第4話…「ジビエ料理はうまい(上)」


――――「????(昼・晴天)」――――


 全部で13頭といった所だろうか。

 全部が全部大型トラック並みの大きさを誇る巨大猪、前世基準で行くなら、確かにその大きさはモンスターと言っていい。

 先ほどは、興奮から視野が狭まり、意識できなかった部分、生き物の命を取ったという点において、戦闘が終わった事により、冷静さを取りもした彼女の意識は、その過ぎた事実に思い至る。



「なんだろうね。

 戦ってる時は、確かにゲーム感覚だったけど、今こうして、改めて考えると、生きるか死ぬかの下剋上?だとはいえ、生き物の命を取ったんだな…て思うと、正直いい気分はしない。

 それも、戦いにすらなってない圧倒的な力での蹂躙だ。

 勝った…倒した…とかの達成感よりも、ゲーム感覚で命のやり取りをしてしまった申し訳なさの方が強い…」



 己の手を見れば、その手は微かに震えていた。



「ん~む。

 その気持ちは大切だ。

 僕としては、ソレに気付いてくれた事に喜ばしい」



 そんな手を、ヘレズは包むように優しく握る。



「・・・」


「いくら弱肉強食が常の世界とはいえ、快楽殺人というか、喜々として生物を殺しまわられたら、一瞬で世界が壊滅しちゃうよ。

 この世界で元から住んでる人間ならまだいいけど、今のあっちゃんは当然だけど、ステータス上なら、その弱肉強食社会では、上位者に入るからね。」

「むしろ怖いぐらいだ。

 死ぬ瞬間の苦しみとか、そういうモノこそ感じずに死んだけど、死ぬ事に対しての恐怖はあったし、それを忘れる事も出来そうにない。

 その恐怖を相手に与えると思うと、正直怖気づきそうだ」



「でも、やる時はやってね。ここはゲームの世界じゃないから。

 大事な事だからハッキリ言っておくけど、2度目は無いからね。

 死んだら終わり、一命を取り留めない限り、今度こそ魂の洗浄だ。

 そうなれば、記憶も、有り方も、何もかも無くなって、前世の記憶もなく完全にゼロからスタートだよ?

 来世も人間とは限らない、もしかしたら獣になるかもしれないし、虫かもしれない、運よく獣になっても食肉用かも…。

 人であったとしても、もしかしたら戦争孤児とかでその日の1回の食事すら厳しい生活を、死ぬまで続ける可能性だってある」



 早口で巻くし垂れられ、不安が掻き立てられる。

 ヘレズはあえて、可能性として悪い面ばかりを連ね、そうなりたくなければ…と、彼女へと釘を刺す。



「うん…」



 もちろん、来世では金持ちの家に生まれて、不自由の生活が待っている可能性だってあるだろう。

 しかし、彼女は、そんな…あるかもしれない…なんて可能性に賭けるつもりはない。



「・・・じゃあ、出来る限り血生臭い生活はしたくないなぁ~。

 日銭の為にうろうろするのは嫌だし、どこかに雇ってもらって…なんて、サラリーマンコースも嫌だ」


「わかるわかる。

 僕も、今やってる仕事なんてほっぽりたいもん。

 …じゃあ、あっちゃんは何がしたいの?」


「前世基準で行くなら、バリバリのインドア人間だったし、ファンラヴァができれば仕事も頑張れる…て根性でいたけど、ファンラヴァがそのまま生活になるのなら、それ以外だよねぇ~。

 いっそ、前世でやってこなかった事をやりたいな?」


「例えば?」


「土いじりとか、大工とか?」



 ヘレズは呆れた顔を見せる。



「あっちゃんは生まれ変わって早々に、隠遁生活でもするつもりなの?」



 確かに、老人が退職後に田舎に引っ越して畑を耕す…なんて事は、彼女の前世の世界でよくあった話ではあるが。



「違う違う。

 確かについ最近まで都会で仕事してた奴が、そんな事言い始めたら、そう思われても仕方ないとは思うけど、違うから」



 彼女は、顎に手を当てて考える。



「・・・そうだな~。

 好きだったファンラヴァと今までやって来なかった事を兼ねるなら…て話だと…」



 ファンラヴァの世界において、彼女が大事にしていたモノを、記憶を手繰り寄せて、自分でどうにかできるモノを上げていく。

 そのとりあえずの目標は、思いのほかすぐに見つかった。



「そうだ。

 家を建てよう」


「家?」


「そう、「パーティーハウス」。

 ファンラヴァの世界での、皆の拠点。大森林の中に佇む大きな一戸建て、庭付きで、ペット用の大きな広場付き。

 確か目の前に大きな湖もあったよね。

 せっかくだから、このファンラヴァに限りなく近い世界なら、その拠点もそっちのモノを再現してみたいかな。

 家を建てるだけなら、別に物騒な事もないからね」



 彼女の提案に、ヘレズは唸る。



「もしかして、もう拠点とかある感じ?

 あるならあるで、第二拠点として作るだけだけど」


「ううん、大丈夫。

 丁度良さそうな立地が無かったか考えてただけ」


「ふ~ん、さすが神様、それで、そんな立地はあるの?」


「あるにはあるね」


「何か問題が?」


「いや、僕的には特に心配する事はないかな」


「じゃあ決まり。

 そこでの拠点作りが当面の目標…て事で」



 目標を定め、空に向かって両手を上げて伸びをする。



「あ、そうそうあっちゃんが起こした大惨事の跡は、綺麗にしておいたから」


「大惨事?」



 ヘレズは、周りを見ろ…と言わんばかりに人差し指を立てて、ソレをくるくると回す。

 それに釣られる…必要もなく、目に見えて視界に広がる光景が、既に変わっていた。

 周囲に散乱していたエレメンタルボアの死体が、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。



「うわ、すご、どうやったの?」



 死体はおろか、よく見るまでもなく飛び散った血肉まで無くなり、平原に残ったのは、戦闘があったのだろう…と感じさせる、剥けた地面やら足跡やらが残るだけだ。



「今回はサービス。

 神の力の行使ってやつさ。崇めてくれても良くってよ?」


「お~」



 ぱちぱちと、何となく彼女はヘレズへと拍手を贈る。



「という訳で…」



 ピコーンッというファンラヴァで聞き慣れた効果音と共に、メインメニューを広げた時と同じような画面が視界に映し出され、そこには「トレード」と表示されていた。



「アイテム管理をするためのアイテムボックスを使える者同士なら、その中だけでトレードが完結できるのさ」


「お~、ゲームと同じだ」


「でしょ~、頑張ったんだから~。

 …よし、じゃあボアの素材を渡すから、OKしてね」



[GCボア肉×36]

[GCボアトン足×52]

[GCボアの毛皮×13]

[GCボアの骨(大)×4]

[GCボアの骨(小)×9]

[GCクリスタルの牙(大)×8]

[GCクリスタルの牙(小)×18]

[獣の生ゴミ×13]



 トレード画面に表示される品々、生ゴミを除いて、全てが上質である事を証明するグッドコンディション…「GC」のマークまで付いている。



「こういった食肉の解体は、「オールラウンドスキル」…通称「Aスキル」ていう、ファンラヴァには無かったスキルの【解体】が必要になるんだけど、あっちゃんはまだソレは使えないから、今回はオマケね。

 後は、本当は血抜きとかもあって時間がかかるんだけど…、神様パワーで時短しました。

 ちなみに、スキル自体は、僕も使えません、持ってません」


「だから神様の力を職権乱用したって訳ね」


「むむッ!

 意地悪言うならAアビリティが習得できるガイドブック、用意してたけどあげないぞッ!?」


「え!? あッ! ごめんなさいッ!」


「わかればいいんだよわかれば。

 実際はスキルが無くても、知識があれば解体は出来るけど、獣の解体なんて、あっちゃん知らないでしょ!?」


「ははッ!

 その通りです神様!」


「全く…。

 あ、そうそう、アイテムボックスの中は時間が止まってるから、結構便利だよ。

 あったかいご飯とか入れておけば、好きな時に出来立てのご飯が食べられる」


「お~それは便利だね」



 トレードの合意をし、ちら見えした生ゴミという文字に、彼女は若干困惑していたが、時間が止まっているのなら、もしかしたらどこかで使い道が出てくるかもしれないし、取っておく選択肢が出てくる事にホッとする。



「アイテムボックスは生き物でなければ、大きさとかも関係なく何でも入れられるから、上手く使ってね。

 ちなみに容量はファンラヴァの時と一緒だから、後で確認しておいて」


「わかった」


「と…いう訳で~」



 ガシャンガシャンッと音を立てながら、何やらバーベキューセットが目の前に現れる。

 ファンタジー世界だというのに、そのセットはいかにも現代チックである…と思うものの、そのセット自体は、彼女も見覚えがあった。

 それはファンラヴァのパーティーハウスの庭に設置してあったモノと見た目が酷似している。

 つまり、現代チック…とは言うものの、それ自体は、ファンラヴァにもあったのだ。

 だからこそ、風情も何もない…と内心思った彼女だけど、ソレを胸の中に止めて、口に出す事はしなかった。



「ではでは~」



 魔法なのかなんなのか、コンロには火柱が立ち、気づけば隣に置かれているテーブルには、色とりどりの野菜まで置かれている。



「周りに何もない平原でやるにしては、かなり豪華な事になってるな」


「そりゃあそうとも、せっかくこんなに天気がイイんだから、その下でご飯を食べないなんて損だよ損。

 せっかく採れたての新鮮なボア肉があるんだから、そっちも損損だよ、損損」


「まぁ気持ちはわかる」



 インドアだとしても、いや、インドアだからこそ、自身で料理をする事が多かった。

 彼女はそれなりに、料理に対してのこだわり…という程ではないが、欲は強いのだ。

 料理を美味しく食べるためとあっては仕方ない…と、率先して手伝ったりもする。



「ちなみに、ボア肉以外はファンラヴァで持ってた食材を使ってるよ。

 向こうでアイテムボックスに入れてあったものは、そのまま今のアイテムボックスに入ってるから。

 あと、餞別で僕が持ってた食材の数々もいくつか入れてあるし、さっき渡したボア肉もある。

 しばらくは食べ物には困らないはずだ。

 あっちゃんなら、飲み物も…お酒に関しては大丈夫かな?」


「お酒?」



 彼女は、ファンラヴァではアイテムボックスをドロップ品の一時保管所としてしか使っていなかった。

 その理由としては、何かを作るための素材等を、基本的にキャラクターサポート用NPCに総預けにしていたからだ。


 「サポートファミリー」、通称サポファは、アイテムやお金の管理、ソロプレイ時のパーティーメンバーとしても同行させられる…。

 これでソロプレイヤーも安心!、サポファも自キャラと一緒で自作可だから、好きなあの子と冒険デートだッ!…なんて売り文句を、公共の場で叫んでいたプレイヤーがいた事を彼女は思い出す。



「おっにく~おっにく~ッ!」



 サポファに預けていたからこそ、彼女自身、アイテムボックス内にはロクなモノが入っていないとわかっている。

 でも気になる。

 ヘレズが入れておいてくれたファンラヴァの食材、飲み物ならお酒なら大丈夫という台詞。

 彼女は、メインメニューを開き、アイテムボックスを開いた。


 アイテムボックスは、全部で150枠のアイテムを持てるモノだ。

 大きさ問わず、1つアイテムを入れれば1枠埋まる。

 同じアイテムでも、GCとそうでないモノで2つ枠を使い、同じモノであるなら1つの枠で999スタックまで出来る。

 ありがちな機能ではあるが、その機能をそのまま現実で使えるというのは、ありがたい限りだ。

 彼女が疑問に思うのは、同じアイテムをスタックする、同じ…という部分が何処まで適用されるのか…だろう。


 それは追々確かめていくとして、彼女がアイテムボックスを見る。

 全部で150ものアイテムを納められる枠、30枠を1ページとして、5つのページで分けられている。

 アイテムボックスというが、実際の箱ではなく一覧として見る事もあって、本を開いて確認している感覚に近しい。


 ページの1ページ目は整理していなかったドロップ品が、そのページの8割程の枠を埋め尽くし、2ページ目にヘレズの行っていたアイテムが99スタックずつ、全ての枠を埋め尽くしている。

 半分は調味料枠、もう半分が米やら小麦粉とやら、ジャガイモとか玉ねぎ、トマト等、ありふれた食材が並ぶ。


 3ページ目にして、肉類、魚介類がページの半分を埋め、もう半分に、先ほどのボアの素材が入っていた。

 ページにして1ページ半、餞別にしては多いように感じる彼女だが、水等の飲み物が、料理の為に用意された「水×99」しかないのは、全部が全部用意されるのではなく、自力で集めなさい…という試練めいたモノもまた感じた。


 4ページ目は元々便利アイテムと、いらなくなって売りに出す予定だった装備類を入れてある場所だ。

 決まった場所にワープ出来る転移チケットとか、アイテム購入の際に割り引かれるクーポン券とか、カジノで専用の遊ぶためのメダルがもらえる無料券とか、そう言ったモノもあったはずだが、それらは正直この世界でも意味を成すモノではないだろう。


 そして問題の最終ページである。

 そこに、酔った勢いで買い漁り、放置されたアイテムが、全部999スタックの状態で、全枠を埋め尽くしているはずなのだ。

 酒には困らない…とはこの事だろうな~と、彼女はそのページを開く。

 あった…、本当にあった…、999という文字と共に、シャンパンボトルのアイコンが、全部のアイテム枠を占領している光景が、やはりあった。


 ジュージューとボア肉が焼ける匂いが鼻へと香る。

 空腹かどうかと言われれば、彼女はさほど空いていないように感じているのだが、その匂いを嗅いだ途端、ぐぅ~と、腹の蟲は待っていましたと言わんばかりに、その歌声を響かせた。


「わっはっはっ、まぁまてまて、そんなに焦らなくても、お肉は逃げないぞ~?

 ちゃんとあるから。

 あのどデカいエレメンタルボアの肉、ソレが3つもあるのだ。むしろ、人を集めてどんちゃんパーリナィ騒ぎができる量ぞ?」


「わかったって」



 肉焼き用のトングをカチカチと鳴らしながら、彼女の顔を覗き込んでくる。

 その頬が少々赤らんでいるのを見て、ヘレズは満足そうに、再び肉の方へと向き直った。

 そして彼女も、再びアイテムボックスへと視線を戻す。

 試しに1つ、そのページ一杯に広がるボトルをアイテムボックスから取り出してみた。



「あっちゃん、お肉がまだ焼けてないのにおっぱじめようって!?」


「いや、そんなつもりは…。コレって、飲む用のアイテムじゃなかったよね? 飲めるの?」



 そう、この1ページを埋め尽くすボトル、ファンラヴァの世界では、飲食用のアイテムではないのだ。


 飲食用のアイテムは、それぞれにステータスアップが設けられ、微量ではあるがただの水にすら、ステータスアップの恩恵がある…、しかし、このボトルは飲食用ではないから、そう言った効果はない。

 別に価値がないという訳ではないが、ゲームの方では飲み物として扱われていないのだ。

 じゃあ何に使うかって?

 そんなもん、シャンパンシャワーをするために決まっている。


 ゲームでは、このアイテムを使う事で、特別なエモート「シャンパンシャワー」が発動するのだ。

 一応、そのエモートを発動しているキャラの前に効果範囲が表示され、何回も効果の影響を受けていると、酔いデバフを受けて、キャラがフラフラする…なんて効果もあるにはあるが、なんにせよネタであり、他に用途は全く無い。



「飲める呑めるのめるッ。

 当たり前じゃん、ぬかりないよ~ッ」


「・・・そうか」



 ヘレズが言うのならそうなのだろう。

 確かに、お酒に関して言えば、彼女は飲み物には困らないらしい…、同じモノしかないが…。


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