第8話 夢と現実
本格的に夏が近づいてきたと感じる日差しの強い日。
腹が減ったと修行を中断して家に帰れば、二人は飯を食い終わったのか、ジジイは小さな木を掘りながら何かを作っており、桜は畳の部屋で小狼と丸くなりながら寝ていた。
最近分かったことだが、小狼は迷子の狼だったらしい。
アドルフォに聞けば親はどれかわからないと言われ、小狼もここが気に入ったのか山に帰らなくなった。
桜がウリ坊に懐かれ遊んでいたら、親猪に見つかり突進された時、小狼が追い返していたので番犬として役に立っているのならまぁいいかとジジイも受け入れている。
「ハク」
「あ?」
飯は自分で用意しなければならないので、適当に作って食べるかと台所に向かおうとすれば、ジジイに呼び止められた。
「桜が泣いておるのを見たことがあるか」
「桜が?ねぇけど」
唐突になんだその質問と思いながら答える。
桜に出会ってから泣いているところは見たことがない。
よく見る顔といえば困った顔か、遠慮がちな顔か、たまに小狼と一緒にいるときに笑っているのを見るくらいだ。
あぁアドルフォの奇行に驚いている顔もよく見る。
「おかしいと思わんか」
「おかしい?」
「異世界に飛ばされ、桜は全てを失っておる。10年前の貴様のように、家族も友も、全て」
ジジイは手を止めずに、俺の方を見ることもなく話を続ける。
おかしい、そう考えれば、確かにそうなのかもしれない。俺たちに隠れて泣いているのだろうか。
しかし、そんなそぶりもない。
桜が何を考えているのかわからないと思う時は多いが、余計にわからなくなった気分だ。
子どもだから理解していないのか、はたまたたいして向こうに思い入れがなかったのか。
「桜から目を離すな」
「あ?」
「桜はこの世界で生きることへの執着心が薄い」
ジジイは顔をこちらに向けそう言った。
目を離すなは何度も言われていることだが、確かに危なっかしいのはわかる。
よくいろんなものに追いかけ回されてはすっ転んでいたりもする。
だが、生きることへの執着心が薄いというのは、どうもわからなかった。
「……そうか?」
「バカにはわからんだろうがな」
「ジジイは俺をバカにしないと生きていけない病気なのか?今すぐ治したほうがいいぜ?もう手遅れだと思いますけどね!あぶなっ!」
そういえば視線をまた手元に戻し嫌味で返された。
苛立ちをそのままぶつけて言えば、彫刻刀が俺の目を的確に狙って飛んできたので、すんでのところで避ける。
短気なクソジジイめと今度は心の中で罵倒していればジジイがまたこちらを向いた。
今度は何が飛んでくるのかと少し身構える。
「一番懐かれていない貴様に頼んでも、意味はないと思うが」
言葉の矢が飛んできた。それは俺も防ぎようがなくそのまま突き刺さる。
今度はメンタル攻撃か⁈最低!と思う俺など無視して話を続けるジジイ。
「桜を一人から救ってやれ。ワシは向いとらん」
そういうとジジイはまた視線を戻し木を掘り出した。
その言葉を聞いて驚いた。
ジジイが自分にはできないというのを初めて聞いたからだ。
今のが本当はできるがやるのがめんどくさいという話じゃないことは俺でもわかる。
桜を一人から救う、正直何をどうしてやればいいのかわからない上に、桜本人が助けを求めてるようには見えない。
頼まれたものの、分かったとも言えず、俺はそのまま無言で台所へと向かった。
◇
その日の夕方、桜は小狼と山を降りながら散歩をしていた。
熊、鹿、ゴリラ、猿、猪、虎、狼などなど、ここは動物園かというぐらい山には野生の動物がいる。
熊と猪と狼にだけ気をつけていれば、後の動物はハルトネッヒが言霊で呼び出し、ハクが躾けた動物だから安全らしい。
安全と聞かされてはいるが、それでも実際に虎やゴリラが目の前を横切ると焦るものだ。
虎は驚く桜を一瞥し優雅にさり、ゴリラには片手をあげてウホッと挨拶された。
あのゴリラの中身は人間なのでは?と桜は少し疑っている。
海風の匂いが鼻を抜け、いつもより山を降っていたことに気づいた桜は、小狼に帰ろうと合図しようとしたが、久しぶりに海を見たい気持ちがわいた。
海には危ないから近づくなとハルトネッヒに言われているが、少しぐらいなら平気だろうと山を抜け砂浜に着いた。
自分がいた場所はどこだったかと探す桜と、初めての砂浜にテンションが上がりやたら掘っている小狼。
桜がふと海に視線を向けると、先ほどまで誰もいなかった海を誰かが泳いでいるのが見えた。
こちら側の沿岸には滅多に人が来ないと言っていたハルトネッヒの言葉を思い出し、少し怖くなる桜。
やはり海には来ないほうが良かったのかもしれないと、海に背を向け小狼に帰ろうと合図したとき、
「帰るの?」
いつのまにか泳いでいた人らしき男が海辺ギリギリに立ち桜に声をかけた。
さっきまで数百メートルは先にいたはずだ、と桜は訝しむが、男はニコニコと桜の返事を待っている。
「僕と遊ばない?」
男の雰囲気がやけに気味が悪かった。
それだけじゃなく左肩だけが何故か不自然に淡く光っている。
ハクや、ハルトネッヒ、アドルフォとは違う、人の形をした違う何かに感じられた桜は、熊に遭遇した時のようにゆっくりと後ずさる。
小狼も異変を感じているのか静かに威嚇している。
「遊ぼうって言ってるのに」
男は笑顔のままそういうと、桜に向けて手を銃に見立て銃口を向けるように指を差した。
桜の頭の中に警鐘が鳴り響く。
まだ距離はあり、男は砂浜には上がってこようとはしない。
それなら逃げればいい。
逃げなきゃ行けないことはわかっているのに、眉間に銃口を突きつけられたかのように身動きが取れなくなってしまった桜は、回らない頭で小狼だけでも逃さなければと小狼の名前を呼ぼうとしたその時、
「僕、射撃上手いんだ」
のんびりとした男の声が耳に入った直後、ダンッ!という音とともに桜の左肩に激痛が走った。
桜は理解する暇もなくその衝撃でそのまま後ろに倒れ、激痛を感じた左肩からは大量の血が流れている。
男が構えたその指から銃弾が飛んだのだ。
男はそれを見て声をあげて笑った。
「あははっ!いいね、今のはわざと外したんだよ?即死はつまらないからさ。次はどこに撃とうかなぁ」
「アォーン!!」
肩を押さえて痛がる桜に嬉しそうに話しかける男。
小狼が助けを呼ぶように遠吠えを上げる。
海辺の男はうるさいとでもいうように、今度は笑顔で小狼に銃口を向けた。
それに気づいた桜は小狼に森に逃げろと横頭を押すも、小狼は桜を庇うように前に立った。
自分が逃げなきゃ小狼は逃げようとしないことに気づき、なんとか立とうとするもこの状況に足が震えて上手く立ち上がれない桜。
すると、小狼は桜の首根っこを咥え山に向かって駆け出した。
それを逃さないとでもいうように銃声が3発連続で響いた。
キャンっとその一発が小狼の左後ろ足に当たり桜と小狼は森の手前で二人で転がる。
「まだまだ射程距離だよー!」
男はそんなことを大声で言いながら銃口を向ける手をやめない。
自分の目の前に倒れている小狼の足から流れる血が、自分が感じている痛みが、小狼が死んでしまうかもしれない恐怖が、桜にこの世界が夢ではなく現実であることを容赦なく叩きつけてくる。
桜と小狼が倒れていようとお構いなく、男はまた引き金を引いた。
だが、弾は二人に当たることはなく二つに割れ砂浜に落ち、男の右腕は斬り落とされた。
「は?」
男も何が起きたかわからないのか棒立ちのまま唖然としている。
桜たちの目の前に飛んできたハルトネッヒと、砂浜に降り立つハク。ハクが銃弾を斬り、続けて腕まで切り落としたのだ。
「桜、だから海には行くなと言ったんじゃ。
"治癒"」
桜と小狼を振り返りそういうハルトネッヒの言霊により、二人の傷はみるみるうちに塞がっていく。
小狼は治っていくのがわかるのか、また自力で立ち上がり、足をひきづりながら桜に近づいた。
桜はただ茫然と起き上がることもせず近寄ってくる小狼を見つめていた。
ハクはチラリと後ろを振り返ると、動く気配のない桜に眉根を寄せ、また男に向き直った。
ハルトネッヒは、桜と小狼を抱き上げ、家、と呟きそのまま飛んで消えた。
「何、お前」
「お前みたいピアサを狩ってるピアサ狩りだ」
男はそういうと腕を再生し、今度はハクに銃口を向け、煽るような笑顔で話しかけた。
「人間らしく怒ってるの?ワンコとおチビちゃん撃ったから」
「そうだな。久々に、頭にきてる」
ハクがそういい刀を振り下ろしたのと、男が飛び上がって間合いを取り、引き金を引いたのは同時だった。
両手で銃口を構え連射するピアサの弾を全て斬ったあと、砂浜を蹴り間合いを詰めるハク。
たった数秒のやり取りで勝ち目がないことを悟ったピアサは、海に潜り逃げようする。
「
が、ハクがそれよりも素早い速さでピアサの左肩にあった
鱗光は割れ、そのまま声にならない声をあげ海辺に落下するピアサ。
ハクは刀を鞘に収め、泡になり消えゆくのを見届けたあと、踵を返しその場を後にした。
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