらないので桜に聞けば、テーブルの下で伏せて寝ていた。

 ゴリラがいるからだろうか。

 居間に上がり、ゴリラから差し出された湯呑みを受け取る。

 気が利くな。


「あぁ、助かる」


「ウホッ」


 どうやら中身は麦茶のようだ。

 そのままゴリラの隣に座って、ひと段落つく。


「……じゃねぇよ!何でお前が茶の間でお茶飲んで寛いでんだよ!!」


「ウホッウホッ」


 当然のように家に居座っているゴリラに、俺もうっかり流されそうになった。

 おかしいだろ。何でお前がここにいんだ。

 まぁまぁ落ち着けよ、小狼寝てんだから静かにしろよ、じゃねぇんだよ。


「ゴリラさん、夜中に子どもだけじゃ危ないからって来てくれたんだ!です!」


「ゴリラにさんをつけるな」


 笑顔で教えてくれるちびっこに、気にするなとでもうように親指を立てるゴリラ。


「ゴリ男くん」


「何で仲良くなってんだ」


 隣に座るゴリラを手で差し俺に紹介する桜。

 あだ名までつける仲の良さらしい。

 何でだよ。よく見てみろ、どこからどう見てもゴリラだぞ。親戚のおっさんじゃねぇぞ。


「ジジイとエラルドはどうした」


「兎村に行った」


「大変なんだ!魚食べたらウワー!って」


 ひとまずゴリラは置いておき、気になっていたことを聞けば、どうやら二人とも兎村に行ったらしい。

 ちびっこが両手を広げて説明してくれているが、さっぱりわからない。


「魚食べた人がバタバタ倒れちゃったって、マナミちゃんがここまで来たから、エラルドさんとハルトネッヒさんが行ったんよ」


「マナミが?」


「ハルトネッヒさんが、感染症の可能性もあるからうちとタイガはここにいなさいって」


「お留守番!です!」


 分からん、という感情がそのまま顔に出ていたのか、桜が教えてくれた。

 そういうことか。マナミがここまでくるのは珍しい。それなりに大事なのかもしれない。

 となるとこの親戚のおっちゃん風に寛いでやがるゴリラは、護衛のためにジジイが呼んだのか。

 ジジイが行ったのなら大丈夫だとは思うが、村の様子は気になる。


「先生はすごいから大丈夫っすよ!」


「エラルドさんお医者さんなんやって」


「医者?」


「はい!」


 俺が兎村を案じているのがわかったのか、元気よくそういうちびっこ。

 エラルドはどうやら医者らしい。

 だからこのちびっこは先生と呼んでいるのか。


「ゴリラ、お前は山に帰れ。もう俺がいるから問題ない」


「ウホッ」


「お前だけじゃ不安だ、じゃねぇんだよ!お前俺より弱いだろうが!」


「ウホッ」


「俺の方が好かれてる⁈そんなことねぇわ!」


「ゴリ男くんと会話してる」


「すげぇ!」


 隣に居座るゴリラにそういえば、言い返してくるゴリラ。

 付き合いが長いこともあり、表情と仕草でコイツが何を言っているのかは大体わかる。

 腹立つ顔しやがって…!


「ハルトネッヒさん」


「おかえりなさい!」


「あぁ、ただいま」


 ゴリラと喧嘩していればジジイが帰ってきた。

 何やら難しい顔をしている。

 基本仏頂面だから気のせいかもしれないが。


「何があったんだよ、村で」


「レッドを取り込んだ魚を食べた村人が、毒に侵されたんじゃ。幸い死人は出ておらん。エラルドが原因を突き止め処置したからな」


「さすが先生!」


 居間に上がり、ゴリラと桜の間に座ったジジイに端的に聞く。

 レッドを食った魚を食った?死人が出なかったのはよかったが、どういうことだ。


「レッドは異人以外には毒と同じなんだろ」


「レッドは、もともと鱗を持っておる生物には作用せん。魚そのものには害はないが、レッドの毒を持った毒魚に変わる。それを食べれば、鱗のない生物にとっては毒魚を食べたことと同じなんじゃ」


 レッドはてっきり即死の猛毒薬と認知していたが、鱗のある生物には関係ないらしい。

 知らなかった。レッドを食った魚……。

 この島の近海で、レッドを捨てた人間がいるということだろうか。


「海にレッド捨てた人間がいるってことか?」


「おそらくそうじゃ」


「レッドは海や川に捨てたらダメって先生が言ってた!です!」


「あぁ、レッドは焼却か土に埋めるのが常識じゃ。それを分かっとらんクソが海に捨てたか、もしくは」


「もしくは?」


「敢えて捨てたか」


 ジジイやちびっこのいう通りレッドの処理方法は、埋めるか燃やすかの2択だ。

 川や海に捨てれば、毒に汚染され飲み水として利用できなくなるどころか死人が出る。

 今回のような、魚が体内に取り入れてそれを食って死人が出るケースもあるんだろう。

 なんにせよ、破棄の仕方はキツく決められている。

 分かっていない人間も問題だが、敢えて捨てたとなるともっと問題だ。

 桜が聞き返したあと、少し鋭い声で答えたジジイの表情から察するに、後者の可能性が高そうだが。


「しばらくは海魚には気をつけろ。川魚は問題ないとは思うが……念のため赤い斑点のある魚を見つけたら、ワシのところに持ってこい」


 そう俺たちに警告するジジイ。

 赤い斑点、それが毒魚の特徴なのか。


「はい。アドにも言わんと」


「そうだな。まぁあいつは鼻が効くから食わねぇとは思うけど」


 桜の言う通りこの中だと一番危ないのはアドルフォだが、野生の感が働き食わない気もする。


「あいつここに来るのか……⁈」


「毎日来る」


「えぇ……⁈」


 アドルフォに苦手意識があるのか、嫌そうな顔をするちびっこ。

 桜に追い討ちをかけられ、この世の終わりのような顔をしている。


「町の方は平気なのか」


「その旨はもう町長に伝えてある」


 島の近郊の海で獲った魚なら、町も危ないんじゃないかと聞けば、ジジイはもう手を回していたらしい。

 要らぬ心配だったようだ。


「つか、お前はいつまでいんだよ!」


「ウホッ」


 今も当然のように居座っているゴリラに言うも、お前は本当に短気だなと言われた。

 うるせぇ!


「帰ってもかまわん。ご苦労じゃった。森の動物たちにも今の話を伝えてくれるか」


「ウホッ!」


「またね」


「じゃあな!」


 ゴリラはジジイにそう言われると、頷いて立ち上がり、桜とタイガに手を降り帰っていった。

 と思いきや玄関前で振り返り、俺に舌を出してバカにした顔で去ってった。


「クソゴリラが……!!」


「ゴリ男くんだよ」


「クソゴリラゴリ男だろ」


「違うよ、ゴリ山ゴリゲリータゴリ男」


「ミドルネームいらねぇだろ」


 クソゴリラじゃなくゴリ男だと桜に言われるが、

あいつはクソゴリラだ。

 何やら長ったらしい名前をつけたようだが、桜のネーミングセンスはどうなっているんだ。


「先生帰ってきますか?」


「エラルドは村に泊まる。死者は出ていないとはいえ、まだ病人は大勢いる状態じゃからな。タイガは、今日はここに泊まれ」


「はい!」


 エラルドがいないことが気になったのか、子どもらしく寂しそうに聞くちびっこに、ジジイが現状を伝える。

 それに元気よく返事するちびっこ。

 何やら桜と顔を見合わせてニコニコしている。

 どうやらお泊まりが嬉しいらしい。ちびっこらしいちびっこだ。


 夕飯はまだ食べていなかったようで、ジジイの言霊クッキングにより四人と一匹で飯を食って、その日は終わった。



 翌日、エラルドがタイガを呼びにきた。

 どうやら村に住む許可を取りに行くらしい。

 ジジイは何やらやることがあるらしく家に残ったが、俺は村の様子も気になったので、桜と小狼を連れてついて行くことにした。

 アドルフォは朝から家に押し入ってきて、何やらタイガを追いかけ回していたが、村には興味がないようでまた森に帰っていった。

 

 村に住む許可を得るなら、村長に言うのが一番早いだろうと村長の元に向かう。

 兎村の村長は6年前に寿命でぽっくり逝っちまったので、今は鼠村の村長だった爺さんが兎村の村長をしてる。


 噴水広場のベンチに座ってる村長の元には、村人も数人集まっていた。

 エラルドが来ると、寄ってたかって感謝の声をかけている。

 村人たちからすれば命の恩人だからな、と思っていれば、エラルドがそれに応えながらもそのまま村長の前に立った。


「俺は異人です。タイガは異人と純人のハーフ。それでもいいのなら、この村に住まわせてくれませんか」


 村長の元について早々、そう切り出すエラルド。

 エラルドの隣で少し緊張した面持ちで立つちびっこことタイガ。

 お前ハーフだったのか。


「いいよ」


「……軽いな」


 エラルドとタイガの緊張感をぶち壊すように、人のいい笑みで、座ったまま親指を立て答える村長。

 思わず拍子抜けするエラルドと、口を空けて驚いているタイガ。


「二人がここに住むことに、反対するものなどおらん。命の恩人じゃからのぉ」


 そういう村長の声にうんうん、と頷く村人達。

 異人だろうが、この村では気にする人間はいないので、特に驚くことでもないが、二人からすれば予想外だったらしい。


「本当にいいのか」


「おっけー」


「……軽すぎて逆に不安なんだが」


 もう一度確認するエラルドに、またも笑顔で答える村長。

 村長のゆるさに、本当に大丈夫かと問いたくなる気持ちはわからなくもない。


「ワシも異人だし」


「えぇ⁈」


「俺も俺も」


「今更気にしないわよ、この村で」


「異人なんていっぱいいるんだし」


「…………そうか」


 笑顔でそういう村長に、目を見開いて驚くタイガ。

 それに続くように答える村人達をみて、驚きながらも受け入れるエラルド。


「これから、お世話になります」


「お世話になります!」


「よろしく〜」


 そういい頭を下げるエラルドに、タイガも続けて下げる。

 それにまたもゆるーく笑顔で答える村長。


「桜!すごいなこの村!」


「ふふ」


 そう言いながら桜に飛びつくタイガ。

 よかったねというように笑う桜と、桜から離れろとタイガの腹を頭で押す小狼。


 こうしてエラルドとタイガの移住が決まり、村人達は両手を上げて歓迎したのだった。

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