第2話 赤く染まる
その日はいつもと変わらぬ日だった。
朝起きて、まだ起きぬ頭で家族と朝ごはんを食べ、ミルキーの目玉焼きを勝手に食べて喧嘩をした。
母ちゃんに怒られたのでアイラの家に逃げ込み、朝食を摂っているアイラの隣に座ってマーラおばさんの亀よりも遅い行動を真似しながら遊んでいた。
「なんか面白いことねぇかな」
「面白いこと?」
「そうだ。山奥に住んでるって噂のジジイの畑荒らしに行こうぜ」
「発想が山賊と同じなんだよ。行かない」
「じゃあなんか面白い話しろよ。つまんなかったらその目玉焼き俺が食うからな」
「暴君がすぎる! ってもう食べてるし!」
あまりにもいつも通りな日常につまらんという雰囲気を隠さずボヤけば注意するばかりで全くノってくれないアイラ。
目についた目玉焼きを食べながら今日は3個目だ、などと思っている俺を呆れた顔で見ていたアイラが、そういえばと何かを思い出した。
「ネッソナ兄さんが帰ってきているみたいだよ」
「本当か⁈」
「うん、さっき隣の家のおじさんが教えてくれたんだ。また珍しいものを持って帰ってきたみたい。今村長のところにいるって」
「こうしちゃいられねぇ! 行くぞアイラ!」
「うわっ、僕まだ朝ごはん食べてるんだけど⁈ ちょ、おばあちゃん行ってきます!」
話を聞き一目散にアイラの腕を引き飛び出す俺。アイラはフォークを持ったまま半ば引きずられている形で、足がもつれて転びそうにもなっていた気もするが、そのま走る。
ネッソナ兄さんとは、褐色肌のよく似合う陽気な青年であるネッソナ・マリッジアのことだ。
島から出て火の国に出かけては、面白いものをお土産として持って帰ってくる。
変わったものや珍しいものが好きな兄さんだ。
ただ、少々騙されやすいところがあり、この間は世界に一つしかない宝石なんだ!と言いながら河原の石を紹介された。
水切り石としてはなかなかにいいものだったが、ネッソナ兄さんは項垂れながら泣いていた。
今回はどんなものを持って帰ってきたのかワクワクしながら見にいけば、中央広場にはもう村人が何人か集まって賑わっていた。
その間を躊躇することなく突き進み、目的の人物に声をかけた。
「ネッソナ兄さん!」
「おぉ! ハク! アイラ!」
俺たちに気づくと白い歯を見せ、笑顔で俺たち二人の名前を呼んだ。
久しぶりだなと俺の頭をわしゃわしゃ撫でるので、やめろよとその手を払えばいつものように笑っていた。
そんなことより早くお土産を見せて欲しい。
「今回は何があるんだ?またガラクタか?」
「おいおい、またって何だ。いつだって俺はお宝土産を持ってきてやってるだろ?」
「そうかな?」
「アイラに言われるって相当だぞ」
「アイラ、お前だけは俺に優しくしてくれ……」
得意げになって言うネッソナ兄さんに、過去のお土産を思い出しながら、お宝なんてあったか?と言う顔で突っ込むアイラ。周りに気を遣いすぎて禿げるんじゃないかと思うくらい優しいアイラに言われたネッソナ兄さんは、ややアイラの言葉が刺さったのか胸を抑えていたが、切り替えるように袋の中からあるものを出した。
「そんなことより、ほら! 今回はすごいぜ? ラムネだ」
「ラムネ? それの何がすごいんだよ」
「今回は本当にお土産買ってきてくれたんだ」
「いいか、よく見てろよ」
期待していたものとは違うものがきて少々ガッカリした。
アイラに至ってはいつものガラクタとは違って普通のお土産であることに少し喜んでいるようにも見える。
そんな俺たちの反応を見てか、すごいのはここからだとでも言うように、お菓子の袋を開け、中から白いラムネを取り出した。
何がすごいんだよとジト目でネッソナ兄さんを見れば、ニヤニヤしながらよく見てろとでも言うように俺たちの顔の前に近づけてきた。
すると、そのラムネがみるみるうちに赤く変色したのだ。
「うおっ!色変わった!」
「赤くなった。なんで?」
「理由はわからん。ただ色が変わるラムネってので市場で売ってたんだ。面白いだろ」
「美味いのか?」
「うまかったぜ?苺味のラムネだった」
俺たちの反応を見てすっかりいい気になったのか、自慢げに見せつけてくるネッソナ兄さん。
俺とアイラに一粒ずつ渡し食べてみろと催促する。
苺味?苺の色というよりまるで血の色みたいだ、と思いながらそのラムネを四方から眺めていれば、すぐ近くで悲鳴があがった。
何事かと音の方を向けば泡を吹いて倒れている人達が。
しっかりしろ!と声をかけるも全員ピクリとも動く気配がない。
何が起きてるんだ?と呆然と見ていれば、脈を測っていた父ちゃんと同じ漁師のおっちゃんが、信じられないと言った顔で、死んでると恐々と呟いた。
「ネッソナ!お前毒でも盛ったんじゃねぇだろうな⁈」
「そ、そんなことするわけないだろ⁈俺も飲んだんだ!ただの、ただのワインだった!」
「じゃあ何で色が変わるワイン飲んだやつらが泡吹いて死んじまうんだ!あ⁈」
そう村人たちに詰め寄られるネッソナ兄さん。
ネッソナ兄さんも何が起きているのかわからないのか、戸惑った様子でしどろもどろに答えている。
俺たちにはラムネだったが、大人には色が変わるワインを土産として持って帰ってきたらしい。
それを飲んだ村人たちが泡を吹いて倒れたようだった。
ネッソナ兄さんはたしかに騙されやすくてバカだが、村人に毒を盛るような人じゃない。
でもネッソナ兄さんから貰ったものを飲んで、死んだやつがいる。
どうすればいいのかわからないが、このラムネも食べないほうがいいかもしれない。
「アイラ、よくわかんねえけどこのラムネ捨てよう、ぜ……」
そう思って横にいるアイラの方を向きながら言うも、自分の目に入ってきたものに驚いて言葉尻が詰まった。
目の前にいるのはアイラで、顔もアイラなのに、そのアイラの顔には大量の鱗が浮かび上がっていた。
息が上がり地面を見つめながら苦しそうに胸を押さえているアイラ。
アイラが手に持っていたフォークは、握りつぶされ折れ曲がっていた。
「アイラ……?お、おい、どうしたんだよ」
問いかけるも反応はない。
苦しそうなアイラを何とか助けてやらないと、とアイラの肩に手をかけようとした瞬間、俺の目の前からアイラが消えた。
カランとフォークが地面に落ちた音が響いたと同時に、さっきの悲鳴とは日にならないほどの悲鳴と断末魔が聞こえた。
声の方に急いで顔を向ければさっきまで俺の目の前にいたアイラが、ネッソナ兄さんに飛び付き喉を噛みちぎっていた。
ネッソナ兄さんは驚き目を見開いたまま声にならない声をあげて地面に倒れ込んだ。
やけに倒れる音が響き、皆呆然と固まっている。
その中アイラは1人、もう息のしていないネッソナ兄さんに噛みつきグチャグチャと嫌な音を立てながらまるで肉を食べるかのようにネッソナ兄さんを食べている。
アイラが人を喰う音だけが響いていた中、
「ピアサだ…!!逃げろ…!!」
男の声がその場を切り裂いた。
途端その場にいた村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
泣きながら逃げるもの、ピアサだ、ピアサが出たと叫び回るもの、逃げようともアイラに捕まり首を噛みちぎられ血飛沫をあげて倒れる者。
何が起きているのかわからない俺は皆が逃げ惑う中呆然と立ちすくむ。
アイラであってアイラじゃない。
お人好しで優しいアイラは人に噛みついたり、ましてや喰ったりなんかしない。
「アイラ、アイラやめろ……!!!!」
アイラがアイラじゃなくなってしまうことが耐えられず思わず叫べば、八百屋のおっちゃんを喰べていたアイラがゆっくりとこちらを向いた。
鱗だらけの顔で、口周りに大量についた人の血を手で拭い、じっとこちらを見つめるアイラ
「やめろよ!! 人なんか喰うじゃねぇよ!! どうしちまったんだよ!!」
そう言っても何の反応もなくただ見つめ返すだけのアイラ。
まるで感情が抜け落ちたロボットなような目に、胸の奥が苦しくなった。
「やめろよ、やめてくれよ、そんなお前なんか見たくねぇよ」
泣きそうになりながら訴えようともアイラには何一つ届かない。
「人を喰うアイラなんか見たくねぇよ……!! アイラは俺の友達で人間だろ⁈ ピアサじゃねぇだろ……!!」
堪えきれず泣きながらアイラに叫ぶ。
どうすればいいのかわからない、でもアイラはピアサなんかじゃない、やめてくれという感情をそのままぶつけたとき、感情のないアイラの目から一筋の涙が溢れた。
アイラの中にはまだアイラがいる。
アイラを助けなきゃいけないと思ったそのとき、銃声が響いた。
「ハク!! 逃げろ!!」
父ちゃんの同僚のおっちゃんがアイラに向けて発砲したのだ。
俺を庇うように前に立つおっちゃん。
「おっちゃん! まだアイラは助けられるんだ!」
「バカ言え! ピアサになったやつはもうもとにはもどらねぇ!」
「でもアイラは泣いてるんだよ!!」
「アイラのためを思うならこれ以上村人を食わせちゃいけねぇ!! 戦えねぇハクができることは食われねぇことだ!! いいから逃げろ!!」
アイラを助けたい。ただおっちゃんの言う通りだった。俺は戦えない。
アイラを助けてやるどころか、ピアサが何かもわかっちゃいない。
発砲されたことで敵だと認識されたのか、アイラは俺とおっちゃんに向かって飛びかかってきた。
おっちゃんは、体中鱗だらけのアイラの唯一光っている右腕の一箇所に銃口を定めて、撃ち抜いた。
光っていた鱗は見事に割れ、砕けた途端、アイラはその場に崩れ落ちた。
「アイラ……!!」
急いで駆け寄り抱え上げるも意識はない。
何度も呼びかけるが意識が戻る気配もない。
それどころか、水の中にいるわけでもないのに、おっちゃんが撃ち抜いた右腕から徐々に泡になって消え始めた。
「おっちゃん、アイラが」
「ピアサは、死ぬとき泡になって消えちまうんだ。ピアサになった時点でアイラは死んだも同然だ。ピアサは人には戻れねぇんだ」
わけもわからずそう呟けばおっちゃんは静かにそう言った。
アイラが死ぬ……?そんなの嘘だ。さっきまでアイラの家で一緒に朝飯食ってたんだ。
今日は満月だから、夜になったら一緒に見に行くって昨日約束したんだ。
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらアイラの名前を呼ぶも返事はない。
どんどん消えていくアイラに怖くなり、おっちゃんに助けをこうも、俯き悲痛な表情をするばかりで何も答えてくれない。
何もできないまま、結局アイラは俺の腕の中で泡になって消えた。
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