あっちゃん、ハンターになる…の章

第39話…「夏休みの終わりは、虚しさよりも焦りがあったとあっちゃんは言う…」


――――「ラピスの精霊湖(早朝・晴れ)」――――


『1、2、3、4、5、6、続いて手を伸ばしながら体をねじる運動ッ!』


 日の出から、人々が動き始める時間帯…。

 ラピスの精霊湖に響くのは、ファンタジーには似つかわしくない、ラジオ体操の掛け声だった。


 魔族の軍が、通り過ぎて行った日、あれから早くも1カ月以上時間が流れ、それ以上の問題も無く、ただ穏やかな時間が過ぎていた。

 暑かった夏も、徐々に熱を冷まし、徐々に秋が顔を覗かせ始めている。

 軍の件も、問題は問題でも、結局は諸事情により、自分から首を突っ込んだ結果で、それ以外で問題が起きないのは、それだけ精霊ラピスが用意した迷いの霧の効果が強いという証明でもあるだろう。


 むしろ、問題こそ無いものの、季節的な行事を、精霊湖開発にかまけて何もできなかった事こそ、アレッドは問題視…もとい憂いていた。

 目の前に水遊びができる湖があるというのに遊びもせず、皆で汗水垂らして、家作りをして、畑で作物の実験をして、時に食糧確保の狩りに行って…、時間ができたら、戦闘能力向上のための訓練に、Aスキル取得のための訓練…。

 それはもう時間が湯水を飲む勢いで、ゴクゴクゴクゴク…と消えていくのだ。


 時間ならいくらでもある…とは、ラピスやヘレズが断言する事ではあるけれど、長い目で見たらそうかもしれないが、元人間であるアレッドにとっては、その長い目は長すぎて、全く持って実感がわかなかった。

 結局、精霊の身であれど、その思考は人間で、その瞬間を大事にしたい…なんて考えの方が強い。


 という訳で、夏の風物詩の1つとして、運動がてら朝のラジオ体操に興じる事となったわけだ、ラジオはないが。

 何故、夏の風物詩としてラジオ体操なんだ…と、アレッドは思う。

 言い出したのは彼女ではなく、ヘレズなのだ。

 とあるゲーム知識から、夏と言えば1カ月の夏休み、森に囲まれた場所で、虫取りから釣り、森の探索、絵日記を毎日したためて、クジラの骨を拾って、幻の32日目に突入するのだッ!…と、ヘレズは鼻息を荒くしながら熱弁していた。


 アレッドは、偏り過ぎ…とツッコミを入れたくなったが、そういうのもいいかもしれない…とも思った。

 都会とかの喧騒の中では、なかなか味わう事の出来ない、ゆったりとした流れを、その体操の中に感じなくもないからだ。

 正確にはそのラジオ体操が行われている風景が…と言うべきかもしれない。


 日の出からその日が始まり、静かな世界の中で、ラジオ体操の音楽と共に、人々の掛け声を聞きながら、自身も運動に加わる…、実に風情があってイイモノだ…とアレッドはうんうんと頷いた。

 真っ先にそのチョイスが出てくる所は、どうなのだろう…と思うアレッドだが、そんな平和な時間を過ごしたいというのが本音だ。

 その時代を知らないからこそ、その時代の、そういう時の流れに憧れを抱いているのかもしれない。


 というか、しっくりくる…というのもあるだろう。

 アレッドの前世と違って、テレビも無ければ携帯も無い、馬車はあっても車が無い、文字通りド田舎なこの場所では、ヘレズの思い描くゲームの情景がマッチしているのだ。


 とにもかくにも、ラピスの精霊湖でラジオ体操が行われているのには、そう言った経緯があった。


 ラジオ体操…などというが、この世界にラジオなんてモノはない。

 だから、皆で覚えて声を出して歌う。

 それだけで動きがわからないようなら、新しく建設されたスイ道式噴水…墳スイで、体の一部を出してラジオ体操のポーズを決めてくれるスライムの動きを見て、見様見真似で動けるようにした。


 その墳スイは、見た目普通の噴水…のように上から延々と水が溢れ出るのだが、上の水が出る部分に台座があり、そこにスライムが出て来られるようになっている。

 トイレの下にあるスライム部屋は、スライム自身が問題ないと言っていたが、彼?…彼女?は、アレッドとしてはもうここの住人だ。

 なので、暗い所に常に押し込め続けるのは気が引ける…という配慮から、こういった形に成った。


 何故、噴水なのか…といえば、目の前に精霊湖、調理場にはその水をスイ道から出す蛇口があるが、ちょっと水を飲みたい…とか、体の汚れを取りたい…となった時、調理場はご飯を作る時に邪魔になるし、同じ精霊湖の水なのに、何故だか、アレッドやラピス達以外の、後からここにきた魔族組の人達が、直接精霊湖から水をいただく…というのを避けていたからだ。

 神聖な精霊湖から直接自分の為に使うのはちょっと…と、水は同じだが、それよりも精霊湖から直接水を貰う…という絵面とかが許せない…と言う事らしい。


 というわけで墳スイだ。

 調理場等の邪魔にならないように、常時清潔な水を溜められる場所…仕える場所…としての役割と、結果的に場所を広く取る事で、墳スイを中心とした広場としての役割を持たせた。

 場所は、アレッドのパーティハウス建造予定地の前、現時点でのアレッドの家の後ろになる。


 広場というだけあって、なかなか広く場所を取ったので、元々いた住人にプラスして何人か人が増えたとしても、全然問題ないぐらい広い。

 そう、人が増えたとしても…だ。

 というか、増えたとしても…なんて言い方をしているが、事実増えているのだ。

 クンツァたちのように、魔族軍に魔物の餌として森の中へ巻かれた人達ではなく、あの軍の中の人間が。


 まともな戦力も無く、この森を進まされるというのは、餌にされるような人間達の能力では、生き残るのは不可能に近い。

 クンツァたちは、クンツァにアパタと、戦力もそこそこの中で、さらに運よく生き残り、それでもギリギリのところで、アレッドに救われたからこそ、この精霊湖で生活をできている。


 では、それ以外に誰がこの村に住むというのか。

 ぶっちゃけるなら、ソレは魔族軍の人間だ。

 ラミア族1名…正確には2名だが、この墳スイ広場でラジオ体操をしているのは1名、それ以外には獣族の人間が5名、それ以外だと竜族の人間も5名いる。


 この墳スイ広場にいるラミア族は、魔族軍のちょっかいをかける理由になったイオラの母親の救出の際に、情報を寄越せば助ける…と約束した相手だ。

 もう1人のラミアは、救出したイオラの母ラチアなのだが、首にはめられていた[隷属化の首輪]を外したまではいいが、その直後に例の如く気を失い、1カ月経つ今も目を覚ましていない。

 クンツァたちもそうだったが、今は元気にやっているという事もあり、その内目を覚ますであろうと思いこそすれ、彼らよりも長く眠り続けているせいで、流石にアレッドも心配になり始めた今日この頃だ。


 獣族は、元々この魔族軍の戦に乗り気でなかった者達、クンツァのAスキルによって、まんまとおびき寄せられ、結果敗北し、彼の軍門に下った。

 5人とも、狼系の獣族、俗に言うワーウルフと呼ばれる人たちだ。


 竜族は、何とクンツァの元部下だった。

 竜族は、身体能力等々、他の種族と比べて、平均値が高く、その兵ともなれば、基本的に固まって強い隊を作る形が多い。

 クンツァがいなくなった後、別の竜族の部隊に吸収される形で、今の隊にいたのだが、その中でも、クンツァを師事していた者達が、彼のAスキルに便乗して部隊を抜け出した。

 その結果、色々あってクンツァは生きているのだから、ありがたい限りである。


 とまぁ、そんな経緯から住人が増えた。

 命を助けると約束した人、軍門に下った人、元上司の下に戻った人、形は様々だ。

 ここで生活をする以上、アレッドは面倒を見るつもりではあるが、いかんせん殺し合った仲という事もあって、しばらくはぎくしゃくしたりして、血を見るかもしれない…と思い、アレッドは、いつでも魔族軍が使っていた[隷属化の首輪]の使用をスタンバイしていたが、ソレは杞憂に終わった。


 ワーウルフは忠誠心が魔族の中でも強い種族らしく、自分達を負かしたクンツァに従うと誓っている。

 魔族軍側に忠は無いのかと尋ねたら、元々忠誠を誓っていた部族長は縄張り争いで死に、そのまま他の部族に吸収される形で、忠の無いまま今まで戦っていたのだとか。

 自分達を戦える駒…道具としか思っていない連中にで、そんな奴らに捧げる忠は無い…と断言した。


 それに今のクンツァのさらに上にはアレッドやラピス、そしてそのさらに上にはヘレズ…と、仕えるには申し分のない面子が揃っている。

 少女の為に万に近い軍に挑むお方なら、忠誠を誓うに足る…と言って、その証明に[隷属化の首輪]をはめてくれてもイイから、自分達を仕えさせてくれとまで言い切った。


 そこまで言われると、アレッドは何も言い返せず、一応首輪をつけて、住人たちの不安を少しでも解消する形で、ワーウルフ達の件は解決した。


 犬に首輪…、ウルフだから狼だが、この時、精霊湖にて、この空間を守る番犬隊が誕生した。


 ワーウルフは男だけだが、竜族は男が3人に女が2人だ。

 竜族は強さを重んじる。

 デモノルストの現国王も竜族で、基本的には下剋上の精神、好戦的かどうかは人ぞれぞれで、全員がそうという訳ではない。

 クンツァの元部下は、好戦的な分類ではないが、それでも力を重んじる節はある。

 しかし、アレッドが戦ったズィートと比べると、クンツァの方が弱い。

 ではなぜ彼の下に来たのかと言えば、一言で「力」と言っても、武力だけが全てではないと彼らは言う。


 弱者を導く強さ、戦場において、兵を率いる強さ、戦いの中で誰よりも鮮烈に戦って味方を鼓舞する強さ。

 彼らは、強さには、個の強さだけでなく、複の強さもあるのだと、ソレをクンツァに教授してもらったと言う。

 そのおかげで、自分達は生き残って来れた…と。


 余談だが、竜族は男女で得意とする戦いの分野が違う。

 男は、筋肉が多く、魔力を用いて肉体を強化する事に長けていて、剣や槍と言った武術に秀で、その方面での戦いに強い。

 女は、男程に筋肉が無く、ほっそりとした体形をしているが、その変わりに身軽で素早く、魔力を操る能力に長け、魔法系のスキルに秀で、その方面での戦いに強い。


 そして最後ラミア族の女性だが、ラミア族は、イオラを助ける時の戦いで、アレッドが妖精と対峙したように、彼女らは妖精を使役する「フェアリーウィザード」のマスタージョブを身に着ける種族らしい。

 とはいえ、この世界におけるマスタージョブは、そうそう習得できるモノではないため、アパタのように、一定の技術を納めてから、称号得て、実際には違うが、そのジョブを名乗るようになる。


 とはいえ、その称号を得る事自体が難しく、ほとんどがその称号を得る事も無く終わるとか。

 大体は、妖精はお友達ッ…程度で、妖精と交流を重ねて、ちょっと力を借りる程度に終わるらしい。

 …と、ソレがラミア族にとっての普通なのだが、あの戦いの場で剣を持って戦っていたラミア族の人達は少々事情が異なる。


 彼女達は、その妖精との交流すらできなかった者達、フェアリーウィザードの才能のひと欠片すらない落ちこぼれと、蔑称される者達だ。

 今回の戦いにおいては、ラミア族は女性だけの種族な事もあり、兵の数を揃えるために、彼女達のような落ちこぼれの者達も徴兵された。

 フェアリーウィザードの才能は無くても、その魔力の多さを持って、魔法系のAスキルを多く取得しているので、魔法兵として彼女達も参加できていた。


 その結果、いなくなっても軍の方に影響がない駒として、イオラの件に参加させられたのだとか。


 ファンラヴァの思考で行くなら、そのジョブが合わなければ他のジョブをやればいい…と、アレッドの思考は動くが、コレが現実になっては、そうも言っていられないのが世知辛い…とも思う。

 ゲームの中だけなら我関せずを貫けるが、現実で、ソレが無ければ人権が無い…かのような事を言われるのは、考えるだけで不快感を覚える。


 とりあえず、ラミアの彼女に関しては約束した手前、落ちこぼれ云々の話も含め、ちゃんと責任を持って対応をしよう…とアレッドは思うのだった。



 何はともあれ、この1カ月は、人が増えても、問題はなかった…が、人が増えた事で、色々とモノが入用になり、出て行くモノも増えてきた結果、アレッドは1つの悩みを抱えていた。


 野菜は研究段階ではあるが、自給できる。

 肉類も、迷いの霧を抜ければいくらでも狩れる。

 しかし増えずに減る一方なモノもあった。

 主に調味料類だ。

 ハーブなりなんなり、森の方で運よく手に入れられた香辛料は無くも無いが、塩が無い。

 岩塩なんてモノの存在は知っていても、探し方がわからない。

 みんなに相談してみても、知らないと帰ってくるばかりだ。


 夏が終われば秋が来る…、それが終われば冬。

 金さえ払えば何でも季節関係なく手に入る前世と違い、全てが自給自足なこの場所では、冬支度が必須だ。


 日に日に、冬支度もあって、減っていくソレらを目にしながら、この冬は手持ちで何とかなっても、その次は…と思うと、気が重くなる。

 朝起きて、凝り固まった体をラジオ体操で解し、スッキリするはずなのに、最近は溜め息をつきたくなる事が多くなった。


「これは…」


 アレッドは、この問題に対して、解決に向けて1つの計画を進める事にするのだった。


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