第3話 別れ


 アイラが消えたあと、地面に突っ伏し泣き喚く俺と、そんな俺を宥めるように寄り添ってくれていたおっちゃんを父ちゃんが見つけ、おっちゃんと父ちゃんは少し話したあと、俺は父ちゃんに連れられて家に帰った。

 騒ぎを聞き俺の心配をしていた母ちゃんは、無事で良かったと安堵した表情で俺を抱きしめてくれた。


 ネッソナ兄さんが持ってきたお土産は、村長の指示で全部回収して捨てたらしい。

 何でアイラだけがピアサになったのか、父ちゃんたちは知っているようだったが、俺には教えてくれなかった。

 アイラの死を知ったアイラのばあちゃんは


「そうか……あの子にもちゃんと伝えておくべきだったのかのぉ……」


それだけ言い、黙り込んだらしい。



 次の日、アイラが死んだ喪失感で何もする気が起きない俺は、ベッドにうつ伏せで寝転び屍のようになっていた。

 どうすればアイラを助けることができたのか、あのとき俺がもっと早くに食べるなと言っていればよかったのか、今更考えてもどうしようもないことをぐるぐると考え落ち込む俺を見かねた父ちゃんが、少し散歩に行こうと外に連れ出した。



「自分を責めてはいけないよ」


 緑溢れる田んぼ道を数分無言で並んで歩いていたら、父ちゃんが唐突にそう言った。

 責めるなと言われようとアイラを助けられなかったのは事実だ。


「ネッソナが悪いわけでも、もちろんアイラが悪いわけでもない。誰が悪いかというのなら、そんなものを作り出した者が悪い」


「……誰が作ったんだよ」


 そうだ。あんなもの誰が作ったんだ。ネッソナ兄さんを騙して売りつけたやつは誰なんだ。

 助けられなかった無力さから一転して、名も知らぬ悪党に腹の底から怒りが湧いてきた。


「父さんもわからない。何年も前から存在するものなんだ。アイラのように薬を体内に取り入れてしまったことでピアサになってしまう。その根源を無くそうと人知れず世界では戦ってる人たちがいるんだ」


 優しくそう語る父ちゃんの声が、俺の言い表しのない感情ごと包み込んでくる。

 隣を歩いていた父ちゃんは、俺の方を向き、俺の肩を掴んで目線を合わせるようにしゃがんだ。


「ハク、恨むことだけはしてはいけないよ。誰かを恨んでもすり減るものは心だけだ。何の解決にもならない。それが原動力になる者もいるかもしれないが、父さんは、ハクの原動力になるものは温かいものであって欲しい」


「温かいもの……?」


「誰かを守りたいと思う気持ちや、誰かを助けたいと思う気持ちのことだ。アイラがピアサになった時、アイラを助けたいと思ったハクの心は何も間違っていないよ。化け物だと恐れて逃げたって誰も文句を言わない。それなのに、ハクはちゃんとアイラと向き合った。

それは、そう簡単にできることじゃない」


「アイラは、俺の友達だから」


「そうだね」


 そう言って俺を抱きしめる父ちゃんに、喉の奥が締め付けられたような気持ちになって、目に涙が浮かんだ。

 泣くもんかと歯を食いしばって眉間に皺を寄せる俺の頭を、父ちゃんは優しく撫でる。


「ハクは、その時出来ることを精一杯やったんだ。よく頑張ったね」


 違う、俺は何もできなかった、そう思いながらも父ちゃんの優しい手に行き場のない感情が涙になって溢れ出た。

 声を上げて泣く俺を、父ちゃんはずっと抱きしめてくれた。



 俺が泣き止み、そろそろお昼ご飯の時間だから家に帰ろうと家路を歩いているとき、けたたましい音を立てて何かが目の前に転がり落ちた。

 父ちゃんと2人で驚き立ち止まる。

 何が転がってきたのかとよく見れば、それは、昨日見たアイラのように体中に鱗がある隣村の爺さんだった。

 アイラの時のように泡になって消え始めている。

 飛んできた方向を見れば、斧を持った村長の息子が立っていた。


「ホンランさん!! ピアサだ!! すごい数のピアサが隣村から来てる!!」


「なんだって⁈ まさか、ネッソナは隣村にもあのお土産を……! まずい、隣村には異人が多いんだ……!」


 村長の息子は父ちゃんにそう告げると、走って別の場所に向かっていった。

 それを聞いた父ちゃんは焦ったように何かを言っているが、俺には理解ができない


「異人? 父ちゃん異人ってなんだよ、ピアサって、ネッソナ兄さんのは昨日全部捨てたんじゃねぇのか?」


「ハク! 今すぐ山奥に住むハルトネッヒさんというおじいさんにこのことを伝えるんだ! ハルトネッヒさんならピアサを倒せる!」


 状況が把握できていない俺とは違い、父ちゃんは山奥のジジイの元に行けと俺の肩を掴んで言う。

 その時、横から何かが俺たちに向かって突っ込んできた。

 間一髪で俺は父ちゃんに抱えられて避けたが、父ちゃんの左腕には引っ掻かれたような傷跡が。


「父ちゃん、血が!」


「ハクは足が速いだろ? 今ハクにできることはハルトネッヒさんにこのことを伝えに行くことだ。出来るかい?」


「でも、父ちゃん」


「父さんは大丈夫。ピアサと戦ったこともある。それに、ちゃんとナイフも持ってる」


 父ちゃんはいたって冷静に、ピアサから目を離さずに俺に語りかける。

 そうは言われようと、ナイフ一本でどうにかなる相手じゃないことは俺ももうわかっていた。

 父ちゃんが戦えることも正直よく知らない。

 強いのかどうかもわからない。

 父ちゃんを置いていくことが、俺は怖かった。


「ハク、時間がないんだ。ママとミルキーも心配だ。みんなを助けるために行ってくれ」


 躊躇してなかなか走り出さない俺に、父ちゃんは少し焦りが混じった声で催促する。

 俺が決断しきれずにいると、ピアサが俺たちに向かってゾンビのような走り方で向かってきた。


「父ちゃん」


「ハク!! 走れ!!」


 今まで躊躇っていたのが嘘のように、初めて聞く父ちゃんの怒声で、俺の足が山奥に向かって駆け出した。


「振り返るな!! 父さんなら大丈夫だ!!」


 そういう父ちゃんの声を背に、俺は山奥のジジイの元に全速力で走った。

 走っても走っても同じ景色の中、どこにいるんだ、早く見つけなければと焦りだけが募る。


「クソジジイどこにいんだよ!!」


 見つからないことに苛立ちそう叫べば、突然目の前に白髪の男が現れた。


「うおっ⁈」


「森が騒々しいのは貴様のせいか?小僧」


 驚き思わず後ろにひっくり返った俺に、鬱陶しいと言う顔をしながら話し出すジジイ。


「あんたが山奥のクソジジイか⁈」


 座った状態で勢いのままそういえば、ジジイは俺の顔を見下ろし、訝しげに片眉を上げた後、持っていた刀の鞘を、そのまま俺の頭に振り下ろした。


「いっでぇ!! 何すんだよ!!」


「礼儀のなってない小僧がこんな山奥になんのようだ。去れ」


 しっしとでも言うようにあしらうジジイになんなんだこのクソジジイ!と怒りがわくも、今はそんなことで言い争ってる場合じゃないことを思い出し、村の状況を伝える。


「村に大量のピアサが出た!! 父ちゃんにあんたを呼んでくるよう言われたんだ!! あんたならなんとかできんだろ⁈」


 そう言うとジジイは眉間に皺を寄せたあと、俺の名前を聞いた。


「小僧、名は」


「ハク! ハク・アイザック! 早く助けてくれよ! 父ちゃんが死んじまう!」


「アイザック? ……"鼠村"」


 思い当たる節があるのか俺の苗字を繰り返し、逡巡したあと鼠村と呟き、その場から姿を消した。

 辺りを見回してもどこにもいないジジイに思わず「は⁈」と声が出るが、俺の声が響くだけでジジイからの返事は返ってこない。

 忍者ジジイがどこに行ったのかわからないが、鼠村と呟いたのなら鼠村に向かったのかも知れないと思い、駆け上がった山を今度は全速力で駆け降りる。

 ただただ無事でいてくれと願いながら走って村に着いた頃には、やけに静かになっていた。

 騒ぎは収まったのか?みんな無事なのか?と思いながら父ちゃんと別れた場所に向かうと、さっきの忍者ジジイが壁を背に座る父ちゃんの前に膝をついて座っていた。


「父ちゃん!!」


 俺は走って駆け寄る。

 父ちゃんは身動きひとつせずなんの反応もない。

 父ちゃんに近づいてようやく気づいた。

 父ちゃんの左肩から下が噛みちぎられたようにないことに。


「父ちゃん……?」


「もう死んでおる」


 そうジジイに言われたあとから、よく覚えていない。

 ただ俺がわかったことは、俺はその日全てを失ったということだけだった。

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