第2話…「あっちゃん、新天地に降り立つ(上)」


――――「????(昼・晴天)」――――


 先ほどまで無音で、聞こえていたモノと言えば。へレズから飛ばされる言葉だけだった。

 アレを聞こえている…と解釈をするのは、いささか無理がある気がするが、彼?にとっては、それだけだった。

 だが今は違う。

 耳に入ってくるのは、風になびく草花のサラサラ…と時にザーザーと聞こえる、どこか耳心地の良い音だった。

 眩い光の後、ぶつりと切れたテレビのように、真っ暗になったかと思えば、僅かに光の線が視界に入る。

 今なお瞼を閉じている彼?にとっては、その光は、瞼の先、周囲から差し込まれる光に他ならない。

 恐る恐る…、彼?はその瞳を、瞼を開いた。


 青々とした空、視界の端には、草が伸び、緑の中に鮮やかな花々が色を付ける。

 空気は何処までも澄んでいて、肺一杯に吸い込むだけで、心地良さを感じる程だ。



『やっと起きたか、寝坊助さんめ』



 目を開けてなお、なかなかの心地良さに、いつまでも起き上がろうとしないでいると、綺麗な青空が人の顔で遮られる。

 茶色い髪、茶色く若干縞がかった毛並みの肌、肌触りは良さそうだ。


 顔を覗かせたのは動物ではない。

 限りなく人間寄りではあるけれど、しっかりと残る獣の特徴…、獣人という奴である。

 そして、その獣人の容姿を、彼?はよく知っていた。

 ファンタジー・ラヴァーにおいて、パーティメンバーとして、長く一緒に居たキャラと同じ姿なのだ。


 そしてそのキャラを使っていたのが…。



「へレズ?」



 男としては似つかわしくない高い声が響き、彼?は、その違和感に思わず体を起こした。


 今まで画面越しでしか見る事の出来なかったはずのへレズが、そのまま画面から飛び出したかのような状態でいるというのに、彼?は自身の体の方へと意識が持って行かれる。


 自身の見慣れた手はそこには無く、一回り小さく、力強さは感じるものの、どこか華奢な手、手の平や指はマメを何度も作っては潰した結果か、硬くなり無骨さも感じさせる…、そんな女性の手が、そこにはあった。


 視界に広がるどこまでも広がる草原には目もくれず、自身を中心に、周囲を不自然に取り囲むかのように広がった花畑にも目もくれず、彼?は自身の体を覗き込む。

 どこか見覚えのある動きやすそうな服装は置いておくとして、その服に包まれている体は、胸元に程よい膨らみのある女性のモノだ。



「ナニコレ?」



 彼?彼女?は混乱した。

 記憶はさっきから、確かにあやふやな部分がある。

 こういう事があった、自分はそこにいた…と、ソレが自分の歩んできた人生なのだとはっきりと思い出せるが、どこまでもふわふわとしていて、実感が伴わない、だから不安を感じた。


 それでも、その記憶の中では確かに、彼?は男だった。



『それにはちょっと事情が…』



 困惑の色を隠せない彼?の顔を覗き込みながら、へレズは申し訳なさそうな顔をする。


 かくかくしかじか…。


 彼?が女の姿なのは、へレズが見慣れたファンラヴァのキャラの姿でいるのと、極めて近い理由らしい。



「つまり、生まれ変わらせるにあたって、魂を入れる体を作るのにファンラヴァのキャラを流用した…と」



 本来の輪廻転生では魂の洗浄後、そのまま新しい世界で、新しい生命として、体を作る所から始まるけれど、今回はその本来あるべき工程をすっ飛ばしているから、へレズ自身…、つまりは神様自身が体を自作した…のだそうだ。



「そう、この世界で生きていくための能力を得るのにも、本当の体を再現するよりも、戦闘能力完璧、その他諸々、全部紐づいたデータのある体を再現する方が色々と手っ取り早かったのさ」



 座り込む彼?の周りを、両手を広げて大げさに足を上げながらへレズは歩く。



「ぶっちゃけ僕、リアルのあっちゃんより、ファンラヴァのキャラの姿の方が見慣れているし、再現しやすかったんだよね。

 というか、僕にとってあの世界は、あっちゃんたちの言うリアルより、ファンラヴァの世界の方が世界の中心だったというか…。

 何かを作る時、より完成度を高めるためには、作るモノをより深く知る必要があるでしょ?

 つまりそういう事なんだよね?

 何より可愛いもん、あっちゃんのキャラ」


「娘が可愛いのは重々承知だけどもさ」


「それに、本人の顔を何処までも似てるけど別人の顔…にするのは何か気が引けたから…。

 ファンラヴァのキャラなら顔の隅々までデータがあるし、簡単なんだよ」


「それなら、本体アカウントって事で、自分に似せて作った男キャラがいたと思うんだけど…」


「・・・ケッ!!

 誰があんなリアルよりもむさ苦しさ増し増しで、ガチガチマッチョな、むしろ別人に見えるキャラにあっちゃんの魂を入れるかよッ!!」


「・・・」



 つまりはそっちが本音らしく、彼?は思わずため息をつく。



「いやいやいや、憧れの姿だよ、何言ってんの?

 海外の格好良い俳優たちは皆スキンヘッドでゴリゴリマッチョだよ!

 筋肉こそ…力こそパワーの体現だよッ!

 あのジェイステさん思い出してよッ! 超格好良いだろうがッ!」


「偏見よくな~いッ!

 断固として拒絶する。

 理想を追い過ぎて、本人ですらメインアカウントして使わずに、わざわざ女の子キャラ…本人的には娘アカウント?を作って、ソレをメインアカウントにしておいて、見苦しい言い訳はよせッ!」



 ヘレズは顔の前でバッテンを作り、口だけでなく体で拒絶の意を示した。



「ぐぬぬぬぬ…。

 そりゃあ一種の黒歴史に近いけど…」



 彼?は苦い顔をしながら、ガックシと肩を落とす。



「…と、また脱線してもうた、めんごめんご。

 よしっ! まずは立ってみようか、あっちゃん!」



 彼?の前に立ったへレズは、腰に手を当て、腰を折り、彼?の顔を覗き込む。



「あ、ああ」



 言われるがままに立ち上がる。

 そして立ち上がった彼?の体を確認するように、へレズはグルグルとその周りをまわった。



「どこか痛い所は? 感覚が無いとか、聴覚や嗅覚に問題は? あ、あとコレ、飴ちゃんどうぞ」



 片手間に渡される、紙包みに収まった小さな飴、何の疑いもなくソレを口へと放り込むと…。



「うわ、なにこれ旨…甘…え?

 しょっぱ…ああああ苦…うおぉおぉスッパッ!!

 ・・・てイタタタタタッ!」



 思わず口の中で暴れまわる飴を吐き出す。

 美味いと思った、甘いと思った、塩味、苦味、酸味が襲い、最終的には唐辛子でも丸かじりしたような痛みが襲って来た。



「よしよし味覚も大丈夫そうだね」


「・・・じゃあ今の痛みは辛いとかか? 辛いは味覚じゃないよ…」


「それはアレじゃよ、ちゃんと刺激物に反応するかってヤツ。

 熱湯とか湯水のごとく呑まれちゃ困るからね」


「それも違う気がするんだけど…」



 人並みの知識は持っていても、人体のスペシャリストじゃないから、ソレが正解かどうか、彼?にはわからない。

 だがしかし、正解だとは到底思えなかった。



「よしっ!

 じゃああっちゃん、改めて、僕の姿、ちゃんと見えてるかな、この世界は?

 ちゃんとその目は認識してくれてるかな?」


 セミロングヘアーの獣人、その中の猫耳族の娘、毛の色は先に供述した通り茶色で、うっすらと縞がかっている。


 服装は、ファンラヴァの時に彼女自身が、好きだから…といつまでも着ていた種族専用の初期装備で、可もなく不可もないモノ、種族設定からか、露出が多めで、体のラインが出やすい格好だ。


 年齢は15歳ほどだろうか、小さめな体ながら、無駄な肉は付いておらず、モデル体型に近い。

 ファンラヴァでの体型設定は、身長や、筋肉質はどうか、胸のサイズはどうか…といった設定はできたが、げっそりした痩せとか、ぶっとりとした太りとか、そう言う設定は無かった…。

 だから極端にも、やんわりにも、体形を調整する事はあまり出来なかったからこそ、その体…キャラクターを再現してあるというのなら、へレズの体は痩せすぎず太り過ぎずな魅力的な良い体形と言えるだろう。

 強いて言うなら、スポーツとか、ジム通いとか、体を動かす事をかじっているモデル体型…と言った所か、程よく付いた筋肉が、体をギュッと引き締めている。


 そんな彼女の体は、獣人らしく体毛が生えている…、その拳は彼?のモノよりもやや大き目で、手の平を見てみれば肉球が現れる…。



「柔らかそうだ」


「であろうであろう?

 むしろゲームでは再現しきれない細かい所まで出来上がり、まさに現実だぁ」



 ピョンピョンと跳ねるへレズは、見た目もあって、愛くるしさの塊にも見える。

 顔などは獣の耳が頭の上にぴょんと伸びていたり、1メートルはありそうな尻尾がゆらゆらと動いている以外人間に近いが、それでも顔は若干獣がかり、足は膝から下がどちらかと言えば獣に近く…、四本指で靴などは履かず、人間の体を支えるためか、大型の肉食動物みたいな…彼?の足と比べて一回り程大きい。

 まさに人間過ぎず、それでいて獣過ぎない…、2つを足して2で割った出で立ちだ。


 そして、先ほどから彼?の目が行くのは、女性らしい柔らかな体を絞めるベルト付近だろうか。

 体を絞める事で起きる窪み、無駄肉がほとんどないからこそ、凹みはさほど大きくはないが、ある事にはあるソレにプラスして、獣の体毛が合わさり、視覚的な柔らかさが倍増している。



「あかん、なんか目覚めそうになる…」



 獣人なんて、創作上の空想人種、実際に拝む事の出来ないソレが、目の前にいるという事実、現実において、耐性の全くない所へ、その種特有の女性らしさ…、彼?の中のフェチズムが大いに刺激された。

 その感覚に、体は女性になっているらしい彼?も、男としての部分が残っている事に喜びを感じる。

 思わず頬が熱を帯びると同時に赤らみ、顎に手を当てながら覗き込もうとすると、ソレを察知してか…。



「フンヌッ!」



 へレズの拳が、彼?の腹へとめり込んだ。



「ゴホッ!?」


「あっちゃんのえっちぃめ…」


「すいません…」



 彼はジンジンと痛む腹部を抑えながら、へレズへ頭を下げる。



「まぁ、ちゃんと見えているみたいじゃな、現実的な方と、心的な方も…。

 それより痛かった?」


「はい…」


「じゃあ、痛覚の方も問題はないね。

 といっても、余程の事が無い限り、痛覚のお世話になる事はないだろうけど」


「・・・それはどういう…」


「じゃあ次に行ってみよう。

 ここからは、この世界で生活していく上で結構大事な話ね」


「こっちはまだ、この世界?がどういった場所なのかすら聞いてないんだけど?」


「それは追々ね。

 簡単に言えば、ファンラヴァみたいなファンタジックな世界だと思ってればいいよ。

 ・・・というか、アレに影響受けて、世界作っていいよって言われた時に、喜々として作った世界だからね。

 土地とかは違っても、生態系的な意味なら、かなり似通ってるのだ」


「へ~」


 さっきとは違う意味で、自身の頬が高揚するのを、彼?は感じた。

 ファンタジー世界、娯楽の創作の中でしか、見る事の出来なかった世界、現実では味わえない事があるからこそ、その世界に憧れた…、行ってみたいと夢想した…、だからこそファンタジー・ラヴァーというゲームの中の世界にのめり込んだ。

 まさに夢の世界、そこに自身がいると考えるだけで、興奮を禁じ得ない。


 今はまだ、だだっ広い草原にいるだけで、実感こそできないけど、目の前の獣人たるへレズの姿も相まって、彼?はその世界にいるのだと信じられた。

 しかし、そういう世界であるというのなら…、彼は1つの問題に行き当たる。



「ファンラヴァを参考にしてるのなら、敵性生物とかは?

 肉食動物とかじゃなく、モンスター的な意味で」



 ファンタジーだからこそ存在する…

 ファンラヴァには存在したモンスター…魔物の類、あのゲームではむしろそれらを敵として戦う事が多かった。



「そりゃあいるよ、当然じゃん。

 だからこその力だから」



 ニッとへレズは八重歯が特徴的に笑みを浮かべる。



「さあ行ってみようか」



 へレズは、彼から少し離れ、腰に手を当てると、バッと胸を張る。



「僕は言ったな。

 この世界はファンラヴァを参考に作った世界だと。

 そしてこうも言ったな。

 あっちゃんの体を作る時、必要なデータが揃っているファンラヴァのキャラを引っ張って来たとッ!!!」



 彼?の方へ、彼女が手を向けると、正面に縦長で長方形な薄氷が作り出される。


 うっすらと後ろのへレズが見えるが、何よりも、その薄氷が映し出したのは彼?の今の姿だった。


 薄氷に映ったのは、「竜人種」の女性の姿、その服装は種族専用の初期装備と同じ見た目だ。

 街人の服装というよりは、戦う事を念頭に置いた動きやすい格好、丈が長めの上着、短パンに、靴は膝下まであるロングブーツで、サンダルのように指先やかかとが開いて見えるようになっている。


 髪はショートボブで赤紫色、目は若干釣り目気味で髪と同じ赤紫色をしているが、白目と角膜を線引きするように、角膜の縁にはエメラルド色のラインが入る一風変わった目、これはファンラヴァの世界では竜人種特有の目だ。

 そんな目を持っていても、ソレよりも目が行く特徴的なモノは、耳の上付近から伸びる角だ…、角は捻じれるように頬の横…その先へと伸びていた。

 肌は白というより褐色気味で、実に健康的な色であり、活発そうな雰囲気を漂わせている。


 身長は、160センチ前後、年齢は大体20代前半と行った所だ。

 前世の彼?と比べると一回り若い事になる。


 ぐるっと、全身を見るべく、彼?は自身の背中を薄氷へと向けた。

 お尻と腰の中間付近には、竜人種として特徴の1つであるドラゴンの尻尾が1本伸びている。長さはへレズの尻尾と同じ、大体1メートルといった所だろう。


 そして、彼?は好奇心に負けてシャツをめくり上げて背中を見る。

 ちょうど背骨があるであろう付近を中心に、うなじから尻尾までのラインを、鱗と甲殻が覆っていた。

 まるで外骨格を付けているようで格好良い。


 角や尻尾、背骨付近のソレを除けば、比較的人間に近いと言える。


 体はヘレズよりも引き締まり、彼女がモデルよりなら、彼?はスポーツマンよりと言えるだろう。

 それ相応に筋肉質でありながら、胸にある膨らみは実に女性らしい。

 大の男であれば、その手には少々物足りなさを感じなくもないが、女性の手でなら、程よく指の間からこぼれる程の、丁度良いサイズだ。


 彼?自身がその体を動かしているとはいえ、その出来は見事の一言。

 へレズの姿を見ていた時から思っていた事だが、今の彼?自身の体も、ゲーム…ファンラヴァ内での自キャラが、そのまま現実に天元したと言っていい精巧さだった。



 ぷにぷにとほっぺを触る。



「柔らかい」


「特殊ではあるが、ちゃんと人間の体として作られているからなぁ~。

 褒めろ褒めろ、むしろ褒めてたも~。

 その僕が頑張った成果を褒めて褒めて~。

 その可愛らしさの中に潜む野生…男気…、可愛さをチラつかせる格好良さ、何と絶妙なバランスだろう。

 自分の技術力に惚れ惚れするね~。

 いやむしろ怖いよ僕は」



 腕を組みうんうんと頷くヘレズ。



「ウチの娘が可愛い…」



 自キャラを自分が作り出した子供として、そのキャラを娘としてゲームをしてきた彼?にとって、ソレが今、自分の体になった事へのモヤモヤ感は残るが、それでも前世の記憶がふわふわしているからか、嫌という気持ちにはならなかった。



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