あっちゃん、新天地に立つ章
第1話…「生まれ変わらない?」
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
真上には、太陽のような眩い程の光が1つ、空間を照らし続け、真下は何処までも真っ黒…真っ暗という解釈の方が近いかもしれないが、とにかくどこまでも続く黒が満たされている。
その周囲を、壁でもあるかのように螺旋階段がとぐろを巻いて、上から下…あるいは下から上へと伸び、その階段にはいくつもの火の玉にも似た光る球体が、渋滞を起こすように並んでいた。
その玉は、白い色もあれば、黒い色もある。
基本はその2種対の色なのだろう。
白か黒か、それかその中間か…、時々見える灰色は、多分そんな意味に違いない。
むしろ、極端な白や黒よりも、白に限りなく近い灰色や、黒に近い灰色、単純にどちらとも言えない灰色など、その辺の色が多いようにも見える。
そんな場所で、他の球体達と同じように階段の列に並びながら、男は目を覚ました。
どこまでも浮遊感が体を支配し、体をまともに動かす事も出来ずにいる。
正確には、動かす事は出来るが、体が自分のモノではないかのように、動かしている…という感覚が彼には無いのだ。
視界に映る自身の腕どころか体は、まるで雲のような…それか火のように、コレといった形を持たないかのように、輪郭が定まらず、一応、全体的に見れば、人の形を保ってはいるものの、一度風でも吹こうものなら、真冬に吐き出される白い息のように、瞬く間に霧散していってしまうだろう。
『おやおや死んでしまうとは情けない…』
意識ははっきりとしているものの、状況を一向に飲み込めない男が、周囲をきょろきょろと見回していると、どこかで聞いた事のあるようなフレーズが…声が…、頭の中で響いた。
自身の目の前が、ただでさえ、明るい空間だというのに、より一層強い光を放つ。
『うおまぶしッ!
ちょっと待って、光量間違えたッ!?』
彼はとっさに自身の手…と思われる腕で目元を遮るが、雲のような…煙のような腕のせいか、頭に響く声の言う通り光量がすごすぎるのか、全く光は遮れず、痛みを覚えそうな程に目が闇を忘れ、色と呼べるモノを忘れそうになる。
そして数秒後、徐々に弱まっていく光に、このぐらいなら…と丁度良い明るさになった所で、自身の手を退かした。
彼の目に飛び込んできたのは、大きな球体だ。
男が通常の人間サイズだとするなら、その球体の大きさは、さしずめUでSでその後に国の頭文字が入りそうなテーマパークにある地球儀ぐらいの大きさだろうか。
そんな球体が、階段ではなく、階段が描く螺旋の中央、何の足場もない空中に姿を現した。
真上にある空間を照らす光源が太陽だとすれば、目の前に現れたソレは、満月とでも言えばいいだろうか。
暗闇でソレを見たのなら、きっと淡い光を放ち、暗闇の中で、さぞ優しい光を放って体を包んでくれるのだろう…と、彼は思う。
『うわッ、はずぃ、君よくそんな事を考えられるな。
気を付けなよ?
いま、言葉に出さなくても、思考がそのまま会話になるから、考えてる事が筒抜けだよ??』
…え?…
脳に響く言葉を聞いて、ボンッとまるで麩菓子を製造機から出す時のような、まさに炸裂音が、全身を駆け巡り、人の形を作っていた体が、一瞬にして弾け飛ぶ。
『え?
…まッ…あッ!?
ちょっと待ってッ!
そんな事で、魂消滅させないで、ココで死ぬのだけはやめて、マジで笑えんからソレッ!』
はっきりとしていた意識が、体が弾けて霧散していくにつれて、薄れていくのを感じる。
だが、それも長くは続かず、目の前の球体が何かをしたのか、彼の霧散していく体が光に包まれると同時に、彼が今までいた場所に集約すると、瞬く間に霧散した雲のような体が、元の状態に戻った。
『ヤッ…ベェよ、超焦ったよ。
まさかちょっと恥ずかしいって思っただけで、魂が弾けるとは思わんじゃんよ。
あっちゃんて、そんなに恥ずかしがり屋さんだった?』
…あっちゃん?…
懐かしい響きだった。
ついさっきも、そう呼ばれていたはずなのに、もう何年も、何十年も、呼ばれていなかったかのような感覚に襲われる。
『そりゃ、体が無くて魂だけなんだし、ちょっとの事でも大事さ?
煙を風船の中に入れておけば、風が吹いたって何の事はないけど、風船なんて無い煙だけの状態じゃ、ちょっとの風で消え去っちゃう』
彼にはこの球体が言っている事の真意が読めない。
それでも、自身の体の事を話しているという事はわかる。
それでも、今まさに体が無い…と言われたが。
『感情を過剰に動かすと駄目って?
過ん剰だけに?』
…いや、全く上手い事は言えてないからね?…
不思議な気分だった。
口を動かしているけど、声と呼べるモノは出ず、コレを喋っているんだ…と頭の中で、声が反響し、ソレが相手に伝わる現象。
しかし自身の状態も、もう理解できない域を軽く超越しているため、不思議と思っていても、そういうモノなのか…と、一週回って飲み込めている。
『あ~んも~…、やめやめ。
なんか全然思ってたのと違うんだもん。
あっちゃんもいつもと比べてテンションひっくいし。
もしかして朝とか弱い?
そう言えばあっちゃんて、朝はあまりログインしてなかったよね。
インはだいたい夕方か夜?』
球体が言葉を彼の方へと届ける度に、その体?なのであろう球体が気分よく弾む。
『・・・まぁいいや。
やっと見つけたからってテンション上げ過ぎちゃった。
話を戻そう。
これ以上だべってると、仕事しろッ…て僕が怒られちゃうから。
・・・ゴホンッ! とりあえずあっちゃんもっとちこう寄りなさい?』
球体が、そう言葉を送った瞬間、階段の縁が微かに振動し、球体へと向かってズズズ…と足場を伸ばした。
彼はその人一人分が歩けるだけの細い足場と、気分よく揺れる球体を交互に見比べる。
そして、何気なく左右を見回した時、階段の下方面は、先ほどまで火の玉がいたのに、今はガラン…とし、上方面は息苦しさを覚える程の密集状態となっている事に気付いた。
どうやら、この螺旋階段は、上へ行くのではなく下に行くモノのようだ。
完全に自分が通行?の便を悪くしているのだと悟り、彼はほんの少しの恐怖を覚えながら、その細い足場へと乗った。
先ほどは少し恥ずかしい…と思っただけで意識が薄れたが、恐怖を覚えても、同じ事になるような様子はない。
『ダイジョブダイジョブ、今はちゃんとあっちゃんが感情で消し飛ばないように、ちゃ~んと僕が捕まえてるから』
彼の雲のような体が、輪郭を中心に淡い光を放つ。
どうやらこれが、捕まえている…という事らしい。
『では改めて、気を取り直していきましょう』
『おやおや、死んでしまうとは情けない…』
…本当に最初からか…
最初に球体の声を聴いた時と同じセリフが届いた。
『フンイキ…ダイジ…オーケー?』
…なんで片言なのか…
『細かい事は気にしナッシングよ、あっちゃん』
この状況を理解できていない人間に対して、あっちゃんなどと愛称を呼んでくる事が、余計に状況の把握を遅らせた。
彼は首を傾げつつ、コイツは誰なのか…と、頭の中で思案する。
当然、人間?である彼にとって、知り合いにこんな球体は存在しない。
そもそも、彼の知る中で、世間にこんなアグレッシブに動き、思考し、そして意思を持って喋る球体なんて存在しないのだ。
…存在しない…
そして、彼はその存在しないという単語が引っ掛かり、困惑する。
記憶を…思い出を…、辿れば辿るだけ、より鮮烈に思い出されるのは、最後の友達であり、仲間であり、家族である人達との食事だった。
…死んだのか…
合点がいった、スッキリした、状況を理解できた。
もちろんわからない事もあったが、彼は、自分の置かれている状況を理解してしまった。
そして、目の前の球体が何なのか…、1つの答えを導き出す。
…つまりあなたは…、閻魔大王様?…
『だああぁぁれが、圧迫面接大好き試験官じゃあぁーーいぃッ!!』
…そんな事は言ってない…
『まだ玄関開けて中を見た所までしか行ってないんだけど?
話進まなな過ぎじゃない?』
…脱線するからな…
『誰のせいだと…』
…状況をやっと把握できた自分に、求めすぎでは?
・・・とりあえずここはあの世なの?…
話が進んでいないのは同意であり、少しでも話が進めば…と、状況整理も兼ねて話題を出す。
『正確にはその中間点?
下…真っ黒でしょ?』
一瞬何の事か…と思ったが、球体が下に向かって回転するものだから、下とは真下を指しているのだと理解できた。
確かに黒…、真っ黒だ。
球体の言葉に彼は頷く。
『あそこで魂の洗浄をするんよ。
生き物の魂には、記憶が刻まれてたり、形が出来上がっちゃってるから、ソレを洗浄して、真っ新な新品にして、次の人生に送り出してあげるの。
そして、今僕達がいるのは、その洗浄する場所に向かう為の待機場所…みたいな?
だから中間。
あの世を幽霊達の住む世界だと思ってるなら、当たらずとも遠からずだね』
…じゃあ洗われて次の人生に飛ばされるって事は、天国とか地獄とか、そういうのは無いんだな…
『ん~ない訳じゃないかな~、ある意味。
下の洗い場、そこで魂の洗い方を決めるんだけどね。
真っ当に平平凡凡な人生を送った魂の人は、変に魂の形とかが凝り固まってないから優しい洗浄、犯罪行為を犯したりとか、悪人は次の命でまたその道に行かないように入念に厳しく洗浄されるんの、ほんとゴシゴシッとね。
片や高級エステのような癒しの洗浄、片や焦げ付いた鍋を新品にするかのような金たわし洗浄だ』
…例えだけ聞けば、確かに天国と地獄だ。
よくわからない部分はあるけど…
『まぁその辺はこの後の話次第、必要なら説明するけぇ。
・・・もう演出とかどうでもいいや、単刀直入に聞くよ。
あっちゃん、生まれ変わってみない?』
…ん?
自分は、その生まれ変わるための順番待ちをしてたんじゃないの?
列から出されちゃったけど…
彼は、自身の後ろを振り返る。
せき止められていた長い列は、元の形を取り戻していた。
さっきは気づかなかったけど、火の玉は、ゆっくりと下へ下へと下っている。
『違うちが~う。
このまま行ったら洗浄されちゃうじゃん、真っ新になっちゃうじゃん。
新品になっちゃうじゃん』
…何が違うの?…
『僕は、君がイイんだよあっちゃん。
新品になったあっちゃんであった誰かじゃなくて、君がイイんだ、あっちゃん』
彼を包んでいた光が、その光量を増す。
…意味が分からないんだけど…、とりあえず、なんでそんなに推すんだ?
その辺にいるようなサラリーマンだったんだぞ?…
彼には、自分がイイのだ…と言ってくる球体の考えが読めなかった。
知り合いとは思えない存在が、自分でなければならないと言う理由を、理解できなかった。
『サラリーマンとか、そんなの関係ないよ。
僕は君が…君達がイイんだ。
友達で、家族で、仲間なあっちゃんが』
仲間、家族、友達…、それらの羅列は、彼にとって、最も大事にしているモノの1つだ。
仲間だけでは駄目で、家族だけでも駄目…そもそもソレは別カテゴリで、友達なんて大事ではあるけど、最も…といわれると考えてしまう…友達とは幅が広いのだ。
では何が大事なのか、仲間でもなく、家族でもなく、友達でもない…、彼にとってそれらは、単品では大事なモノには入っても最も大事なモノではない…、それらは3つで1つ、セットになって初めて、最も大事にしたいモノへと昇華する。
彼の記憶に蘇るのは、最後の最後、人生の終わりに見た皆の顔だ…、人生最後の瞬間に一緒に居たいと思った人たちの顔だ。
そして、自然と答えへと導かれるように、線と線が繋がっていく。
彼のもっとも大事な人達の中で、一人称が僕で、こんな慌ただしい会話をする奴など、1人しかいないのだ。
…へレズ?…
それは、いつも画面越しに会う仲間の名前、他の人達と違って、実際に会う事の無かった人。
『そうッ、僕だッ!
ファンラヴァでは獣人女子で、パーティの盛り上げ役のアイドル、へレズちゃんですよッ! テヘッ!』
…テヘッじゃないよ…
にわかには信じがたい。
今起きている事が現実じゃない…と言うだけなら簡単だ。
ただ否定するだけでいい。
だが、彼はその選択を取れなかった。
記憶を呼び覚ます中で、確固たる死が、頭に、この体…いや魂に刻まれているから、自分は死んだのだとはっきりと理解できる。
今まで死んだ経験が…記憶がある訳じゃない…、だからこれが正常か判断はできないが、少なくとも、彼自身は問題ないと結論付けた。
その結果、この場の…魂を洗浄する一歩手前の状態を、受け入れられるし、突拍子もなく現れた自身のパーティメンバーであるらしい球体が、本人その人であると納得できる。
だからこそ、目の前のへレズの存在を否定する事ができない。
…へレズ、ファンラヴァの中だと可愛いのに、こんなに大きくて丸っこくなってしまって…
『おい、ちょっと、待て、なんか誤解を生みそうな言い方をするのはやめろ?
一応言っておくけど、太ってる訳じゃないからな?
我は「神」ぞ? 太る訳ないやん?』
球体…もといへレズの言葉に、彼は首をかしげる。
…神?…
『そう、神様、僕、神様、オーケー?』
…神様って、もっとこう人の姿とかしてないの?
どこぞの神様は人間と子供とか作ってるじゃん…
『おいやめろ、神様の事情に土足で入って来るな、恥ずかしい』
…ごめん…
『とにかく、その辺の話も追々だ。
そろそろ休憩時間終わるから、やる事ちゃっちゃと終らせないと』
…休憩って…、神様って言った割には、何か生々しというか、現実的…
『神様だって万能じゃないのさ…てそうじゃない。
あっちゃんに1つ聞かなきゃいけない事があるんじゃ』
…さっき言ってた、生まれ変わりがどうとかいうやつか?…
『そそそのそだよ、あっちゃん。
僕も説明が足りなかったから、改めて言うけど、あっちゃん…、生まれ変わらない?
えこひいきとか、身内びいきとか、そういう類の話にもなっちゃうけど、僕、まだ君と、君達と遊びたいよ?
美味しいモノを一緒に食べて、おしゃべりしながら家でダラダラと過ごして、気が向いたらダンジョンなんか行って、強いボスと戦ったりしたいんじゃ』
…美味しいご飯…て、ゲームの世界だったろうに…
『僕にとっては大事な事だ。
とにかく、僕の言う生まれ変わりは、今のあっちゃん、つまり記憶とかその他諸々を残した状態で新しい人生歩んでみない?…て事』
悪い話じゃないと、彼は思った。
天寿を全うしてこの場にいる訳ではない彼にとって、記憶を持って生まれ変われるというのは、つまりは0からのスタートではなく、途切れたと思った道が、まだまだ先に続いているという話に他ならない。
あの時はどうしようもない現実に、後悔とか、そういうモノを感じるよりも、諦めが先に立っていた。
そのせいでそれ以外の思いが、薄まっていたりもした。
納得できない、ただ飲み込むしかない現実が過ぎ去った後も、終わる事無く進んで行けるというのなら…と、彼はへレズの言葉に思わず頷いてしまった。
『やぁぁ……ッたぜええぇぇーーッ!!!』
球体のへレズは、バインバインと、まるで地面で弾むボールのように跳ねた。
『それじゃあ全は急げだッ!』
彼の雲のような体は、直視できない程眩しく光り始める。
…ちょ、その前に、1ついい?…
『ン、何?
長くなるなら、向こうに行ってから話すけど』
…本当に…、死んだ…んだよな?
あの時、記憶にある通りに…
『・・・うん』
…そうか…
へレズは、ほんの少し間をおいて、彼の言葉を肯定した。
光は、影1つ残る事を許さない程、眩い光を放つ。
あまりの光量に思わず目を強く閉じだ。
瞼の裏が作り出す暗闇の世界が、懐かしくなる程に光り輝いた後、バッとその光は消えた。
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