第5話…「やはり寂しいものです(上)」


――――「????(夕暮れ前・晴天)」――――


 ヘレズが帰り、アレッドは平原にポツンと1人取り残される。



「あそこがいわゆる天界というモノなのだろうか…」



 彼女が帰ったという事で、アレッドの頭に浮かぶのは、やたらと広い空間に広がる螺旋階段のある光景だ。

 壮大というか、迫力があるというか、アレッドとしては、今いるこの平原以上に幻想的だったように思う。

 しかしそれも、何をする場なのかを考えれば、華々しさも陰るというモノだ…、それこそ、あの場の下にあった黒を思えば…。



「すぐにでも移動をしたい所だけど…」



 アレッドは空を見る。

 この平原に来た時は太陽が昇りきる前…だったように思うが、今は別の意味で太陽の位置が低い。

 ヘレズは、東にまっすぐ行けば森があると言っていたが、何気なく東を向いても、それらしいモノは一切見えない…、少なくともアレッドの見える範囲にそんなものは存在しなかった。



「歩いて行くにしても、遠足気分で行ける距離じゃないよな…」



 インドア人間だったアレッドにとって、こんな平原にただ1人で足を進めていくのは、心もとない。

 この体はきっと下手なモンスターに襲われようとも、それこそ前世で見たような肉食動物だって、大事を与えらる事はないだろう。

 エレメンタルボアから逃げていた時も、戦闘をし終った時も、それ相応に動き回った…全力で逃げて…そして戦ったというのに、息1つ切らす事はなかった。


 それが今の彼女の力の片鱗だ。


 人としての力を逸脱している…、少なくとも、前世基準の人間の力は…。

 ゲームのファンラヴァを再現しているという事は、この世界には、もしかすればこんな事を簡単に熟す人間がいるかもしれないし、彼女が勝てないモンスターがいるかもしれない。


 今はまだ前世の人間の基準で物事を考えてしまうから、自身の強さは襲い来る敵の強さと同じなのだ。

 こんな力を持った人がいるかもしれない…、モンスターがいるかもしれない…、そう考えると、怖くて仕方がない。

 その恐怖の後に来るのは、自身の強さに対する自覚だ。

 そんな相手と同じぐらいの力を持っているという実感…、それは同時に、自身の体が以前とは違う事を意味している。



「死…か」



 生まれ変わる、そんな夢物語をその身に受けられたのは、確かに幸運な事だったろう…、しかし、それは同時に、全てがあの瞬間に止まったにも関わらず、自分だけは前に進み始めてしまったという事に他ならない。

 全てが過去であり、自分が進むべき道に、止まってしまったモノは、二度と姿を見せないのだ。



「お父さん…お母さん…」



 あの時、最後の瞬間を、別の場所で過ごす事ができたのは、全てが終わると思っていたからだ。


 頭の隅で、実は大丈夫…なんて考えが無かった訳じゃない…、でも大丈夫だったのなら、いつも通りにベッドで目を覚まして、いつも通りに朝食を取って、いつも通りに会社に向かう…、そんな日常が続くだけ、いつでも時間を作れば両親に会いに行く事が出来る日常である。

 予定通りに死ぬとしても、場所は違えど、一緒に逝く事ができる…、そんな理不尽だった…、だからこそ、諦めもついたし、それでも問題ないと思えた。

 それでプツンッ…と全てが途切れるのだから…。


 でもそうはならなかった。


 アレッドは新天地で、新たな体を得て、途切れる事無く進んで行ける…、途切れたモノを、その瞬間に全て置き去りにして…。

 ヘレズの事だ、自分の他にも、こっちに来ている者がいるかもしれない。


 彼女とともにこの地に降り立って、遊び半分でもあった。


 予想外の事は多々あった、しかし、アレッドとしては、あの瞬間の…死というモノから意識を遠ざける事ができていたから、ありがたかったし、それこそ、いつものゲームで遊ぶ延長線のような感覚だったように思う。

 それが行き過ぎで、他に自分のような存在がいるのか、ソレを聞くのを失念していた。



「・・・んぐ…」



 本当の家族の顔…姿、第二の家族…仲間…友人の顔と姿…、それらが脳裏を過り、アレッドはもうだめだった。


 新しい人生、友人は嘘か真か…神様だ。

 あり得ないなんてあり得ないのかもしれないけれど、確証はない。

 アレッドの両目に、涙が溜まっていく。

 この先、何が起こるのか、それには悪い事も…良い事もあるだろう。

 でもこの瞬間だけは、アレッドとして、この世界で生きる人間として振舞えない。



「う…、くぅ…、ん…」



 前世の、ありふれた人間として、彼女は大粒の涙を流した。

 あの瞬間に置いてきてしまった人たちの事を想いながら、その喪失感を胸いっぱいに抱えながら、目から涙を零す。

 1粒流れ落ちれば、2粒も3粒も変わらない…、後はもう決壊したダムと一緒だ。



「ああああぁぁぁぁ…ッ。わああぁぁぁ…。あ…、あ…く…、あああああぁぁぁぁ…」



 誰もいない平原で、声を枯らさんばかりに、誰も聞く事のない声を、まるで誰かに届けんとするかのように、大声で、ただ叫ぶように泣き続けた。



――――「????(夜・晴天)」――――


 胸の中で火にかけた鍋の熱湯のように冷たくも熱い感情が、平静を取り戻したのは、太陽が完全に地平線の先に隠れ、しばらく経った頃だった。



「ズズッ…はぁ…」



 鼻水を啜り、目を真っ赤に腫らして、頬は涙で微かにふやけている。

 泣き疲れか、それとも、緊張の糸が途切れた事による、溜まっていた疲れの表面化か…、彼女はもう今日は動く気力を全て失っていた。


 アイテムボックスから、アイテムの松明(たいまつ)を取り出す。

 暗い場所を移動する時に使用するアイテムだが、実際の所、ゲームでは暗くてもゲームに支障を来さない程度に暗くなっているだけで、松明を使う必要もないぐらい明るく見えていた。

 だからこのアイテムを使うのは、余程暗闇が見づらく感じる人や、雰囲気を重視したい人に限られる。

 ちなみにアレッドは、後者の理由で松明を持ち続け、パーティメンバーが必要無いと言っていても、たいま…いや…マツアキさんに任せろ…なんて言って使用していた…、もちろんスタックは999だ。


 アイテムボックスから取り出した松明は、アレッドが何かをするでもなく、自然と火を付き、暗くなった周辺を照らす…、そんな魔法的な光景に驚きつつ、自身の前の地面へ松明を突き立てる。


 日常生活にも、何ら問題が無いように感じる程、動きやすいドラゴンナイトの鎧、それでも、その格好でずっといるのも、どこか気が引けて、着替える事にした。

 だがその前に、涙やらで濡れた顔を拭きたい訳だが…。



「タオルかなんかがあればいいんだが…」



 そういったアイテムはファンラヴァには存在せず、アイテムボックスを再び開き、その中身を確認してみても、それらしいモノは見つからなかった。

 タオルを探すのを早々に諦め、「アーマーボックス」を開く。

 アーマーボックスは、簡単に言えば武器防具を入れておくためのアイテムボックス…のようなモノだ。


 武器、頭防具、胴体防具、腕防具、腰防具、脚防具…と6種を装備する事で、キャラのステータスを上昇させる…、他にもアクセサリー枠として、耳、首、手首、指と、4つまで装備する事が出来るが、耳首手首の3つを外して指に4つ全部つける事も出来る。

 前者の武器防具は、主にステータス変化を起こす、ゲームでは防御力とか、体力とか、あと攻撃力なんかも上げていたが、アレッドが今見ている装備詳細には、見慣れた「耐久値」あるものの、それ以外の表示が見受けられない。


 ヘレズの変わったこだわりか、全部を全部ゲームに近づけるのではなく、部分的に現実を織り交ぜた結果だろうか。

 その代わり、「魔力伝導率」なんて見慣れぬランクが付けられている…、あとはファンラヴァには無かったユニークスキルなんてのも追加されていた。

 今装備している武器防具、武器の方は、「魔力」を込めれば込めるだけ、耐久値の消費は激しくなるが貫通力が増す…という効果があるらしい…、防具の方も同じようなモノで、魔力を込める事で防御力と火耐性が上がるとか。


 そもそも、魔力というモノが、この世界でどういう機能を有しているのかが、彼女にはわからない。

 前世では、魔力なんてモノは、創作物の中でしか存在していなかった。

 参考…というか、知識として様々なバリエーションのモノは持っているが、アレッドには、ソレが役に立つのか判断ができず…、少しの考えでもソレが過小評価にも過大評価にもなりそうで、今後の参考にはなりそうもない。

 だから、ヘレズに貰った本もある事から、また別の日に調べよう…と、アレッドは魔力に対して考えるのをやめた。



「ドラゴンナイト…というか、ドラゴンの素材を使っているからとか、そんな理由なのかな?」



 アレッドが装備しているドラゴンナイトの装備は、ジョブレベルを上げる事で受けられるクエストの報酬で手に入るモノであり、別段珍しいモノ…という事はない…、当然、クエスト報酬という事もあって、ソレが何でできているのかも知らない。

 あくまでアレッドの予想だ。

 どうしてそうなっているのか…を考えると、ロマン…というか、中二心をくすぐられるが、アレッドはその気持ちをグッと抑え、ジョブ一覧へと目を向ける。



「ジョブを個々に確認するのは、色々と落ち着いた後にして…」



 彼女が思い返すのは、布製の装備をしたジョブだ。


 ジョブごとに装備を紐づけ、ジョブを選択する事で、その装備に一瞬で変更する事ができる…、もちろん個々に部位ごと変更する事も出来るが、1つ1つ装備を確認していくのが、どうしても億劫で、面倒くさがった結果である。

 そして彼女が選択したのは、「ボウハンター」で、弓を使う狩人のジョブだ。

 選択した瞬間、傍に突き刺してあったドラゴンナイトの槍と防具が光り、一瞬眩い光を放った後、アレッドの着ていた装備が、ドラゴンナイトからボウハンターのモノへと変わった。

 そして手には、素朴でありふれた木でできたショートボウが握られている。

 普通の見た目だ。

 ゲームでも初期も初期、最初の所持金で変える店売りのヤツである。



「この可もなく不可もない感じ…良いね」



 弓の弦を指で弾きながら、彼女は口元に笑みを浮かべる。

 見る人によっては質素とも感じなくもないソレを見て、松明の明かりに垂らしながら満足げに頷いた

 素朴過ぎて、全く強そうに見えない弓、実際この見た目のショートボウは、見た目相応の初期装備レベルの性能しかない、

 しかし、彼女はそこに心配は一切なかった。

 あくまで見た目のモノは弱いの一言でも、コレはあくまで「アイテムミラージュ」を使用しているからなのだ。


 アイテムミラージュは、武器防具限定で、その見た目を別のモノに変更する事が出来る機能で、ソレはこの場においても適応されているらしい。

 ゲームでは見た目を変更するだけの機能だったが、この世界においては、元の装備の性能を変更後の装備に移植する…といった感じのようだ。

 この弓の元の姿は、アレッドがダンジョンで入手したシヴァの氷髪…なんて名前の氷のような見た目の弓だった。

 この世界が現実であるように、装備も実際に存在するのなら、その肌触りは氷のようにカッチカチだろう…、それなのに、今手にしているショートボウは、木の肌触りである。


 ちなみにアイテムミラージュは、今装備している装備アイコンの横に、それ専用の枠が設けられていて、そこにアイテムミラージュしたい装備をセットするだけだ。

 セット登録がされれば、見た目を変えたい…とかでもないか限り変更する事はないだろう。

 ちなみに防具の方も、全部アイテムミラージュの設定が成されている。

 ボウハンターの元の装備は、騎士の装備みたいで、ガッチガチなフルプレートだったため、狩人らしくない…という理由でアイテムミラージュを設定し、今のアレッドの見た目は、見た目だけなら布製の服に、レザーアーマーの籠手と胸当てをし、鉄のプレートが付けられたブーツをはいた形だ。

 ドラゴンナイトなどは、格好良さを重視して、ガッツリと鎧を着こむ形にしてあったが、ボウハンターは装備よりも、ソレを着る者の見た目が映えるような形にしてある。


 ゲーム自体は、三人称視点だったために、キャラクターに対し、着せ替え人形で遊ぶ感覚で、服装を選んでいたが、今はその方法が取れない事もあり、アレッド自身は、今の自分の姿がどうなっているのか直に確認する事は出来ない。

 それでも、ゲーム時代の自キャラ…、彼女にとっては娘と呼んでいたキャラの、ボウハンター時の姿は思い出せ…、だからこそ、自身が今、変な格好はしていないと、自信を持って言える。


 何はともあれ、布製の装備に着替えたという事で、今は緊急時…と自分に言い聞かせながら、袖で目元を拭った。

 ついでに、鼻水も垂れていたようなので、それも拭い去る。

 顔面の不快感が消え、その場しのぎとはいえスッキリとしたアレッドは、真っ暗な周囲を一瞥して、そのまま地面に背中を預けた。


 普通なら、こんな場所で寝るなんて危険だ…と思う所ではあるが、ステータスもあって危険が薄いのと、もう1つ、余裕をみせられる理由がある。

 それはボウハンターの固有アビリティだ。


 ボウハンターの固有アビリティに【野生の本能】というモノがある。


 その効果は、別段ややこしい効果がある訳ではなく、自身の周囲の一定以上の大きさの生き物の位置を把握できる能力を得られるというモノだ。

 距離は正直わからない。

 ゲーム上では大体500メートル程の有効範囲があった、この世界でも同じ効果なら、もし外敵が近くに来たとしても、それだけの距離があれば、逃げる事も、迎撃する事も、どちらも容易にできるだろう。

 アレッドは、そういう考えの元、本来なら、警戒をして然るべき場面ではあるが、余裕をもって、寝る体勢を取るのだった。


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