第7話 狼子ども
桜が来てから1ヶ月が経った。
それが理由かはわからないが、桜が来てからピアサ狩りに飛ばされていない。
いつもジジイが情報をもらい、俺が飛ばされ片付けているので、単に情報が来ていないだけなのかもしれないが。
正直何を考えているのかわからないフラフラしている桜を置いて島を離れるのも、なんだか落ち着かないのでいいっちゃいいが、暇なのは事実だ。
薪割りが終わり、することがなくなったので、桜が野良猫と遊んでいるのを丸太の上に座って眺めていれば、狼子どもの一人と一匹がまぁまぁな速度で走ってきた。
その足音に気づき猫は逃げてしまったので、桜はアッという顔をして猫を見送っている。
あいつらは毎日元気だなと眺めていれば、そのままの勢いでアドルフォが地面を蹴って飛び上がった。
「⁈」
「危ねぇな! 何してんだコラァ!」
「俺を師匠と呼べ!」
「よばねぇよ!」
桜に飛び蹴りをしようとしたアドルフォにギョッとして、間一髪のところでその足を掴みぶら下げる。
宙吊りになった状態のまま、驚き尻餅をつく桜に向かって指を差しながら笑顔でいうアドルフォ。
危ない、狼よりもこいつが危ない。
「俺を師匠と呼べ!」
「だから呼ばねぇよ」
俺の腕を、掴まれていない方の足で蹴り上げ一回転し地面に着地したアドルフォは、腰に手を当て桜を指差し、再度同じ台詞を吐く。
なんなんだこいつはという視線をアドルフォに向けたあと桜を見れば、もう1匹とハグを交わしていた。
めちゃくちゃ仲良くなってんじゃねぇか。
「呼べ!……聞け!」
折れることなくもはや反応していない桜に言うアドルフォ。
アドルフォの視線がささったのか、顔だけをアドルフォに向け子狼を撫でながら口を開く桜。
「呼ばない」
「なんでだ」
「師匠じゃないから」
「じゃあなんだ!」
真顔で拒否する桜にそりゃそうだと思いながら聞いていれば、じゃあなんだと言われ、なんだとはなんだという顔をする桜。
「…………アドルフォ?」
「俺はアドルフォだ」
「うん」
「名前をつけろ」
暫し考えたあと首を傾げながら答える桜。
それに対してそれは正解だとでもいうように答えるアドルフォに、頷く桜。
名前をつけろ?お前名前あんだろ、と思いながら見つめ合う二人を見つめる俺。
「……じゃあ、アドって呼ぶ」
「! 許可してやる!!」
どうやらあだ名をつけて欲しかったらしい。よくわかったな桜。
上から目線に言っているが、尻尾が生えてればブンブン振っていそうな勢いで喜んでいる。
そんなアドルフォの姿をみて、随分人に慣れたものだと昔のアドルフォを思い浮かべた。
◆
俺がアドルフォに初めて会ったのは、蒸し暑い夏の日のことだった。
ジジイにトウモロコシを収穫してこい言われ、クソ暑いから却下と断ればそんな言葉も虚しくそのまま飛ばされる俺。
裸足のまま、暑いからって俺になすりつけやがって……!と文句を言いながら収穫していればガサガサと風の音とは違う葉が擦れる音が。
猿か猪か?と音のする方に行けば、そこから顔を出したのはちっこい小汚いガキ。
俺の存在に気づき、とうもろこし片手に何やら威嚇している。
「おいガキ」
「グルゥゥ」
こちらを凝視するガキに声をかければ唸り声をあげながらトウモロコシに齧り付く。
「獣かよ。食うんじゃねぇよ、俺がジジイに殴られんだろ」
そういうも、俺から目を離さずにとうもろこしを食べ続けるガキ。
「だから食うんじゃねぇよ!」
言葉を理解してるのかしていないのか俺を睨みながら食べるのをやめない。
「……腹減ってんのか?」
取り上げるかとトウモロコシに手を伸ばせばその手を弾かれ、まるで狼のように四つん這いで俺に警戒態勢をとった。
そんなに飢えてんのか?それならやるからさっさとどっか行けと思いながら聞くも、ガァ!だのグルゥ!だの唸るだけで話にならない。
「人語を話せ、人語を」
そういいながら距離を詰めトウモロコシに手を伸ばしながらしゃがめば、そのガキがグァァ!と言いながら俺を引っ掻こうとしたと思えば、その手が発火した。
「うおっ、火? お前異能力者か?」
「グルゥゥ!」
危ねぇと避け聞くも、威嚇するばかりでやはり話にならない。
仕方がない、トウモロコシ畑荒らしの犯人としてジジイの元に連れて行くことに決めた。
そうして獣小僧を捕まえようとしたその時
「"打撃"」
「っ、なんで俺まで……! おいジジイ!」
「畑荒らしも追い払えんのか」
「今捕まえようとしてたんだよ!」
ジジイの言霊により俺とガキに打撃が飛んで来た。ガキはそのまま気を失い倒れている。
全く使えない小僧だなとでも言わんばかりの顔で俺を見るジジイに、イラッとして言い返せば鼻で笑われた。
クソジジイが……!!と心の中でジジイを殴っていれば、ジジイはガキを担いで家に向かって歩き出した。
「そのガキどうすんだよ」
「それ相応の処分を下す」
「……まだガキだぞ」
「食い逃げは許さん」
そういいジジイは家に戻っていった。
流石にガキ相手にボコボコにするようなことはしないとは思うが、ジジイが何をするつもりなのか少し気になる。
俺もついて行こうとすれば、俺の方を振り返り収穫してからこい、という視線だけを寄越された。
「へいへい、わかりましたよ」
そういい全て収穫し終えたあと、家に帰れば異様な光景が広がっていた。
「これはリンゴだ。グガァなどではない」
「ガァ」
正座をするジジイの前に、同じく正座をして座っている獣小僧。
ジジイはリンゴをちゃぶ台の上に置き、それを指差しながらこれはリンゴというものだとガキに教えている。
それに対してガキは、言葉というより鳴き声のようなもので反応している。
「リンゴ」
「アォーン!っ、グルゥゥ……!!」
「座れ」
ジジイがもう一度言えば、今度は遠吠えをあげるガキ。
竹刀でジジイに頭を叩かれ、正座から即座に四つん這いになりジジイを威嚇する。
ジジイが指示を出せばそれには大人しく従い、また正座するガキ。
この数時間で躾をしたらしい。
「何やってんだこいつら」
「梨」
「グガァ」
思わず突っ込めば、今度は梨を取り出しちゃぶ台の上に置き、またも同じようなことをしている。
りんごと梨ってわかりづらくねぇか?
「リンゴはどっちだ」
ジジイはりんごと梨を並べてそう聞くと、ガキはリンゴを指さした。
「おぉ、わかんのかよ」
「よし」
どうやら理解力はあるらしい。
ジジイは頷きそういうと、リンゴの皮をウサギの形に剥いてガキに差し出した。
なんでちょっとおしゃれに剥いてんだ。
ガキはそれを喜んでガツガツ食べている。
その光景を見ながら思った。犬の躾をしている光景と全く同じだと。
「アォーン!」
ガツガツリンゴを食べているガキを見ていれば、外から狼の遠吠えが聞こえた。
ガキはそれに即座に反応し、食べていたりんごを口に咥え、梨は手に持ち、そのまま犬のように走って外に飛び出していった。
「狼かよ」
「おそらく狼に拾われた小僧じゃ」
「狼に?」
「5年前村が襲われた日、何人かは山に逃げたじゃろう。あの小僧はその時の生き残りじゃ」
「……村にいたか、あんな坊主」
そのガキの出ていった方向を見ながらそう呟けば、ジジイが答えた。
狼?山に狼がいるのは知っているが、狼が人間の子どもなんて育てるか……?だがジジイのいう通り、あの日山に逃げた人間がいる話は聞いている。何人かは山で死体となって発見されていた。
あんな小僧いたか?と思い出してみるも心当たりがない。変なガキがいたもんだとその日はそれで終わった。
次の日、今度はトマトを収穫しろと言われ畑に赴けば、またも小汚い畑荒らしが。
「またお前か!食うな!」
俺に気づき顔を上げた狼小僧は、俺を見ながらトマトをむしゃむしゃ食べている。
口の周りがトマトだらけになっているのも気にも留めず、俺に言われようともそのまま食い続ける狼小僧。
「く、う、な!食いたきゃジジイに食っていいか聞いてからにしろ」
「……!」
語気を強めてそういうも、やはりなんの反応もなく、俺の目を見ながら仁王立ちで食べ続ける狼小僧。
すると、突然俺の背後に視線が向き、何かに気づいた。振り返ればそこにはジジイの姿が。
「あ?ジジイ」
「"打撃"」
「だからなんで俺まで……!」
走って逃げようとした小僧と俺に打撃を飛ばすジジイ。
またも狼小僧は気を失い、俺はとばっちりをくらう。
ジジイは昨日と同様に、狼小僧を担いで家に戻っていった。
狼小僧がくればジジイが捕まえ躾をし、遠吠えが聞こえると帰り、来ては捕まり、躾をし、遠吠えの合図で帰る、これが1年ほど繰り返された頃。
「ここは俺の縄張りだ!去れ!」
「うるせぇお前が去れ」
立派なクソガキに成長していた。
人語を話せず唸るか吠えるか遠吠えかの3択だった小僧は、いつのまにか流暢に話すようになっていた。
心なし口調がジジイそっくりなところがまたムカつくところである。
小僧にはジジイが名前をつけたらしく、名を貰った次の日からよほど嬉しかったのか、俺はアドルフォだと5日連続で名乗られた。
仁王立ちで俺にいってのけた小僧に、いつものようにあしらえば、手のひらに火を灯す小僧。
能力の使い方もジジイが教えているらしい。
「!クソッ、今回は勘弁してやる!」
「"来い"」
「離せクソジジイ!」
一年が経とうと畑を荒らすことは変わらず、勝手に食ってはジジイに見つかり捕まっている。
いつもジジイを見つけるとすぐに逃げようとするが、言霊に勝てるわけもなく秒で捕まる狼小僧。
ぎゃあぎゃあ言いながら家に連れ帰られては、逃げられないと悟るのか、ジジイと共に勉強会をする。
そんな生活が何年も続き、狼小僧は、言葉を覚えただけじゃなく、文字が書け、計算もできるそこら辺のガキよりも優秀な小僧になっていた。
◆
知能がある割に野性味が強いので、さっきのように出会い頭に飛び蹴りをかますところはあるが、悪い小僧ってわけじゃない。ムカつくクソガキではあるが。
アドルフォにあだ名をつけたので、子狼にも名前をつけろとアドルフォに言われ考えるも、全て却下されている桜。
「じゃあ小狼」
「シャオラン?ダメだ!」
「全部ダメっていう」
「俺が決める!」
「なんで聞いたん」
「小狼!」
「うちが言ったやつや」
子狼を挟んで座って話す二人。
自由なアドルフォに振り回されている桜だが、初めて会った日に比べ随分と仲良くなっている。
歳が近いからだろうか。
俺の方が数週間先にあっているというのにこの違いはなんだ。なんとなく気に入らない。
子狼の名前は小狼に決まったらしい。
二人を見る俺の視線に気づいたのか、桜が顔を上げて小首を傾げた。
なんでもないというように首を振れば、また視線をアドルフォと小狼に戻した。
懐いてほしいというわけではないが、俺にも緊張せず話しかけてくれりゃいいのにと思っている俺自身にやや驚きながら、ちびっこ二人と一匹を丸太に座り眺めていた。
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