第6話 狼
ちびっこもとい桜がこの世界に来てから数週間、桜はジジイの手伝いをしながらこの世界について学んでいた。
数週間一緒にいて分かったことは、やたら知能が高いことと、ずいぶん大人びた子どもだということだ。
一度言えば理解し、わからなければ的確に質問をしてくる。
そして何より警戒心が強い。
夜寝る時でさえも俺とジジイが寝なきゃ寝ようとしない。何をそんなに警戒しているのか全くもって分からない。
子どもらしくないと言えばそうだが、稀に見せる表情や、プクプクしている頬、小さな手はどう考えても子どもだ。
歳を聞いたところ、自分の掌を見つめ、わかりません、と答えたので、身長や体格的に大体5歳ぐらいだろうということにした。
異世界から来た少女、そう言われようとアイラの時のようにこの世界の人間と変わっているところは何もない。
見た目は本当にどこにでもいる5歳児だ。
唯一気になるところといえば、顎下近くの首の部分に3、4針塗ったようなサイズの傷跡ががあることくらいか。
気になったので何かで引っ掛けたのか?と聞けば、その傷跡をさすったあとあまり覚えていないと答えた。
どう見たって嘘だと言うことは分かったが、言いたくないことならば深く聞く必要もないかとそのまま流した。
5歳児のわりに、少し訳ありらしい。
異世界から飛んで来てる時点で少しどころじゃないかもしれないが。
「ハク」
「あ?」
「桜がおらん」
「……またかよ!!」
藁で草履を編んでいるジジイに呼ばれたので、寝っ転がったまま顔だけ向ければ、さっきまでジジイの隣で座ってお茶を飲んでいた桜が、いつのまにかフラッと消えたらしい。
桜の気配はジジイでもよめないらしく、一人が好きなのか、よくいなくなる桜をいつも俺が探しに行っている。
大概畑か、たまにやってくる野良猫と遊んでいるので、今回もその2択だろうと腰を上げる。
問題児というわけではないが、危機感が欠如している部分はあるのでジジイも俺もそこは心配している。
桜はピアサどころか子熊に襲われて死んじまいそうなくらい弱い。
危険なところに行くような子ではないが、なんだかなぁと思いながら桜を探しに出かけた。
◇
ハクとハルトネッヒが桜がいないことに気づく数分前、桜は畑にやってきた人懐っこい子犬と戯れていた。
尻尾をブンブン振っている子犬の頭や背中を撫でていると、すぐ近くで枝が踏まれ割れる音がした。
ハルトネッヒにわざわざ言う必要もないかと一人でよく外に出るのだが、いつもなぜかハクが迎えにくる。
だからまたハクが迎えにきたのかと桜が顔を上げれば、その視線の先には仁王立ちで畑のきゅうりを勝手に食べながら桜を見つめる少年の姿が。
無造作な黒髪に、服は腰に巻いた布のみ。歳は桜よりも少し上ぐらいの少年だ。
桜がターザン…?と思いながら瞬きをして見つめている間も、少年はきゅうりをぼりぼり食べながらも視線はこちらに向けている。
「お前、なんだ」
突然そう桜に問う少年に、君がなんだと内心思いながら、なんて返せばいいかわからず困って子犬を見る桜。
「変な匂いするな。ピアサか?」
こちらをまっすぐ見ながらそういう少年に変な匂い?臭いのか?と桜が自分で自分の匂いを嗅ぐも、正直わからない。
試しに桜が子犬に嗅がせてみるも頭を擦り付けてくるだけでわからない。
「ちげぇな。ジジイみてぇな匂いだ」
「ジジイ……?」
5歳にしておじさんくさいと言われてしまいやや衝撃を受ける桜。
さっきまでハルトネッヒの隣にいたからか?と考えるも、そもそもハルトネッヒがおじさんくさくはないことを思いだし、なおさら自分から漂っているらしい謎の加齢臭に衝撃が走る桜。
そんな桜の心情などつゆ知らず、少年はそのまま話を続ける。
「俺はアドルフォ。お前は」
「……桜」
突然始まった自己紹介に反射で答える桜。少年はきゅうりを食べ終わると、桜に近づき、腕を組み、見下ろした。
「ここは俺の縄張りだ!失せろ!」
「……ここ、ハルトネッヒさんの畑」
バーンッ!と効果音でもつきそうな勢いでそういうアドルフォに、パチパチと瞬きをしたあと、冷静に答える桜。
その桜の言葉に応戦するようにワン!と吠える子犬
「……!お前ジジイと知り合いか」
「うん」
「しょうがねぇな、特別に許可してやる」
「ありがとうございます…?」
桜からハルトネッヒの名前が出たことに驚き、知り合いなのかと尋ねるアドルフォに、そうだと頷けば、仕方がないと上から目線で言われ何やら許されたらしい。
それに対して不思議そうな顔をしながら礼を言う桜。
「特別に許可してやるじゃねぇんだよ」
「出たな!ハク!今日こそは燃やして消し炭にする!」
「おーおー、やれるもんならやってみろ」
なんだこれ?と桜がアドルフォを見ながら首を傾げていると、桜の後ろから呆れた顔をしたハクがやってきた。
ハクの姿を見つけると、ハクを指差し宣戦布告するアドルフォ。それに対して適当に煽って返すハク。
すると、アドルフォが飛び上がり、桜と子犬を飛び越えハクに飛びかかったと思えば、そのアドルフォの拳から真っ赤な炎が噴き出した。
手から火が出た……!と目を見開き驚く桜。
「だから畑で火出すんじゃねぇって言ってんだろ!!」
「ぎゃあ!」
そう言いながらハクは慣れたように飛んで来たアドルフォの首根っこを掴み、そのまま森の方へとぶん投げた。
綺麗な弧を描き飛んでいったアドルフォは、最後木にでもぶつかったのかいってぇ!!という叫び声だけが響いた。
なんだ今の、大丈夫なのか、とアドルフォが飛んでいった方を立ち上がって見つめる桜。
「さっきのやつはこの山のオオカミと住んでるアドルフォっつうオオカミ小僧だ。畑荒らしの常習犯だから来た時は殴っていい」
「火……」
ハクからアドルフォの説明を受けるも、手から火が出たことのインパクトの方が強く、自分の手を見せて火とつぶやく桜。
「あぁ、あいつは異能力者だ」
「異能力者……?」
「異能力者ってのは、さっきみたいな能力を体に宿して操れるやつのことだ」
「へぇ」
ハクの言葉を聞きながら、この世界には異能力者と呼ばれる人間もいるのかとますます自分がいた世界との違いを実感する桜。
ハルトネッヒがたまに見せる魔法も、異能力者と呼ばれるものだからなのだろうかと桜が考えている中、ハクはチラリと桜の足元にいる子犬を見た。
ハクと目があった子犬は、グルゥと何やら威嚇している。
「桜」
「はい」
「そいつ狼だぞ」
「……え?」
ハクは桜に視線を戻し、狼であることを告げると、桜は足元にいる子犬を見下ろしたあとハクの顔を見て聞き返した。
シベリアンハスキーかと思っていた桜は狼だという事実に驚いたのだ。
「そいつは安全かもしれんが、親が来たら襲われんぞ」
ハクのいう通り、子犬(狼)にはとても懐かれているが、山にいる狼はアドルフォ以外の人間を嫌っているため、襲われない可能性がないとは言い切れない。
なんなら子どもをさらったとして襲われる可能性の方が高い。
ハクにそう言われまたも子犬(狼)を見下ろしたあとハクを見て口を一文字に結び、眉を下げながらどうしようと目で訴える桜。
そんな桜を見て、やはり問題児ではないが危機感が足りないと呆れるハクであった。
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