第13話 異人トーク

 ハクは飛ばされ、ハルトネッヒさんとタイガと小狼は家の外に出たので、イギリス生まれのエラルドさんと2人っきりに。

 聞きたいことはたくさんあるが、何から聞けばいいのか。


「エラルドさんは、何歳ですか?」


「今56だ」


「……やっぱり若返りましたか?それとも見た目がお若いんですか?」


「カプリスはこっちに飛ぶと実年齢から15歳引いた年齢になってる」


「15歳……」


「俺はこっちに飛んだのは36の時だったが、21にまで若返ってた。今は身体年齢は41だ」


 身体的変化として気になっていたのだが、やっぱり若返るのか。

 なるほど、とエラルドさんの言葉に頷く。

 15歳……20歳で飛んだので、ハクが5歳ぐらいか?と見積ったのは当たっていたみたいだ。


「カプリスの日記や何やらは見たことあるが、実際にカプリスに会うのは嬢ちゃんが初めてだ。こっちに飛ぶ前、何してたか覚えてるか?」


「いつも通りベッドで寝たんです。そしたら、目が覚めたらこの島の砂浜にいて。知らない服着て、小さくなってて、向こうでのものはこのピアスだけです。これだけは、ついてました」


 そう言って私は右耳のトラガスに付いている青いピアスを見せた。

 お母さんから誕生日プレゼントでもらったピアスだけは、そのままついていたのだ。


「そうか。俺も寝て起きたらここにいた。俺が向こうでのもので持っていたのは、この指輪だけだった」


 エラルドさんも私同様、寝て起きたらこちらにいたらしい。

 左手薬指についている、婚約指輪らしきものを見せながら教えてくれた。


「身につけてたから、何ですかね?」


「わからんが、俺にとってはなくてはならないもんだったこれが、一緒に飛んでくれて助かった」


「結婚指輪ですか?」


「あぁ。向こうに嫁がいたんだ」


 よほど大切なものなのか、宝物のようにその指輪を撫でながら答えるエラルドさん。

 気になっていたことを聞けば、やはり婚約指輪のようだった。

 奥さんの顔を思い浮かべているのか、優しい顔でそういうエラルドさん。とても大切な人だということが伝わってきた。

 向こうにいるということは、もう会えない相手なわけで、なんて声をかければ良いのかわからず口籠ってしまう。


「嬢ちゃんは、異能力持ってるか?」


「あ、はい。水の異能力で」


 そんな私を見てか話題を変えるように質問してくれた。

 持っているというと、エラルドさんは、やはりかという顔をした。


「ハクが異能力が出るのは純人だけだって言ってたんですけど、なんで、出たんですかね」


「それは、俺もわからんが、俺も持ってる。もしかするとカプリスは覚醒したら宿るのかも知れん」


「覚醒?」


「純人は、鍛えれば鍛えるだけ強くなる体を持っているが、異人は死にかけると覚醒して、身体能力が向上するんだ。カプリスはもしかすると、それに加えて異能力が宿るのかもしれん。俺もそうだった」


「死にかける……」


 異人である私になんで出たんだろうかと謎だった点を聞けば、エラルドさんも詳しくはわからないが、私と自身の情報から推測してくれた。

 異人は死にかけると覚醒するのか。

 純人が鍛えれば鍛えるだけ強くなるのも知らなかったが、ハクやアドの身体能力が異常なのは、それが理由なのかと納得がいった。

 死にかける……。

 思い当たるのはピアサの一件だけだが、


「何か思い当たる節はあるか」


「ピアサに撃たれて……でもハルトネッヒさんの言霊ですぐに治ったんですよね。次の日には元気でした」


 そう左肩を撫でながら話す。


「そりゃネッヒがすごいだけだ。本来撃たれた傷はそんなすぐには治らん。処置が遅けりゃ死に至る。恐らくそれが覚醒した要因だろうな」


 撃たれてるのに記憶の中では擦り傷のような感覚になっていた。

 小狼が怪我をしたことと、夢から現実へ覚めたこと、あとは寝て起きたら治っていたので薄れていたが、よく考えれば20年間生きてきて一番の大怪我だ。

 撃たれたことで、覚醒したのか……撃たれるって、そうそうないよな……。


「覚醒……身体能力の向上っていうのは」


「純人は鍛えれば鍛えるほど強くなるってのはさっき言っただろ」


「はい」


「それに比べて異人は、鍛えようとも限度がある。身体機能自体は向こうの人間と大差ない。純人も鍛えなければ同じだが、覚醒した異人は、その限度が消え、覚醒した時点でそれなりに鍛えた純人たちと同等の力を得る。要するに、覚醒した異人は、鍛え抜いた純人と対等に渡り合えるようになるってわけだ」


「なるほど」


 身体能力の向上というのがいまいちピンと来ず質問すれば、わかりやすく教えてくれた。

 異能力が出てから、山を歩き回っても疲れなくなったのは、それが理由なのだろうか。

 川で体力を回復しているからだと勝手に思っていた。今度、川によらずに散歩してみよう。


「あの、エラルドさんから感じるこの、なんか、不思議な感覚は」


「それも覚醒したことで波動がわかるようになったんだろうな」


「波動……?」


 私は一体何を会得しているんだ。

 ファンタジーよろしく、やはり第六感的なものも芽生えたらしい。


「この世界の人間には一人一人波動ってのが存在するんだが、その波動で相手の力量や、異人同士は異人であることが感覚的にわかるんだ。カプリス同士はもっと濃くわかるみたいだな。同郷だからかもしれんが」


「波動がわかる人は、この人は異人でこの人は純人ってわかるんですか?」


「異人か純人かの区別がつくのは異人だけだ。純人はわからん。稀にわかる人間もいるみたいだが、それは波動じゃなく違うところから得る情報で判断してるらしい」


 何やら漫画の世界の話を聞いている感覚だが、その波動とやらを私も理解できるようになっている事実に驚きである。

 波動云々の前に手から水出るからな。私の身体はどうなってるんだ。


「この世界のことは、ネッヒから聞いてるか?」


「大まかには。島から出たことないので、見たことはないですけど」


「発展してるのかしてないのか、よくわからん世界だ。大河ドラマのような場所もあれば、現代に近い場所もある。大陸や国によっても違うが……火の大陸は、火の国が一番発展してる。昔の日本に近いな。格好は平安から大正時代の格好だったりするが」


「幅広いですね」


「車が走ってる」


「時代めちゃくちゃ」


平安時代の格好……

十二単衣きて車運転してる人がいるってこと……?

見たい。とても見たい。


「ここにきて、半年も経ってないんだよな?」


「はい」


「見たところ絶望してる様子も悲壮感もないが、帰りたいとは思ってないのか」


 平安時代と現代のコラボを想像していたらエラルドさんに真剣な表情で聞かれた。


「……会いたい、ですけど、帰りたくはないんです」


「こっちの世界で生きていくことを決めたのか」


「はい」


 自分の心情を素直に伝えると、とても優しい声でそう言われた。

 偉いな、とどこか労り、褒めてくれているような表情でエラルドさんはそうかと頷いた。


「1人だったら、帰る方法を探すことでウロウロしてたと思うんですけど、ハクが、家族になってくれたんです」


「家族?」


「ハクが、この世界での父親になるって言ってくれて……よく考えたら、歳変わらない気がするんですけど」


 ハクの年齢は聞いていないが、見た目から察するに歳は近い気がする。

 そのことに娘になると頷いてから気づいた。

 家族なら妹か……?とも思ったが、ハクは兄というよりやはりお父さんの方がしっくりくる。

 そのことを話せばエラルドさんは驚いて聞き返したあと、優しく笑った。


「今は5歳だ。子どもに戻って甘えりゃいい」


「いいんですかね」


「いいだろ。俺は若者を満喫した。自分の年齢と身体年齢が比例しないのは違和感があるが、その分わかることもある。周りは気にせず、好きなように生きりゃいい」


 そう笑っていうエラルドさんに私も釣られて笑う。

 5歳として生きるのか、そのままの自分で生きるのか正直悩んでいたので、エラルドさんの言葉に、そうか、結局は好きなように生きるのが一番か、と結論が出た。

 子どものうちは存分に甘えさせてもらおう。

 若返った特権だ。

 そんなことを考えていればエラルドさんが少々言いにくそうに口を開いた。


「あー……タイガのことなんだが」


「タイガって、エラルドさんの」


「タイガは孤児だ。赤ん坊の頃拾った」


「あぁ」


「村を点々としていたこともあって、同年代の知り合いがいないんだ。村をみてからだが、恐らくこの島に住むことになる。たまに相手してやってもらってもいいか」


 タイガは先生と呼んでいるが、苗字は同じなのでどういう関係なのか謎だったが、養子だったようだ。

 先ほど自己紹介ついでにタイガが、先生は厳しくてすごく怖いがカッコいいんだといっていたのを思い出した。

 タイガのことを気遣うエラルドさんは、どこからどうみても父の顔をしている。

 私にとってのハクのように、エラルドさんにとってもタイガの存在はすごく大きいものなのかもしれない。


「はい。同年代かどうかは、怪しいですけど」


「見た目は同年代だ。タイガは6歳だからな」


「あれがリアル6歳なんですね。ちょっと学ばせてもらいます」


「それは学ぶもんでもないだろ」


 断る理由もないので私は二つ返事で了承した。

 身体年齢同年代の子といれば、なんとなく心も若返るかもしれない。

 こんなことを考えている時点で、純粋な子どもとは程遠いのかもしれないが。


「エラルド」


「なんだ」


 玄関が開く音がしたのでそちらを向けば、ハルトネッヒさんがエラルドさんを呼んだ。

 ハルトネッヒさんの後ろには兎村の村長の孫娘のマナミちゃんがいる。

 マナミちゃんには私に洋服をくれたり日用品をくれたりとお世話になっているのだが……

 いつも私とハクが村に行くことはあっても、マナミちゃんが山を登ってここまで来るのは珍しい。

 何かあったのだろうか。


「魚を食べたものがバタバタと倒れとるらしい。ワシは外傷は治せるがそれ以外はどうにもできん」


「魚?食中毒か」


「それが、原因が分からなくて」


 どうやら兎村で大変なことが起きているらしい。

 治癒は使えるが医療の知識があるわけじゃない上に、外傷以外に効くかどうかもよくわからない。

 私の治癒は役に立つだろうか。

 そんなことを考えていればエラルドさんが立ち上がり、マナミちゃんに声をかけた。


「村まで案内してくれるか」


「え?」


「俺は医者だ。手を貸そう」


「ありがとうございます!」


 エラルドさんはそう言ってトランクを手に持ち、マナミちゃんの後ろをついていった。

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