第5話 異世界から来た少女
村がピアサに襲われた日から10年の歳月が経った。
俺は声変わりもし、背丈も体格も父ちゃんより大きくなったように思う。
ジジイの修行は、崖から突き落とされる、大量の馬鹿でかい岩を永遠に落とされ続ける、自分よりもでかいゴリラと殴り合いをさせられる、猿の群れの中に投げ込まれる、言霊で呼んだ虎の餌になりかける、突然島から飛ばされピアサと戦闘させられるなど、めちゃくちゃだった。
三途の川を越えかける度に、弱いとゲンコツが落ちたのもいい思い出だ。
下手すりゃ死んでいてもおかしくなかったジジイの修行という名の拷問のおかげか、今じゃ自分より強い人間に会うことの方が珍しくなった。
ゴリラの砲丸投げの玉になっていた時期が懐かしい。
今はピアサの目撃情報があるとジジイに飛ばされピアサを倒す、ピアサ狩りのようなことをしている。
今日も火の大陸に出没したピアサを狩って島に戻ってきたところだ。ジジイはいつも、飛ばすだけ飛ばして帰りは自力なので、下手すりゃ1000km歩いて帰らなきゃいけない事もある。
それに文句を言えば、それも修行だとだけ返されたが、確実に能力を使うのがめんどくさいだけだと言うのは分かっている。
ジジイはボソッと言うだけだろうが!と思いつつも、言い返したところでで打撃が飛んでくるだけなので、そっと床の間にある花瓶の花を摘んでおいた。
もちろんバレて俺は果てしなく遠いところまで飛ばされた。2度としないと誓った。
今回は島からほど近くの場所だったので、運がいいと思いながら島への船に乗り、帰島した。
初夏の気温と海が合うなと思いながら人っこ一人いない砂浜を歩いていると、遠くの方に何やら小さな物体が。
猫?いや子熊か?と思いながら近づけば、水色のワンピースを着た小さな少女が一人ちょこんと砂浜に座っていた。
何やら真顔で掌を見つめている。
俺の足音に気づく気配もなく、そのまま真横まで行きしゃがめば、流石に気づいたのかこちらに顔を向けた。と思えば、俺を二度見して固まった。
そんな顔怖いか?と思いながらもとりあえず様子を見る。
「…………こんにちは」
「こんにちは」
俺に驚いて固まっていた割に、か細い声で挨拶はきちんとするちびっこ。
俺もそれに倣い挨拶すれば喋った!とでも言わんばかりの顔で、蒼色の大きな目をまたさらに大きく広げて驚いている。
なんだこのちびっこ、面白いな。
そのまま何か話すのかと待ってみるが、特に話し出す気配はないので俺から話しかけた。
「こんなとこで何してんだ?船から落っこちでもしたか?」
考えられる可能性としてあげられるのは、近くを通る民間船から落っこちてここに漂着したことくらいなのでそう聞けば、首を横に振るちびっこ。
「ここ、どこですか……?」
「ここか?ここは火の大陸にある桃花島」
「火の大陸……?桃花島……?」
恐る恐るそう尋ねるちびっこに、丁寧に大陸名を添えて島の名前を告げる。けれども、どちらも聞いたことがないと言う反応で繰り返すちびっこ。
「嬢ちゃんはどっから来たんだ」
「……日本」
「日本?」
大陸名を聞いたことがないのなら火の大陸の人間ではないのかも知れない、と思い聞けば、何か迷うように視線を左右に動かしたあと、また俺を見て呟いた。
日本?どこだそりゃ。
今度は俺がさっきのちびっこと同じような顔で聞き返す。
「どこの大陸にある国かわかるか?」
「アジア大陸」
「アジア大陸……?あー、火、水、雷、風、土の中のどれだ」
「……それは、知らない、です」
国名はわからなくとも、大陸名を聞けば流石に大まかな位置はわかるだろう、と質問すれば、またも聞いたことのない大陸名が。
どこだよアジアって。この世界の五つの大陸の中から教えてくれと言えば、ちびっこはなんだその大陸と言わんばかりの顔をしたあと、困ったように否定した。
おいおい、世界規模の迷子じゃねぇか。
「俺より詳しいジジイがいるから、そいつのとこまで一緒に来てくれるか?ジジイならその日本って場所がわかるかもしれん」
「……何者ですか?」
こういう時は俺じゃどうにもならないので、とりあえずジジイの元に連れて帰ることにしようとそういえば、ちびっこは少し考えて俺に探るように聞いてきた。
それは俺のセリフなんだが、と思いながら自己紹介ぐらいはするべきかと名を名乗る。
「俺はハク・アイザック。この島のあの山の奥でジジイと二人で住んでる。ピアサ狩りみたいなことをしてる」
「ピアサ狩り……?」
横の山を指さしそう言えば、ピアサ狩りが引っかかったのか、なんだそれはという顔で聞き返すちびっこ。
「嬢ちゃんピアサしらねぇのか?」
俺の単語一つ一つに初めて聞くような反応をしているちびっこを見ると、何も知らなかった頃の俺を思い出す。
ピアサもやはり知らないようで首を縦に振った。
昔の俺のように、守られた島で生きてきたちびっこなのかもしれない。
それなら外の世界について知らなくても無理はない。
俺だって世界が5つの大陸から出来上がっていることを知ったのは、ジジイに初めてこの島から飛ばされてからだ。
「とにかく、ついてきてくれるか?」
そういうも警戒心が強いのか、困った顔をするだけで返事はない。
ジジイを呼んで来た方が早いか?
でも、海の近くはピアサが出やすい。
ジジイを呼びに行って戻ってきたらちびっこが食われてました、なんてのは後味が悪すぎる。
どうしたもんかと悩んでいれば、ちびっこが口を開いた。
「お金も何も持ってないです」
「……見りゃわかる」
意を決したようにそういうちびっこに、思わず思考が止まった。
このちびっこには俺がどんだけ悪党に見えているんだ。山賊にでも見えているのだろうか。
確かに刀は持っているが、こんなちびっこから金を巻き上げたりするような輩ではない。
「襲うわけでも誘拐するわけでもない。ジジイを呼んで来てもいいんだが、水辺はピアサが出るから危ないんだ」
「ピアサって、なんですか……?」
「あー、人食うやつ」
やたら警戒心が強い理由はわからんが、どうやら俺に拐われると思っているらしいちびっこに、さっき考えていたことを説明する。
ピアサについて問われたのでざっくり言えば、人を食べる……⁈と眉間に皺を寄せて口をあんぐりあけ衝撃的な顔をしている。
表情豊かなちびっこだな。
「ピアサ……?」
「違う、俺のことじゃない」
その顔のまま俺を指差し確認してきた。
もはや俺はピアサに見えているのか。嘘だろ。
自分で言うのもなんだが、人相はいい方だと自負しているんだが。
俺は顔の前で手を振り否定すれば、違うのか、と納得したのかしてないのかわからない顔であぁと頷いている。
「山の奥におじいさんがいるんですか?」
「あぁ」
「おじいさんならわかりますか?」
「多分」
歳のわりにはしっかりとした敬語を使いこなすちびっこに、確約はできないがジジイの方が詳しいという雰囲気を漂わせながら返事をすれば、連れて行ってもらってもいいかと言う視線とかち合った。
元から俺はそうしてもらえた方がありがたかったので、じゃあ行くか、とその場から立ち上がりちびっこの前を歩き出した。
俺の背中を追うように砂浜の砂を払いトタトタついてくるちびっこ。
雛鳥のようだなと思いながら砂浜を抜け、森に入ろうとした手前で気がついた。
「嬢ちゃん、裸足で平気か?」
「……はい」
「平気じゃないだろ。ほら」
靴を履いていないことを本人も忘れていたのか、自分の足元を確認したあと大丈夫だと言ったが、森を裸足で歩くのは危ない。
抱いていった方がいいだろうと手を広げると、何故かとても警戒されてしまった。
「……俺は誘拐犯じゃないからな?」
「歩けるので大丈夫です」
「整えられた道ってわけじゃないから、怪我するぞ」
「大丈夫です」
「あ」
「え?うわっ」
思わずそう言えば頑なに大丈夫だと言い張るちびっこ。
ここで押し問答をしていても仕方がないと、ちびっこの何もない後ろを指差し、それに気を取られて後ろを振り返った隙に抱き上げた。
ガチガチに固まって黙り込んでしまったが、今更おろしても意味はないのでこのまま進む。
「嬢ちゃん名前は?」
俺は名乗ったが、ちびっこの名前を聞いていないことを思いつき、ちびっこの顔を覗き込みながら聞くも、ちびっこは答えない。
それどころか自分で自分の手を握りしめ、一点を見つめて完全に固まっている。
なんでこんなに怯えられてんだ。そう思いながらも、ジジイのところにつけば何か変わるだろうと考え、俺とちびっこは無言で山を登った。
◇
ジジイの家に着く頃には、俺の肩口を小さな手で握るくらいには落ち着いてた。
「ジジイ、いるかー?」
森を抜け、家が見えたあたりでそう言えば、ジジイはトマトの収穫中だったらしい。カゴを背負い、トマト片手に顔を上げた。
「帰ったか……犬猫ならまだしも子どもは拾ってくるな捨ててこい」
「ジジイには人の心ってもんはねぇのか」
俺を視界に入れたあと、俺が抱いているちびっこに視線が向き、なんだそのガキンチョはと言わんばかりの顔をした。と思えば、人情のかけらもないことを言い、また畑仕事に戻るジジイ。
ちびっこはジジイにあって緊張してるのか、俺の肩口を掴む手に少し力が入った。
「ジジイ、日本って知ってるか」
ジジイに近づきながらそう言えば、ジジイは驚いた様子でこちらに向き直った。
「この嬢ちゃんは日本ってとこから来たらしい」
そう続けて言えば、ジジイはちびっこを見つめたあと、収穫、と呟き言霊で全て収穫した。
「詳しく話を聞こう」
そういうと、そのまま家の方向に向かって歩き出したので、俺もそれに倣ってついていく。
ちびっこは、ジジイがつぶやいたことで全てのトマトが収穫されたことに驚き、ジジイとトマトがなっていた場所を交互に見ている。
家の中に入りちびっ子を下ろすと俺の前にジジイがあぐらをかき、俺の隣にちびっこが正座した。
そこからジジイは、どこから来たのか、いつ来たのか、ここにくる直前は何をしていたのか、世界の名前、大陸の名前等をちびっこに質問し、ちびっこも敬語で淡々と答えていく。
やはり、ちびっこが答えるものは全て聞いたことがなかった。
大まか質問し終わったのか、最後ジジイはちびっこに名前を聞いた。
「名は、なんという」
「桜です。進藤桜」
「そうか、桜。……お主はこの世界の人間ではない」
「は?」
今まで黙って聞いていた俺だったが、思わず声が漏れた。
この世界の人間じゃない?このちびっこが?世界規模どころか異世界規模の迷子ってことか?
そう驚く俺とは対照的に、ちびっこは何やら悟ったようにジジイを見つめ返していた。
本当にちびっこか?と疑いたくなるぐらいの落ち着きに、少しの違和感を感じる。
「お主は、この世界では飛ばされた異人と呼ばれておるものじゃ。今はもう滅多におらんが、昔一度だけ、イギリスという国で生まれたという男に会ったことがある」
「イギリス?」
「お主には馴染みのある国名じゃろう」
ジジイは、飛ばされた異人とやらにあったことがあるらしい。
俺はイギリスなんぞ聞いた事もないが、ちびっこには、ジジイの言う通り馴染みのある名前なのか驚いて聞き返し、ジジイの言葉に頷く。
「……帰れるんですか?」
「帰ったものの話は聞いたことがない」
ちびっこは不安が入り混じった声でジジイに聞くも、ジジイに真っ向から否定され視線を下に落とした。
「身寄りがないのは分かっておる。ここでの生き方が見つかるまでは、ひとまずはここで暮らせばよい」
いつにも増して優しい声色で話すジジイにそう言われたちびっこは、ただ静かに頷いたあと、小さな声で礼を言った。
何かを受け入れているような諦めているような、だが少しホッとしているような、いろんな感情が入り混じった、そんな年齢に見合わないちびっこの表情が、やけに目についた。
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