第12話 カプリス
島に着いて早々、覚えのない強い波動の気配を感じた。
その気配は山を登っており、方角的に俺たちの家に向かっていることに気づいた俺は、急いでそいつの元に向かう。
声をかけようとしたところで、向こうも気付いていたのか俺が声をかける前に振り返った。
「誰だ?」
「エラルド・アルフレッド。この山に住むハルトネッヒという男に用があってきた。その前にツレと逸れて探してる最中だが」
短くそう問えば、ジジイに用があるというその男。
「ジジイに?」
「ネッヒの知り合いか?」
「ネッヒ?」
ジジイをあだ名で呼ぶ人間には初めて会った。そもそもジジイに会いにくる人間事態、滅多にいない。
勝手に知り合いは一人もいない寂しいぼっちジジイだと思っていたが、いたようだ。
ネッヒ……。
ジジイ、ネッヒって呼ばれてんのか。
歳が近いようには見えねぇけどな……。
「6歳ぐらいのガキを知らねぇか」
「ガキ?山で逸れちまったのか?」
「あぁ」
ツレってのはちびっこなのか。
山で逸れたとなると、アドルフォが追いかけ回したか……?食われてなきゃいいが。
「あー……そうか。まぁ、ジジイのとこ行きゃいんだろ」
とりあえずジジイのところに行こうとエラルドを促す。
いなかったとしても言霊で呼んで貰えばいい。
エラルドもその考えがあったのか、特に抵抗もなく山を登り始めた。
「この山には野生動物は……」
ちびっこの身を案じて、野生動物は何がいるのか聞こうとしたんだろうエラルドの視線の先に、ゴリラが手を振っていた。
「……ありゃ人間か」
「ゴリラだ。野生動物はいるにはいるが、こっちから何もしなけりゃ危害を加えるやつはいねぇよ」
陽気に手を振るゴリラを人間だと疑うエラルド。
人間みが年々増しているのは俺も薄々感じている。
「あれは、本当にゴリラか」
「ゴリラだ」
「踊ってるよな?」
「ゴリラだって踊るだろ」
手を振っていたと思えば、今度はそのまま両手を頭の上と下で左右にリズム良く振りながら踊り出すゴリラ。
それをみて、もう一度俺に確認するエラルド。
あのゴリラは何をしてるんだ。
「……本当にゴリラか?」
「テンション高いゴリラはみんなあぁなる」
「ならねぇだろ」
今度は俺たちと同じ速度で山を登りながら、人間の進化と退化をドヤ顔で披露するゴリラ。
中身人間だろと疑いの目を俺に向けるエラルドに、ゴリラだと説明する。
本当に何してんだあのゴリラ。
テンションの高いゴリラと別れ家に着くと、知らないちびっこが桜の背中から顔を出し、アドルフォと喧嘩をしていた。
背後から声をかければとても驚かれ、そんなつもりはなかったんだがと思いながら、一週間ぶりに桜の頭を撫でた。
アドルフォと喧嘩をしていたちびっこが、どうやらエラルドが探していたちびっこのようだった。
大方アドルフォに追いかけ回されたんだろう。
ジジイとエラルドは思ってたよりも仲がいい様子で、ジジイの言葉を無視して上がるエラルドに、ジジイは分かっていたかのように呆れた顔をして受け入れた。
右往左往していたタイガを桜が家に上がろうと声をかけ畳の部屋に招く。
小狼と俺もそれに続いて家に上がり、アドルフォは、他に興味が向いたのか山に帰っていった。
ジジイは花瓶を言霊で床の間に飾り、囲炉裏に火を灯しながらエラルドに話しかけた。
「何しに来た」
「火の大陸の村を点々としていたんだが、いつも情報を売られて追い出されるんだ。俺一人ならいつものことだが、今はそういう訳にもいかなくてな」
情報を売られたというのがよくわからないが、どうやら住処を失ったらしい。
確かにちびっこ抱えて旅をするのはリスクがデカい。
異人でも問題なく住める場所をジジイに聞きに来たのだろうか。
ジジイとエラルドが話しているのを耳に入れながら、畳の部屋で寝転ぶ。
ちびっこ2人と一匹は何やら自己紹介をしているようで、アドルフォが去り安心したのか、ツレのちびっこがずっと喋っている。
「どこかいい場所知らねぇか。ここに住んでもいいなら邪魔したいところだが」
「たわけ、なぜ貴様と住まなきゃならんのじゃ。この島の村にでも住め」
「安全か」
「己で確認せぇ」
やはり住処を探しているようだった。
そこまで広い家というわけじゃないここに住まわれるのは、俺も遠慮願いたい。
やたら安全性を気にしているが、前の村で吊し上げられでもしたのだろうか。
「桜」
するとジジイは突然桜を呼んだ。呼ばれた桜は顔を上げジジイを見る。
ここに座れと己の隣を叩くジジイの元に素直に行く桜。
それにツレのちびっこと小狼もついていく。ちびっこはエラルドの隣に座り、小狼はジジイと桜の間に伏せた。
エラルドが桜のことも聞きたいと言っていたことを思い出し、気になるので俺も桜の隣に移動した。
「ワシがあったイギリスで生まれた男というのは、エラルドのことじゃ」
「!」
桜が来た日に会ったことがあると言っていた異世界の男は、エラルドのことだったのか。
驚きエラルドの顔を見る桜に、エラルドは眉毛を上げ反応した。
「飛ばされた異人に関しては、ワシよりエラルドの方が詳しい。まだ桜はこっちに来て半年も経っとらん」
「あぁ、俺はこっちに来て21年が経つんだが、答えられることなら答える」
案に聞きたいことがあるならエラルドに聞けと桜にいい、エラルドには教えてやってくれというジジイ。
それに快く了承するエラルド。
聞きたいことはあるが、何から聞けばいいのかと質問を探している桜に、ちびっこが不思議そうに声をかけた。
「桜もカプリスなのか?」
「カプリス?」
カプリスって何だ。
そう思って聞き返せば、エラルドから答えが返ってきた。
「飛ばされた異人の名称だ。俺たちはカプリスと呼ばれてる」
「カプリス……」
「なぜそう呼ばれてるのかはわからん」
カプリス、世界ではカプリスと呼ばれているのか。初めて聞いた。
桜もへぇという顔をして繰り返した。
「少し2人で話をさせてもらってもいいか」
「あぁ、かまわん。ハク」
「あ?」
「"飛べ"」
「え」
ジジイに聞くエラルドに、俺も気になるんだがという視線を向けていれば、突然また飛ばされた。
目の前には数体のピアサが。なぜ。
「一週間ぶりに家帰ったばっかだってのに……!ふざけんなクソジジイー!!」
人使いの荒いクソジジイへの怒りを、片っ端からピアサにぶつける俺だった。
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