第4話 守るための強さ
気づけば父ちゃんも母ちゃんもミルキーもアイラのばあちゃんも、冷たい石に変わっていた。
村中にいた何十ものピアサは、ジジイが何かを呟いた瞬間、みな泡になったらしい。
ピアサと戦い死んだもの、状況が把握できぬまま家に押し入られ死んだもの、大怪我を負ったもの、隣村まで逃げて助かったもの、山奥まで逃げたもの、村人の半数以上は帰らぬ人となった。
そして、生き残ったものは皆、隣村に移り住んでいった。
何日も墓の前から動けない俺に村長が何か声をかけていたが、俺の耳には入らなかった。
そうして村が襲われた日から5日が経った頃、俺は突然左に吹っ飛んだ。意味がわからないと思うが突然吹っ飛んだのだ。
這いつくばりながら顔だけ上げれば、そこにいたのはクソジジイ。
「何すんだよ」
「覇気のない小僧になりおって」
「クソジジイに関係ねぇだろ」
ジジイが持っていた刀を見てそれで横殴りにされたのだとわかった。
飲まず食わずでここにいたからか、体に力が入らないことに気づく。
「今貴様がしていることになんの意味がある」
「あ?」
「いつまで弱者でいるつもりだと聞いておる。貴様が大事なものを守れなかったのは、貴様が弱いから以外に理由があるのか」
ジジイの言葉が重しのようにのしかかった。
あぁそうだ、俺が弱いからみんな死んだんだ。アイラも父ちゃんも母ちゃんもミルキーもアイラのばあちゃんもみんな。
「そんなこと、わかってんだよ」
「わかっているのならなぜ立たん。なぜ強くなろうと努力せん。泣き続けたところで死人は帰ってこない。貴様に今足りないのは強さだ。貴様がすべきことがこんなにも明確にわかっておるのになぜ立たんのじゃ」
何も言い返せない俺に、ジジイはたたみかけるように言葉をぶつける。
「この理不尽な世に必要なのは強さだ。強くなければ己の大事なものを守ることも己の意思を通すこともできん。
大切なものとの平和を望むのなら守るための強さを持て。貴様に足りないのはそれじゃ」
守るための強さ
その言葉を聞いて俺の脳裏には父ちゃんとの会話が頭をよぎった。
「ハクの原動力になるものは温かいものであって欲しい」
そこから止まることなくみんなとの記憶が溢れ出した。
自分の無力さに打ちひしがれてもみんなは帰ってこない。
どれだけ泣こうと絶望しようとあの日の幸せは戻ってこない。
その事実に胸が張り裂けそうな気持ちになり這いつくばりながら泣いた。
力の入らない手を握りしめ地面を殴る。
声を上げて泣く俺を、ジジイはただ見下ろしていた。
どれくらい泣いたのか、身体中の水分が全て涙となってこぼれ落ちたんじゃないかと思うくらい泣いた俺は、そのまま気を失った。
◇
次の日、俺は包丁を研ぐ音で目が覚めた。見知らぬ天井に、ここはどこだと思いながら隣を見れば、ジジイが今にも人を殺しそうな形相で包丁を研いでいた。
「ヤマンバジジイ」
「起きて早々なんだ小僧!」
「ぎゃあ!」
まるでヤマンバだ、いや、ジジイだからヤマンバジジイか?と考えていれば口に出てしまったらしい。
研いでいた包丁が、そのまま俺の顔の真横の壁に刺さった。
殺す気かこのジジイ……!
「ここ、どこだよ」
「ワシの家じゃ」
「なんで」
「ぶっ倒れた貴様をそのま放置しても良いと思ったが、貴様のことを頼まれたんじゃ」
「誰にだよ」
「ホンランじゃ」
「父ちゃん?」
あまり馴染みのない畳の部屋はどうやらジジイの家らしい。
このジジイが善意で俺を助けるとは思えず聞けば、父ちゃんに頼まれたからだと言う。
ジジイは急須を手に取り、湯呑にお茶を入れながら話を続けた。
「小僧が来る数分前まで助からん状態ではあったがホンランは息があった」
「父ちゃんが、あんたに俺のこと頼んだのかよ」
「バカでアホなクソガキだがよろしく頼むとな」
「絶対それ父ちゃんじゃねぇだろ! 誰だよ!」
父ちゃんはそんなに口悪くねぇよと反論すれば、お茶を一口啜ったあとジジイは俺の目を見た。
「それで、小僧はどうするつもりだ」
「どうするって何が」
「貴様のこれからの生き方を聞いておる。一回でわからんか」
俺のこれからの生き方。俺の中で答えはもう決まっていた。
「クソジジイ、お前強いんだよな」
「貴様より遥かにな」
「ウゼェ! 俺も強くなりてぇ」
「だからなんだ」
「だから、俺に戦い方を教えてくれ」
そう正座し真剣に言えば、ジジイはまたお茶を啜ったあと、湯呑みを下におろし一息ついた。
カコンと外のししおどしが下がる音がしたあと、ジジイは口を開いた。
「断る」
「十分な間をとって断ってんじゃねぇよ!」
なんなんだよこのクソジジイ!と思っていれば、ジジイが真剣な眼差しで俺を射抜いた。
「なんのために強さを得る」
「ジジイが昨日言っただろうが。弱けりゃ何も守れねぇ、必要なのは強さだって」
「だから」
「だから! 俺はもう失いたくねぇ。大事な人をちゃんと守れる人間になりてぇ。俺に戦い方を教えてくれ! 頼む!」
そういい土下座をすれば、小さく湯呑みを置く音が聞こえた。
「教えてくださいお願いします、だ」
「教えてくださいお願いしますだ! いでぇ!」
「貴様はアホなのかわざとなのかどっちだクソガキが」
そのままの体制で食い気味に答えると、どこから出したのかわからない竹刀で頭を叩かれた。
するとジジイは立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
そろりと頭を上げると、手におにぎりが乗った皿とお椀を持って帰ってきた。
「まずは食え。そんな貧弱な体じゃワシの修行には耐えられん。一日目で死ぬぞ」
そういいながら俺の前におにぎりと味噌汁を置くジジイ。
5日も何も食っていなかったので今のいままですっかり忘れていたが、匂いにつられて腹の虫が盛大になった。
俺はおにぎりにかぶりつきながらおう!と返事をすれば汚い!とまたも竹刀で遠慮なく頭を叩かれた。
おにぎりを食べながら、そういえばそもそもピアサとはなんなんだとジジイに問えば、淡々と俺に教えてくれた。
「ピアサはレッドと呼ばれる薬を飲み、人ならざるものになったもののことだ。空気に触れると赤くなるものを見ただろう」
ネッソナ兄さんが持ってきた赤色に変わるワインやラムネは、レッドと呼ばれる薬だったらしい。
なんでそんなものネッソナ兄さんは買っちまったんだ?また騙されたのか?なんにせよネッソナ兄さんに売ったやつにやはり腹が立つ。
「ピアサになるやつとならねぇやつは何が違うんだよ」
「異人かどうかの違いじゃ。異人でないものが体内に取り入れれば即死の猛毒だが、異人のみピアサになる」
即死の猛毒。アイラ以外の人たちが突然倒れて死んじまったのはそう言うことだったのかと納得がいった。それよりも、
「異人ってなんだよ」
「別の世界から飛んできたもの、またはその血を引くものじゃ」
「別の世界⁈ アイラは別の世界から来たやつだってのか⁈」
「今は飛んできているものはほとんどおらん。その血を引くものの方が圧倒的に多い」
あの日、アイラだけがピアサになったのは、アイラが異人と呼ばれる種族だったかららしい。
父ちゃんが隣村には異人が多いと焦っていたのは、異人が多いということはピアサになっちまうやつが多いからだったのか。
「アイラが異人……そんな話聞いたことねぇよ」
「今は己が異人であるということを知らん異人も多い。異人が迫害されておる理由は異世界人の血を引くものということもあるが、異人のみがピアサに変わるためというのが大きい」
「異人って迫害されてんのか?」
「小僧、そこまでの平和ボケは寧ろ拍手喝采の域じゃ」
「しらねぇもんはしらねぇんだよ! 拍手すんな!」
アイラが異人がということを聞いても俺と何が違うんだ?とあまり違いは思いつかない。
強いていうなら俺の方が数センチ背が高いくらいだ。
どうやらその異人は、世界では迫害されているらしい。
ジジイにため息を吐きながらバカにされるのがイラつくが、俺は本当に何も知らなかったということを改めて実感する。
「国際法で異人は死刑と決められておる」
「はぁ?」
「異人がいなければピアサは生まれない。ならばその異人を抹殺してしまえばよいだの考えるクソどもがおるんじゃ」
「めちゃくちゃだな」
なんなんだその法律。もしもアイラが異人だから死刑だの言われたら、俺は納得できずに殴りかかる自信はある。
「ピアサってそんなにいんのか?」
「世界中に腐るほどおる」
そんなにいるのか。なのになんで俺は見たことなかったんだ。俺だけじゃない、この島の人間は見たことがないやつが多い。
ピアサを知っていたのは漁師のおっちゃんたちや、島から出たことのある人間だけだった。
「この島には滅多に現れねぇだろ」
「それはワシの結界のおかげじゃ。ピアサはこの島には入れんようになっとる」
どうやらこの島にはジジイの結界とやらが貼られているらしい。
ジジイがこの島をピアサから守っていたようだ。
「つかジジイ何者なんだよ。忍者か?」
「ワシは言霊の異能力者じゃ」
忍者ではなかった。
異能力者?なんだそれ、と頭にハテナを浮かべた顔をしてジジイを見れば、呆れた顔をされた。
「本当に何も知らんな。純人、異人ではなくこの世界の血を引く小僧のようなものたちの中で一握りのものにのみ現れる特殊能力のようなものだ」
「なら俺にもなんか出んのか⁈」
「出んやつは出ん。能力が現れるものは赤ん坊の時点で持っておる。何もないならない」
「ねぇ……!!」
そんなすごいものがこの世界にはあるのか!と驚きながら、もしかしたら俺も何か特殊能力が出るのかもと期待してジジイに前のめりで聞けば、期待外れの答えが返ってきた。
何もないのか、俺。
かなりガッカリしておにぎりを口の中に放り込む。
「能力ありきで強くなろうなどと腑抜けた考えは消し去れ。己の肉体のみで強者となれ」
「能力持ってるジジイに言われてもな。ふごっ」
不貞腐れて能力持ってるくせに上から言うんじゃねぇよと反抗すれば、竹刀で容赦なくしばかれた。
今味噌汁飲んでたんだぞ。鼻に入ったじゃねぇかクソジジイ!
「強者に共通して存在するものはブレぬ己の信念だ。能力があろうとなかろうと心がブレないものが勝つ」
「いいこと言うなクソジジイ。いで! だから今俺飯食ってんだよ! 殴るな!」
「たわけが。食い終わったのなら外に来い。貴様を扱いてやる」
「上等だクソジジイ」
心がブレないものが勝つ。
意外にいいこと言うなとそのまま思ったことを口に出せば、また容赦なく殴られた。
今度は味噌汁が鼻に入ることは免れたが、俺の服は味噌汁の香ばしい匂いと汁が染み込んでいる。
ジジイは立ち上がり外へと出ていった。俺も急いで飯を平らげ、ジジイのあとを追いかける。
「ジジイそういや名前なんて言うんだ?」
「ハルトネッヒだ。師匠と呼べ」
「わかった!クソジジイ!」
ジジイの名前を知り、笑顔でクソジジイと呼べば、クソガキがとも言わんばかりの顔で振り返った。
「"森に飛べ"」
「は?」
ジジイがそう呟いた途端先程まで家の前にいた俺は、突然森の中に移動してた。
どこだここ、と辺りを見回すもジジイはいない。
草木が揺れる音と、何かの足音が聞こえたので振り返れば、そこにいたのは俺よりひとまわりもふたまわりもでかいゴリラ。
ゴリラ?ゴリラだ。ゴリラがいる。ゴリラと見つめ合う不思議な時間を過ごす俺。
ゴリラは俺に近づき腕を伸ばした。
避けようとするも間に合わず、俺はそのままハンマー投げの要領で、ゴリラに投げ飛ばされた。
こうしてこの日から、ゴリラとのタイマン勝負、もといジジイのスパルタ修行が始まったのだった。
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