第5話…「やはり寂しいものです(下)」


――――「????(夜・晴天)」――――


 手を枕代わりに、満点の星空を眺める。

 空一杯の星の海、月も三日月に欠けているものの、前世の都会のように、夜でも光源たっぷりという訳ではないため、それこそ絵に描いたような絶景が空にはあった。

 夜になってはいるが、大して厚着でもないボウハンターの装備でも、寒さを感じはしない。


 ファンラヴァは、リアルタイムの季節と連動して、四季が設けられていた。

 もしその辺も再現されているのなら、きっと今は夏だろう。

 それにしては、昼間にアレッドが暑いと感じる事はなかった…、となれば、もし季節があったとして、今が夏なら、可能性として、高いステータスの影響で、その辺の身体的苦痛をある程度緩和できるのかもしれない…、それか他に理由があるか…。



「考えてもどうせ答えは出ない」



 この世界は、前世の常識が通じないと思った方がいい…、そうであれば、彼女がいくら理にかなっている答えを出しても、そんな事はない…と、さも当然なように別の答えが示されるだろう。

 そんな悟りめいた結論に至って、考えるのを止めた。


 自身の今後は、ヘレズの言っていた良さげな場所に行き、家を建てる事、でもアレッドにとっては全てが未知の領域であるため、そう言う事を考えずにいたら、自ずと頭に浮かび上がってくるのは前世の記憶だ。

 人間は死ぬ間際に走馬灯を見るとか、嘘か真か言われているし、創作物でも多く出てくる現象である。


 彼女にとって、ソレを見るタイミングが今なのかもしれない。


 大いに泣いて、今は幾分にも気持ちが落ち着いているから、そんな走馬灯を見た所で、今更涙を流す事はないが、それでも今は無きあの温もりを思ってしまう。

 落ち着いても、胸に積もった喪失感まではそう易々と払拭できる訳も無く、夜になり、松明に自身を照らされながら、心を洗わんとする星空を眺めていると、より誰かを…気配だけでも感じたくなる。



「…はぁ…」



 つまりは、彼女は寂しいのだ。

 一人暮らしをして、孤独に慣れているつもりでも、それは所詮、他者と関りを持てる時間があってこそである。

 それが無くなった事で、孤独の慣れなど、嘘偽りであったと気付かされた。

 散々泣いたのに、別の意味で泣きそうになる。

 右を見ても、左を見ても、誰もいない事が、そんな事で涙を流しそうになる日が来ようとは、アレッドは思いもしなかった。


 孤独感や不安、おまけに慣れぬ野宿、眠気が全く姿を見せない彼女は、少しでも癒しが欲しくてメインメニューを開く。

 ゲームの世界では、当たり前のように娘の横に置いていたせいで、むしろ当たり前過ぎて忘れていた機能を思い出したのだ。


 メインメニューにある1つの項目「ペット」。


 ファンタジーゲームとはいえ、敵を倒すという殺伐さもあるし、ダンジョンには薄気味悪い場所もある…、敵に至っては、相手によってホラーゲームに出てきそうなおどろおどろしいモノもいる。

 だからこそ、少しでもプレイヤーの癒しとなればと設けられた機能…、それがペット機能だ。

 戦闘できねぇ、荷物持てねぇ、特に機能は持ってねぇ…な、まさにマスコット機能、ソレがペット。


 アレッドは、ペット一覧を開き、いつもファンラヴァの世界で、娘の傍に居続けさせたペットを召喚する。

 仰向けに寝そべった彼女の、丁度お腹の上辺りに光の球体が出現し、ソレが動物の形へと変わっていく。



「…おお~」



 パ~ンッ!と、どこか気の抜けた効果音と共に、光が弾け、出現したペットに、思わず安堵の声を上げる。

 スタッと自身のお腹に降り立ったソレは…。



『コケッ?』



 ニワトリだった。

 いや決して、ただのニワトリではない。

 愛でる以外に何の機能もないペットだ、ただの…と言われても仕方ない事は、アレッドも分っている…、だが、こいつはただのニワトリではないのだ。

 その名を「ビルガメシュ」、アレッド的通称は「ビル」、どこぞの王様のような名前を持ち、体は白でも茶色でもない…、名に恥じぬ黄金色の神々しさを持つニワトリである。


 ビルは、自身が降り立ったアレッドのお腹を、何度か甘噛み感覚で突き、満足げにその場へと座り込んだ。

 お腹へと伝わる温もりに、見知ったモノが目の前にある安心感…。



「あったけぇ~」



 今のアレッドの体が、どれだけの疲労を溜めているのかわからない。

 しかし、夜という時間、ビルによるリラックス効果、そしてその温もりと、心なしか松明による火の温かみで持って、パッチリと開いていた瞼は重くなり、意識も休息へと向かう。


 こうして、彼女の新世界1日目は終了した。



――――「????(朝・晴れ・雲あり)」――――


 地平線の先から、太陽の日差しがアレッドの顔を照らす。

 眩しさに負けて目を覚ました彼女は、大の字になって寝ていた自身の体を起こす事無く、青い海を泳ぐ白い雲たちを空に見て、思考が停止し、幾ばくかの時間を有して、自身がヘレズの力によって生まれ変わった事を思い出した。

 早朝に吹く風が頬を撫で、少々の寒さを覚える。

 昨日の夜は別段寒さなど感じなかった彼女だが、この体にも一応寒暖の差を感じる機能が備わっている事に、どこか安心感を覚えた。


 風は肌寒さを感じるが、それでも日差しはぬくぬくと暖かく、それでいてインドアなせいで、あまり見る事の無かった青空が妙に新鮮に見え、どうにも動く気力が湧かない。

 彼女が前世で外出時に見た空は、もう少し青が霞んでいたように見えたが、空気の新鮮さから、これが本来の空なのかと、大した事のない発見に若干ながら胸を躍らせる。

 胸いっぱいにそんな新鮮な空気を吸っていると、顔に当たっていた日差しが遮られ、頬へツンツンと何かに軽く突かれた。

 何事かと顔を向ければ、ビルが首をアレッドの顔を覗き込んでいた。



「どうしたのじゃ、ビルさんや?」



 彼女の問いかけに首を傾げて、再びその頬を突く。

 突く…というより、少しだけ噛んでいるような感じがしたと思えば、今度はアレッドのお腹から、ぐぅ~…と腹の虫が楽器を鳴らす。



「もしかして、お腹が空いたのかい?」



 アレッドが問いかけると、その黄金ニワトリのビルは、コクコクと小さく頷いた。

 なるほど…と、アレッドは自身の腹と、ビルの行動に納得がいき、体を起こす。

 目の前に突き立てておいたマツアキさんは、力尽きて、消えた火と共に地べたに横たわっていた。



「温もりをありがとう、マツアキさん」



 何気なく力尽きたマツアキさんをアイテムボックスにしまうと、松明ではなく、[焦げた木×1]として収納された。



「また松明として使える訳じゃないのか。」



 ゲームでは、使用時間が過ぎれば消滅して無くなるアイテムだったが、こちらでも、その死体が残るらしい。



「さて…、ご飯にしますか」



 アレッドは、ジョブを切り替える。

 ドラゴンナイトも、ボウハンターも、どちらも戦闘ジョブ、次に選択したのは製作ジョブにカテゴライズされた「調理職人」だ。


 ジョブを変更すると、何故か伊達眼鏡に、娘のトレードカラーでもある赤色のエプロン、腕まくりをしたTシャツに、青のジーパンという、ラフな格好へと変わる。



「く…、他のジョブもそうだけど、娘の姿が見れないのが悔やまれる…」



 ゲーム上で愛でていたキャラのリアルな姿が見られない事に苦虫を嚙みつつ、アレッドはアイテムボックスから[簡易作業セット]を取り出した。


 製作ジョブは、クラフトエリア以外で何か作る場合、この簡易作業セットを使わなければモノを作る事ができない。

 面倒と感じる部分はあるが、あってもいい不便さとして、わざわざ松明を使い続けたアレッドは、これを良く思っている。

 取り出された簡易作業セットは、パッと淡い光を放った後、簡易かまどへと姿を変えた。

 そもそも1つ持っていれば全製作ジョブで使える上、買っても安いし、そもそも製作ジョブを初めて習得した時に、必ずもらえるものだ。

 効率だけを求めすぎたら、確かに余計な機能なのだろうけど、別にいいじゃないか…と彼女は思う。


 次に手に取ったのは、簡易作業セットに備え付けられた本だ。

 使っている製作ジョブで内容が変化し、現時点でジョブレベルによって製作できるモノが書き記されている。



「そう言えば…、ニワトリは何を食べるの? お米?」



 流石に料理したモノを食べさせるわけにはいかないだろう…と、ビルを見ると、コクコクと頷いていた。

 まるでこちらの言葉を理解しているように頷くビルに、興味をそそられるアレッドだったが、催促するように鳴る自身の腹に負け、簡易作業セットに備え付けられているお皿に、アイテムボックスから取り出した[米×1]を入れ、ビルへと差し出す。

 すると、何も躊躇する様子も無く、ビルはバクバクと一心不乱に、皿を突き始めた。


 アレッドも、適当に作るモノを選び、調理を開始する。

 作ったものは可もなく不可もない[モーニングセット(和)×1]だ。

 内容は、米に焼き鮭、そして味噌汁である。

 テーブルや椅子は無いので、ビルの皿の横に作った料理を置いて、地べたへと座り、いただきます…と手を合わせて朝食を取り始めた。

 この程度の料理なら、前世でも普通に作っていたが、昨日の戦闘と同じく、感覚的にこうすればいい、ああすればいいと、必要な行動をとっていった…、むしろ戦闘の時よりも、こちらはオート作業に近いような感覚すらある。



「…美味しい」



 そして何より美味かった。

 アレッドがジョブの能力無しで、まさに手料理と呼べるソレよりも美味かった。

 行った事はないが、彼女としては、高級料亭の料理がこんな感じなのでは?と思う程に美味かった。


 食材の1スタックは、基本1人分の量で換算されているらしい、米の1スタックは一合、鮭なら一切れだ。

調味料はまた変わってくるらしく、見た目の大体な量として、大の大人の拳分ぐらいが1スタックとして出てくる…、実際味噌はそのぐらい出てきた。

 米も味噌汁も、水が必要な料理だが、一応アイテムボックス内に材料としてなのか、他と同じ99スタックで納められ、1スタック大体500mlほどの量が皮の水袋に入っていた。

 飲み水に、料理に…と使っていたら、あっという間に無くなってしまう。


 目的地に向かうと同時に、川など水を確保するのも重要だ…と食事を取りながらアレッドは思うのだった。


 ゲームの方はどんな料理でも、フライパンを振ったり、鍋を混ぜたりするモーションが流れて、調理する音が一定時間聞こえたら、一瞬で出来上がるアイテムとして量が出来上がる仕様であったが、こちらでは本当に料理をさせられる。



「現実なら当然…か」



 彼女としては、それなりに納得する…、むしろ、料理を体に覚え込ませるというか、直に料理風景が見られるというのは、実に素晴らしいと思っている。

 自身で調理しているがやはり、ジョブレベルのおかげであり自分ではない…と、分っているからだろう。



「さて、なんだかんだ眠れたし、体の不調も無く、お腹も膨れた。

 今度こそ、ヘレズが言ってた場所目指して、行きますか」



 彼女は正確に西を向いて、グイッと体を伸ばす。

 メインメニュー内の項目に「マップ」があり、ソレは自身が行った事がある場所を中心に詳細な地図が記入されていく…、だから、今はほぼほぼ何も記されていないが、それでも方角は正確な方向を表示しているので、間違える事はないだろう。

 ちなみに、メインメニューを表示すれば、現時点での時刻も表示されるので、地味にあると便利…な部分まで、コレは機能が豊富なようだ。

 アレッドは、自身の足元に立つビルを胸に抱え、その温もりに気持ちを癒されながら、ジョブをボウハンターに変更して、新天地での第一歩を踏み出すのだった。


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