第8話…「湖の住人は過激(上)」


――――「????大森林(昼・晴れ)」――――


 水蛇はその質量の暴力で押し潰した先、そこに人影は無く、理不尽に草花が潰され、地面が抉られた跡が残るのみ。

 戦闘スキル【ロープアロー】、魔力矢専用スキル。

 魔力矢と弓を魔力縄で繋ぎ、放った魔力矢が刺さった場所と自身の弓を繋げ、引き寄せる効果も持つ。


「あっぶない…。

 ダメージが無かったとしても、今のを受けたら川が見えそうだ…」



 アレッドは、【ロープアロー】を使い、少し離れた位置の木に体を引き寄せていた。



「それにしても、今の声は…、水蛇じゃないよね~」



 水蛇は、ファンラヴァではボスとして出てきただけで、実際どういう生態なのか、アレッドは知らない…、とはいえ、その水蛇が喋ったり、意思疎通を図って来た事もまた、ゲームには無かった。

 とくれば、今の声が誰のモノなのか、ゲームの設定で考えれば、彼女的には察しが付くというモノ。



「うぉっとッ!」



 【ロープアロー】を解除する事無く、魔力矢が刺さった位置で、水蛇を観察していると、その巨大な白い頭が、再びアレッドへと迫る。

 【ロープアロー】を解除し、木を蹴って、アレッドは宙を跳ぶ。

 バキッバシャンッとそれなりに太かった木は易々と倒れるが、水蛇はそんな事をしておいて、何食わぬ顔でアレッドへと向かって行く。



「ウチが知る水蛇と一緒なら、さっきの声は水の精霊だな」



 地面へと着地しても、すぐに【ロープアロー】で次の木へと移る。

 移った木から近くの枝へと移動し、迫る水蛇の前へ、【魔力矢製造】をした3本の魔力矢を、【ロープアロー】で3本とも飛ばす。



「命を狙われるいわれはないけど、意味の分からない理由で殺されるのだけは勘弁してほしい」



 綺麗な三点を作って地面に刺さる魔力矢、その【ロープアロー】は弓と魔力矢を繋ぐ事無く、魔力矢同士を繋ぎ止める。



「こっちからすれば、これは正当防衛だから、結果が気に入らなくても、文句を言わないでね」



 【クイックショット】は、矢を放つまでの速度を上げる戦闘スキル、持った3本の矢を速射するもよし、連続で魔力矢を作って撃つもよしだ。



「やっぱり、【クイックショット】を使うなら、【ホーミングアロー】は必須だな」



 放たれた魔力矢は、そのほとんどが命中しているものの、数本が外れている。

 図体が大きい分、命中率が上がっているけれど、【クイックショット】は速射できる分、命中率を下げる効果があった。

 スキルの使用に、今の所彼女が制限を感じる事はないが、スキルで生じる効果は、ちゃんとゲームと同じか似通った効果が適用されるらしい。


 悲鳴を上げながらも、なおアレッドの方へと向かってくる水蛇は、先ほど彼女が放った3点の魔力矢の上を通り過ぎる。

 その瞬間、魔力矢同士を繋げていた【ロープアロー】が、水蛇を絡め捕った。



『あぁーーーッ!!?

 ハクちゃんッ!!?』



 どうやらあの水蛇は「ハク」と呼ばれているらしい。

 そんな蛇の名前は置いておいて、アレッドが何をやったかと言えば、ボウハンターの固有アビリティの1つ【トラップハンター】を使った。

 【トラップハンター】、それは設置型のトラップを使う事の出来る能力、最大3つまで設置する事が可能で、特定の戦闘スキルと併用して使う事の出来るアビリティだ。


 【ロープアロー】で作ったトラップの効果は、設置した場所を通過した相手をトラップの位置に固定する効果、壁に設置すれば壁に、地面に設置したなら地面に、相手を固定する。

 本来なら、ボス級相手では数秒しかもたず、使うだけ拘束できる時間が減っていくモノだ。


 アレッドは魔力矢を3本番え、【ホーミングアロー】を発動する。

 狙うは頭、彼女のステータスの影響か、トラップから抜け出せずにもがく水蛇は、うねうねと体をくねらせて、頭も大きく動き回った。

 それでも【ホーミングアロー】で確実に頭部には当てられるはず…、



「・・・」



 しかし、射られなかった。

 エレメンタルボアと同じ、ブロックハンドベアと同じ、アレッドは、そう自身に言い聞かせてはみるものの、矢を射れない。



「・・・チッ!」



 番えた魔力矢を捨て、【ロープアロー】を発動する。

 木の枝を跳び渡り、水蛇の全容が見える位置へと移動した。

 番えられた【ロープアロー】の3本の魔力矢を、ソレを水蛇に当たらないように放ち、のたうつ体がソレに接触して、その場に縛り付ける。



「これでしばらく動けないでしょ。

 でも、もう1つ念の為に。

 戦闘スキル【パラライズアロー】」



 【パラライズアロー】、文字通りの麻痺矢、一定時間ごとに確率で体の動きを奪う。

 ソレを胴体に撃ち込んでみるが、本来ならデバフ効果を与えるだけで、さほどダメージを与えるモノではない、しかし、現実にはそんなご都合は無いようで、他の魔力矢と同等のダメージを与えるらしい。

 深々と刺さった矢は、見た目からしてもなかなかに痛々しかった。


 もがく水蛇の体が、たまに動きの鈍くなる瞬間がある…、きっと麻痺が聞いている証拠だろうけど、本来完全に動きを封じる効果であるはずが、動きを鈍らせるだけ…、そこもゲームとの差異のようだ。



「体が大きいからかな?

 分からん」



 初めて使うスキルでもある事から、一応の効果の確認をしていくアレッド、しかしその観察を早々に止め、一度周囲を見渡す。



「ハティッ!」



 そして枝葉の合間から見えた狼に手を振って、名前を呼ぶ。

 狼…黒銀狼は喜々として、自身の主が乗った木の下まで駆け寄って来た。


 アレッドはもがく水蛇を尻目に、木から降りて、素早くハティに乗ると、意識を集中させる。


 水蛇は、主犯じゃない。

 大本を叩かなければ、水蛇を倒したって次が来るだけだ。

 相手は言葉がわかる…、なら止めさせる交渉だって可能なはず、無駄な殺生はご法度…。

 じゃあ、戦うにしろ、交渉するにしろ、どうやってソイツを探すのか。

 アレッドが試したのは、ボウハンターの固有アビリティ【野生の本能】による索敵だ。


 現状、気配にしても、マップにしても、それらしいモノは無い…、しかし、こちらに敵意を持っている以上、索敵できるモノのはず、索敵範囲外にいるというのなら、範囲を広げるまで。

 無茶苦茶な事を…と彼女自身も思わなくはないけれど、索敵に引っ掛からないビルを、範囲が狭まりはしても索敵できた。

 それが可能であるなら、逆もまた然り…という論理だ。


 本来の敵意を持ってくるモンスター達は、距離があれば敵意を向けてくる事はない、水蛇以外で近寄ってくるモノがいないというのなら、索敵範囲外で敵意を持つモノなど、この一件の主犯をおいて他にいない。



「…見つけたッ!」



 うっすらとだが、確かに感じた敵意。

 不正確なせいか、マップ上の表示も、その赤は点滅状態だ。



「ハティ、向こうだ、まっすぐ進めッ」



 敵意を感じる方を指差し、黒銀狼は駆け出す。


 ハティは、アレッドが示した方向をひたすらに走る。

 次第に足元は靄に包まれ、気づけば視界一杯に広がった。



「このまままっすぐ」



 黒銀狼は主人の目的地を察してか、霧の中において、木々が生い茂り、右へ左へと避けて進まなければいけない中でも、アレッドが進むように言った方向を見失わずに進む。

 そして、その目的の場所へは、すぐにたどり着く。


 霧から抜け、周囲を未だ木々の生い茂る中、進む先は森が開け、ハティが走り抜ければ、そこは巨大な湖だった。



――――「????湖(昼・晴れ)」――――


 湖だけでドームがいくつか入るであろう大きさだろうに、その中心には、それはそれは巨大な樹木が天高くそびえ立っていた。

 周りの木々など、子供にすら見える大きさだ。

 その大きさはまさに、平原から見た樹海から突き出した巨木と同じぐらいだろう。

 だがおかしい。

 マップ上、巨木のある場所まで行っていないのだから、正確な位置はわからないけど、ここに巨木は無かったはずだ。


 周りの普通の木々を、楽々と追い抜く大きさの巨木だ…、外から見ればわかるはず…。

 それに平原で見た時、その巨大な木の周囲は、みっちりと木々に覆われていた。

 遠く過ぎて見間違えた…とも言えなくはないが、ソレにしたって、この場所は開け過ぎている。

 これではまるで、平原から見た湖と巨木、ソレら2つが1つになっているかのようだ。



「でっかいなぁ~…」



 平原で見たモノと差異こそあるが、それ以上に、巨大樹の大きさに目を奪われる。



『いい気にならないで…』


「…ッ!?」



 アレッドが反応するよりも早く、ハティが動いた。


 空から、彼女ら目掛け、車並みに大きな水玉が、さながら隕石のように降り注ぐ。



「うぉうぉうぉッ!?」



 ハティは蛇行し、器用にその水玉を避けていく。



『避けないでよッ!』



 さきほど、アレッドに対して物騒な事を言っていた声、ソレが今はまるで癇癪を起したかのように叫んでいた。

 上を見れば、降って来たモノと同じ大きさの水玉が、いくつも宙を浮遊し、これから振ってくるであろう水玉は、ドリルを連想させる…逆三角形というか三角錐のような形へと変化し、アレッド達めがけて放たれていく。

 地面へ着弾すれば、易々と地面を抉り、高々と水柱を上げる。



「洒落にならんよ、その威力は」



 水玉が消費されれば、その端から湖の水が吸い上げられ、新たな水玉を作り出す。

 自身がどれだけの攻撃まで、無傷で耐えられるかわからない彼女、あえて攻撃を受ける事で、自分自身の強度を確認する事を、自然と頭の中に浮べ、首を横に振る。

 その攻撃を受けて、自身に影響がなかったとしても、今はハティに乗った状態、自分が大丈夫でも、この子が大丈夫じゃない…では意味が無い。



「そんな事やってたまるかいッ!」



 アレッドは、湖の方向、その一点を見た。

 アビリティの通常の効果範囲に入った今、今度はハッキリと感じる敵意、その元凶はそこにいる。



「ウチらは命のやり取りをしに来た訳じゃないッ!

まずは話をしないか?」



 ゲームの設定通り、水蛇を使役しているのが精霊なら、精霊なんてモノを、アレッドは下手に相手したくはない。

 その存在は創作物の中であり方が大きく変わるが、大体お偉いさんなポジションにいる。

 それは権力もだが、その力としてもそうだ。

 アレッド自身、娘が負けるとは毛ほども思っていないが、それでも可能性が無い…とも思っていない。

 無駄な殺生を、相手に対しても、自分に対しても、求める気にはなれなかった。



『うるさいッ!

ハクちゃんにひどい事しておいて、何様よッ!』


「知らないってのッ!

 最初に手を出してきたのはそっちだろッ!?

 こっちは正当防衛だッ!」


『違うね、違うよ?

 手を出すかどうかではないの、私危険分子を排除するだけ』


「危険…て。

 知らず知らずのうちに何かやっちゃってたなら謝るから、まずはそっちも矛を収めてよッ!?」


『白々しいことを…』



 上から降ってくる水玉だけじゃない。

 今度は、湖の水が大きく盛り上がり、蛇の形を作ったかと思えば、アレッドの方へと突っ込んできた。



「・・・くそッ!?」



 避けきれない…、そう悟り、身構えた直後、水でできた大蛇は、その姿を変え、無数の蛇となって、アレッドだけに襲い掛かった。



「ヴァッ!?」


「コケッ!?」



 走っていたハティも、その口に咥えられたビルも、ほぼ同時に驚きの声を上げる。

 両者とも、あの大蛇に呑まれると思っていたのだろう、アレッド自身もそう思っていた。

 もし怪我以上の事があったらどうしよう…とそう思った…、でもそうはならなかった…、例の相手は、アレッドに用はあっても、ハティ達に危害を加えるつもりはない陽だ。



『誇り高い「月光狼」を隷属させるだけじゃ飽き足らず、守護すべき「黄金鶏」を攫っているとは、流石に許せないね』



 無数の蛇は、1匹ごとの大きさが小さくなったせいか、そこまで威力は無く、攻撃された…というより、海辺で一際大きな波にのまれたような感覚だ。

 再び森の中へと追い返されそうになったのを、木を掴んで、何とか堪える。



「訳の分からない事を…」



 ハティ達は、アレッドが時間を掛けて、ファンラヴァの世界で仲間にした存在、確かにハティはライドとして…乗り物でしかなかったけれど、今は確かな仲間だ。

 ビルは…。



「向こうとたいして変わらない…か」


『彼らは世界にとっての保護対象…、精霊喰いだけでなく、「神獣」の隷属まで…、あなたは放置できない。

 お母様に託された世界の守護者として、同族として、あなたを消滅させる事が、私の責任であるのなら…』


「ほんと訳が分からん…。

 話を聞いてくれそうにもないし…」


『罪を犯す者の言など、聞く価値も無い』


「そうかい」



 役目…役目と…、その言葉から、アレッドは相手の生真面目さを感じる。

 しかし、ここまで融通を利かせられないのなら、その生真面目さはただの毒…害だ。

 これほどまでに話の通じない相手は、前世では出会わなかったというのに…、アレッドはコレがこの世界に来て、ヘレズを抜いた第一異世界人であると考えると、幸先の不安を感じずにはいられなかった。


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