第10話 宿る力

 桜と家族になってから3日が経った。

 家族になったからといって、劇的に何かが変わるわけでもないが、心なしか桜が前よりも笑うようになった気がする。


 薪割りが終わり、そろそろ夕飯の猪を狩りにでも行くかと家に入れば、なにやらおやつのリンゴを切っていたらしい桜が、ナイフを見つめながら険しい顔で固まっているのに気がついた。


「どうした」


「!」


 気になって声をかければ、俺の声に驚いたのか勢いよく顔をあげる桜。

 さっきの険しい顔とは一転して、不安げな表情に変わった。

 怪我をしている様子もない。

 何かわからず再度尋ねようとすれば、桜がナイフと自分の手のひらを見つめ、そのまま左手を刺した。


「は⁈」


 予想外の行動にギョッとして、慌ててナイフを奪おうとするが、桜の手のひらから血が出ることもなく、代わりに水が跳ねていた。

 桜も、痛みも何もないのか三回ほど抜き差ししたあと、ナイフをちゃぶ台に置き、俺に何もない手のひらを見せた。


「なんか、変」


 自分の体の異変が怖いのか、短くそれだけいう桜。

 異能力の類なのだろうか。

 だが桜は異人だ。

 異能力を持っているのは純人だけのはず……。

 目の前で起きていることが俺もよくわからないが、桜が不安げな顔をしているので、大丈夫という意味を込めて、頭を軽く弾ませるように撫でた。


「ジジイ!」


 こういう時はジジイに聞くのが一番早いので、ジジイを呼ぶ。

 花の水やりをしていたらしく、なんだと顔だけをこちらに向けた。

 すると桜は、ナイフを持ったままジジイに駆け寄り、先程俺に見せたものと同じものを見せた。

 もはや刺さらないということがわかっているからなのか、桜は遠慮がない。

 だが見せられる方は心臓に悪い。

 ジジイも俺と同様に驚き止めようとするが、そのまま貫通し何事もない手のひらを見て、眉根を寄せた。

 桜と手のひらを交互に見やり、暫し何かを考えている。


「異能力じゃ。ワシが会ったことのある飛ばされた異人の男も持っておった。桜のように突然宿ったと言っておった」


「異能力……アドみたいな……?」


「あぁ、そうじゃ。おかしなことではない」


 どうやらジジイがあったことのある異世界の男も持っていたらしい。

 純人は、赤子の時点で持っていなければ100%そのま能力が宿ることはないが、異人はあるのだろうか。

 異人の異能力者にはあったことがないが。

 桜はジジイに諭すように言われ、少し安心したようだ。

 異能力と聞いて、アドルフォを思い出したのか、そうか、アドルフォのようなものなのか、と不思議そうに手のひらを見つめている。


「ワシも詳しくはわからん。何かしらの要因により能力が宿るとは言っておったが……忘れた」


「忘れんなよ」


 大事なところを忘れるジジイにおい、とツッコミをいれる。

 何かしらの要因ってなんだ。

 ここ数日のことで思い当たるのは、ピアサの件だけだが、それが関係しているのだろうか。


「能力は不気味なものではない。どんな能力であれ、悪にも善にもなり得る。人を傷つけることも救うこともできる。その力をどのように扱うか、何のために扱うかが重要じゃ。宿ったものとは一生付き合うことになるであろう。共に成長していったらよい」


 桜の頭に手を置きそう話すジジイ。

 桜はジジイの言葉に頷き、先程の不安げな表情はもう消えていた。

 何の異能力なのかまだ詳しくはわからないが、ナイフが貫通するのなら、怪我をしにくい体になったのかもしれない。

 正直、血だらけで倒れていた桜には肝が冷えた。

 もう見たくないと思っていたから、その能力は俺としては嬉しい。


「んじゃ、俺は夕飯狩ってくるわ」


「うん」


 もう桜は大丈夫だろうと、ジジイと桜にそう言って、俺は狩りに出かけた。



 理由はわからないが、異能力とやらが私にも宿ったらしい。

 初めは異常さに怖くなったが、この世界では特におかしなことでもないとハルトネッヒさんに言われ、そうなのかと気づいたら受け入れていた。

 異世界に飛んだことを受け入れたときから、ある程度のことは、まぁ異世界だからな、と許容範囲が広がったように思う。

 刃物が貫通しないということは分かったが、そもそもどんな能力なんだろうか。


 ハクが山に狩りにいったあと、試しに太ももや腕を刺してみたがそこも手のひら同様貫通した。

 全身貫通人間になったのか?それなら凄いが、絶妙にダサい。

 前例がいるわけでもなく、能力の説明書があるわけでもないので、自分で何ができるのか探っていく必要がある。

 能力が出たが、何かわからない。

 まぁまぁ困る問題である。

 うーんと唸りながら、もう一度手のひらにナイフを刺して気がついた、刺すたびに水の音がするのだ。水……?


「桜」


 ハルトネッヒさんに呼ばれたので顔をあげる。

 水やりの邪魔だっただろうか。


「グサグサ刺すでない。目に悪い」


「あ、すみません」


 考えながら、どうやらナイフをずっと抜き差ししていたらしい。

 側から見ればうんうん唸りながら手のひらを刺している危ない子だ。

 異能力が宿ったからといって、無意識にこういうことをすれば、気持ち悪がられるかもしれない。

 気をつけなければ。


「ハルトネッヒさん」


「何じゃ」


「刺すと水が出るんです」


「刺すな。……桜、手を出せ」


 ハルトネッヒさんに見やすいようにまた刺しながらそういえば、眉間に皺を寄せ言われた。

 少し考えたあとそういうハルトネッヒさんに、素直に両手を差し出しす。

 ハルトネッヒさんは水やりに使っていたじょうろで、私の手に水をかけた。

 すると水は、どれだけかけても滴り落ちることなく私の手に吸い込まれていく。

 心なしか、お風呂に浸かったように気持ちがいい。

 回復している気もする。なんだこれ。


「おそらく水じゃ」


「水?」


 その様子を見ていたハルトネッヒさんが、じょうろを傾けるのをやめてそう言った。

 水の異能力ということなんだろうか。


「操ってみろ」


「え?」


突然そんなことを言い出すハルトネッヒさんに、どうやって?と聞き返す。


「気合じゃ」


 気合⁈気合で水は操れるのか……⁈

 やり方など全くわからないが、ハルトネッヒさんは今度は手の上じゃなく地面に向かってジョウロを傾けた。

 気合い……操る……。


「わぁ」


 なんとなく水が自分の思いのままに動いたらいいな、という想像をして水に手をかざせば、自分の想像通りに水が動いた。

 じょうろの水は、地面に落ちることなくシャボン玉のように浮いている。

 不思議な現象だが、操れたことに嬉しくなりハルトネッヒさんを見れば、そうだとでもいうように頷いていた。

 水、水か。ちょっと楽しくなってきた。


「そうやって少しづつ出来ることを増やしていけばよい」


「はい」


 そう言われ笑顔で返事をする。

 これから長い付き合いになると言われた自分の異能力に、私は心を躍らせた。



 桜に異能力が宿ってから数日後に、桜の異能力は水ではなく、水の治癒だと判明した。 


 猿と喧嘩したアドルフォが、桜の肩に手を置いては離してを繰り返しているので、何をしているのかとハクが問えば、桜に触ると傷が治るが、離すと止まるとアドルフォが言った。

 そのことをハルトネッヒに報告すれば、桜そのものが治癒の塊のようなものなのではないかという結論に至った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る