Vigilante.No.ⅲ【変幻】

人の営みに漢と女が縁を結べば夫婦となる。

されどそれもすれ違う。時が流れ巡れば時に縁もばっさり斬れて消えゆく。

横に目を向けれて果て?番と成るとどうだろう?世に番う動物と

妖かしはどうだろう?

番と成った彼らの多くは一生の刻を互いに愛して子を育む。


シトシトと雨雫堕ちる路地。

背の高い壱兵衛を濡らさないようにと番い寄り添う女性は傘を高く掲げる。

「事情が或るんです。色々と・・・」濡れる路地を真っ直ぐ見つめて女性が告げる。

「不問に黙します。問い詰める事も有りません」

傘に滴る雨粒を観ながら壱兵衛が答える。

「有難う御座います」短く嬉しそうに頷くと女性の歩く方向が変わる。



「一般病棟大六区・緊急対応其の八番部屋。馬稚貝壱兵衛の御家族様方ですね。

手術を担当した鬼首院冴子と申します。え?名前が平凡だって?

名前は平凡でも外科手術の腕とお尻には自身がありますの。

えっと・・・患者さん。ぱっくり割れてましたが。

ええ。頭がぱっくりと。穴とか開いてましたし

アレで生きてるとかあり得ない筈なんですが。え?時間を斬った?冗談かしら?

幼女が現れて消えそうな魂を紡いだと?それが本当ならうちの病院で

雇いたいですね。

それはさておき・・・手術は成功です。私が失敗するはずないですから。

砕けた骨も埋めましたし。傷んだ脳も復元してあります。

もしかしたら多少障害は或るかも知れません。

あ。駄目ですよ?血気盛ん血の気の多い懶怠者さんなんでしょ?

あの頭で頭づきとかしないで下さいね。一撃で相手の頭蓋骨砕けますので。

え?本人ならやりかねない?駄目ですってば・・・。それから暫く安静ですからね?

え?襲っても良いかって?夜伽っですか?一人、二人。あらまぁ4人全員で?

ほ。ほどほどになさってくださいな。え?アタシも一緒にですか?

熟考させて頂きます。ハイ」

銀縁眼鏡の女医が連連と壱兵衛の術後経過を説明する。


件の

静流梅の想いに答え時間のズレを越え姿を魅せた親代わりの漢と幼き少女。

影に五尺の刀を携える妾侍達が技を成しとげ姿を隠した後

声を聞き想いを受け取り共に駆けつけた人形姉妹達。

憲兵処に詰めた萌奏が中年憲兵を誘惑し手配した救急車を途中で乗り込んた

心咲が強引に運転を変わる。

人種人類の運転技術を遥かに凌ぎ爆走する救急車は勢いを殺し最後にピタリと

帝國大学病院に横付けされた。

後はそのまま緊急手術と相成り彼の鬼首院冴子氏が出頭する。

一時も一瞬も離れず付きそう人形四人が看病すること五日後目を覚ます

馬稚貝壱兵衛。

それは壱兵衛であるはずだった・・・。


「ぼっ・・・僕はどうなったんだ・・・」虚ろに迷うが瞼を開ける。

「壱兵衛。」「御主人様」「壱兵衛様」「御兄様」

耳に重なり届くのは誰がの身を心配する女性達の声だ。

自分の体が重いと分かればきっとそうだろう。

「壱兵衛は怪我をしたの。誰かに殴られて死にかけたの。」

早口にそして優しげに一人の女性が顔を寄せる。

「心配しましたですよ。もう。本当に。」

「あんな事もう二度とごめんです。」

「無理なさらないで下さい。御兄様」

次々と駆けられる声に困惑するも重くだるい体をなんとか起こそうとする。

すぐに髪長い女性が体をよせさせてもくれる。

だがしかし・・・

「手助けしてくれるは有り難い。しかし適度にしてほしい。

それと・・・壱兵衛とは誰なんだ?此処はOldWashingtonではないのか?」

「えっ。壱兵衛って貴方の名前でしょ?」目を見開き静流梅が返す。

「此処は倭帝國大学病院で御座います。確かに

御主人様の御名前は馬稚貝壱兵衛で御座います」

静かに落ち着いた様子を保ちつつ先程体を支えてくれた女性が告げる。

「倭帝國大学病院?いつの間に帝都に戻ってきたんだ?

それに・・馬稚貝壱兵衛?それは知らない。知らない名だ。

僕の名前は馬酔木碧空あせびみらん。OldWashingtonで弁護士をしている。」

「え?違うでしょ?壱兵衛じゃん。どっかで頭うった?でもちょっと

かっこいい名前」

「どうやら頭を打ったらしい。痛むし。包帯も巻いてる。

それに済まないが少し離れてくれたまえ。

女性が側に居るのは落ち着かないんだ。・・・ゲイだから。」

帝國では一目憚るべき事とはっきりと碧空と名乗る壱兵衛が宣言する。

ガタンと椅子を蹴って立ち上がり後ろの壁に後付さる忍。

「そ。そんな・・・。こんな事って」

フルフルと頭を振って床に崩れ堕ちる女園生の萌奏。

「まさか・・・本当に消えてしまったの?壱兵衛様」ガタガタと体を震わす心咲。

「き、絆が・・・御主人様との絆が・・・細く・・・消えそう」

臆面もなく泣き出す人形達。

自分はたしかに怪我をしたらしい。ただしわからない事も多い。

事故にあったという記憶もないし、おぼろげではあるが

自分はOldWashingtonに居て帝國に戻ってるはずもない。

ましてや壱兵衛という名前も周りで噎び無く女性たちも一切の記憶も思いもない。


「解離性の記憶障害。記憶消失とも言いますな。よくあることですから

もしそうであるなら一時的なものでしょう。慌てる事ではないでしょうな」

自分達の主人とのつながりが極めて希薄となりショックを受けて満足に対応で

きない姉妹の代わりに比較的当初からそれが希薄であろう静流梅が

看護婦を呼びその後の対応となる。

「先生。もしそうならっておっしゃいましたよね?どういう意味です?

もしどっそうでないのなら何なんですか?」細かい所をきちんと突くのは正確さを

求める人形故だろう。

「中々鋭いですな。お嬢さん。

解離性の一時的な記憶障害は車両事故の後では比較的多く見られる症状ですね。

確かにこちらの場合は一時的な物で或ることも。

若しくは多少時間が掛かっても記憶は戻ります。

問題は・・・解離性同一性障害。一般にわかりやすい様に言えば

多重人格ですな。」

「解離性同一性障害及び多重人格障害。

幼年時もしくは成長期等の時期において肉親及び他者からの攻撃・虐待

(性的なものを含む)若しくは極度に悲惨な状況に遭遇した時等。

本来の自身の精神を保護するために

一時的又は恒久的に作り出される仮想的人格・及び性格を示す。」

記録された資料を引っ張り出す静流梅。

「聡明で御座いますな。御嬢様。強いて言うならサイコパス・ソシオパスとも

呼ばれます。

世情の話題に乗っかっていえば。犯罪者に成りえる人物ですな」

「治療方法は或るんですか?」グイと身を乗り出し中年の医師ににじりよる。

「顔が近いですな。お美しい。いや・・コホン。

症例事態、報告例がすくないのですな。

治療を心もみたという話も聞こえてきますが

完治するところか・・人格数がす増えたとも聞きますな。

現代医学では無理かもしれません。」

「そんな・・・あまりに酷い。」美しい顔を歪めすすり泣き崩れ落ちる静流梅。


「壱兵衛と言うやつは服のセンスが最悪だな。この髪型も変だ。

中途半端に伸ばして狸の尻尾みたいに結ぶ。其の割にサイドは

バリカンを当てるとか。髪色もこんな派手にして。

これじゃ法廷に立てないじゃないか?」

「それはツートップって言うの。若い懶怠者の定番よ。お願いだから我慢して」

「うぐぅ~たけど僕は壱兵衛じゃないんだぞ。何処の馬の骨とも思えないし」

頭に傷を負って弐ヶ月の入院の後。

壱兵衛の体を持つ碧空はアジトのマンションでごねる。

入院中もそれなりに大変でもあった。側に付きそう四人の人形姉妹達を

割と存外にも扱う。

対して登録し主人と絆を結ぶ忍・心咲・萌奏を意図もなく遠ざけた。

ごねて文句を絶やすことはないがそれでも言う事を多少聞き側に居る事を

許すのは静瑠梅だけだ。

かつては忍がこなしていた身の回りの世話を静流梅が変わり受け当人も

まんざらでもないらしくそそくさとついてわり碧空の世話を焼く。

「そんな事しなくていいから。みっともない」

きつく眉を上げ顔をしかめ他の姉妹のそれは傍観するくせに静流梅に

客を取らせることも止めさせた。

気に入っていると言えばそうだと成るがされど自分はゲイであると公言するから

肌を求めることもない。


「それで?当人は解っているのだろう?」

「ええ。事がことですから包み隠さず話してあります」

黄色に輝く木板の上に蕎麦生地の塊がドンっと跳ねる。

問いかけた人物こそがあの五尺刀のお縫。

事情を答えたのは和服姿に袂紐を括る人形・忍である。

「命救いの駄賃に蕎麦を頂こうと顔を出して見ればこの始末と成るか」

「お縫様の性じゃないでしょう?壱兵衛さまの命を救っていただいて

感謝してるのです」

木板の上で蕎麦生地をこねあげる忍の細腕に力がこもる。

それに悔しさが交じるとも観て取れる。

「刻を斬ったのは私だ若坊主の命を紡いだのはお嬢。あくまでも命だけだな。

頭の中まで入れ替わるとは夢にも露にも思わなんだ」

其の場にいる誰よりも大きいであろう乳房の前で腕を組み云々と唸るお縫

「他のお二人は元気でお過ごしなんですか?」甘茶のお代わりと団子を

卓において心咲も問う。

「夫様とお嬢か?今もあっちで元気に走り回っておる。

出番があるなら呼ばれもしよう」

元気に走り回っていると言えば格好が付くが案外窮地に追いやられてるのかも

知れない。

それでものんびりと構えるのは目の前で刻んだばかりの蕎麦が鍋に

放り込まれたばかりだかろう。

「それで当人はどこまで解ってるのか?素性とかどうなってるのだ?」

三色団子を一口で食べ大きめの湯呑の茶もクイと一度で飲み干しお縫が問う。

「中々大変でございました。

たた。確かに馬酔木碧空という人物は実在しました。

戸籍は有りませんが住民票は或るようです。

帝都銀座の大手弁護士事務所に所属し四年前から大陸派国にて弁護士を

していたと其の形跡も確かに或るのです」

逆に四年以上前の事はよく変わらないのです」笊の中で程よく茹で上がった

蕎麦を湯切りしながら忍が話す

「えっと。壱兵衛様て四年前は何をしていたのかしら?寧ろその前は?」

胸に盆を抱える心咲が首を撚る。

「どうかしら?其の頃の事はわからないけど。確か懶怠者仕事絡みで

刑務所にいたとか?

そういえば。刑務所の中の事は聞いた事ないわね」

蕎麦椀という寄りは遥かに大きい丼に注いだ蕎麦がお縫の前にトンと置かれる。

「うむ。忍殿に茹でて貰った蕎麦を食すせるとは至極の極みだな。

頂きますで候。

前にも入れ替わってるのではないのか?あの唐変木は・・・それに違いないぞ」

ズルズルと丼から蕎麦を啜るお縫の言葉に二人が顔を見合わせる。

「えっとそれって・・・」

「今回がはじめてじゃない。解離性同一性障害。自身の身の安全を確保する為に

意識・無意識に別の仮想人格を生み出す」一杯もで物足りないのはお縫いの

体格が物語る。

茹でる蕎麦の手を止めずに忍が知識を絞り出す。

「それって今回がけじゃないとしたら。もしかして。もしかしたら?

刑務所にいた期間って壱兵衛様の意識はなくて碧空様っだったとか?」

心咲が頭を撚る。

「何かの拍子に・・・殴られたとかころんだとか・・・もしくは転んだとかな。

些細な事かそれとも身の危険を感じるとか。それで人と成りが切り替わる。

壱兵衛の記憶で刑務所とやらの時間は実は碧空が入れ替わっていたのではないのか?

戻った時に都合よく記憶も書き換えると成れば納得が行くでもあろう」

茹で上がった二杯目の蕎麦もズルズルと大きく音をたててお縫は啜る。

「なるほど。四年前。いくらかの時間を碧空様で過ごしその後壱兵衛様に戻って

私達と出会って過ごす。筋は通りそうですけど疑問もありますね。」


「何故?そんな始末に成ったのか?そして壱兵衛と言う若坊主と優漢の碧空

どちらが本物か?

うぬ・・・興味は月尽きぬが。腹も膨らんだしお暇するかね。

忍殿。心情慌ただしい所。蕎麦を打ってくれて有難う。美味かったぞ。

心咲殿。給仕と茶を有難う。お陰で腹も膨らみ心も満ちた。

ふむ。その礼も返さねば妾侍の名に恥じる・・・」

誂えた大きな椅子からのそりと立ち上がると天井に今にも届きそうな体を

丸め傍らに立ててかけて或る五尺の刀鞘を握る。


「おい?そこの若い坊主。」女声であるが野太く強く。そして艶っぽい声が上がる。

「え?僕の事か?」部屋の隅で十法法規辞典を覗き込む碧空にドスドスと歩み寄る

「ちょっとお縫さん。危ないから鞘におさめても刃だから」

仮初の主人でも以前よりはずっと自分を気にかけてくれる碧空を大事に思い

静流梅が止めに入る。


それと構わず長く重い鞘刀を困惑しごくに顔をしかめる碧空の鼻前に突き出す。

「よう。よう。若くか弱い優漢。名を聞かされば馬酔木碧空と成るか?

アタシが斬って堕とした刻とお嬢が紡いだその生命。怪我をしたのはよく分かる。

それでも想う女を邪険にするほど御前は弱いのかい?

なるほど。それなら証を立てな。壱兵衛より自分の方が強く正しいと証を立てな。

できなきゃ。影に後ろに潜んで膝を抱えて黙ってな」

「なんだと?僕より懶怠者の方が正しいっていうのか?優れてるのは僕の方だぞ」

自分より体の大きいお縫にも臆せずに碧空が叫ぶ。


「人形御箱の街・・・。そこの一人でも救って魅せな。

出来なきゃ。アタシが御前のアレ斬って堕して蕎麦の出汁にしてやるよ」

「斬って堕とされるのは私が困るの。ご無沙汰だけどいつかつかってくれるかもしれないじゃん。

それに蕎麦の出汁にするって言っても・・・」冗談とも本気でも取れるお縫の言葉に静流梅が当惑する。

「人形御箱の街・・・」其の場にいる誰もが初めて知る言葉に碧空が首を傾け撚る。


「駄目・・・そこは駄目。もっと・・ああ・・・イイ」

毎日の午後。制服姿で壱兵衛に犯されていた萌奏は其の絆の薄さに耐えきれず。

懶怠者仕事と自分を騙し欲望の為に学園帰りにあの中年憲兵隊員の前に尻を突き出してそれを咥える。

「あっあっあっあん・・・イイ。・・・ああ・・だめ・・

もっと・・・もっと・・・奥まで突いて・・・犯して・・・ご・・・ごしゅ・・・」

あと一息。たった一息でこの娘は堕ちる。俺の物に成る。

パンティをずりさげスカートを捲り突き出した女園生の尻に手を付き突き上げる。

「あっああっあぁ~~~。堕ちる。堕ちちゃう。御免なさい。

オジサンの・・・も・・・」

突き上げた快楽に弓と成りに体を反らし机に付いた手が彷徨いTVの音量が

高く成り響く。


【帝國の其の遠く・・・。台椀朧蝋月の國の・・・蒋海の人形御箱の街似て・・・

今月に入り八人目の被害者が・・・でました。犠牲者は人形情婦の女で髪の短い・・・

同一犯と見られ・・・件の殺人鬼・傀儡喰らいの煽動者と名乗る漢で・・・・。

当局は・・・尚一層の警告を・・・市民に・・・うったえ・・

・・・・これで・・・二十三人目の・・・犠牲・・・者と・・・】

大きく弾けたNEWSの音に女園生が思わず言葉を飲んだのか?

喘ぎ捩り上り詰め呻いた声が大きかったのか?

漢の意識中には肝心の言葉が届かなかった。


「あの人は一人で行くと言ったのよ。私達に出来る事ないの」

何時にもなく冷静な声がマンションに響く。その声は長女とも知れる忍のものだ。

「それはそうだけど。みんなどうしたのなんか変よ?」漂う冷たい空気を感じ静流梅が確かめる。

「もうすぐ。定期検査の日が来ます。浸透度も検査されます。」

小声で心咲が答える。

「ああ・・・。そうね。でもそれは・・・」大したことないと言いかけるが

その言葉を胸に仕舞う。

「静流梅。貴方は良いの。壱兵衛様とは仮の絆。御主人様の元へも通ってるわ」

「対して私達の壱兵衛様は消え駆けてるの。側に居るのをも抑制されついて

いくのも拒まれたわ。

絆は薄く消えていくばかりなの・・・浸透度の数値が落ちれば技師の目に留まる」

「私は・・・」中年警備隊の漢の寵愛を受け溺れかける萌奏は心苦しさに下を向く

「萌奏。誰も貴方を責めやしないわ。人形ですもの。濡れ事だけじゃなく。

求めてくれる人に溺れるのは人形の性よ。・・・私だって・・・」

壱兵衛の姿がなくなり枷が緩く成ったのを良いことに若頭・頓馬に二日と

開けずに求められ

責めてられなじられ疼く体がもとめ最後には誓った想いも薄れていく。

忍自身もそうなのだ。

仕事の決まりとして要求する前金も三回に一回は取らずに流してしまい。

無茶も無理も受け入れ初め主人と決めた漢の名を違えて呼んでしまいそうにも

成っている。

少しづつ少しづつ懶怠者・馬稚貝壱兵衛の名前と姿が朧気な影

と消え溶けて往く。


「三週間。・・・すごく粘っても四週間が限度だろうか?

それにしても。意外と飛行船って言うのは遅いもんなんだな。

これじゃ陸路と変わりないじゃないか?」

自分では何度も乗った記憶にあったが。実際は今回が初めてらしい。

その証拠が大陸國に渡る為に必要なパスポートだった。

記憶が本当に事実なものであれば。自分の名前の馬酔木碧名義のそれは

或るはずだった。

たとえ本人が紛失したとしても帝國陸運局が記録を持っている。

それがなかった。馬酔木碧の物も馬稚貝壱兵衛のそれもである。

あの背の高い変な侍まがいの巨人女に自分の証を立ててみせろと言われそうして

やろうと決めたが

いざ。台椀朧蝋月の國へ渡ろうとした時に自分と言う馬酔木碧空と言う人物は

この世にいないと悟らせらた。

この体は自分とは間逆な馬稚貝壱兵衛と言う漢が持ち主であり確かに自分で或るはずの馬酔木碧空とは

彼が何からの理由で作り上げた仮想人格に過ぎないとはっきりと知ってしまった。

それこそあの侍もどきには見栄を張ったし。よくわからぬが自分に纏わりつく人形達にも辛く当たった。

それにしても何もなったのだ。誕生証明も戸籍も学徒卒業証書も車両運転許可書

さえもない。見つかったのは住民票だけだが。

それは簡単に金で買えるの物で或るし事実粗悪な偽物とすぐに知れた。


自分が壱兵衛とやらの妄想と空想の産物だと知れると、なるほどとも理解出来た。

記憶がない。子供の頃の記憶がない。父母の顔も親戚のそれも果ては友達の名さえ思い当たらない。

記憶として認識できるのは成人し就労してからのものであり。数えてみると八年。

それしかない。

それもとぎれとぎれだ。最初に二年分。次と次が一年づつ。残りが四年。

しかもその年号がバラバラにとびまくってる。

つまりその間は壱兵衛に戻ってるのだろう。

壱兵衛にしてもきっと同じだ。人生の八年分の記憶がないか。適当にでっち上げて

納得としてるかだ。

なにせ。僕とは真逆の馬鹿な野郎だ。同じ体を使ってると思いたくもない。


台椀朧蝋月の國は蒸し暑い國だった。

季節的に言えばこれでも冬の初めだとも言う。

更に目当ての蒋海と言う街は湿気も多い。じめじめとした空気が肌に

気色悪さを押し付ける。

最悪なのは目当ての人形御箱の街に取った宿だ。

きれい好きと信じる自分の肌には到底わない。安宿であり。

すぐ隣には売春宿が或るかと思えば

この辺一体。全部が風俗街となるらしい。下品な嗤いでチップを強請る

タクシー運転手を睨み飛ばし宿に入ろうとして思わず立ち止まる。

高級ホテルとは言わないがそれでも二つ星のホテルのはずだった。

チップを貰えず罵倒言葉を投げつけ去るタクシーを見送り夜空上を見上げて看板を

確認すれば確かにそこは予約したホテルで或るとやっと理解する。


外観から想像より中身はシンプルで小綺麗でもあり客員も愛想も良く拳銃を

帯びるドアマンもいる。

二つ星とはまんざら嘘でもないらしい。案内された部屋も悪くなかった。

思ったよりはちょっとましである。

急ぎ最小限で飛行船に飛び乗ったから荷物は少ない。

小物入れから気に入る銘柄の煙草を取り出し冊子を取り出し眠く成るまで

読み耽る。

法律法規に心酔捧げた人生であれば人形の事は全く知識がない。

指で捲る本の名前は【全蝋人大辞典】と台椀朧蝋月の國言葉で刻んてあった。


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