第11話 似たもの同士
とある鬱蒼とした森の道中、修道服を着た女と着物を着た男がすれ違った。
「そなたがキョウか?」
着物を着た男が立ち止まり問う。
すると、キョウと呼ばれた女はすぐさま振り返り、男の前にひざまづいて頭を垂れる。
男はゆっくりと振り返り、女を見下ろした。
「左様でございます。お目にかかれて大変光栄に思います。X様」
「私が分かるのか」
「もちろんでございます。僕の中の細胞一つ一つが歓喜の舞を舞っております故」
「左様か」
キョウは頭を下げたまま嬉々として話す。
それに対して、Xと呼ばれた男は顔色ひとつ変えることなく答えた。
「近年、人間が増加し、ピアサが減少傾向にある。これは由々しき事態だ。そなたもそう思うだろう?」
「はい。仰る通りでございます」
仰々しい雰囲気で語りかける男に、まるでその者が神であるかのように返答をするキョウ。
するとXは、親指と中指を擦り合わせ弾く。
その音を合図に、ローブのフードを目深に被った男が現れた。
その男の横には、二つの大きな袋が。
「異人教との繋がりが深いそなたを見込んで、これを渡す。人間を減らし、聡く、強い仲間を増やせ」
「畏まりました。X様」
Xがそう命ずると、女は深々と頭を下げ了承した。
「期待している、キョウ」
Xはそういうと、男と共にその場から姿を消した。
キョウは両手で口元を押さえ、狂喜乱舞した表情で空見上げた。
「あぁ……!!なんと素晴らしい日でしょう……!!X様が私の名を……!!」
キョウは暫くの間、1人沸き上がる喜びに身を任せた。
◇
桜が、自分の能力について大まかに把握できた頃には、夏が終わり、金木犀の香りが鼻をくすぐる季節となっていた。
桜と小狼が山を散歩していると、何かがかなりの速さで、桜と小狼の目の前を通り過ぎた。
桜が何かと目で追うと、ローブを羽織った桜よりも少しばかり大きな背丈の子どもが、全速力で山を登っていた。
「村の子……?」
桜の言葉に小狼はどうする?とでも言うように桜を見上げた。
村の子どもが迷い込んでしまったのだろうか、迷子なのだとしたら、声をかけたほうがいいのかもしれない、と桜は思い、小狼に追いかけようと声をかけようとしたところ、今度は数十頭にも及ぶ狼が桜と小狼の目の前を横切った。
「追えー!!」
先頭を走り指示を出すのはアドルフォ。
一体何をしているんだと桜はそのまま目で追う。
まさかさっきの子どもを追いかけているのだろうか、なんとなく嫌な予感がし、桜と小狼も狼たちの後を追う。
「よし!食え!!」
「なんで⁈」
「ピアサだろ!」
「ちげぇよ!!」
狼とアドルフォは、少し走った先で何かを囲むようにして立ち止まっていた。
桜が近づきその輪の中心を見れば、さっきのローブを着た子どもが尻餅をついており、アドに見下ろされていた。
桜と同い年ぐらいの少年だったようで、何故か狼たちに食べられそうになっている。
アドルフォの言葉に目に涙を浮かべながら怒って否定する少年。
どうやらピアサと勘違いしているアドルフォが、狼の餌にしようとしているらしい。
「アド」
「桜!こいつピアサだ!」
「だから違うって言ってるだろ!」
「人間だよ」
「人間? ……半分ジジイみたいな匂いすんな。 ……そうか、違うのか」
狼たちに詰め寄られ、半泣きになっている少年が可哀想に思えた桜は、アドルフォに声をかける。
指を差しピアサだと断定するアドルフォに、海であったあの男のような気味の悪さはないため違うと桜が伝えると、少年に顔を近づけ匂いを嗅いだあと、納得したアドルフォ。
少年は、ホッとし桜に礼を言おうと桜を見上げる。
「でも不審者だ!!食え!!」
「ぎゃー!!めちゃくちゃかよお前!!」
「食べるな」
「ワン!」
納得したかのように見えたアドルフォだったが、それでもこの森で見たことがないため不審者だと断定し、またも狼に食べるよう指示を出す。
狼に詰め寄られ悲鳴をあげ、ついに泣きながら怒る少年を見て、やめなさいとアドルフォにいう桜の言葉を代弁するように、狼たちを止める小狼。
「お前、誰だ」
「お前が誰だよ!」
「食え!」
「タイガ・アルフレッド!!」
仁王立ちで威張りながら少年に問うアルフレッドに、泣きながら強気で返す少年だが、狼たちにまたも詰め寄られ慌てて大声で名乗る。
「もう戻っていいよって言える?」
本格的に可哀想になってきた桜は、狼たちに戻るよう指示を出してくれと小狼に頼む。
小狼がボスらしき狼と会話したあと、狼たちは森に帰っていった。
「なんで帰すんだ!」
「可哀想やけん」
「不審者だぞ!」
「迷子やと思うよ?」
「迷子?」
狼たちを勝手に返され怒るアドルフォに、迷子の子に狼で脅すようなことをすれば可哀想だと桜が言えば、少年に顔を近づけ迷子なのか?と睨むアドルフォ。
そんなアドルフォにコクコクと頷くタイガ。
「わかった。お前をこの森で一番恐ろしいところに連れてってやる!」
「何がわかったんだよ!」
アドルフォは顔を離しタイガを見下ろしながらそういうと、騒ぐタイガの首根っこを掴み、有無を言わさず引きづりながら山を登り始めた。
アドルフォの強引すぎる行動に、ろくに抵抗もできず焦って助けを乞うような視線を桜と小狼にやるが、方角的にハルトネッヒのところだろうとわかっていたので大丈夫だと優しく微笑む桜。
タイガにはそれが悪魔の微笑みに感じられ、顔を青ざめ今後の自分の身を案じた。
◇
読み通りアドはハルトネッヒさんのところに向かった。
勢いよく扉を開けたあと、ハルトネッヒさんに向かって獲物を仕留めたのを見せるかのように、先程の少年を差し出した。
「ジジイ!煮ろ!」
「いらん」
先日、綺麗な花が山に咲いていたのでハルトネッヒさんに渡したのだが、どうやらそのお花を生けていたらしい。
多趣味なハルトネッヒさんは、お前はまた何を拾ってきたんだと言わんばかりの顔で即答する。
まさかの煮ろ。アドはなんでタイガを食べるつもりなんだろうか、と思いながら小狼と家に入る。
「いやぁぁぁぁ!」
「……泣くな小僧!」
差し出された少年ことタイガくんは泣き喚いていたが、あまりにも大声で泣いているため、喧しいという意味も含んでハルトネッヒさんが叱れば、一瞬にして口をつぐんだ。
「何事じゃ」
「森で迷子になってました」
「アドルフォ、見知らぬ人間全員をピアサだと決めつけるな」
「こいつは不審者だ!」
「不審者とも決めるな」
ハルトネッヒさんに聞かれたので端的に答えれば、またかと呆れため息を吐く。
アドは見たことのない人間はピアサ、もしくは不審者認定して、さっきのように追いかけ回しているらしい。
島には町もあり、それなりに人は住んでいるようだが、山に人が近づかない1番の理由は、やはりアドなんじゃないだろうか。
「離してやれ。名前は」
「うわっ……タイガ・アルフレッド、です」
ハルトネッヒさんに言われたアドは、パッと手を離す。
タイガくんは驚くもしゃがんで着地し、ハルトネッヒさんに鼻を啜りながら名乗る。
「そうか。親は」
「ハグれました」
「どこで」
「山で。こいつが追いかけてくるから」
「ガウ!」
「獣かよ!」
ハルトネッヒさんの質問に弱々しく応えながらも、アドのせいだと指を差し、睨みながら言うタイガくんのその指に噛みつこうとするアド。
獣……と思っていればタイガくんも同じことを思ったらしい。
驚いて指を引き怒るタイガくんだが、アドが怖かったのか後ろにいた私を盾にし隠れた。
「アドルフォ、小僧以外に人はいなかったのか」
「知らん。こいつが俺の縄張りに入ったんだ」
ハルトネッヒさんに聞かれるも、私越しにタイガくんを睨みながら言うアド。
タイガくんを見つけ敵だ!と追いかけ回したので、他にいたかどうかはたいして気にしていなかったのかも知れない。
なんとなく予想はついていたのか、聞くまでもなかったかという顔をしたハルトネッヒさん。
「お前の縄張りなんかしらねぇよ!」
「この島全部だ!」
「嘘つけ!」
私の後ろから怒るタイガくんに、胸を張っていうアド。
ツッコむタイガくんだが、アドが一歩近寄るとまた背中に隠れている。
間に挟まれ、何故かアドに近距離で睨まれた。
なんで私が睨まれてるんだ?そして近い
視線を下にずらせば、離れろとでも言うように足元で小狼がアドの足を押している。
「なんでまたちっこいガキが増えてんだ」
「ぎゃあ!」
「うわっ!いたっ!」
「いでぇ!」
「ワン!」
後ろからハクの声が聞こえたと思ったら、その声に驚き叫ぶタイガくんの声に驚いた反動で、アドと頭をぶつけた。
痛い。アドも額を抑えて痛がっている。そしてアドに吠える小狼。
ハクは、私と家族になってからピアサ狩りが再開したらしく、たった今一週間ぶりに帰ってきた。
おでこを抑えながらハクの方を振り向けば、心臓付近を押さえているタイガくん。よほど驚いたらしい。
タイミングが悪かったか?とでも言うようにちびっこ三人を見ながら私の頭を撫でるハク。
「タイガ」
ハクの後ろから、ローブを着た40代ほどの整えられたブロンドヘアの男の人が、タイガくんの名前を呼んだ。誰だ?
「!先生!」
タイガくんは勢いよく後ろを振り返り、嬉しそうな声でそう呼びながらハクの横を通り過ぎ、その男の人に駆け寄った。
アドの方を見れば、あいつ誰だと目で聞かれた。私も知らないので、知らないと首を振る。
ハクを見れば、頭を撫でていた手を離して親指で後ろを差しながら紹介してくれた。
「山で会ってな。ジジイの知り合いらしいんだが、エラルド・アルフレッドだってよ」
「お主がくるなんて珍しいな」
「いろいろあったんだ。久しぶりだなネッヒ」
ハクがハルトネッヒさんの方を見ながらそう言えば、眉毛をあげやや驚いているハルトネッヒさん。
何やらあだ名で呼んでいるところを見ると、親しいのだろうかと思いながら、エラルドさんという方に何か自分と近いものを漠然と感じる。
ピアサにあったときとはまた違い、ピアサにあった次の日から感じるハルトネッヒさんのものともまた違うこの感覚に、思わずエラルドさんの顔を凝視する。
エラルドさんもそれに気づいたのか目があった。見過ぎだっただろうか。
「来たばかりか」
「え?」
エラルドさんは私と目線を合わせるようにしゃがみ優しくそう聞くが、質問の意図が分からず聞き返す。
「嬢ちゃんのことも含めて聞きたいことがある。邪魔していいか」
「桜のこと?」
エラルドさんは私の頭にぽんと手を置いた。少し驚いて肩が震えたが優しい手だ。
出会って数分なので、全くもってよく知らないが、悪い人ではないような気がする。
エラルドさんは立ち上がると、ハルトネッヒさんに視線を戻し尋ねた。
私のことを聞きたいという発言が引っかかったのか、エラルドさんに聞き返すハクだが、
「帰れ」
ハルトネッヒさんが断るのが先だった。
もはやこちらを見てもいない。
「まずはあんたに頼みがあるんだが」
「ジジイの対応に慣れてんな」
しかし、そんなこと気にも留めず、話を続けながら家に上がるエラルドさん。
ハクの言う通りとても慣れている。
歳はかなり離れているように思えるが、長い付き合いなのだろうか。
「え?え?」
「漢だ!カッケェ!」
帰れと言われたのに上がっていいのかと右往左往するタイガくんと、エラルドさんに目を輝かせているアド。
エラルドさんから感じるなんとも表現し難いこの感覚はなんなんだろうか。
ピアサに会った時といい、異世界に来てまだ数ヶ月、まだまだ知らないことも多いが、異能力と一緒に第六感的なものでも芽生えたのか?
そんなことを考えていれば、エラルドさんの対応は予想通りだったのか、仕方がないとでも言うようにハルトネッヒさんはエラルドさんの話しに耳を傾けた。
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