第8話…「湖の住人は過激(下)」


――――「????大森林(昼・晴れ)」――――


 アレッドの言葉を聞く気の無い相手は、容赦なく水玉の雨を降らす。

 ドシャドシャッ!と撃ち下し、水しぶきを上げる攻撃は、その威力も、そしてその迫力も、前世には無いモノ、ブロックハンドベアを倒した時点で、案外早く慣れたな…と思いはしても、大丈夫だと言い聞かせても、やはり恐怖感は拭いきれない。

 だからこそ、アレッドは自身を鼓舞するように雄叫びを上げた。



「おおおおぉぉぉぉーーーーッ!」



 【魔力矢製造】、【クイックショット】、【ホーミングアロー】、ソレをワンセットとし、自身へと迫る水の攻撃へと、連続で放っていく。

 降ってくる水玉には1本ずつ、水でできた電車のように迫る大蛇には3本の魔力矢を…。


 アレッドの所へ、ハティは近づこうとするのだが、湖から吹き上がる水柱が、黒銀狼と彼女との間へ、水の壁を作りだす。

 ハティは心配こそしているが、アレッドは、自身へと迫る水の攻撃を、全て撃ち落としていた。



「・・・」



 エレメンタルボアの時は、テンションが上がり、どこかゲーム感覚で楽しんでいた節もあって、別段、体に力が入る事はなかった。

 ブロックハンドベアの時は、命のやり取りをするというのに、ゲーム感覚で楽しむ事に嫌悪して、出来うるだけ真面目に行こうと心掛けで、攻撃時の力みがセーブされた。

 水蛇の時も、テンパっていた部分があったにしろ、ブリックハンドベアの時とたいして変わらない。

 しかし、この瞬間は違った。


 相手の何が彼女の琴線に触れたのか…。

 自身が誘拐犯だとか、殺人犯だとか、そんな言われなき事を言われたからって、感情を揺さぶられる事はない…、言われるだけならそこに実害はないのだから、こんな人気のない場所なら尚更だ。


 彼女の感情を揺すったのは、ハティ達を開放するだとか、ソレに近しい事をのたまった事。

 そう見られるなら、誤解だけで済む…、だが、ソレを力尽くで両者の関係を裂こうというのなら、話は別だ。

 許せない、そんな理不尽を、彼女は断じて許さない。


 実際、彼女にとっては、ハティもビルも、特別な存在である。

 しかし、当の1匹と1羽がどう思っているかまでは、考慮されていない。

 己の意思で去っていくのなら、彼女はソレを引き留める事はしないだろう。

 だが、今、相手が言った事は、両者の関係が何であれ、良かろうが悪かろうが、関係なく切り裂くという事だ。

 許せない。


 弓を引く手に、いつも以上に力が入った。

 場数の少ない彼女に、その自身の変化を気付けるだけの経験は無く、ただ感じるのは、全身を指先まで駆け巡る熱い電流のような何か…。

 その状態から放たれる魔力矢は、相手の攻撃をことごとく撃ち落とす。



『さっきよりも魔力量が上がって…。

 私相手に加減をしていたとでも?』



 湖の水が盛り上がる。

 前世の雑居ビルを彷彿とさせる大きさの水塊は、2つの丸い光る眼を浮き上がらせ、図太い水道のホースのような凹凸の無い触手を2本、その水塊にまるで腕のように生やす。



『いくら魔力量が増そうが、それに伴って攻撃力が上がろうが、私の水精の前には無力』



 アレッドは、躊躇なく、その水塊の光る眼の中間に、魔力矢を撃ちこむ。



「・・・?」



 しかし、魔力矢は、他の水の攻撃とは違って、まるで泥に射られた矢の如く、水の中に埋もれていく。



『無駄』



 そして、その腕のような何かを彼女に向け、ブクブクと音を立てると、次の瞬間、まるで空から降りつける雨が、横に…まっすぐ流れるが如く、アレッドへと降り注いだ。

 それはさながら弾丸の雨と言えるだろう。



「…痛ぅ~…」



 怪我こそ無い。

 それでも、水蛇の攻撃を受けた時と同じように、その水弾の衝撃は、アレッドを叩き飛ばす。

 そして、この世界に来て、初めて痛みというモノを覚えた。

 全身に当たったからこそ、全身にまるで強いエアガンの弾を受けたような、ジンジンとした鈍い痛みが走る。



『今のでも駄目?

 いったいどれだけ高い能力を…、いえ、それよりもどれだけの同族を喰らえば、それだけの力が手に入るというの?

 度し難い…』



 なかなか動かないアレッドに対し、追い打ちをかけるように、上に作り出していた水玉を落としてくる。


 アレッドは問題なく動ける、動けるが、痛みというモノを久しぶりに感じた…ように思うと同時に、全身へじわりと響く痛みは、彼女にとって未知の痛みだった。

 その痛みに体が固まった影響で、動くのが遅れる。

 未だ痛みが和らぐ事を知らないけれど、問題無く動ける事を理解し、歯を食いしばって体勢を立て直す。

 試しに数回、またあの水塊に魔力矢を放ってみても、結果は同じ。

 結局のところ、見た目まんまな水の塊だ…、水の体がダメージを受けない事は想定していても、その体を崩す事も出来ないのは、迫る攻撃を撃ち落とした事もあって、彼女としては予想外だった。



「本体を直接倒さないと駄目か」



 迫る水の弾丸の雨、ソレを避けながら、アレッドは意識を集中させる。

 敵意の大本を…。

 相手の言動に多少なれども、頭に血を登らせ、簡単な解決策にすら気付かなかった自身を、強く叱責したい気持ちをグッと抑え、彼女は見つけた。


 水塊の、人間でいう所の首付近、そこから強い敵意を感じる。

 この湖に来た時よりも強い敵意だ。

 未だ彼女は、相手に何をしてしまったのかわかっていないが、それでも、敵意があり、相手の命を奪うつもりで来ているのなら、逆の覚悟はあるだろう。

 アレッドは、その向けられた敵意に向け、魔力矢を放つ。



「戦闘スキル【スモークアロー】」



 敵意の中心、その水塊に撃ち込まれた魔力矢は弾け、その名の通り、煙幕を発生させる。



『ちょッ!?

 何ですかコレッ!?

 水の中にまでこんなッ!』



 水中では効果は薄いだろうけれど、灰色の煙幕は確実に視界を奪う。

 水中だけで収まらなかったモノは、その水塊から溢れ出し、周囲にまで煙幕を充満させる。



『視界を奪った程度で見失うとでもッ!?』



 この湖にずっといたというのなら、水蛇に襲われていた時、どうやってアレッドの様子を見ていたのか、見る以外に相手を認識する方法があるのか、コレは一種の賭けでもある。

 一瞬でも、相手に位置を見失わせれば、それでイイ。

 アレッドは【ロープアロー】を放つ。

 水塊ではなく、その後ろへ。


 【ロープアロー】の繋ぐ条件は、矢が刺さる事。

 凍っていれば別だが、流石に水へ矢を刺すというイメージが彼女には湧かず、周囲は広い湖、後ろには刺す場所が多くあっても、相手のいる前方にはそう言った場所は一か所しかない。



『あなたッ!?

 「精霊樹」になんて事をッ!?』


「知った事か」


 唯一、矢を刺せそうな場所、それは相手の真後ろにある巨大樹だ。

 湖の向こう、対岸にも後ろと同じように木々は生い茂ってはいるが、いかんせん距離があるし、離れているせいで高度が取れない。

 それに引き換え、巨大樹はイイ、高さもあって的も大きい。

 刺さった魔力矢は、弓とを繋ぎ、一気にアレッドの体を引き寄せる。



『野蛮なヤツッ!』



 やはり、位置を把握できているのか、彼女へ向けて水弾が放たれる。

 その時点で、ある程度距離を縮められていると判断したアレッドは、【ロープアロー】を解除し、体を捻らせて出来る限りの水弾を躱す。

 ある程度の位置は把握されているようだが、それも正確ではないようで、その水弾の弾幕が薄い。

 腹へ、足へ、いくつかの水弾を受けて体勢が僅かに崩れでもなお、アレッドは正確に、番えた魔力矢を自身に向けられる敵意の中心へと放った。

 それも、かなり力を込めて…。



『キャッ!!?』



 着弾した魔力矢は、距離を縮めた事もあって、水塊に刺さってもその威力を衰えさせず、何か球体のようなモノへと当たる。

 透明な球体なようで、矢が当たった時、僅かに光ったように見えたソレは、すぐにまた姿を隠した。



「1発でダメなら何度でも」


『危ないじゃないッ!?』



 今度は確実に…、【クイックショット】、【ホーミングアロー】のスキルを発動した魔力矢をアレッドが放つと同時に、何かが水塊から出る。

 透明なせいで、はっきりと見る事ができなかったが、水塊の背中…巨大樹の方へ向かって、確かに何かが出た。

 同時に、彼女に敵意を向けていたモノも動く。

 魔力矢は【ホーミングアロー】の効果で軌道を変えたが、相手が動き過ぎたせいで的がズレ、水塊の中で力尽きる。

 水塊は力なくその形を崩し、湖の中に戻っていく。



『防御が硬いなら、別の方法をやらせてもらうわ』



 瞬く間に、バシャンバシャンと、アレッドの周囲に周辺の木々の背を越える水柱がそびえ立つ。


 危険を感じ、岸付近の木々へと、【ロープアロー】を放った。



『人の姿を取った事、後悔なさいッ!』



 水柱は巨大な蛇へと変わり、アレッドへと襲い掛かる。

 移動が間に合わず、水でできた巨大蛇に飲み込まれ、そのまま湖の中へと、アレッドは落ちていった。


 湖は深い。

 その広さに負けず劣らずな深さ、広さが、ドーム複数分あるとするなら、その深さはドームの天井並みに深いのだろう。

 アレッドは岸付近まで【ロープアロー】で来る事ができたおかげで、大した深さまで沈む事はなかったが、それでも水上の光が小さく見える程に暗く、自身の体が引っ張られる方向は、さらに深く、彼女からでは真っ暗で何も見えない闇の世界だ。



「ぶぐぐぐ…」



 いくら並みの人間以上のステータスをしていたとしても、水中の事は考慮されていない。

 ファンラヴァでも、水中での戦闘は存在しないのだ。

 アレッドにとって、ファンラヴァでできた事は、今の体で最低限出来る事である。

 なら、ファンラヴァでできない事はどうか…。

 考えるまでも無くできない事だ。



「…ぐッ…」



 【ロープアロー】で繋がった弓は離すまいと強く握って入るが、ソレがどうこうなるよりも早く、アレッドの意識が飛ぶ方が早いだろう。

 息ができないのだから当然だ。


 水中ではっきりと周りの光景を見る事は出来ないが、何かが近寄ってくる事は、今のアレッドにもわかった。

 それは人ではない何か、今まで相手をしていたモノと同じ敵意を感じる。

 今、姿を見せたソレが、敵意を向けてくる相手の姿。

 人のような上半身をしているように見えるし、長くサラサラしていそうな髪が水中でなびいている。


 暗くてよく見えないが、その髪は綺麗な…青色をしているように見えた。


 そして何より、その存在が人ではないと思えるモノが、その下半身にある。

 そこに人の足は見られなかった。

 水中で、ぼやけてハッキリと見えない中でも、そこに人間の足のようなシルエットは無い。

 彼女に見えるそのシルエットは、魚類のソレだ。

 全体のシルエットを見ると、その姿はまるで、おとぎ話に出てくる人魚姫を彷彿とさせる。



『人の姿を取っているのだから、その活動には酸素が必要よね?』



 その相手が、両手の指を組む…、すると、まるで首でも絞められているかのような圧迫感が首全体を覆った。



『いかに高い身体能力を持っていようとも、陸の生物が水中に入れば、その能力も十全に発揮は出来ず、首の動脈を絞められたらどうなるか…』



 恐ろしい事を言うものだ…と、何とかこの場を逃げようとアレッドだったが、体が湖の底へと引きずり込もうとする力が強まる。



『無駄、逃がさない。

 同族喰いと言えど、同族であるよしみ。

 せめて命尽きるその瞬間は、少しでも苦痛無く安らかに…』



 アレッドの意識が遠のいて行く。

 ただでさえ暗い視界が…、スーッと意識と共に暗くなっていく最中、最後に彼女が見たのは、その人ではない何かに突っ込んで行く何者かの姿だった。


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